四月十六日、前回記事で触れた沼島からコミュニティバスで洲本に引き返した小生は、洲本城跡の石垣が残る三熊山に登った。洲本城は十六世紀初頭に、紀州を根拠地とする熊野水軍の一族である安宅家が築城したのを嚆矢とするが、織田信長の攻勢の前に降伏する。本能寺の変の折、四国をほぼ統一した長曾我部元親が同城を占拠するが、信長の跡を継いだ羽柴秀吉が直ぐに奪還する。その後洲本城は秀吉配下の脇坂安治が城主となり、安治の下で本格的な築城工事が行われる。洲本城は秀吉存命時は大坂から西に睨みを利かせる重要な拠点となっていた