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昨日で母の命日から2年9ヶ月最近は生きているだけでつらい毎日なので、出来るだけ何も考えないでいるようにしている。あとどのくらい頑張ればお母さんに会えるのかな…本当は楽しいことをブログに載せたいのに、出来ない…
今年の3月下旬辺りから、体調を崩し、それでも、色々と耐えながら仕事に行ってましたですが、4月10日かかりつけの病院に行きました。急遽、検査が入り、CTと心電図の追加、元々の尿検査と血液検査の4つやりました。ですが、特にCTと心電図では以上はなく、不整脈があるけどそれは命に関わる程じゃないといわれたのでそこは安心しました。しかし、胃カメラ検査しようとなり、紹介状を書いて貰い、別の病院に胃カメラ検査の予約を取って貰い、4月27に初の胃カメラ検査に行きました。ついでにエコー検査もしてもらいまし
昨日で母の命日から2年8ヶ月先月、Xで仲良くしてくれていたいつも優しくて明るい大好きだった方が母のいる天国へと旅立ってしまった。私より20歳くらい若いのに、闘病生活を前向きに頑張っていて、いつも私のほうが力をもらっていた。信じられないな…嘘みたいだな…もう痛くない、苦しくない世界に行ってしまったんだな。もうお話出来ないことがつらいな。お母さん、彼女がそちらに行ったら私がお世話になったことをお礼してね。お願いね。
2025年9月悪性リンパ腫ステージ4の告知胆石性の急性膵炎、胆嚢がん手術を経て悪性リンパ腫抗がん剤治療開始2026年2月に6クールが終了ただいま経過観察中病気のはじまりはここから外科受診の日でした胆石が見つかった時胆嚢がんも一緒に取ってもらいそれ以来外科にも定期的に通院しています胆嚢がんはステージ2だったけど手術で取ってもらいその後転移などないか検査してもらうためです前回造影CTを撮ったのでその結果を聞きに行きました外科は血液内科や整形外科と違って診察時間が正確
亡くなってから父は一度も夢に出てきてくれません。「思いが強いと夢には出てこない。」そんな話も聞くのできっとそうなんだろうと思っていました。ところが昨夜寝入りばなに笑って座っている父の姿がふっと見えたのです。まだ眠っていなかったので「あれは夢?」それとも「ただの想像?」そう思っているうちにそのまま眠ってしまいました。୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧翌朝そのことを思い出してふとあれは、きっと会いに来
今日で母の命日から2年7ヶ月今、精神的にすごくつらい。会社も行くのがつらい。頑張っても頑張っても、全く良くならない。もう会社なんてどうでもいいんだから、適当にやればいいって思うんだけど、心が常に苦しくて、どうしたらいいんだろう。お母さん、なんて言ってるのかな?早く会いたいね。
2025年9月悪性リンパ腫ステージ4の告知治療方針が決まる前に胆石性の急性膵炎になり救急車で運ばれ緊急入院炎症治まるのを待ち、再入院して胆嚢摘出手術一緒に摘出した腫瘍は胆嚢ガンでステージ2aいよいよ悪性リンパ腫の治療直前にまさかのイレウスで3度目の入院そのまま入院続行でリンパ腫の抗がん剤治療突入4度の入院を経て通院にて抗がん剤治療6クールが終了病気のはじまりはここから外科の診察の日でした本当は1週間前の予約だったんだけど釜山行きとかぶったので変更してもらってましたい
一か月前の今頃は”きのうの電話が最後の会話だったんだな”って思ったほど具合が悪かった入院中だった父。それが今では、退院して3週間、自宅で元気に過ごしている。今朝は4時に起きて洗濯、それから大谷選手の試合を楽しんだそう。50代で胆のうがん、60代から70代の間に食道がんステージ4、その後肝臓がん。ずっと入退院の繰り返しで、その間わたしも心配のしっぱなし。ずいぶん泣いた。今までの私の涙と気苦労は何だったのかと思うほど元気になった父。このまま元気で100歳を迎えてほしい。
私の父と夫は同じ頃にがんが見つかりました。けれども半年後父は旅立ち夫は治療の日を迎えました。同じ半年という時間なのにこんなにも違う景色になるのかと人生の不思議さを感じます。病気の種類も年齢も選んだ道も違います。だから単純に比べることはできません。それでもこの半年で私は命にはそれぞれの時間がありそれぞれの流れがあるのだと実感したのでした。<父の関連ブログ>➡直感に従って実家に帰省してみた➡あの帰省の10日後に起きたこと
今日で母の命日から2年半最近、感じる事は何かが少しだけ変わったという事。上手く言えないけど、薄皮くらいのほんの少しだけ、何かが違う。もちろん、哀しさ、つらさとかはそのままだけど、少しだけ動けるようになった。会いたい気持ちは変わらない。
前回の記事のつづきになります。『直感に従って実家に帰省してみた』最近は特に「自分の直感に従って行動した方がいい」という話をよく耳にするようになりました。私の場合小さい頃からそんな感じで生きてきたので今さら感もなくはな…ameblo.jp実家から戻って10日ほど経った頃母から「お父さんが余命宣告をされた」と連絡がありました。父は去年の秋の定期健診で「胆のうがん」と診断されていました。88歳という年齢と自身も医療従事者だったことから手術が体
今更ながら思う夫が癌だということを伝えてもいい人間は限られているということ基本夫が癌だということを言わずに生活しています私たち夫婦はグチや悪口弱音を絶対に私たち夫婦以外には言いませんでしたこれは出会った時から出会う前からお互い変わらないこと言ったところで解決するのは自分自身だからあとで必ず後悔するんです(苦笑)父が他界し母が他界し今度は夫が癌正直自分が自分でいることが困難な時がありこのアメブロで思いっきり吐かせていただくことにしましたがそれも後
昨日で母の命日から2年5ヶ月毎日朝が来る度に母に会える日がまた1日近くなったのだなと思う。4月半ばからめまいが酷く、仕事中もつらくて、この1週間は長かった。更年期障害だと思っているけど、これ以上酷くなってきたら仕事出来るのかな?と不安になる。協力体制が全くない会社だからどうなるかな。休みにくいし。お母さんに話しながら生きていきたかったな。
おはようございます今日から4月!前回の投稿からだいぶ経ってしまいましたが今日は最近の私の体調と胆嚢にあった大きなポリープについて書きますね胆嚢を切除してから1カ月ちょっと経ちますがその間に検診も行きましたそれからついでに胃カメラの検査もしました胆嚢にあった3cmの胆石も大きくてびっくりしたのですが心配だったのはその横にあった2cmのポリープ病理組織検査に出した結果が心配で検診の時に結果が聞けるとのことでした一応ポリープの診断基準と注意点大きさ:10
昨夏、コンバージョン手術を無事成功裏に終えたかに思えた妻が先2月に多数再発、腹膜播種確認で消化器外科から腫瘍内科に転科。化学療法中心の治療に移行するハズが腫瘍内科初診日にいきなり緩和ケアに移行するという事態になったのが今月入ってすぐのこと。『再発・在宅中心緩和ケアへ移行』事態が急変しました。2月中旬に実施された造影CT撮影のレビューが2月下旬にあり、肝臓と腹膜、右鼡径リンパ節に再発を確認。この時点で外科的処置は今後不可能と判定…ameblo.jpその後の状況を簡単に記しておこうと思い
小社から最新レポート「生きる希望!最新がんサバイバー5年生存率一覧」が発行されました。これまで一般的に知られている「がん5年生存率」は「診断時(初発時、0年生存)」における「5年生存率」です。診断を受けた患者さんが5年後、どれだけの割合で「生存」、つまり「生き残っている」かの確率を単純に数値化した指標です。しかし、がん治療を続け、1年後、3年後、さらに5年後と「生存」を続けた患者さんのその後の「5年生存率」とは…?。このほど、はじめてほぼ全がん種について、国立がん研究センター研究班
長く更新しておらずコメントにも返信できずごめんなさいコメントいただいても返信は難しいかもしれません本当にごめんなさいとりあえずご報告ですあれから本当に沢山のことがおこり主治医①より『もう抗がん剤治療はできません抗がん剤治療する事はかえって命を縮めてしまいます今後、どうするのかホスピスや他病院への転院このまま、ここでなど今後の事を考えておいてください』と言われてしまいました今はまだあまりにも突然で頭も心も整理がつかずなにも考えることができません自宅に帰り
いつもブログ読んでくださり暖かいコメントやいいねをありがとうございます先日からのコメントお返事できておらずごめんなさいなんとか炎症の数値も落ち着き明日の受診を条件に本日退院しました実は2回目の入院開始時血液培養検査をしていたのですがばっちり血中からも菌🦠がでましたしかも昨日の朝、今日の退院が決まったのに主治医②が病室に看護師さんと共にあらわれ『実は耐性菌がでたんです耐性菌は経口薬が効きにくく点滴治療を10日から2週間行う事が推奨されています』なんてこと、、、
先日のブログコメントいただいていたのにお返事もできておらずごめんなさいもう少しお待ちください13日(金)の胆管ステント交換今回は、予定交換だったこともあり簡単に終わって月曜日には仕事に出られるかもしれないですと呑気に職場に伝えていたのに実際は初めてかもというくらいの膵炎になってしまい嘔吐と腹痛で17日(火)くらいまで全然動けず久々の辛さ挫けそうになりましたその後CRPはまだ高い中でしたが木曜日に一旦退院しましたですが、病室から車まで歩くことマンションの駐車場か
2月1日から数ヶ月ぶりに再開した抗がん剤治療TS-1の内服を始めたのですが昨日の朝仕事に行くため起きようとするものの起き上がることができず熱を測ってみると37.6℃微妙な体温主治医①に熱が出たらTS-1の内服はすぐにやめてくださいねと言われていたためとりあえず仕事はお休みさせてもらうことにし病院に電話して主治医②に確認しました『TS-1の内服は中止してください熱が下がっても13日の診察までは飲まないでね、これ以上熱が上がったらまた連絡してね』とのこと…やっと再開
父親の手術説明に行ってきました。雪の影響を受けないように、前日の朝出発。当日の岐阜は地面カチコチに凍っていたのでよい判断でした。こちらはまだマシな方な道路。実家の車はスタッドレスはいてないらしく、我が家の車がないと病院にいけないところでした。①採血②内科診察③外科手術説明弟も前日入りしたので、家族会議はばっちり。前日夜は最後の晩餐だとか言って、寿司食べに行った。父は大好きなアワビステーキを注文。両親は理解力が皆無でさらにはめんどくさがり屋。命がかかってるのに、考えるのがめん
前回のブログは元旦ですって…お久しぶりです。中学の部活(クラブ)は相変わらず忙しくて、1月スタートして土日が休みなのは今週初めてでっす🎾今回のお休みは、インフルによる練習試合の中止。本来、部活(学校)としてはテスト前のため部活禁止期間。だから、クラブ活動として練習試合を予定していたのですが、今回の休みはちょうどいいね。小学生(小2弟)、高校生(高1兄)は、家族を巻き込んだ忙しい予定はほとんどないので、次男の中学テニスが忙しすぎる!年明けから愛知行ったり、静岡市(同じ県内でも浜松から遠
先日の退院以来お家でのんびり過ごしていました30日の外来では血液検査の結果もよく延び延びになっていた抗がん剤治療の再開が決まりました31日にはかねてから計画していた元職場の人たちとの女子会わたしが食事制限多くて外食が難しいためランチ会ではなく、レンタルスペースを借りてお菓子など持ち寄りでのお茶会でした楽しい時間はあっという間近所のクリニックと女子会その後夕食の買い物たった数時間の外出なのに今のわたしは家に帰るとぐったり本当に疲れやすくなったそんな自分を持て余す
京都の大学に行っている下の娘が久しぶりに帰省中ですこの帰省を利用して3年ぶりに親子3人で近場の温泉へ行く予定でした先週の金曜日の外来では血液検査の結果も久々の良い数値で主治医も安心して温泉へ行けますね治療も順調にできそうで良かったです言われていました顔見知りの看護師さんにも良かったねー楽しんでんきてねとのお言葉をいただきわたしも嬉しくてワクワクしていましたなのに温泉に行く25日朝右の脇腹が痛むしなんだが足が痛いおかしいなと思いながら熱を測ると39.5℃、、
今日で母の命日から2年2ヶ月お墓を買った時は月命日には必ずお墓参りに行くものと思っていたのに…絶対行くと思っていたのに…現実は全然、行けていません。お母さん、ごめんね。気晴らしにと御朱印巡りしてて遊んでばかりだよでも、お母さんはきっと『それでいいんだよ』と言っていると思う。私が電車に乗って具合が悪くならないで遊べてて良かったねって言ってるよね。私は頑張ってるよ。応援しててね。お母さんも頑張ってね
1月9日から胆管ステント交換のため入院しています昨日は38.3℃まで熱があがりしんどかったのですが今は落ち着いています体調不良が続きせっかく仕事に行き始めてもすぐに入院ということが続いています治療も3年がたち4年目となり金銭的にもすっかり厳しくなりかなりギリギリの生活ですわたしは結婚はしていますが金銭的には完全な別会計で子供にかかる費用も治療費も生活費も別なのでシングルマザー時代と何も変わりませんむしろ医療費補助が受けられなくなった分出費は増えましたなので仕
ブログにコメントくださっているみなさんなかなかお返事できてなくてごめんなさい🙏コメントの返信はゆっくりになってしまいますが全て読ませていただいて頑張る力をいただいていますいつもありがとうございます年末年始は病院でと思っていましたが前日の体調悪さとはちがい大晦日には体調がよくなり31日から元旦にかけて外泊することができましたその際に主治医②から『病院にいても1日一本点滴するだけだし流動食の代わりにメイバランスとかでなんとかなりそうならそのまま退院でもいいよ』との
久しぶりのblogですが、寂しいお話になりますいつ投稿しようか迷い、クリスマスも明け、父の夢を見た今日に。せっかくの年末年始、明るく過ごしたい方はここでお控え下さい。今年の夏、父が旅立ちました胆嚢癌で3年間闘病していましたこれ以降は直後に書いていたものです。初めての感情、経験が沢山ありました。どこに行くにも何をするにもずっと一緒だった父と母、家族思いすぎて有名だった父、私とも2人で飲み歩きに出かけるほどとにかく仲良し家族。今は家族皆、必死に諦め、必死に生きています。正直に、ふ
12月21日は3回目の結婚記念日体調も良くて2人で写真を撮りに写真館に行ったり楽しい時間を過ごしましたが23日から体調が悪くなり24日クリスマスイブ上の娘の誕生日でもあるのに病院に行くと腸閉塞との診断でステントを入れるかバイパス手術をするか、、、ステントはカメラが入らずリスクもあるバイパス手術はお腹の中に腫瘍が散らばっていたらできないのでその場合は人工肛門になるそんなお話でしたとりあえずステント留置を選択し一応成功大腸も小腸もパンパンに腫れていたこ
銀座みやこクリニック院長の濱元誠栄です読売新聞のヨミドクターにこんな質問がありました。厚い胆嚢壁切除必要か|ヨミドクター(読売新聞)胆石があって腹部エコーを受けていますが、CT(コンピューター断層撮影法)検査を初めて受け、胆嚢(たんのう)の壁が厚く、がん化する恐れがあると、切除を勧められました。痛みはなく悩んでいます。(64歳女性)がん化の可能性否定できず…田浦康二朗北野病院消化器外科主任部長(大阪市北区)胆嚢は、肝臓で作られる胆汁...www.yomiuri.