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6月11日その2藤沢だから藤ですかね?真ん中が市章でしょうこれは県水道局のマンホールイチョウ、ユリ、カモメサーファーを多く見かけた。こうやってボードを運ぶんですね。海岸までやってきた、江の島は近い。皆さん朝からサーフィンをしている。私はもちろんサーフィンをしに来たわけではなく橋の横にある公園に用があって聶耳(ニエ・アルと発音する)の記念碑自筆のサインだろうか多分皆さん知らない方だろうが、中国国歌である義勇進行曲の作曲者である。
本日(7月17日)は、以下の出来事が有った日です。蘇我馬子が穴穂部皇子を暗殺した日。(587年(用明天皇2年))豆相鉄道(現在の伊豆箱根鉄道駿豆線)、南条駅(現在の伊豆長岡駅)~大仁駅間が開業した日。(1899年(明治32年))東京都品川区荏原(当時の東京府東京市荏原区)出身の女優、淡路恵子氏の誕生日。(1933年(昭和8年))中国雲南省昆明市出身の作曲家、聶耳氏が滞在先である日本の神奈川県藤沢市の鵠沼海岸(小田急江ノ島線鵠沼海岸駅付近)で遊泳中に行方不明になった日。神奈川県警藤沢署の捜
大学の高明先生が、ご実家のある玉溪市を案内してくださるということで、日本人の先生と一緒に出かけました。朝早く昆明駅から列車に乗って南へ、玉溪駅まで約1時間半。駅まで女朋友と一緒に迎えに来てくださいました。(その女朋友は、その後仕事へ)ここには有名な红塔のタバコ工場が有り、タバコ博物館があります。この红塔はもともと白塔だったそうですが、1958年頃中国の革命の色「红色」に変わったのだそうです。この周りは緑が多く、珍しい鳥もたくさん見かけました。
西山も見るところはたくさんありますが、龍門景区に入る前、山を少し上がったところの木立の中に聂耳の像が立っています。その後ろに、彼のお墓があります。これは記念館です。聂耳は、中華人民共和国国歌「義勇軍行進曲」の作曲者です。聂耳は大観楼でバイオリンの練習をして友人たちと音楽について語り合ったようです。(1930年)聂耳が亡くなったときの上海日報の記事。神奈川県藤沢市の海岸で海水浴をしている時に亡くなったことが書かれています。
雲南大学本部や雲南師範大学本部、雲南民族大学本部の近くに翠湖公園があります。今日はちょっと天気が良すぎて、柳も蓮もぐったりしている感じですが。ここでは、歌を歌ったり踊ったりする音楽が聞こえてきますこれは真ん中にいる人がいい声で歌っています。若いお兄さんもいっしょに踊っています二胡の音も聞こえてきましたよ池にはたくさんの鯉がいるんで、女の子が餌をやっていました。昆明出身の作曲家聂耳の銅像です。中華人民共和国国