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毎月21日は「弘法さんの日」です。名古屋市千種区覚王山の日泰寺と参道では縁日が開かれていて朝早くからたくさんの出店が並んでいます。今日は天気もよかったし、ちょうど日泰寺近くの揚輝荘・聴松閣では地下トンネルを特別公開しているので見に行くことにしました『名古屋のミステリースポット!揚輝荘「秘密の地下トンネル」が期間限定で公開中!』名古屋市千種区覚王山にある揚輝荘は、大きく分けて南園(なんえん)と北園(ほくえん)の2つのエリアに分かれています。その揚輝荘(ようき
覚王山の「揚輝荘☆ようきそう」へ行って来ました🍃『聴松閣喫茶室』さんでスイーツを頂きました🥮「揚輝荘」の南園の中にある「聴松閣☆ちょうしょうかく」の1Fにあります。☕️お菓子セット¥500ドリンクはホットコーヒー、お菓子は長寿芋をオーダーしました☝️シナモン風味がふわっと香る芋を使ったお饅頭です。ホットコーヒーと共に頂きました☕️ここは、かつて食堂として使われていた場所です。昔の方もここで、きっと談笑しながらお食事を楽しんだ事でしょう☺️ノスタルジックな雰囲気を感じました。
おはよーきのうは彼とお出かけーって言っても私の趣味に付き合ってもらっただけなんだけどねまずはココー名古屋市は千種区にあります揚輝荘(ようきそう)の、聴松閣(ちょうしょうかく)最近だと↓このときに行っとります『松坂屋初代社長の別荘[揚輝荘]で建物を見る。』だいぶ前に行っていたこちら揚輝荘聴松閣愛知県名古屋市千種区法王町2-5-17揚輝荘公式ウェブサイト揚輝荘は、老舗デパート松坂屋の初代社長、伊藤次郎左衛門…ameblo.jpここにある、普段は立ち入りダメーな
名古屋市千種区覚王山にある揚輝荘は、大きく分けて南園(なんえん)と北園(ほくえん)の2つのエリアに分かれています。その揚輝荘(ようきそう)の北園にある聴松閣(ちょうしょうかく)にある地下トンネル普段は立ち入り禁止のミステリアスな場所ですが、2026年2月15日から特別公開が始まっています!今回の公開では、普段は閉じられている地下トンネルの「入口扉」や、その奥にある「地下金庫」を間近で見学することができます普段はなかなか見られない貴重な体
愛知県の観光スポットのお話名古屋市千種区の覚王山にある、松坂屋の創業者の伊藤次郎左衛門祐民のかつての別荘である揚輝荘を訪れました揚輝荘には北園と南園があり、まずは無料で見学のできる北園の庭園を見学しました🔶揚輝荘北園のお話『揚輝荘北園』愛知県の観光スポットのお話名古屋市千種区にある日泰寺🔶日泰寺のお話『覚王山日泰寺』愛知県の観光スポットのお話🐘名古屋市千種区にある覚王山。1904年に創建…ameblo.jp北園の横にある高級マンションの脇にある通路から南園へと向かいます。細道
普段公開されてない広い敷地「揚輝荘」内の「南庭園」「聴松閣」の裏にある、枯山水の庭園この庭園のあらゆる場所にある石の一部は八丈島から取り寄せて、、なぜ八丈島か、、「松坂屋」の元は「呉服屋」、、「黄八丈」など仕入れてた為、繋がりがありお取り寄せできたとか、、何から何までいろんなイメージをし全て意味かある様です「聴松閣」を後からそして「揚輝荘座敷」現在の松坂屋本館の敷地にあった屋敷が移築されたものその川上貞奴に貸していたとか後に、川上貞奴は今の名古屋市東区撞木町にある「二葉館」へ移り
名古屋、覚王山にある「揚輝荘」名古屋の老舗百貨店「松坂屋」の初代社長、伊藤次郎左衛門佑民氏の別荘🟰名古屋で要人を饗す迎賓館として建てられた「聴松閣」を見学して来ましたそれは素晴らしい建物だった一見、上高地の「帝国ホテル」の様ですそう、その「帝国ホテル」を模して建てられたそうです井桁の天井船底をイメージした天井調度品の椅子と廊下の手摺りの柱に唐草模様の彫刻が施されています(縁起の良い吉祥模様)その昔、海外にも視察に訪れ、その当時は✈️ではなく⛴️だった、その思い出、船の丸窓井桁
ガイドさんについて通常非公開の南園庭園に入らせていただきました〜。整備されていないので立ち入り禁止なのですが、ガイド付きなら・・・と名古屋市が許可してくれたんだそうでございます。紅葉は終わりがけですが、ここはまだグラデーションが綺麗ですよって。確かに、モミジがそよ風に揺れてとっても綺麗でした。お庭は回遊式の茶庭石庭というそう。聞くと桐の紋が入った大灯籠南端の築地塀こちら側から聴松閣を撮影できるのはガイドさんと一緒に入った場合のみ!というの
昨日は北風も吹いて寒く🥶一日🏠でまったり、、今日は風も収まり、何となく冷え込んではいるけど底冷えの一歩手前、、、お出かけしよう😅ブロ友さん数人の情報から、覚王山にある「揚輝荘」が気になる〜で、情報から今日(土)は「揚輝荘」の中の「聴松閣」他「南園」がボランティアガイドの案内があるというので行って来ました😊そして、事前に🅿️を調べてもいましたが、ここだけの話「覚王山日泰寺」に置かせて貰おう🤣てな訳で、まずはお参りを、、「覚王山日泰寺」は一昔前まで、名古屋の政財界要人の告別式といえば「
地下へ下りる階段聴松閣で一番驚く場所が地下なんでございますよ。なんと、インド風仏教に信仰が篤かった伊藤次郎左衛門祐民さんは、昭和9年に4か月のインド仏跡巡拝旅行をして。その時感銘を受けた景色や建物をまんま地下につくっちゃったというね。ダンスホール聴松閣には至る所に八角形が。窓の彫刻はカンチェンジュンガ柱の模様はインドのアーグラ城で見られる象嵌(ぞうがん)の模様ですって。正面はインドじゃなくてカン
2階に上がりまして、まずびっくりするのが書斎車寄せの真上にあるお部屋。柱は2本のみ。いわば宙に浮いているようなお部屋になっているそうです。いろいろな建物を見てきたガイドさんも、この造りはここでしか見られないとお話しされておりました。4隅に本棚があるのですが、よ〜く見ると造り付け。天井は船底天井になっていて。格式の高いお部屋でしか使われない建築様式だったんですって。なんて特徴的な市松模様の床、と誰もが思うのですが。材質はプラスティック。今でこ
ガイド付きの特別公開が先週末まで開催されておりましたので。今まで足を踏み入れたことのない揚輝荘へ行ってまりました。いやいや、松坂屋の創業者は「伊藤さん」と知ってはおりましたが。奥深さにぶっ飛び〜〜〜でございます。名古屋をよく知る方も知らない方も。面白いのでぜひ訪問してみてくださいまし!!!まず全く知らない方のために「揚輝荘」を一言で説明しますと。松坂屋創業者の別荘でございます。土地の広さは1万坪。建物数は各地からいろいろなものを移築して30棟ほどあったそうで
揚耀荘南園のメインになる聴松閣。ハーフチンバーの外壁など山荘風の外観をした迎賓館で、昭和12年に建築される。地上3階の各室は各国様式がミックスしてあり、地階は全体がインド様式となっている。⬅️パンフレットより中に入ってコーヒーでも飲もうかと思ってたのですが、人も多めで一度来てるので、エントランスから紅葉を楽しんで、移動してからコーヒーブレイクとします。秋の揚耀荘、とても綺麗でした。
2024年2月に二泊三日で行った名古屋旅行のことを書きます。たくさん写真も書くこともあって、長くかかるぞ~と後回しになっていました。1日目は仲良しのセロ美さんと行動を共にしましたまずはセロ美さんおすすめのレトロ喫茶へ。なんですが、待ち合わせ場所に私がなかなか辿りつけずまあなんとか、レトロ喫茶のエーデルワイスさんで落ち合いました。エーデルワイスは、公式サイトによると、昭和29年にテレビ塔と同じ日に、喫茶テレビ(として?)オープン。昭和34年に3階ビルになり昭和41年に改名
日曜日に行った日泰寺の奥に揚輝荘という場所があった。初代松坂屋社長が昭和12年に建てたという別邸と迎賓館が残っているのだ。昭和14年頃には約1万坪の敷地に地形や周囲の自然を活かし、庭園とともに30数棟の建物があったそうだ。戦禍等からも逃れた建物が今も何棟か残っており正直驚きだった。とても美しくておしゃれだったから。先人がこんなものを建てて、楽しむセンスがあったということ。ここにすみたいと思うほど素敵だった。そしてミステリアスな部分もあり写真は地下に繋がるトンネル。ずぅっと
先日、スタンプゲット目的で思い切って足を伸ばしました(名古屋ヒストリカルウォーク)※既にスタンプラリー全制覇✌揚輝荘(聴松閣)松坂屋初代経営者伊藤次郎左衛門拓民が大正から昭和にかけて建てた別荘迎賓館ドラマの舞台になったことがあるみたいです地下鉄覚王山下車坂道が多く住宅地の中にマンションなどの陰になりわかりにくい道案内なんて無いし(-_-;)地図を見ながら迷って迷って道を聞きながらやっとたどり着きました大正、昭和レトロ満載建築物にはさほど興味がないのですがこの建物に地
『揚輝荘北庭園』日泰寺でお参りした後は車をそのまま置かせていただいて、揚輝荘にトコトコと歩いて行きます🚶♀️揚輝荘公式ウェブサイト揚輝荘は、老舗デパート松坂屋の初代社長、…ameblo.jp揚輝荘北庭園を見た後は高級マンションの脇道を通りまして、南園聴松閣を見学しました。聴松閣の看板が見えます。祐民氏が中国で買った虎の置物🐯ハーフティンバー様式という建築様式です。この建物は有料で一般は300円。10:30と14:00にガイドツアーがあり丁度到着したのが2時前だったのでガイドツアー
(12月22日その2)覚王山揚輝荘南園聴松閣(ちょうしょうかく)正面から📷は初めてトラ?玄関の車止め大きな照明が設置されています
今年の紅葉納めは名古屋市東区の日泰寺と千種区の揚輝荘です。日泰寺五重塔廻りは落葉していましたが揚輝荘は丁度見頃で綺麗でした。12月10日日泰寺揚輝荘北圓と南圓があります。北圓は名古屋市指定有形文化、財三棟【三賞亭・白雲橋・伴華楼】があり、庭園の紅葉が綺麗でした。日泰寺の五重塔が庭園の色々な場所から見えます。南圓の揚輝荘です。ベンカラ色の迎賓館「聴松閣」と真っ赤なモミジのとりあわせです。
私の大好きな◯◯先生へAmebaBlogは海外からでも閲覧できますので、私の近況報告をさせて頂きますね。私は聴松閣でのサロンコンサートに行ってきました。こんな会場でした。一部と二部の間にコーヒー☕️とお菓子が出てきました。これはこれで美味しかったけど、私の大好きな◯◯先生の手作りお菓子だったら良かったのに。私の大好きな◯◯先生はお菓子を作るのは得意なのだろうか?私の大好きな◯◯先生にお知らせ📢があります。来たる12月21日(土)にあんのんホールにてアシスタントをすることになりま
長年の夢だった「ホイノボリ」をシカと目に焼き付けた後は、山科辺りで途中下車しようかなと思っていたんですが、お初ちゃんんが、先日フェイスブック情報(?)で知った、名古屋に在る「揚輝荘」いつか行ってみようかと話していたんですが、1週間もしない間に行って来ました近江八幡駅へ引き返し
きのうはちょっとバタバタしていて書けていなかったこちらの続き↓『松坂屋初代社長の別荘[揚輝荘]で建物を見る。』だいぶ前に行っていたこちら揚輝荘聴松閣愛知県名古屋市千種区法王町2-5-17揚輝荘公式ウェブサイト揚輝荘は、老舗デパート松坂屋の初代社長、伊藤次郎左衛門…ameblo.jp揚輝荘公式ウェブサイト揚輝荘は、老舗デパート松坂屋の初代社長、伊藤次郎左衛門祐民が、大正から昭和初期にかけて覚王山の丘陵地に建設。名古屋の近代における郊外別荘の代表作ですyokiso.comさっそ
だいぶ前に行っていたこちら揚輝荘聴松閣愛知県名古屋市千種区法王町2-5-17揚輝荘公式ウェブサイト揚輝荘は、老舗デパート松坂屋の初代社長、伊藤次郎左衛門祐民が、大正から昭和初期にかけて覚王山の丘陵地に建設。名古屋の近代における郊外別荘の代表作ですyokiso.comきのう別のこと(↓これ)書いていて思い出した『職員の対応1つで祝福できるかできないか。器が小さい私の記録。』ここ最近ちょっとネットに出ていた、これ↓フジ「逃走中」制作会社マンション出入り口塞いで撮影、敷地を無断
ビーフカツを求め全国各地を彷徨う超変人の超マニアックなブログです。今回はスピンオフ編。ビーフカツやその他の食べ物からは離れ、これまでの国内外の旅などで印象に残っているスポットなどをご紹介します。今日は愛知県名古屋市千種区の『揚輝荘南園』です。最寄駅は市営地下鉄東山線『覚王山』。駅から徒歩約10分山荘風の瀟洒な建物が現れます。こちらが『揚輝荘南園』の『聴松閣』です。『揚輝荘』は『いとう呉服店』の初代社長で後に『松坂屋百貨店』初代社長にもなる伊藤次郎左衛
揚輝荘北園から南園へ移動したら真っ赤な色が目の前に。(11月30日撮影)ベンガラ色の聴松閣(ちょうしょうかく)に降りかかる晩秋色が「いらっしゃい」って待っていてくれました。お隣の日泰寺へも顔を出し、色付いた様子をパチリと。この後桃巌寺の名古屋大仏へも寄りましたのでそれは明日。
覚王山へお散歩。先日訪れた時には少し早かった揚輝荘の紅葉。昨日,改めて出直しました。綺麗に色付いていました。正面で写真を撮り合っている熟年カップルが居て,とても盛り上がっていたので近付けず,同じアングルで撮れなかったのはちょっと残念。この木はこれからもっと綺麗になる。北園へお月様を見に行きました。つ・づ・く。
暖かい空気に誘われて,覚王山までお散歩。揚輝荘の紅葉はどうなっているかと南園へ。まだ少し早かった。この紅葉はオレンジ掛かった赤で,とても綺麗に色付くの。そして北園へ。それは又,今度。
日泰寺をあとにして駅に戻ろうとしたら千躰地蔵堂があったがお堂の中には入らず、脇の仏像だけを写真に収めた虚空蔵菩薩(?)と不動明王まったく予定になかったが案内表示板が気になってのこのこと見学に行った揚輝荘ここは松坂屋初代伊藤次郎左衛門祐民の別荘だったそうです約一万坪の敷地にいくつかの建物を配し単に個人の別荘というよりも社交の場、迎賓館・アジアからの留学生の寄宿舎等国際的なコ
「未来を創るヒーリング」の徳山涼子です。穏やかな秋晴れの日が続いていますが、あなたはいかがお過ごしですか?名古屋の覚王山にある揚輝荘に行ってきました。ここは大正から昭和初期に建てられたレトロな雰囲気の建物で、松坂屋の初代社長の別荘だったそうです。迎賓館として建てられた聴松閣はとてもエレガントな建物。地下には、なんと舞踏場もあるんです!ムガール帝国のアーグラ城のイスラム模様の柱や、アンコールトムにある踊り子のレリーフの彫刻や、瞑想室もあった
御園座の東海道四谷怪談の歌舞伎観劇で名古屋に行きました。その際に、名古屋市内の名建築を見学して回りました。一番時間を使ったのが、ここ、「揚輝荘」です。松坂屋初代社長・伊藤祐民が、大正時代に別荘として「揚輝荘座敷」などを建て、その後大正末期から昭和初期に、迎賓館の役割が加わって、「伴華楼」など茶室のある建物が建てられ、昭和12年には、国際交流の場として、「聴松閣」が建てられ、30数棟の建物が点在する別荘群であったものが、戦後は進駐軍に接収され、返還後は松坂屋の社員寮などに改築さ