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昨日は、久しぶりのバスツアーでした。集合場所が遠かったのと行き先が遠いため、ほぼ始発。その集合場所まで行くのに本数も少ない。ガーン😱これで、乗る電車が遅延や人身事故で止まったらアウト。と思って調べておきました。乗り換えの駅で、これに乗らなくちゃという🚃のホームに上がると遅延情報!えぇぇぇー!調べました。もう集合時間にギリギリ間に合うかなっていう時間。駅に着いたら、トイレも寄りたい、朝食べていないので、おにぎり買いたい。もう時刻表と睨めっこです。これに乗ろうと思った電車は遅
【福岡・九州・おしゃれ・お出かけ】幸せの服・福を運ぶ、おしゃれ💄👠pom・ぽむ🍎~中村由美ですいつも、読んで頂きありがとうございます\(^o^)★おしゃれなお洋服だけでなく、おしゃれなお出かけや、おしゃれな生き方学びの場で楽しみたいと思います❤️仏教・弘法大師空海を巡る博多街歩き(全国女性連合会・福岡支部)とスマートフォンをよりよく使う推進協議会®︎のコラボ②おしゃれしてお出かけ!①東長寺→②聖福寺→③櫛田神社⛩️〜町歩きしてきました東長寺から、聖福寺スマホを出し
今日は友人と博多にしゃぶしゃぶランチを楽しんで食後にお寺巡り…大博通りにある東長寺で福岡大大仏を見学してその後は東長寺の裏側にある聖福寺へ聖福寺の境内に綺麗なトンボと蝶々がいたんで思わず写真撮っちゃいましたちょっと蒸し暑かったけど境内は不思議と空気がひんやりしてました。ランチ後のお寺巡りは良い運動になりました。今日も一日お疲れ様でした一日一生
10年前に起きた熊本地震その時に脱線した新幹線が海を渡り博多駅前広場に展示車体に桜が描かれてます早い時間に行ったのでゆっくり📸ぶらぶら歩いて承天寺へお庭が美しい承天寺は饅頭や饂飩蕎麦の発祥地石碑があります躑躅も咲き始めてます木々の緑も爽やか承天寺から聖福寺へ静かでゆったりと時間が流れますもみじの花青空に青紅葉紅葉は今の時期がとても綺麗ですはかた塀博多織の元?お昼前には帰宅午後はホークス戦をTV観戦⚾️
第19回福岡市街地を走る冬の間は家に籠っていましたが、ようやく暖かくなってきましたので、花粉まみれになるのを覚悟で、自転車を引っ張り出してみました。これまで街中のサイクリングは避けていたのですが、学生時代に住んでいたことがある福岡市を自転車で巡ってみるのも良いかもと、今回は福岡市街地を走ってみました。あちこち立ち寄りながら自転車に乗るので、いわゆる「ポタリング」に近いかもしれません。3月17日、筥崎宮参道にあるコインパーキングに愛車を置き、福岡市街を走って、糸島半島の東の付け根にあ
幻住庵は普段は拝観できませんが、今回は博多区の特別な寺町めぐりツアーに応募して当選し参加しました。雲井の梅黒田斉清公が仙厓さんに寄贈した雲井の梅のエピソード。斉清公は菊の花をこよなく愛していました。ある日庭師の飼い犬が乱入し何本かの菊を折ってしまいました。藩主は烈火のごとく怒り、庭師に処刑すると言いわたしました。これを聞いた仙厓和尚は殿様の庭園を訪ね、研ぎすました鎌を手に菊の花を全部刈り取りました。その後に仙厓さんが御殿を訪れると大騒ぎになっていました。庭師はお手打ちになる寸
長崎聖福寺散策をやり直します聖福寺はいわゆる唐寺(中国寺)です長崎の崇福寺や福済寺が中国出身者によって建てられましたが聖福寺は唐寺なのに日本人の唐通詞により建てられました(↓大雄品殿)それだけでもユニークですが聖福寺がある筑後通りはお寺が多い通りですざっと見るだけで「永晶寺」「勧善寺」そして「聖福寺」「本連寺」に唐寺の「福済寺」と並んでいます通りの突き当たりは江戸時代の長崎奉行所がありました(↓天王殿)禁教令が出せれている時代です長崎の人たちは自らがキリ
2月9日(月)、福岡県北部地方は久しぶりに雲一つない散歩日和となりました。福岡市呉服町の旧市街地にあるお寺を巡りました。最初のお寺がこれです。博多で最古の道と言われる普賢堂通りの前にあるお寺です。近くにある西門蒲鉾店は有名です。次は聖福寺。鎌倉時代に創建された日本最初の禅寺です。太平洋戦争後の国際軍事裁判で無念のA級戦犯となった福岡県民が誇る広田弘毅、第32代総理大臣の墓所があります。次は博多塀です。戦国時代、豊臣秀吉による博多の町復興の際に焼け石
長崎の歴史も無事終わり今日から史跡を散策して行きます長崎には江戸時代に中国人が建てた唐寺と呼ばれるお寺があります観光地として知られる長崎崇福寺に興福寺に長崎観音の福済寺とテーマになる「聖福寺」です(↓山門)長崎聖福寺は黄檗宗の名僧と呼ばれた鉄心道胖(てつしんどうはん)を開山として1677年に建立されました当時から先の唐寺と合わせて長崎四福寺と呼称されていましたまた崇福寺、興福寺、福済寺は中国出身者が建てた寺なのに対して聖福寺は鉄心は唐通詞というユニークな背景
ブログや資料にご自由にお使いください。オリジナルよりスキャンしています。印刷保存の仕方は写真にカーソルをあて名前を付けて保存でデスクトップで保存⇒そのまま枠内にサイズを拡大し印刷Jpegで新ホルダーに保存するか、プレゼンテーションに4/3の用紙設定でまとめて貼り付け保存すると便利です。用紙は普通紙でもよいですが、キャノンクラフト用マット紙で設定は高品位専用紙がきれいに仕上がります。但しブログ経由なのでオリジナルからは画像はおちています。鏡天満宮櫛田神社櫛田入りの図承天寺
※加藤司書の周辺(成松正隆著)及び筑紫史談・加藤司書入牢三日間の記事より加藤司書(AIによるイメージ画)1830年-1865年加藤家11代加藤家の初代の加藤又左衛門重徳は有岡城城主荒木村重の家臣でした。主君の村重が織田信長を裏切り、黒田官兵衛が今のJR伊丹駅付近の有岡城に村重を説得に行きましたが、土牢に幽閉されました。官兵衛が幽囚されてる間に何くれと世話をしたのが初代の加藤重徳です。有岡城落城の折には官兵衛をその家臣と共に協力して救出しました。この初代の加藤重徳の11代目が加藤司
久しぶりに会う友達とランチをしました。これにパスタとピザをシェア。人と外食なんて何ヶ月だろう⁉️美味しかったです。神社仏閣が好きな友達で話の流れで写経をしたという話を聞き、写経をすることに。集中力が続かないのと、途中で飽きてしまい、書き上げるのに1時間ほどかかりました。友達は2回目というのもあり、30分で。人によっては2時間かかる人もいるそうです。私はどうも合わないみたいです。集中力が続かないし、途中で「早く終わらないかなー」と思ったり、飽きてきて文字が雑になった
博多の街中とは思えないほど静かな空間――今回は、臨済宗妙心寺派の聖福寺と、閻魔様で知られる海元寺をお参りしてきました😊聖福寺(しょうふくじ)聖福寺は建久6年(1195年)、臨済宗の開祖・栄西禅師が開いた日本最初の禅寺。山号は安国山で、開基は源頼朝公と伝わります。安国山聖福寺山門には後鳥羽上皇の宸筆「扶桑最初禅窟」の扁額。“日本最初の禅寺”という誇りを感じます。山門境内は国の史跡にも指定されていて、木々に囲まれた静寂の世界。歩くたびに心がすっと整っていくようで
今日は湿度も高くて汗💦止まらないまま、久しぶりに聖福寺へ🌳写経して、そのまま納経してきました。終盤に一匹の大きな蚊🦟が手に止まり💦集中が途切れてしまいましたが💧心の浄化・ストレス軽減の時間となりました。行けてよかったです。境内の緑は綺麗でした。絵本に出てくるような可愛いキノコ🍄🟫が生えてました。#連休中日#写経#般若心経#心の浄化#ストレス軽減#聖福寺#禅寺#聖福寺は日本最初の禅寺#博多#御供所通り#緑#キノコ#明日は敬老の日
聖福寺しょうふくじ(福岡市博多区)[訪問:令和7年7月]宗派は臨済宗妙心寺派、山号は安国山、寺号は聖福寺(正式には聖福至仁禅寺)創建したのは臨済宗の宗祖で京都の建仁寺を開山した妙菴栄西聖福寺は日本最初の禅寺であるため、山門には大きな扁額で『扶桑最初禅窟』と書かれており、これを書いたのは後鳥羽天皇とされますまた、元々は臨済宗単独でしたが、栄西が建仁寺を開山して建仁寺派となり、のちに黒田家が筑前藩主となったあとで黒田長政が宗派を妙心寺派に変更する命を出したそうです現代においても広い境
先日急用で福岡一泊。10年前博多駅から5分ほどの承天寺通り沿いに部屋を借り1年間だけ2拠点生活をしていたことがありました。懐かしくなり、住んでたマンション前を通り博多千年門をくぐり、承天寺、聖福寺、東長寺のある御供所町を朝散歩。この界隈は寺町で、博多旧市街の趣を残し、駅近のわりには静寂な歴史のあるエリアです。蝉時雨がかまびすしく、盛夏の太陽が眩しい!承天寺は博多の夏祭りとして有名な『博多祗園山笠』の発祥の地。うどん・そば・羊羹・饅頭などの製法が最初に伝えられた場所とも云われています
博多で会いに行ける仏像を紹介します。東長寺福岡大仏1992年写真は東長寺仏殿前のパネルより、大仏殿内は撮影禁止。高井琮玄作高さ10.8m30㌧光背の高さ16.1m京都の樹齢2000年のヒノキ30本寄木造りに賽割法というノミと小槌だけで彫り進めた。早良区内野に専用の作業場を建て完成まで4年かかり、彫り上げた大仏はトレーラー3台で運ばれ大仏殿の屋根を開けクレーンで搬入しました。※西日本新聞博多モノ語りより引用【北辰霊符神】東長寺六角堂は1842年に豊後屋栄蔵が建立したもので
長崎港線跡から再び山手に向かって歩きます山沿いに歩くと見えるのはお寺通りですその一番始めに大きくそびえるのが「万寿山聖福寺」ですこれは以前紹介した福済寺と並ぶ唐寺です福済寺を加えて「長崎四福寺」と呼ばれます建立されたのは1677年です(↓天王門)まず目に入るのは上の天王門です国指定の重要文化財です中へ入ると長崎市指定重要文化財の「惜字亭」がありますお寺の重要書類を燃やした焼却炉の役割でした(↓惜字亭)そして見えるのが大雄宝殿です建築されたのは1697
さて、最終日の観光を。この日は朝から暑くてそれでもせっかくなので。。まずはホテルにあった観光案内パンフレットを参考に「東長寺」へ。空海が唐から帰国した際に創建されたとのこと。その後、兵火により荒廃。その後再興したのが黒田官兵衛の孫に当たる福岡藩二代藩主の黒田忠之だそう↓黒田忠之公を中心に大きな五輪塔がずら~り。周辺にもお寺が多くありました。栄西禅師が日本最初に開山した禅寺<聖福寺>↓写真、うまく撮れなかったけど<承天寺通り>↓宋から聖
もち吉後、薬屋のひとりごと展でも行くかと思って調べたら本日発券終了帰ってくるまで寝るかと思いなんとなく好きなお寺を散策こちら。大仏のお寺、東長寺の裏手にあります。このあと御朱印もらおうか考えて庫裡へ行ったらまだ写経受け付けてて15時半まで。この時点で15時くらい。迷ったけどすることに。般若心経は1500円のお納め。本来お釣りなしで納めないといけないのに万札しかなく注意されました以後気をつけます。筆と墨は貸していただけます。身一つでおっけーまー字が下手なので大変でした
TOP-神社・仏閣-岩手県-八幡平市-聖福寺「奥州観音霊場」めぐりで岩手県八幡平市の「聖福寺」を訪れた。山号・寺名江峰山聖福寺(しょうふくじ)(白坂観音)宗派曹洞宗御本尊七面観世音菩薩所在地岩手県八幡平市西根寺田第20地割27Google地図緯度,経度39°58'58.0"N141°06'23.6"E39.982766,141.106545創建年慶長元年(1596年)開基寺田城主北氏御真言おんあろりきゃそわか御詠歌紫の雲
東長寺から、お近く聖福寺へ立派な山門をくぐると、淡いピンクの枝垂れザクラ、ハナモモ、かわいい黒猫さんあったかいにゃおとなり、順心寺は、サクラのアーチ、モフモフ燃えるような赤のボケ、立派な椿美しすぎて、ことばが出ない承天寺の、ピンクの椿もかわいかったです
日曜日、またまたJRウォーキングに参加してきましたこの日は、ウォーキング仲間の友人と一緒です。お天気はピーカンで暑い1日でしたよ〜スタートは久しぶりの博多駅人、相変わらず多いですまずはいつもの旧市街千年門の方へここもお馴染みうどん発祥の所ねこのお地蔵さんのところに綺麗な山茶花が咲いていましたこの後東長寺を通って東長寺の福岡大仏もお馴染みなのでスルーお次は曲がって寄り道聖福寺日本最初の禅寺です本殿の中にいらっしゃる仏様が持っている紐が外のこの回向柱に
こんにちは。今日も楽しいマキオカです。博多で泊まるホテルは、アークホテルロイヤル福岡天神だった。おー、なかなかいいホテルじゃないですか。対馬で二泊泊まった東横インと比べて、広いし綺麗。右肩上がりにホテルも食事もよくしていくこのスタイル、最後の印象を良くするためなんだろうけど、ツアー会社も創意工夫が必要な時代。クラブツーリズムも頑張ってますな。夜は近くの居酒屋で、もつ鍋、ごまさば、明太子にぎりをたらふく食べ、大満足。旅のヨロコビはなんといっても食。その土地の名物や名産、地酒を頂くの
出逢いは億千万の胸騒ぎ〜眩いぐらいにエキゾチック·ジャパ〜ン🗾長崎3日目の脳内BGMはHIROMIGOのエキゾチック・ジャパン🇯🇵異国情緒溢れる長崎ですがワタシは特に大陸のいぶき感じる唐寺に強く感じます。本川口橋より出島方面。新地中華街から出島は近い取り敢えず路面電車には乗らずに歩いて長崎観光。国の重要文化財長崎のシンボルでもある眼鏡橋👓️護岸沿いの遊歩道を歩き飛び石を渡る中島川には眼鏡橋をはじめ多くの橋が架かっています。その石橋群は寺町の寺院への参道門前橋とも
聖福寺に向かう途中にあったお寺閉ざされていて中に入ることは出来ませんでしたが門の彫刻と飛び狛さんに惹かれパシャリ聖福寺福岡市博多区御供所町6-1聖福寺(しょうふくじ)は建久6年(1195年)に鎌倉幕府初代将軍源頼朝公よりこの地を賜り、栄西禅師(ようさいぜんじ)を開山として創建された日本最初の禅寺。山号は安国山勅使門門横にはこんな碑が博多塀豊臣秀吉が九州を平定する頃、博多の町は毛利・大友・島津などの諸勢力による相次ぐ合
ダイヤモンドプリンセスぐるり本州一周クルーズ11日間5月25日〜6月4日クルーズは21回目プリンセスクルーズは12回目ダイヤモンド・プリンセス号は10回目下記のクリックをお願いします船旅の人気ブログはこちら➡cruisedaisukiのyutubeは➡こちらです6月1日(土)下記のクリックをお願いしますクルーズ人気ブログはこちら➡
筑前名所図会は奥村玉蘭(1761-1828)により1821年完成されました。しかしながら当時の福岡藩が許可せず日の目を見ずに完成本も県立福岡図書館が保存していましたが戦災で焼失してしまいました。現在ある「筑前名所図会」は完成前の稿本から10巻にまとめて昭和48年に西日本新聞社より500部発行されました。今回は「筑前名所図会」の挿絵から博多の町をさんぽするガイドを作りました。寺社を新旧比較しながらさんぽしてみませんか。スタート地点【大乗寺跡】絵図下に博多川(那珂川)の川辺りに現
建て替え後の現在の石村萬盛堂です。経営者も創業者一族より変わっています。創業者二代目社長の石村善右さんは仙厓百話という著書を出すほどの仙厓さんのコレクターで有名でした。今も本店の入り口ののれんや商品のパッケージやデザインにその痕跡は見られます。仙厓もなか、抹茶や緑茶のお茶請けに良いです。仙厓作、ひもにくくられた犬がきゃふんきゃふんと鳴いています。よく見ると杭が地面より抜けています。禅宗の公案なのかもしれません。自由になれたのに気がついていません。もしくは逃げたけど誰もごはんをくれない