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毎朝、母が起きて来るまで、今日の「当たりハズレ」は分かりません。「おはよう」と声をかけたときの返事のトーン。布団から起き上がるスピード。お味噌汁を一口飲んだときの表情。体調は悪くないはずなのに、メンタルがどん底の日があります。そういう日は部屋全体に重苦しい雰囲気が漂い、こちらまで胃がキリキリと痛んできます。体調も気分も絶好調という日は、月に数回あれば良いほうでしょうか。やはり母の「体調」がすべてのベースなのだと、日々思い知らされています。「お兄ちゃんは正直
「〇〇さん、例のデイサービスに空きが出ましたよ!」ケアマネジャーさんからの電話口で、私は食い気味に「お試し、お願いします!」と即答していました。人気の施設だけに、このチャンスを逃すわけにはいきません。トントン拍子で日程が決まりましたが、問題はここからです。なにしろ母は、過去に何度勧められても「そんなところ絶対に行かない!」と突っぱねてきた筋金入り。ですが今回は、母の知り合いから勧められた場所だったこと、そして何より「このままだと息子が限界を迎えてしまう」ということを、周りか
母中心の日々を送っています。ここには書けませんが、色々なことが積み重なり、「どうしよう。」と主治医や地域包括支援センターに相談しました。そんな中、母が仲良くしていた方が独居が難しくなったので、お子様の近くに引っ越しをすることになりました。ここ一年位は電話だけのお付き合いでしたが、母は淋しさから、うつ状態の様になりました。今は、殆ど外出することがなくなり、耳は遠くなり、昼間は疲れたと横になることが多くなり、更に気力もなくなったようです。頑固に介護保険は拒
ペルタン、まだちゃんと生きてますよ♪でもね、風邪をひいたら治りにくくて、やっぱり年を取っていろいろと下り坂になって来ているのは分かります。一日一写しといた方がいいかな?…とも思っています。📷️最後の思い出の日々を取っておけるように。その一方で、桜も咲いて花が散り始めて🌸葉桜になって来てるから、🌳これから本格的に暖かくなるし、良くなる可能性もまだある!と期待していたりもするんです!…とはいえ、老親の状態が悪化の一途。それを見ていて、世話もして
こんにちは。こころです。私が子供の頃、50歳は「初老」でした。60歳は「お年寄り」で、90歳まで生きるともう妖怪レベルだった(笑)。今、自分がその初老期にさしかかって思うのです。平均寿命が延び続けるいま、大事なのはアンチエイジングではなく——「オプティマルエイジング」それぞれの年代における、最良の状態を目指すこと。93歳になる義母が、それを見せてくれました。━━━━━━━━━━━━◆デイ
こんにちは。こころです。アルツハイマーだった義母が回復するまでの回顧録、続けています。治らないと言われている認知症でも、環境や家族の関わり方で改善することがある——そのことを、多くの方に知っていただけたら嬉しいです。━━━━━━━━━━━━◆孫が生まれて、義母はどんどん若返っていった孫が誕生してから、義母は見違えるように変わっていきました。もともと陽気で辛抱強い人でした。その部分が再び輝き出すように、孫の
こんにちは。こころです。アルツハイマーだった義母が回復するまでの回顧録、続けています。━━━━━━━━━━━━◆症状が落ち着いてきた、ある出来事アルツハイマー初期と診断された義母に、ある転機が訪れました。それは——孫の誕生です。まさか35歳で3人目ができるとは、私自身も思っていませんでした。当時は35歳は高齢出産です。しかもうつ病もあり、PMS時は寝込む。月の半分は起き上がることもできない。義母から
こんにちは。こころです。アルツハイマーと診断され、一度は完治した義母の回顧録、続けています。━━━━━━━━━━━━◆十数年間、ずっと振り回されてきた見当違いな言動、思い込み、物忘れ、物取られ妄想——。義母に振り回され、辟易していた日々が十数年続きました。困った人だとは思っていた。でも、それが脳の病気だとわかるまでには、長い年月がかかりました。診断が出て、ようやく「そういうことだったのか」と腑に落ちた部
こんにちは。こころです。アルツハイマーだった義母が完治するまでの回顧録、続けています。━━━━━━━━━━━━◆診断を受けて、まず考えたこと「アルツハイマー初期」と診断された義母。薬の処方について、医師から説明を受けました。私は正直に伝えました。「これを飲んだからといって治るものでなければ、薬は控えたいと思っています」その言葉の裏には、私自身が見てきたものがありました。━━━━━━━━━━━━◆父のこ
こんにちは。こころです。アルツハイマーだった義母が完治するまでの回顧録、続けています。━━━━━━━━━━━━◆白か黒か、はっきりさせたかった義母と二人で、はじめて精神科を訪れました。今まで積み重なってきた義母の言動が、病気によるものなのか。それとも、もともとの性格なのか。白か黒か、はっきりさせたかったのです。病院は知人から紹介してもらった個人クリニックを選びました。狭い待合室は10人も座ればいっ
こんにちは。こころです。アルツハイマーから回復した義母の回顧録、連載しています。━━━━━━━━━━━━◆仕事から帰ると、義母が寝込んでいたある日、仕事から帰ると義母が珍しく「晩御飯はいらない」と言って、寝込んでいました。聞くと——お昼に食べた餅が腐っていた、だからお腹を壊した、というのです。「餅が腐る?」そもそも、餅は家に買い置きがないはずでした。自分で買い込んで、片付けの苦手な義母の
こんにちは。こころです。親のことで、悩んでいませんか?「毒親」という言葉があるように、親と距離をとることで精神的に安定する場合があります。でも親が高齢になってくると、また別の葛藤が始まります。「親の面倒を見なきゃいけない」「嫁が見なきゃいけない」そういった既成概念と、自分自身の生活と、親の存在——その三つが静かにぶつかり合う。私も今、その真っ只中にいます。━━━━━━━━━━━━◆
こんにちは。こころです。自分の親が入院してしばらくすると「あれ?おかしいな」と感じることがあります。高齢者が1週間入院すると、筋力が約15%低下すると言われています。同時に脳の機能も落ちて、軽度認知障害——いわゆる「まだらぼけ」のような状態になることがあります。━━━━━━━━━━━━◆試すような質問はやめてほしいそんなとき、親に向かってこんな質問をする家族がいます。「今日は何月何日?」「私の名前、言ってみて」時間の概念があまり必要とされない環境で過ごしてい
こんにちは。こころです。アラフィフになると、親の介護がリアルになってきます。このブログを読んでくれている方の中にも、すでに介護をされている方や、いつか来るその日を不安に思いながら過ごしている方がいるかもしれません。今日は、私の義母の話を書かせてください。回顧録として、記憶が鮮明なうちに。━━━━━━━━━━━━◆93歳の義母と、アルツハイマーの歳月義母は現在93歳。アルツハイマーと診断されてから6年後、主治医に「完治
こんにちは。こころです。これは、今から15年前の話です。記録として、ここに残しておきたいと思います。━━━━━━━━━━━━◆北海道の実家へ、急いで帰った私は思春期の子供達を置いて末の子だけを連れて北海道の実家に長期滞在していたことがありました。夏休みだったらよかったのですが、理由は楽しいものではありませんでした。82歳になる父は、母が亡くなってから13年間ひとり暮らしを続けていました。その父が病気で入院し、一時昏睡状態に陥ったのです。医師からは「いつ何があってもおかしく
ブログは私のワンオペ介護生活を通して感じたことや葛藤、嬉しかった事母への思いなどを綴り残す貴重なものになっていました要介護5の母と一人向かい合った5年間を書いていました最期の半年間、母を入院させたまま連れて帰ることが出来ずにかなり苦しみましたその時の心情などもブログに書くことで吐き出していました母と過ごした5年間をブログに残して良かったと今は思っていますそれを読むことで、元気だった時のことを思い出したりできるからです今は、辛すぎて読み返すことはできませんがいつか懐
親父脱水症状点滴治療から毎日実家に通いつめております点滴効果と食事の工夫やらで翌日の訪問診療での先生「点滴はしなくてもいいですね食事量の記録も出来れば数量とかわかるように記入して貰えると助かります」とりあえず脱水症状の危機からは脱した親父は今入れ歯の調子が良くないのもあって噛む力が弱くなっているそこで登場するミキサー親父が買ったのをおかんが「使わん」としまい込んであったのが今フル稼働しておりますお粥からパン粥からミキサーいやぁ便利✨介護施設での調理現場でのバイト
こんにちは。こころです。以前、アルツハイマーから回復した義母の回顧録を連載していました。最近また症状が進み遠距離介護となってきましたが、一時は「完治」と言われた義母の記録を、写真とともに残しておきたいと思います。━━━━━━━━━━━━◆ビフォー:2020年2月身長142cm、体重60kg。・アルツハイマー・変形性膝関節痛・腰痛・季節性気管支炎・要介護1・老人ホームを探し始めていた━━━━━━━━━━━━◆アフター:2020年5月(3ヶ月後)体重50kg。マイ
こんにちは。こころです。人の寿命は生まれた時から決まっていると思っていませんか?最初はみんな赤ちゃんです。それが段々と個性や人生の浮き沈みが分かれていく。実は——普段話している言葉で、寿命を削っているということがわかっています。━━━━━━━━━━━━◆静岡大学のシンポジウムで発表されたデータ2010年の秋、静岡大学で開かれたシンポジウムで発表されたデータがあります。いつも病気を語り、自分の弱点を口にしている人の10年後の死亡率は、病気を口にしない人の3倍でした。接骨院や整形
姉ちゃん、姪、息子3人揃って午年の厄年である3人も厄年なので姉ちゃんが大変気にしていて「何かしらの凶事が起きるかもしれんけ用心しとかにゃ」そう言ったのは昨年末のことそして一昨日おかんが実家で転倒して背中を強打して「左側が痛くてかなわん、息をするのもやねこい(広島弁つらい)」翌日姉ちゃんが車で大きい病院に連れてったら左側の肺が破裂して萎んでそこから空気が漏れて体の中にたまっている気胸である即入院をとなったのだがおかん、渋る「ウチが入院するようなことになったら誰がお父さ
母、令和8年1月26日0時31分永眠致しました長い間、本当にお疲れ様でしたありがとうございましたm(__)m
母の状態が少し落ち着いたので、一旦帰宅してきました。母はすごく頑張ってくれてます私が声を掛けると、『うん』と答えたり必死に目を開けてくれたり⋯それから、握った手を何度も力強く握り返してくれました12時40分~16時40分まで傍に居させて頂きました態度の悪い看護師が出勤してきたのと、母の状態が少し落ち着いたので帰宅してきました緊急時に備えながらですが、私も休むことにします夜間でもTELに反応できるように眠剤は飲まず、私服を着たまますぐ駆けつけられるような体制で休み
母の容態が芳しくないという内容のTELが病院からきました尿量が減り、意識混濁しているとの事昼過ぎに面会に来て欲しいと言われましたどうすればよいか、頭が働きません
今日は母の面会に行く際に、ガーゼと水筒を持っていきました口腔ケアはしてくれてるんだろうけど、乾燥して血まみれなのがずっと気になっていたので、看護師から見えないように、そっと、口の中を湿らせてあげられました買った『口腔スポンジ』は、病院に持っていってあるので、ガーゼとお水を家から持っていきました病院あるあるなので仕方ないですが、患者や家族に寄り添えない看護師にイライラ今は何か言えば『モラハラ』だとか言われてしまうので言わないけれど、寄り添えない人間が人相手の仕事は向かない
昨日、母の担当医とムンテラがありました先週末から血圧・体温が低下してきているということ。今度ばかりは、本当に覚悟して下さいと言われました食事は既に摂れなくなっており、点滴だけ続けていますと。私はムンテラの予約をして欲しいと看護師から言われた際「点滴を抜去します」と言われると思っていましたが、続けるとのことでしたしかし、既に声掛けしても反応はほぼなく、眠っているような感じです点滴を自己抜去する力すら残っていない為ミトンでの拘束も解放されていました数ヶ月ぶりに握った母の手
こんにちは今年前半からの続きの後半ですすみません…ブランクで前の記事をこちらに添付する方法がわからなくなってよろしければ前半も覗いてみてください(´ω`およそ一年ぶりの…ささやかな日々を積み重ねて今年も無事に過ごせたこと…ざっくり急ぎ足でのほぼ記録のようなものですがおつき合いいただけたら嬉しいです4月…息子のワンコに会いました…もう孫ですっこの時はまだ息子結婚前でした帰りは目黒川の桜^^ゴールデンウィーク…1日目万博記念公園どうしても行きたかった閉園
こんにちはおよそ一年ぶりのブログになりますこのままフェイドアウトでもいいのかなとも思っていたのですがささやかな日々を積み重ねて今年も無事に過ごせたこと…ざっくり急ぎ足のふり返りどうしても記しておきたくなりました…ただの何のお役立ちにもならないアラカン主婦のアルバムのようなモノ…おつき合いいただけるならよろしくお願いいたします(˘ω˘)まずは乳がんきっかけで始めたブログですから9年無事の入院トリオでと言っても人は載せてませんよwバタバタ師走ランチから^^Yちゃ
どもママっちですついコタツで寝てしまってお嬢に怒られてます気持ちいいですよねさてこちらの続報です『老親の介護☆老いを受け入れるには』どもママっちです昨日の夕方とんちんかん(?)なLINEが、もんもん(母)から来ました内容はまあ、例のことがまた起きたと『年末にオヤジがやらかす』さて寝ようか…ameblo.jp滑り止めマットは買ったことがあるそうですただ、親父に「滑る!」と怒られ、捨てたと補助椅子は浴槽が浅いから肩まで浸かれないと嫌がるから、と※高齢者あるある
母の主治医とムンテラしてきました母の退院許可はやはり認められませんでした悔しさと情けなさで涙が止めどなく溢れましたもう、点滴一本で命を繋いでいる状態ですそれでも会えるだけ幸せと思ってと言われました私は「何かあったら直ぐに連絡する」という言葉が大嫌いです何かあってから会ったところで何ができますか⁉️⁉️⁉️何も出来ないんですそれってどんなに歯がゆいものか想像できますか⁉️在宅で点滴しながら看病したい旨を伝えましたが、介護者一人しかいない状況では無理だと言われました
こんにちは。こころです。50代あたりから痛みや違和感を感じ始め、早ければ60代で歩行困難になるひざ、腰の痛み。整形外科に行くとヒアルロン酸注射、人工関節——老化現象だと諦めてしまいがちな膝の痛みですが、なんと靴の選び方で軽減、もしくは解消できるとか━━━━━━━━━━━━◆百貨店でふらりと足が止まった訪問介護の仕事で朝6時半から夜10時過ぎに帰宅。週6日勤務。移動も多く、多い時は1日1万歩以上歩きます。