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北海道ツアー8日目です。道の駅「鐘のなるまちちっぷべつ」から出発です。道の駅では仮眠する車が少なからずいますが、大型車はほぼエンジンがかけっぱなしです。暑いのでエアコンをかけっぱなしということでしょうけど、乗用車でも多くはありませんが同じようにエンジンかけっぱがいます。大型車からは極力離れた場所に停めるのですが、普通車でエンジンかけっぱの車が近くに停まった場合は移動することもあります。こちらは、窓を少し開けネットを被せるようにしています。当然、エンジンをかけることはありません。
1/4に横浜で開催されたkitcheNさんの即売会へ行ってきましたいつも道内車の定山渓鉄道や夕張鉄道ばかりを制作していたので、今回は地元湘南の小田急のデユニと気になっていた喫茶店を購入、加えて先日作例を見かけた羽幌のキハ11の3Dプリンタキットなどを購入、kitcheN製の青森県産りんごもいただきました3Dプリンタキットですが購入時に切り出しには注意!そして裏側には2次硬化は必要ですとのアドバイスをいただきました、対面販売に参加できて良かったです↓台座から取り出しついでに以前購入した山
☜ブログ投稿の励みになりますので宜しければ応援のクリックをお願いします。ご訪問ありがとうございます!昨夜は「道の駅しょさんべつ」さんでお世話になりました!目覚めの外気温は「5.1℃」で少し冷え込んでます…就寝時はFFヒータは停止、電気モーフでも十分暖かいです!同じ場所で「秋鮭釣り」であたりを待ちますが・・・!何時ものシーズンは駐車場は満車になることが多いのですが・・・!今日は約25㎝位の大きめの「フグ」がヒットしましたが調理が出来ないのでリリースです…初山別は
目的は別のことにあったのですが、結果的に名羽線跡と羽幌炭鉱立坑跡を見ることになりました。代わりに、未成線の名羽線跡でも見ようか?と気楽に考えて、上羽幌に行ってみました。現在道路工事中のため地図のDより奥へは入れませんでしたので、もうあきらめて引き返してそうと思っていました。奥は通行止め廃屋は散在する上羽幌上羽幌は、数件の農家は健在ですが、兵億も目立ちかなりすたれてしまった印象です。そろそろ引き上げて帰ろうと、未成線は羽幌川流域の上羽幌から峠越えで築別川流域に移るの
渋い旅館に泊まってきました(笑)先日、出張で北海道の北部へ。普段はあまり宿泊できない町に泊まることに。地元の人の紹介で、町内の老舗の旅館へ。外観は非常に綺麗でおしゃれな感じ。チェックインして、さっそく部屋へGo!ワォ~、THE昭和!!でも、部屋は広くて良い感じ!廊下も板張りで良い感じ。こんなところに渋い鏡。1970年に閉山した会社名が・・・昔はどこにでもあったスリガラス。今となってはノスタルジックで良い感じ(エモイ?)久しぶりに風呂、トイ
8月13日初山別キャンプツーリング3日目、最終日です。04:00目を覚ましました~!放水作業に起きただけ!朝焼けの時間です🌅皆さんが起き出す前の少し早い時間に朝飯道北の朝は爽やかですよ~朝もご飯物が食べたかったので、昨日セコマで仕入れておきました~冷凍の麦茶もセコマに有るので保冷剤としても重宝してます!テントの乾燥まで待てなかったので、生乾きで撤収、出発!初山別ツーリング帰路の定番、築別炭鉱に寄って行きます。炭坑も閉山しているのに青看板に「築別炭
夏の北海道から秋の北東北を旅してきた142日間の記録です。大阪を出発して18日原付を積んだ軽バンで北海道にわたり基本的に車中泊で気ままな一人旅をしている今は羽幌あたりを走行中18/142日目(その4)ラストです。オロロンラインニモドッテマタホクジョウチウオロロン鳥がロードサイドに鎮座する。例によってオロローンえん魔くん!と車内一人で叫びながら、羽幌からまたちょっと内陸に入ってって目的地に着いた。羽幌炭砿跡ほんでここもアブがブンブン飛んでて怖すぎる。近くで
2009年に撮影した羽幌炭鉱・築別坑炭鉱病院跡。NikonD3XにPC-ENIKKOR24mmf/3.5DEDを装着、2枚重ねND400を用い2分露光。羽幌炭鉱は、義理の祖父が終戦直後から昭和45年の閉山まで、保安監督員として奉職した炭鉱。産業構造物と自然との融合が美しいこともあり、最も思い入れのある炭鉱遺産です。
2014年に撮影した北海道羽幌炭鉱・羽幌本坑運搬立坑。1970年に閉山、炭鉱の街は無人となっています。深い森の中に佇む運搬立坑の姿を2002年に初めて見た際には、大変感銘を受けました。この年再撮影の為に訪問。久しぶりに裏山に登り撮影しました。NikonDfにPC-EMicroNIKKOR45mmf/2.8DEDを装着。
<今日の製作机より>羽幌炭鉱鉄道キハ1001更新受注分2両完成です。キハ42600(キハ07)譲渡車を2扉化した車両です。羽幌炭鉱鉄道キハ1001更新側面です。初期は2扉化した程度の形態差でしたが、後年、更新時に埋め込みヘッドライト、Hゴム窓、アルミサッシ化されました。側面窓周りの雰囲気は岩手開発のものに似ています。茶色車体なので、アルミサッシが目立ちますね。羽幌炭鉱鉄道キハ1001更新岩手開発の車両は戦後自社発注車で前面4枚窓ですが、こちらはキハ07と同じく6
<今日の製作机より>羽幌炭鉱鉄道キハ1001更新反射板付きテールライト等の部品準備から屋根、部品塗装進行。Hゴム窓の色差しから組み立て作業に入っています。屋根色は末期の白黒写真から推察。明日は窓ガラス取り付けから早ければ完成まで。明日も羽幌炭鉱の作業継続です。では。
<今日の製作机より>阪急P-64連(142-1551-120-1518)受注分1編成完成です。中間車1550形は戦後増備の阪急形車体なので、車体各部の構造が100形・1500形とは異なります。阪急P-64連(142-1551-120-1518)側面です。各車ともに戸袋窓は曇りガラスで、ここがいいアクセントになっています。阪急P-64連(142-1551-120-1518)100形・1500形が裾に台枠が露出するのに対し、1550形は裾まで外板が延びるので、裾高
<今日の製作机より>羽幌炭鉱鉄道キハ1001更新微妙にシルに接していない白帯をマスキングし、茶色吹き付け作業まで進行。休み明けはレタリングから半光沢吹き付けの作業に進みます。P-6は屋根塗装は進行せず、部品準備作業を進行。幌組み立て作業等もあり、手間のかかる部分です。休み明けに屋根、部品塗装から組み立て作業に進みます。では、お休みなさい。
<今日の製作机より>阪急P-64連レタリングから半光沢吹き付け作業まで進行。明日は乾燥状況を見て可能ならば屋根塗装を。無理なら部品準備のみ。羽幌炭鉱鉄道キハ1001更新白色塗装作業まで進行。写真的には昨日とほぼ同じですが。明日は帯マスキングから茶色吹き付け作業を進行の予定です。上記塗装の合間に銚子201の削り作業進行中です。明日も上記各種の作業継続となります。では。
<今日の製作机より>阪急P-64連昨日から塗装開始して、マルーン吹き付けまで進行。明日はレタリングから半光沢吹き付け作業の予定です。羽幌炭鉱鉄道キハ1001更新受注分2両本日より塗装開始です。下地白色吹き付けまで進行。明日は帯白色吹き付け作業の予定、写真的には変わらないものになるはず。フリー分中期は少し時期ずらして作業再開の予定です。明日も上記車種の作業継続となります。では。
明けましておめでとうございます引き続き、本年も宜しくお願い致しますブログかなり溜まっています…相変わらず遅れていますが、引き続きよろしくお願い致します。北海道旅行2022に続きます『北海道旅行2022☆レンタカーで羽幌神社、国鉄羽幌線羽幌駅跡を観察♪』こんにちは北海道旅行2022に続きます『北海道旅行2022☆焼尻島から羽幌へ戻る!天売島ともに旅を終える』こんにちは北海道旅行2022に続きます『北海道旅…ameblo.jp▲この日は予備日と
<今日の製作机より>京阪P-64連受注分1編成本日より製作開始です。半田付け終了。第1次更新後の姿にて製作です。銚子電鉄デハ201フリー販売分2両見本分1両本日より製作開始です。半田付け終了。羽幌炭鉱鉄道キハ1001更新受注分2両羽幌炭鉱鉄道キハ1001中期フリー販売分1両本日より製作開始です。半田付け終了。更新はバス窓、中期は07の面影を残す2扉車です。明日はP-6の削り作業等の予定です。では。
北海道炭鉱遺産シリーズ再掲載です。2009年、ニコンD3XにPC-ENIKKOR24mmf/3.5DEDを装着し撮影した羽幌炭鉱築別炭鉱病院跡のカット。約2分の露光をしています。時の流れの中で、産業構造物と自然が融合していく「産業的自然」的な美しさを追求していました。D3X、作品撮影を数多くした懐かしいカメラです。
8月11日木曜日第2部のスタートは羽幌炭礦鉄道です。羽幌炭礦鉄道は羽幌炭鉱から産出される石炭を輸送するために太陽曹達(現太陽鉱工)により設立され、1941年に開通しましたが、1970年の炭鉱閉山により廃止となりました。戦時体制下での資材確保困難な時期に工事が行われたため、各地の中古品を購入して架けらた桁高やスパンが異なる橋梁が見受けられました。第一築別川橋梁は4径間のプレートガーターとなります。第一築別川橋梁曙光-曙間第二橋梁もプレートガーター橋となりますが、桁高が異なるタイプ
おはようございます。いつも訪問、いいね!コメントやフォロー、ありがとうございます昨日、無事義弟の告別式、火葬を終え、久々に家で寝ましたああ、疲れたとりあえず、北海道旅行の続きをば。あ、まずは訂正を。「また北海道④」で、ホテルの宿から見えた島を、焼尻島と書いてしまいましたが、正確には利尻島。焼尻島はもっと平べったい島でした利尻は利尻富士が特徴的な島。まさか利尻島が見えるとは知りませんでした。お詫びして訂正します。さて、北海道旅行6日目の、6月30日。夫や
6月22日(水)本日朝一にやって来たのは、塩狩駅に隣接した三浦綾子の塩狩峠記念館です。しかしながら時間を考えずにやって来たため、開館まで3時間以上待ち時間がありましたので断念しました。塩狩駅は廃止も噂されている駅です。確かに周りに人家はありません。信号所に格下げでも問題ないように思います。東六線駅跡です。何も残っていません。板張りホームでしたから、撤去も簡単に済んだ事でしょう。北剣淵駅跡です。ここも何も残っていませんでした。突如踏切が鳴り始め
昨日ご紹介したひたちなか海浜鉄道のキハ222形。早速撮影を行いました♪本日は天気が良かったので、久しぶりの屋外撮影を。木のトンネルを通り抜けるキハ222。ひたちなか海浜鉄道には金上〜中根間に線路の左右が林に囲まれた区間があり、まるで木々のトンネルの中を走っているような感じを味わえます。晴天の中に青とクリーム色の国鉄旧気動車標準色が映えますね。1両だと寂しいので相方のキハ2005(元留萌鉄道車両)や羽幌炭鉱鉄道時代のカラーリングの車両
本日は新しく製作したレゴトレインをご紹介します。北海道の気動車と言うとやはりキハ40を思い浮かべますが、キハ40が主役となる前から活躍していた気動車があります。それがキハ22形と言う車両です。全国的に活躍した国鉄の傑作気動車キハ20系を酷寒地仕様とした車両で、道内のローカル線で多数運用されていました。キハ22形に施された耐寒仕様は、その後のキハ40100番台や711系の耐寒・耐雪構造の基準ともなり、正に冬のスペシャリストとも言える気動車です。そんなキハ2
羽幌炭礦鉄道の車内補充券です。古賀町~羽幌間の片道乗車券です。[更新履歴]2022.2.27掲載
昭和45年に廃止された羽幌炭礦鉄道の廃止記念乗車券です。(表面)(裏面)[路線データ]区間:築別~築別炭砿16.6km軌間:1067mm駅数:8(起終点駅を含む)[解説]羽幌炭礦鉄道は1941年(昭和16)開通。旧国鉄羽幌線築別駅と築別炭鉱間16.6kmを結んでいました。戦時中のため、様々なところから資材をかき集めて建設されました。それは現在も残る橋梁跡にも苦心の跡が残っています。この路線は運炭を中心としていましたが、炭鉱町に住む住民のための旅客輸送も行っていま
北海道は雪の中。こんな写真を見ながら、次の探索をあれこれ考える季節。ほとんど妄想かな。今年も感動する風景に出会うことを願いつつ。
石炭の採掘場所ですが、基本的には地盤面よりも地下になります。石炭の層を発見して、最初のうちは地表面を掘り進めて行くので、それほど大変な設備はいらないといえます。しかし、掘り進める毎に深く、そしてもっと深く地中に下りていくことは想像できると思います。地中奥深くに進んでいくにはいろいろな問題や、解決しなければならない技術的な問題が多く発生してきます。地中奥深くへと進む技術的な問題とは、以下のようなものが挙げられると思います。・掘り出した石炭、人員の上げ下ろし・また、上げ下ろしの時間の発
かつて、北海道の羽幌町に、『羽幌炭鉱(はぼろたんこう)』と呼ばれた、石炭を採掘していた地域があります。今はほぼ自然に還っているところですが、炭鉱の全盛期にはとても多くの人たちが働いていたようです。その栄えていた羽幌炭鉱ですが、昭和45年に閉山となっています。その当時の羽幌町の広報を、羽幌町の図書館で探して読んでみました。そこには、羽幌町長のコメントがあり、炭鉱の閉山への無念と、これからの町の発展に向けての気持ちを強く打ち出されていました。<羽幌町広報昭和46年2月号より転載>
旧家から学ぶ、農民の暮らし重文「行永家住宅」で第14代当主が歴史講習東舞鶴高・国際文化...毎日新聞行永さんによると、行永家は17世紀前半の元和年間に舞鶴市のこの地に帰農したと伝えられている。18世紀後半の天明年間から旧小倉村の庄屋を...あと1歩でV9阻止……。0.5ゲーム差2位の阪神で躍動したサブマリン/プロ野球20世紀・不屈の...Yahoo!ニュース...日の巨人戦(甲子園)での池田祥浩(純一)の後逸が蒸し返されて“世紀の落球”と攻撃されるなど、後味の悪いエピソ