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小説密恋~お義父さんとは呼べなくて~最終話牡丹の花の咲く頃にはその三ヶ月後、崔氏の屋敷において、朴トスと崔キョンシルの婚礼が盛大に行われた。祝言は新婦の母の一年の喪が明けるのを待って行われた。その日、盛装に身を固めた新郎新婦は伝統にのっとった儀式どおりの祝言を行い、その後、崔家の広大な庭では無礼講の祝宴が設けられた。崔氏の縁戚や知人たちは皆、両班ばかりなので、別に大広間で祝宴が催されたが、無礼講の宴に招待されたのは、キョンシルとトスがかつて暮らしていた市井で隣近所であった人々
小説密恋~お義父さんとは呼べなくて~最終話牡丹の花の咲く頃には誰かがひそひそと囁き交わしている。キョンシルはまだじんじんと痺れた頭で考えた。話しているのは男二人。「それにしても、えれえ別嬪だなぁ、兄貴」「おい、妙な気は起こすなよ。この娘っこは、旦那さまの大切な切り札だからな」「切り札ったって、どうせ最後には殺すんだろう。こんな綺麗な娘をただであの世に送るのは勿体ないぜ」「いや、俺が思うに、恐らく旦那さまは、この娘を取引に使うおつもりはないだろう」「ええっ、俺はてっき
小説密恋~お義父さんとは呼べなくて~最終話牡丹の花の咲く頃には「いいえ、今日だけは聞いて欲しいの。トスおじさんは私に言ったわよね。ソンとの間に何もなかったと知っていても、何となく面白くないんだって。つまり、私がソンと一緒にいたことそのものがトスおじさんにとっては許し難いことだったのよね」トスが諦めたように息をついた。「全っく、そなたはやはりソンニョの娘だな。意地っ張りなところまで、そっくりだ」次いで自棄のように声高に叫んだ。「そうだ、そなたの推測は正しい。俺はそなたがあい
小説密恋~お義父さんとは呼べなくて~最終話牡丹の花の咲く頃には馬執事は彼の父親と共に長年、崔家に忠勤を励んできた身であった。馬執事から直接聞いたことはないが、彼にとっては崔イルチェは単なる主人以上の大切な存在なのかもしれない。彼の主人を思う心が判るだけに、キョンシルは何も言えなかった。「繰り返しますが、旦那さまはうわ言のようにお嬢さまにお逢いしたいとおっしゃるだけで、お屋敷にお連れするようにと命は受けてはおりません。お嬢さま、いかがなさいますか?」「行きます」躊躇いもなくキョ
小説密恋~お義父さんとは呼べなくて~最終話牡丹の花の咲く頃には「判った。トスおじさんの言うとおりにします」キョンシルは素直に頷き、少し恥ずかしげにトスから離れた。「イルチェさまの具合は、かなり悪いのか?」改めて訊ねるのに、キョンシルは頷いて見せた。「卒中ですって。今度、発作が起きたら、そのときは覚悟しなければならないとお医者さまが言われたそうよ」「何ということだ。あの天下の崔イルチェさまが」トスもまた衝撃に言葉もないようである。「それならば余計に少しでも早く、イルチ
小説密恋~お義父さんとは呼べなくて~最終話牡丹の花の咲く頃にはキョンシルに向かって〝済まない〟と頭を下げた祖父。―キョンシル。今更、何をと思うかもしれないが、崔家に戻ってくれぬか。儂は十六年前、大きな過ちを犯した。息子の切なる訴えを聞こうともせず、ただ一方的にチソンとお前の母親の結婚に反対した。ゆえに、あの子は屋敷を出てゆかざるを得なかったのだ。愚かな儂をもしまだ祖父と思うてくれるのなら、どうか孫として崔氏に戻り、家門を継いで欲しい。そなたの父や儂が果たせなかった夢を、そなたなら果
小説密恋~お義父さんとは呼べなくて~最終話牡丹の花の咲く頃にウンスクと別れた後、トスが一人で赴いたのは恐らくは妓房に違いない。妓房で恐らくは妓生と二人きりで過ごしていたのだ。トスがあまりにも取りつく島がなくて、そのことについて問いただす暇がなかったけれど、キョンシルにとっては大問題だ。美しい妓生はキョンシルのような世間知らずの小娘とは異なり、男あしらいも上手いだろう。キョンシルの脳裏に、妓生とトスが親密そうに話し込んでいる光景がありありと浮かび上がる。トスは大人の男なのだか
小説密恋~お義父さんとは呼べなくて~最終話牡丹の花の咲く頃にはそれが何故、色町に行くことになったかといえば、一緒に飲んでいた銀細工職人の銀粛(ウンスク)のひと言が原因であった。―良いな、兄貴(ヒヨンニム)は。あんな別嬪の若い娘と毎夜、やりたい放題なんだろ。最初は取り合わなかったのだが、ウンスクがしつこく言ってくるので、ついカッとなってしまった。―何度も言っているだろうが。キョンシルと俺はそんな仲ではない。―またまた、照れなくても良いじゃないか。ウンスクは気の好い、至っ
小説密恋~お義父さんとは呼べなくて~最終話牡丹の花の咲く頃にはトスは酔いのために濁った眼を女に向けた。「それは、どういう意味だ?」「失礼ながら、旦那さまは妓楼などで女に現(うつつ)を抜かす方には見えません」何がおかしかったのか、トスはその言葉に大笑いした。「そなた、俺を何者だと思っている?禁欲主義を主張する気取り返った学者(ソンビ)か、頭を丸めていない坊主にでも見えるか?」女は痛ましげにトスを見つめた。「とても―お淋しそうに見えます」「俺が淋しそうに見える、だと?」
小説密恋~お義父さんとは呼べなくて~第三話むせび泣く月【王宮編】翌朝、まだ東の空が白々と明け初める時刻、宮殿の門から一人の娘が出てきた。町の娘にふさわしい簡素なチマチョゴリを着て、髪は未婚の娘らしく後ろで一つに編んで垂らしている。「淑媛さま、どうかいついつまでもお元気で」門を出るまでは、臨尚宮が送ってくれた。臨尚宮はキョンシルをソンの妃だと信じ込んでいただけに、真実を知った衝撃は大きかった。彼女は何とかキョンシルを翻意させ、ソンの側にいるようにと説得を試みたけれど、最後は
小説密恋~お義父さんとは呼べなくて~第二話むせび泣く月【王宮編】「わ、若さま。おいらのせいで、若さまがこんな目に」まだ十二、三の子どもは薄汚れた木綿の上下に身を包み、涙を流していた。しかし、若者は満身創痍ながらも微笑み、優しく応えている。「私のことならば心配するには及ばぬ。そなたの方こそ、何もなくて良かった」〝おいで〟と声をかけ、若者は子どもを手招きする。子どもが恐る恐る近寄ってくると、若者は袖から小さな巾着を取り出した。薄桃色の巾着は財布らしく、膨らんでいる。やはり、かな