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今日は早朝未明から雨。家内は部屋での気功。自分は早めに出社。10月になった。今年もあと3ヶ月。何もない日もあれば、何かある日もある。家内のお腹は不安定。激痛でない痛みが時折り来る。縫合不全から4年半、いつかは治ると信じていた。数ヶ月前に縁が出来たがんサロン。サロン主催のドクターが外科専門。この痛みはなんとかならないか聞いてみた。言葉を選びながらの回答。一言ではこの表現。ソクラテスの言葉。「神のみぞ知る」先のことは通常の人間の能力ではわからない。景気も技術発展も、
9月22日16:07「1時間ほど前に無事に手術が終わりました」と先生から電話連絡ありました早速病院へ行き診察室で先生よりお話し切除した部位の写真があるけど…見ます?と先生見せてもらうと切除した腫瘍は想像より大きくて赤黒くて凸凹してました最初の見立て通り転移は見当たらなかったそうですががんが広がっている可能性のある組織まで小腸の腫瘍を中心に左右数cmずつ長すぎず短すぎずの位置で切除したそうですひとまず手術は成功ですが3日後くらいまでは縫合不全の可能性も無きにし
それは、おへその右下、おへそから距離にして約4cmのところにありましたストーマのビニール越しだったけどびっくりするくらい主張がでかい色をして口を開いていましたうん、そうツヤツヤの唇×2みたい。ピカピカと綺麗で、グロテスクなんだけど夫の体の一部で、とても愛おしいような。これが、今までお腹の中にあった小腸小腸をお腹に開けた穴から引っ張り出して、チョキンとハサミで切り、切り口を2つ、見えるように、引っ込まないように、1.5センチほど飛びださせてお腹の穴に固定してそのま
大腸がん手術から1週間。縫合不全で腹膜炎を起こし、夫は再び朝10時に手術室へ手術は2.3時間予定とのこと。全身麻酔をしての腹膜鏡手術。お腹の中を洗浄し、小腸で一時的人工肛門を造設予定、とのこと。回避したかった人工肛門だったけど、もうしかたない生きるため。夫を待つ間に、オストメイトを検索しまくる。人工肛門…聞いた事はあったけど、私は見たことはなかった。夫は、銭湯で見たことがあったらしい。だから、よけい回避したい気持ちが大きかったのかも。予定では、1.2ヶ月後の
10数時間の直腸がん大手術から調子よく、日に日に元気になっていた夫でしたがちょうど1週間経った朝、私の携帯が鳴りましたその日はたまたま仕事がなく、かねてからの睡眠不足もあり、目覚ましなしでグーグー寝ていて電話が鳴って飛び起きました病院からだ!と、わかった瞬間、嫌な予感電話に出ると外科の先生でした。先生)昨晩から熱が高く、腹痛もあり。腹膜炎の可能性があるので、今から緊急手術をします。すぐに病院に来て下さい。とのこと。オロオロしながら準備していると、子供が仕事を休ん
2ヶ月間待ち、やっと手術のため入院しました。手術前日、大腸内視鏡検査をしたのですが、これが想像を絶する痛さ。看護師からは「我慢して!」と言われましたが、自分がやられてみろ!と叫ぶのを我慢しました。術前に医師からの説明。膵頭部の病変部位と胃の1/3、十二指腸、胆嚢、胆管、リンパ節を切除し、胃と小腸をつなげて再建。開いてみて門脈まで浸潤していたら切除し、太もものいちばん太い血管を切り取って門脈にする、と。8時間かかるが、門脈まで浸潤していたらそれ以上になると思っていてください、でした。手
今日1月22日は、先日の17日同様に忘れられない日。この4年間、山あり山ありだった。特に家内は。4年前の今日、家内の直腸がんがわかった。それから生活が一変した。引っ越しも2回した。がんに関するブログもそこから読んだ。いろいろながんの経験者のパターンを見てきた。この世のステージから降りた人は数知れず。家内は、幸いにも抗がん剤治療は経験せずに済んだ。しかし、レアな縫合不全になった。そのため、予後は人とは違う経験をした。なんとか、まだこの世のステージにいさせてもらっている。次
9月6日(金)朝起きても熱も体調も悪くなく、ただ昨日の検査の結果はやはり炎症反応が続いてでているとのこと。この週末、抗生剤投与して引き続き絶飲食で様子見るしかないと言うこと。9月1日の昼を最後に何も口にしていない。リアルに”お腹と背中がくっつくぞ”状態医師も後は運次第って言うし、私にできることはもうない。動かないほうがいいのかなって思うけど医師は動きなさいっていうし。肛門に入っている管が、ガスで押されて中から出てきちゃって、縫ってある箇所の糸がつれていたい。でもこれぬくと、縫
以前勤務していた病院の話です。その病院の外科、ぶっちゃけ手術が下手なんです。。。大腸癌の方を外科に依頼し手術をしてもらいます。そのうち20%は、術後合併症を起こします。その合併症でも縫合不全つまりちゃんと腸をつなげなくて、ウンチが外に漏れて腹膜炎になるケースが本当に多いんです。そのような方は、再手術になるんです。中には、死亡する方も、、私も、そのうち我慢できずに患者さんをコッソリ外の病院に紹介していました。めちゃくちゃな手術をするのに、若手には一切やらせ
先月、私たち夫婦の大恩人からある本をいただいた。梅田悟司氏「言葉にできるは武器になる」このブログでもそうだが、他人への伝わり方は以下の4段階となる。レベル1不理解、誤解レベル2理解レベル3納得レベル4共感、共鳴レベル4まで文字だけで伝えるには、練習しかない。今回のは伝わったかな。今日は懇親会があったので、ここまでにします。すべてに感謝。「言葉にできる」は武器になる。(日本経済新聞出版)Amazon(アマゾン)
私はガンになる前、百貨店で20年以上、仕事として関わってきました。そして現在はお米フエ@東郷食守族というカフエの経営をして、たまに厨房に立っていて、ガンになってからもあちこちで食に関わる活動をしてきました。なぜ、そんなに食のことをやっているのか?私にとって「食」は生き方を変えるきっかけになったとっても大切なことだから。そして得たものが「何を食べるか?より、どう食べるか?」という視点が大切だといういうことなのです。私は食道がんの手術後、約4週間口から食べ物も水も入れることができなかった。
衝撃的だった研修医2名の誤診。でも、すべての研修医がこうではない。医学生ミニしのりんは私に解説してくれた。うつ伏せにして、症状が変わるか診たらよかったんだ、と。痩せ型の人は、脂肪で守られないからぎゅーって挟まるんだって。その前に、いろんな検査もすべきだと。上級医に聞けない環境で患者を診させる研修病院が1番悪いけど、研修医や医師もプライドばかり高くて、患者さんの痛みや訴えを聞かないヤツが多い。思い込みで否定する。最近、通院することが増えて、本当にそう感じる。医師だけではなく、質の
これは今から5年前に母が希少がんのGISTと診断された時の体験記です。【術後に寝たきりになる可能性】前回、胃のGISTと診断された日に先生から手術をするのか、経過観察にするかを聞かれても決められずに、その日は家に帰ってきました。自分なりにGISTについて調べたり、同じ病気の人達の闘病記を読んで経過などを見ては、できる限り母に、より良い方を選びたいと思っていました。母の意見を尊重したいとも思いましたが、母自身もどうすればいいのかわからない状態だったので、家族で話し合い、次の受診日に主治医の
再手術にもこんなに時間がかかるとは…76歳で心臓疾患もあるのに持ち堪えてくれた喜びと驚き。しかしまだ麻酔から覚めることはないそうで身体に負担をかけないために人口呼吸器をいれていて徐々に目を覚まさせるそうだ。目が覚めるまでは心配だけれども例の何ヶ月も楽しみにしていたハリーポッター…「家で待機してたってしょうがないよね」「生きてる人だって大事だよね!」「何かあればすぐに病院に行ける距離だし」色々と全てポジティブに考えた姉妹はあと3日の間に父が目を覚ますことを願いながら
父の手術から12日が経った。私達姉妹が父の手術よりもっともっとのんきに心配していることがあった。6月に予約したハリーポッター東京ツアーの日にちが迫ってきたのだ。担当医はだいたい2、3週間くらいで退院できるんじゃないかと言ってた。ハリーポッターの日まであと4日に迫った朝、病院から妹に電話があった。「お姉ちゃん!大変!今から再手術だから病院に来てくれだって!!私行ってくるっ!」「私も行くよっ!!」と、ハリーポッター終わった…神様居ないって本当だな。とガックリしなが
昨夜も投稿できず。ロング移動で対応中。また、昨夜の家内とのやりとりにて。約3年前に家内が直腸がんになり、縫合不全になり、退院後も苦難ばかり。右手首骨折、右足首剥離骨折と痛いことばかり。また直腸の手術だから、排便も不都合あり。人生のQOL(QualityofLife)は、まず痛みがないことが最重要。痛いと何もできない。ふたつは人それぞれだが、排便や排尿ができることが重要。最後は笑うことができれば、人生よしではと思います。今日もみなさんの一日がよくなりますように。すべてに感
子供たちのインフルなどにより、投稿が遅くなりましたが前回の続き、12/1金曜に結果を聞きに行き、マイクロポアを購入。貼ってみたものの、なんだか痒い。膿んでる??白くなってきたこれはやばい、と思い、翌週皮膚科さんに行ってみました。すると、縫合不全が起きてるね、ってなんじゃそりゃー!ケロイドっぽくもなってるって。飲み薬と、貼り薬と塗り薬を頂き、また年内に来てくださいって。気になるのでこうなった原因を聞いてみました。『くっつきが悪いのは、動かしたことが原因とかではなく、体質もある
師走に入り三日目。私たちも、みなさんも年末に向けて活動している。今朝は3時半から歩く気功に入り、休憩を挟んで連続してツーセット。おかげですべてが前倒し。スケジュールに余裕あり、やるべき予定をこなすことができた。早起きは三文の徳と昔から言うが、至言だと思う。今晩の夕食時、家内の最初の退院時の話題となった。思わぬ縫合不全で急な開腹手術になり、命も危うかった。退院しても、マイナス10キロで術後の痛みと歩く体力もなく絶望以外何ものでもなかった。それでも家内はひとりで歩いた。自分にムチ
1回目の手術後回復も順調だったので胃ろうからの母乳摂取を始めました。最初は飲ませてあげられるか分からなく虚しくなりながらも搾乳を続けていたので母乳を初めてあげた瞬間は感動しました。しかし母乳をあげ始めて1週間ほど経って縫合不全によって下部食道から母乳が漏れている事が分かりバンディング手術を行う事になりました。要は逆流を防ぐ為に食道を縛る手術です。やっと母乳が始まり体重を増やす事ができると思った矢先だったのでショックはありましたが胃ろうを使うのをお休みして新たに小腸
今日家内は1ヶ月に1回のがんサロンへ。周知が足りないからか、取り纏めのHさんとの一対一対話。Hさんより家内の経験は貴重な話だと言われた。がん患者の経過は様々。内視鏡や腹腔鏡で病巣を取り、抗がん剤治療がない経過観察ケース。最初から抗がん剤、または術後の診断で抗がん剤治療になるケース。前者は家内、後者は父だった。家内の場合は数%しか発症しない縫合不全からの経過。抗がん剤治療ケースの父を見ていた時もせつなかったが、縫合不全で何回もお腹を開腹した家内のケースも痛みを常に抱えているためもっ
家内のように様々な苦難を受けていると、健常者よりも思考が違う。いろいろ思って考えたことだろう。それが今日の見解。もう、自分は普通なんだ。これまではがんになり、縫合不全になり、短期間で何回も手術して実際に身体はおかしくなっていた。家内は、もうこの身体は普通じゃないと、常に思っていた。そして悩んでいた。それが今日、自分の身体は普通なんだ、と思うことにすると言った。そう言えば、敬愛する中村天風師は片肺状態でも力強く講演していたという。思い方を変えれば、物理的な事象には囚われなくなる。
家内の絶食2日目。ただでさえ健常時から5キロは落ちているが、さらに2キロ近く落ちている。まもなく10の桁が変わるほど。心が折れそうなときは、誰でもあるだろう。家内は縫合不全で立ち直れるかわからない時期、心が折れそうだった。当時、家内の心境から「折れそう」とタイトルにも書いていた。『折れそう』東日本大震災から10年。亡くなった方々のご冥福を祈ります。被災された方々の気持ちはその方々しかわからない。人の経験は、実際に自分が経験しないとわからない。下手…ameblo.jpでも、生きている
おはようございます前回の続きです再び病院に出戻った私・・・右下腹部痛から始まりお腹全体、背中と痛みが強く呼吸もできず過呼吸に・・・叫びました、、、自覚してます、、、全身の震えが止まらずパニックに自分でも大体予測していました・・・イレウス(腸閉塞)または縫合不全とすぐにCT検査して・・・その結果は"縫合不全“でした大腸から腹腔内に便が漏れていました術後1週間、それまではなんともなく、退院してから不穏だった私の体点滴ルートも左右の正中に2本なかなかルートが取れなかったと
今日は家内のがん2年半経過観察の日。あれから2年半の月日が経過。決して短くはなかった。結果はがん再発については問題なし。ただ、縫合不全による手術でのダメージからの癒着では、よい見解は得られず。腸が腹部内部と癒着し、それがいろいろ弊害を引き起こす。今日は病院近くの場所で宿泊。山を越えての夕方の診察だったので、予めビジネスホテルを予約。スーパーホテルだったが、夕方はビール以外のアルコールが飲み放題だった。家内も久しぶりに飲んだ。がん再発の問題はなかったが、途中お腹が痛くなり見てい
こんばんは〜ほっこりみーです続き書きますね!2022年10月17日都内の病院。退院後、初めての診察です。久しぶりにK先生にお会い出来るので、嬉しかったけど、緊張もしました今日は、夫さんも一緒です。先生、こんにちは〜おおっ、元気そうだね!パソコンで、摘出した臓器を見ながら、手術からの説明を一通りしてくれました。結果的に、手術は大成功だったんだけど…縫合不全って事で、2回目手術になっちゃって、そこは申し訳なかったけど…(私的には、縫合不全じゃない事は、今まで色々見せても
約2年半前のこと。家内が直腸がん手術後、4日後に縫合不全で腹膜炎を発症し、敗血症で死ぬ手前から何とか生還。それから2週間もしないで、この病棟にいたら心が痛めつけられるからと無理やり退院。今晩、家内からその話題が出た。今でも立っていること、走れていることを時折不思議に思うと言う。よくここまで来たと。あの退院から後、少しでも歩いて日常生活に近づけなければと、必死にリハビリとして歩いたという。まさに、牛歩のごとく。自分に負けるものか、と自分に言い聞かせていたと。周囲が、そのおかしな動
水曜日に右腕にシャントを作った。当初、AVG(Arteriovenourgraft:人工血管内シャント)で作る予定だったが、エコー検査の結果、AVF(Arteriovenourfisula:自己血管内シャント)で作ることになった。12年の透析で5回のシャント手術を行った。平均2,4年しか持たなかったので、明らかに短いよなぁ。1回目:総合病院(AVF、入院)2回目:今通ってる透析クリニック(AVF、日帰り)3回目:血管外科クリニック(AVF、日帰り)4回目:血管外科クリニック(A
2度目の縫合不全。いよいよ今日が手術です。この一年で、手術何度目なんだろう、。。と考えると、気力も体力もすごいなわたしは、頑張ってきてねとしか言えないです。後ろ髪引かれる思いで、仕事に行きます
日曜日に一度は退院できたのですが、自宅でごはんを食べるとどうも喉が腫れる…火曜日の外来で、すぐに検査し、そのまま入院となりました。また縫合不全がおきて、食べた物や飲み物が漏れ出てしまったんです。来月末には旅行に行く気で、飛行機も宿も取っていたので、旦那さんの落ち込みようといったらハンパない早く閉じますように…
ふとしたことで、ほっこりとした気持ちになる。そんな気持ちが伝播したら、世の中よくなっていくのかと。手段はどうあれ、そうなればいい。一昨日、家内が海辺でいつも座っている場所に石が二つ置いてあった。単なる石はよく置かれるが、今回はデザインが描かれていた。それがこちら。家内にシェアしてもらった。少しでも、心がほっこりしてたら嬉しいな。今朝は海に行かず、昼にパンを持って行きました。青々として、スッキリ。今日もありがとうございます。すべてに感謝。