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この秋、愛知県豊田市の豊田市博物館と愛知県安城市の安城市歴史博物館にて11・12月まで開催される特別展が気になって、始まったら観に行きたいと思っていた。🏛️🤗そして豊田市と安城市へ行くなら、近くの刈谷市の刈谷市歴史博物館でも興味を引く企画展を開催していないかな❓️とHPを調べてみたら、ちょうど江戸時代の交通についての企画展をやっていて、刈谷市歴史博物館も訪れることにした。🏛️5月にも豊田市博物館と刈谷市歴史博物館は特別展・企画展を観に訪れていたが、👉️ブログ『西三河の博物
先の記事「京都旅’26/9月その⑦」に、元首相・細川護熙氏が龍安寺に奉納した龍の襖絵の写真を投稿しました。ふと考えたら、私、同じく細川護熙氏が京都・建仁寺に奉納した襖絵も見ていました。しかも東京で。2023年、ポーラミュージアムアネックスで開催された細川護熙展「京洛の四季」でのことです。2014年、京都・建仁寺塔頭正伝永源院に奉納された「四季山水図襖絵」24面がズラリ東京でも披露されたのです。春夏秋冬を表した「四季山水図襖絵」は、「知音」「渓聲」「秋氣」「聴雪」と題
京都旅’26/9月その⑦です。昨日,京都府庁旧本館の正庁の話を書いたので、次に知事室の話題に移ろうと思ったけれど、写真整理が間に合わなさそうなので、先に龍安寺の話を記します。石庭で有名な龍安寺。行ったことはあるし、最初行く予定ではなかったものの、堂本印象美術館から至近距離。さらに、今なら元首相・細川護熙氏が奉納した龍の襖絵を見ることができると知り、行ってきました。そうか、龍安寺を創建したのは細川勝元。となれば子孫の護熙氏が奉納するというのはまさにぴったり。といっても相当
2026.11NO.252こうしつVSこうじつ9月中旬森英介衆議院議長がウクライナ議会でロシア「蛮行」と非難する演説を唐突に行った。何のために、衆議院議長が。その森氏は、上皇・天皇を初め国民も異を唱える今般の皇室典範の改正について、だまし討ちのような養子案は「立法府の総意」にはなかったと抗議はおろか釈明すらしていないのでは。側近として麻生副総裁の後述する野望に加担したとしか見られない。平和国家を標榜する日本としては、ロシア、ウクライナとも両国の兵士と市民が疲弊して
るそんべえです。私が政治に一番興味を持ったのは、細川内閣が発足したころでした。自民党のゴタゴタが目に余るものになってきてその時、若いにも関わらず自民党を引っ張っていた小沢一郎が、内部の反発が大きくなるなら離党を決意します。並行して、現行の自民党、そしてそれに対抗していた社会党を中心とする野党連合。この中身ではだめだということで、結党を誓ったのが、元熊本県知事だった細川護熙でした。これまでのゴタゴタに頭に来ていた若者がこぞってこの考えに感銘を受け細川が作る日本新党に入党していきます
高市政権の強硬姿勢と皇室軽視による支持率急落の背景高市早苗内閣による強引な国会運営と皇室への不適切な対応が、内閣支持率を大幅に急落させています。近衛家の血を引く細川護熙元首相は、皇室典範の強行改正や記念式典での配慮不足に深刻な危機感を表明しており、政権の正当性が問われる事態となっています。核心的な問題:強硬な政治手法と皇室への不適切対応具体的要因:皇室典範の強行改正、記念式典での不適切行動、副首都法案の強行成立現状の結果:7月の世論調査にて内閣支持率が大幅に低下批判の視点:皇室にゆかり
自分は天皇陛下より上と勘違いした高市早苗…。昭和100年を祝う会の高市早苗の振る舞いは、天皇皇后を無視するかのごとく、ノリノリの体で、その尊大な姿は見るに耐えず、看過もできない醜態でした。…—楚人冠(@312Z5CVgus3uTje)September1,2026「日本史で自身が天皇より上と考えた英雄は…」細川護熙元首相が見た、高市政治の“深刻な危うさ”|文春オンライン五摂家筆頭・近衛家の血を引く元首相・細川護熙氏は、高市政権に対して深刻な危機感を抱いていることを明かす
みなさま、こんばんわおんじです🙂↕️この先、庭園とか夜景とか、秋はいくつか続き物シリーズを始めますが、同じお題が毎回続くと飽きちゃうので、中休みでときどき普通の記事をあいまに入れて、記事を出していこうと思いますまずは、庭園ものシリーズの第1回目から肥後細川庭園文京区目白台まずは、江戸時代後期、肥後熊本藩細川家のお屋敷となり、作られた大名庭園🍂肥後細川庭園から…🟫ここのお屋敷、江戸時代、旗本や徳川御三家の屋敷地であった
3ジジ放談の新作がアップされています。題して「こんな日本に誰がした」。元ネタの「こんな女に誰がした」もあまり知ってる人も少なくなってきたのではないでしょうか、それはさて置いて、細川護熙(もりひろ)元首相の月刊文藝春秋への寄稿「高市総理よ、日本を壊すな」が話題になります。〈緊急提言〉高市総理よ、日本を壊すな|細川護熙|文藝春秋PLUS元首相、そして五摂家筆頭・近衛家の血を引く者として【本記事のトピック】・皇室典範「だまし討ち」の正体・天皇制が現代国家と共生するために・天智天皇と
2026.9臨時号NO.250サナエトークVSサナエトークン仮想通貨「SANAETOKEN」(サナエトークン)等の疑惑に対する国会の質疑応答で高市首相のありえない答弁を契機として野党が審議拒否に転じ一時的に国会が空転した。サナエトークンに対して、高市首相の支援組織「チームサナエ」はXの公認アカウントで「チームサナエはこの取り組みに共感」などと投稿していた(後に削除)という。ところが、サナエトークンの発行者が金融庁の無届け業者だった疑いが浮上すると
アチチな阿僧祇地区…ほな、いただきま~す坂口健青手掻落湯呑本日の箸置きは、浜野マユミ豆皿(大根とネズミ)本日のアテ漬け物柴垣六蔵豆皿はんぺんのチーズ焼き浜野マユミ染付六角皿ホタルイカ素干し吉野靖義斑唐津向付日本酒を垂らして風味が出たところを食べるとgood厚揚げ味噌吉野靖義絵唐津桃型皿ゴーヤーチャンプルー丸山窯・吉延美山備前楕円皿本日の酒器細川護熙伊羅保ぐい呑本日いただいたお酒は、香取
河野洋平氏が8日死去。89歳だった。1993年の夏。自民党は野党に転落した。細川護熙首班の非自民・非共産の連立政権が成立。当時の自民党の総裁が河野氏だった。それまでの自民党の総裁はイコール首相。首相でない総裁というものに違和感があったのも覚えている。そして、与党に立ち向かっていた。少なくとも従来の自民党総裁とは違う、いや、違うようにならざるを得なかったのである。翌年の夏に自民党は与党に復帰。しかし、首相の座に就くことはなかった。外相、副総理、衆議院議長などを務
阿部慎之助、ジャイアンツ監督を辞任。ひと晩でこういうことになっちゃうんですのね。一番、ショックを受けているのは、お嬢様でしょう。あ、昔、不倫事件もあったっけ。ほらね、誰でも叩けば何でも出て来るものなのよ。AIが児童相談所に電話しろって言ったって~。AIは、そういう判断をするのね。各部署の緊張感の度合いは、どんなものだったのかしら。ローマのパパ様は、AIを戦争に使っちゃ~いけないと。AIはただの武器のひとつで、人の命の重さとその家族の切なさをどこまで把握しているのか
るそんべえです。私が、30代の時に書いた小説「NewTyo\pe」。当時は、自民党一党支配に反発する動きが強くなった時期でした。そんな中、登場した細川護熙率いる日本新党。そして、自民党を離脱した小沢一郎率いる新進党、武村正義率いる新党さきがけ。残った自民、反自民、そして、中立の立場の日本新党と魁(さきがけ)。結局一番人数の少ない中立が反自民につくことで、反自民が勝利。人数少ない中立の立場だった細川護熙が、総理大臣に指名されました。この流れをみていた私も、とても影響を受け、こ
たんたん川柳64「still」去り際はしゅしょうなれどもしんで出る(2014.1.16)
今日から三日間お休みを頂き、朝から京都にやってきましたみなさまこんばんはエステティックサロン女性専門LotusLandと男性専門men'sLotusを経営している香月ですわたしは奈良派。と公言していますが、今日は来たかった場所がいくつかあったのでその一つ建仁寺のお話。清水や祇園エリアで何度も来ているのに、この建仁寺さんには初めて訪れたんですが、こちらは2004年に天井に描かれた龍の絵が有名なんだそうですが、それ以前にお寺全体の敷地やお寺自体の建築が素晴らしく好みお堂の中の梁の一つ
1990年代の事件◎急遽の解散総選挙!2月8日に選挙がある。正月の時には思いもしなかったが、高市首相が急遽思いに至った…解散総選挙!高市首相は与党が過半数割れしたら、首相を退陣するという。まあ…思い切ったものだ。それを期待する向きもあるが…報道では自民党が単独過半数になるという。まあどういう結果になるかは、神のみぞ知るということであり、すぐに結果はわかるのだが…しかしここでは自民党や高市首相の行く末など気にしてない。私が気にしているのは…中道改革連合のことだ。
ついてまわる「ご縁」人事異動の季節がやってくる。新しい上司、新しい部下…、たった一枚の辞令で悲喜交々(ひきこもごも)の人間ドラマが展開される。左遷・リストラのカードをちらつかせる高圧的な上司に、「笛吹けど踊らず」の反抗的な部下。管理する方もされる方も命懸けの闘いだ。上司・部下という間柄ほど奇妙な「ご縁」もあるまい。仏教用語に「怨憎会苦(おんぞうえく)」という言葉がある。憎むべき、出会いたくない人に出会わざるをえない苦しみとされている。我々が日常語として使っている「四苦八苦」の
細川護熙さん細川護煕(ほそかわもりひろ)1938年1月14日生まれ、88歳。東京府東京市(現在の東京都千代田区)生まれの政治家、陶芸家、茶人、第79代内閣総理大臣。旧肥後熊本藩細川家の第18代当主。上智大学法学部卒業。学位は法学士。朝日新聞記者を経て、政治家となり、参議院議員(3期)、熊本県知事(第45・46代)、衆議院議員(2期)、内閣総理大臣(第79代)、日本新党代表(初代)、フロム・ファイブ代表(初代)、学校法人瓜生山学園京都造形芸術大学学園長(2011
1/11、この日は、上御霊のみがてらに行ったが、距離的にもっとかくと思っていたが、雪もちらついて、かなり寒くて、あんましかかなかった毎度、あんまし他の人が見ているのを見た覚えがない……細川元首相の字の碑帰り道、今出川を通って思い出した以前から気になっていた戦車もちろん、まだ開いてなかったし入ってないけど、何故、戦車なのか気になる~恐ろしくカロリー高そうだし、食うには勇気が要るな…続く…
るそんべえです。私が、小説のネタにする場合、夢から生まれることが多いです。とても怖い夢を見てうなされた、とても奇妙な体験をした夢など、目が覚めた時、汗びっしょりになるような夢を見たことで誰にでもあると思います。それだけ、感動したというか、感情移入した内容なので、これは誰にでも共感できるものだと思います。しかし、だいたいは一瞬、もしくは1日経ったら、忘れてしまうものです。私はそれを大事に書き留めておきて、小説に出来ないか考えてみるようにしていました。それをストーリー化して、辻褄が合
かなりの長寿だった。101歳と7カ月。第二次世界大戦直後の東久邇宮稔彦元首相の102歳1カ月には及ばなかったものの、日本の総理経験者としては2番目だった。3番目は本県出身の中曽根康弘元首相(101歳6カ月)である。1994年6月29日、自民党、社会党、新党さきがけによる連立政権が発足。そのときの首相だった。社会党は国民福祉税構想に反発して数カ月前に細川非自民連立政権を脱退したばかり。政権復帰を狙うべく奔走した自民党に担ぎ出されたのが社会党の村山委員長だった。政治が不透明になっ
「4歴代ノ総理大臣(その79)」今日は、道教みなさんおはようございます土用の入りです11月6日まで秋土用です大地は荒れていますから注意してください大谷翔平は世界の中心にいますピッチャーで三振を取り3本のホームランは見事です日本人の誇りですすごいです日本人の気が世界に拡がっています勘をよくする、神無月、10月日本人の気を拡める(笑顔で)「小川翔護とハタラク仲間たち(OHN)」ご参加いただいた皆様、ありがとうございました準備
ハムの美味しい食べ方教えて!▼本日限定!ブログスタンプハムステーキが美味いかな?…😋「ハムの日」日付けは「ハ(8)ム(6)」の語呂合わせハム(ham)は元来「動物のモモ肉」の意味だったそうです。種類としては、肩から腰にかけてのロース肉を使った「ロースハム」、肩肉を使った「ショルダーハム」「タッソハム」、モモ肉を使った「ボンレスハム」、バラ肉を巻いて造った「ベリーハム」があり、製造課程において加熱や煮沸などの熱処理を行わないものは、日本では「生ハム」と呼ばれています「広島平和記念日(広
るそんべえです。30代の時に書いた小説「新しい風に」。3人の主人公がいて、全7編での作品です。で、最初の3章は、その3人の主人公のそれぞれの挫折の経験を描いたものです。で、第3章の若手政治家編では、3人目の若手政治家が主人公で、彼の紆余曲折の経験を書かせて頂きました。私がこの小説を書いた当時の政界の雰囲気はというと自民党最大派閥の竹下派の小沢・羽田グループが、自民党と決裂して飛び出してしまう新しいイメージの細川護熙が日本新党を結成し、中立の立場で新風を巻き起こす。結局、自民党
ちょっと前のお散歩風景です。総門までずっとモミジに覆われる地蔵院総門の奥に広がるのは竹林竹の寺で有名なお寺です。正式には「衣笠山地蔵院」臨済禅宗のお寺で、伝教大師作と言われる延命安産の地蔵菩薩をご本尊としています。総門をくぐると本堂までの参道には竹林が広がります。竹の寺と言われるのも納得です。あちこちにタケノコがニョキニョキ......
元文藝春秋編集長の著作。シンクタンクを開設しての第一作だそうで、その箔漬けのための本というところか。4人の政治家を取り上げているように見えるが、掘り下げて書いたのは梶山清六さん。バブル崩壊金融システム崩壊をハードランディングで解決すべく総理を目指し、その補佐官に著者を起用しようとした男。小渕恵三に総裁選で敗れ干され、その夢はかなわなかった。そして小渕が取ったのはソフトランディング。どちらが正解だったかは、失われた35年が物語っている。ソフトランディングなどと言いつつ、みな責任を
NHKETV教育テレビ細川護熙(hosokawamorihiro)元首相政界から離れて美術愛好家になっている人が首相だったころは平成レトロ・政治編⌚午後11:03·2025年2月11日〔X→BLOG〕前後一覧/令和7年1月/
おとなのEテレタイムマシン知るを楽しむこだわり人物伝白洲正子第1回白洲正子目利きの肖像2/4(火)午後10:45-午後11:10配信期限:2/11(火)午後11:10まで公式サイトより…骨董の「目利き」としても知られた作家・白洲正子の生き方に強い関心を持ち、実際に交流もあった細川護熙さんが、番組の案内役をつとめ話題になったシリーズ。第1回は「骨董・本物を知る」。実際に自らが幼少の頃から接していた白洲正子の人物像に細川さんが迫ります。本物を
立春の木を吐き魚を飲むからだ【作者】山下つばさ昨夜NHKの再放送で、細川護熙元総理が白洲正子さんを紹介した番組を偶然観ました。初代・林又七の刀の鍔の写しを細川護熙さんの祖父に与えられ、その審美眼をためされた話がありました。ふと、気がついたことがあります。細川家がお殿様であった時代には、刀は実際に使わなくとも武士にとっての実用品でした。細川護熙さんや白洲正子さんから「オトノサマ」と呼ばれたおじい様にも、刀は実用品でなく美術品や骨董品であります。刀も美は、その刀身だけでなく鍔に