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今年個人的に注目したニュースをまとめました。ジョン・サイクス逝去報道実際に亡くなったのは2024年であると報じられています(BURRN!の追悼ムックに掲載された異父弟スティーヴ・シャープルズのインタビューからは彼も正確な命日を知らされていないような答え方をしています)が、公表されたのは今年の1月でした。改めて数々の楽曲群を聴いてみると、かなり良かった!ブログの端々からもいかに僕がジョンを追いかけた一年であったかは見えてくることでしょう。漆黒の貴公子よ、永遠なれ...!!それにして
上杉謙信は女性だった、という説(?)が、最近また流行っていて、しきりに言われるようになってるんだそうです。ホントですか、っていえば、もちろん与太話です。謙信公は、本気で自分を毘沙門天の化身だと信じていた。だから生涯不犯、女性と交わったことがなかった、と言われています。そんな戦国武将がいるもんか。大名は跡継ぎの男子を残すことが最大の使命であり、そのために必ず妻と複数の側室がいるものです。跡継ぎができなければ御家騒動になって家が滅ぶのだから、ある意味では戦争に強いか弱いかより重要なこと
あれってそれってどんな戦いだったの〜明応の政変ー※日本史内容含み戦国時代の本当の始まりとなった戦いだったような、、一般的には応仁の乱、と云われていますが…--クーデターรัฐประหาร/ráttʰàpràhǎan/rátpràhǎan政変※Weblio先生作歴史的な出来事เหตุการณ์ทาง
本日発売の週刊大衆。歴史偉人「裏素顔」は、オカルト武将の名でも知られる細川政元の特集です。原作/跡部蛮イラスト/萩山明日香次回掲載は11月17日です。歴史偉人「裏素顔」をよろしくお願い致します。
雑誌「歴史街道」の今月号。特集は「川中島合戦の謎」ということで、早速、購入。歴史街道2025年10月号(特集1「川中島合戦の謎」)Amazon(アマゾン)さて、「川中島の合戦」については、また、改めて、まとめるとして、気になる話が、一つ。それは、「川中島の合戦」の一方の主役である「上杉謙信」について。近年、この「上杉謙信」という戦国大名に関して、そのイメージが、大きく変化をしているそうですね。かつて、「上杉謙信」といえば、「領土欲が無く、他人に頼まれると、嫌
新九郎、奔る!(20)(ビッグコミックス)Amazon(アマゾン)新九郎、奔る!20巻を読みました今回は明応の政変が主でした配下の武士たちの金銭的負担も考えず将軍親征を繰り返す義材将軍位の簒奪を狙う細川政元らの勢力は、実力者・日野富子の了解を取り付けたうえで、義材が河内へ親征に行っている間に清晃を奉じて軍事クーデターを起こすこうして10代将軍・義材は廃され11代として義遐(よしとお)が就任するそして、中央のこの動きを駿河から注視する武士が一人。
天魔ゆく空真保裕一:著あらすじ応仁の乱で荒廃した室町の世に登場した風雲児・細川政元敵将・山名宗全の娘を母に持ち不義の子と噂されながらも若くして父から管領家を引き継ぐと修験道で培った剛胆さと神出鬼没の行動力で一族をまとめ上げ将軍にも一目置かれる存在となる幕府の実権を握る将軍の正室・日野富子と渡り合って新将軍の首をすげ替え比叡山延暦寺を焼き討ちしにして畿内を手中に収めた…織田信長に先立つこと70年【半将軍】と呼ばれた男の胸に秘められた思いとは戦国時代の扉を開いた
京洛戦国志岩永憲司:著あらすじ京の都で朝廷と足利将軍家の争いが激化していた室町時代末期数々の武将たちが天下を窺う中頭角を現したのは四国・阿波より京に進出した三好一門だったその棟梁・三好長慶と家臣・松永久秀の不可解な動きは次第に長慶の弟たちを疑心暗鬼に陥れていく…その確執は日の本をも巻き込みながら新たなる戦いを次々と生み出していく知られざる京の戦国時代を描く長編時代小説私の感想あまり小説には描かれていない三好長慶とその兄弟たちの話なので興味深く読みましたが
朱山にある西源院です。妙心寺の境外塔頭。霊雲派。延徳元年(1489年)、管領細川政元が妙心寺12世・特芳禅傑を開山として創建しました。慶長11年(1606年)、丹波柏原藩初代藩主・織田信包(織田信長の弟)が、西源院に方丈を寄進して復興、自身の菩提所とします。慶長19年、信包は大坂冬の陣の直前、大坂城内で吐血して死去。西源院旧所に葬られました。寛政9年(1797年)、龍安寺が焼失した際、信包が西源院に寄進した方丈が移築されて龍安寺方丈となり、重要文化財に指定されています。明治21年
応仁の乱終結後、幕府の主導権を握った細川政元の(恐らく)初となる本格的な評伝です。政元の応仁の乱が始まる前年に生まれ、乱と共に育ち、父勝元を失い家督を継承し、母方であるとともに敵方でもあった山名と和睦し幕府の実力者となった後、将軍義材を追放し別の将軍義澄を立て、「半将軍」と呼ばれる権勢をふるった生涯をコンパクトにまとめ、修験道などのオカルトな面、烏帽子を被らないなど、当時の人々からすれば奇異に映ったであろう政元の「奇行」を現代的合理精神の持ち主とポジティブに解釈したりと、世の中の
―時世を見る―ゴールデンウィークも明日で最後ですねえ。先日。憲法記念日で、護憲か改憲かの熱く論議されてましたね。いじめられた方、いじめた方が覚えてなくても、一生忘れられないものです。だから以前は「平和」とか「防衛」などの話題は「右よりダ」とか「また戦争するのか」とか、つっこまれ、言いにくい雰囲気がありました。しかし、世界を見ると、他国の領土をとろうとしたり、侵略する現状です。いつまでも、日本がこのまま平和なままで過ぎていくとは思いませんがね…。
ブログランキング参加しました。『ブログランキング』と『にほんブログ村』の2つです。よろしければクリックお願いします。歴史ランキングにほんブログ村いつも応援ありがとうございます。私が歴代大河ドラマで五本の指に入ると評価する大傑作『花の乱』は日野富子を主人公に応仁の乱を描いた物語です。しかしそのクライマックスは応仁の乱ではなく、その後に起こった管領細川政元の専横、両畠山家の終わること無い戦争、その結果起こった山城国一揆でした。畠山尾州家の当主政長は管領細川政元に裏切られて暗
応仁の乱によって室町幕府は一気に衰退します、全国政権でなくなっただけではなく、将軍が統治できる土地がまったくない状態になります。細川京兆家、これは細川の宗家になりますが、京都にいて管領になって五畿内と阿波、淡路、讃岐を支配する家になります。応仁の乱のときの東軍の総大将の細川勝元の家です。管領は細川と斯波と畠山が回り持ちするとなっていましたが、応仁の乱で相続争いをやって斯波と畠山は没落したので、管領は細川宗家の家職になります。細川政元は勝元の子に産まれて細川宗家を相続しますが、修
「空も飛べた武将」スターシードの写真家小原里美です。いつもご覧いただきありがとうございます。2024年10月2日東京で神写天狗↓以前、人から天狗になったと思われる天狗を紹介しました。修験道を究めると天狗になり、普通の天狗より鼻が短いです。今回は、人からカラス天狗になったと思われるカラス天狗を紹介。カラス天狗と一緒に男性もいます。口がくちばしになっています。まげを結っているので、僧侶ではないです。修験道はさまざまな職業の方が修行していました。この方
ついに駿河今川家の内紛も終焉を迎え、当主として龍王丸に成長も見られるようになりました。長期間京都を不在にしている間に起こった大きな変化、それはまず蜷川新右衛門さん(『親元日記』を記したことで、当時の室町幕府の政務を知ることが出来ます)の死です。解説役がいなくなってしまいましたが、「だいたい説明した」という盛定の言葉もあり、解説が必要な場合でも今後は新九郎が盛定スクリーンをうまく使えば何とかなりそうですね。新九郎が政知の奉公衆となっていたという説も最新のもので、先の龍王丸家督相
京都で「応仁の乱」が起こってから、世の中は「戦国時代」になったと言われています。この「戦国時代」に、室町幕府将軍が、何をしていたのか。畿内の情勢は、とても複雑で、分かりづらい。足利将軍たちの戦国乱世応仁の乱後、七代の奮闘(中公新書)Amazon(アマゾン)この本、前書きで「高校日本史程度の知識があれば、分かるように書いた」と書かれている通り、とても複雑で、分かりづらい、戦国時代の畿内の様相や、足利将軍の動きが、とても分かりやすく書かれています。以下、その紹介です。
古本屋で見つけ、ちょっと立ち読みして購入。「幻談」「観画談」以外は分類不能な作品。しかし、いずれも面白い。まず語り口。落語のまくらを読んでいるよう。文末が「ですます」で、ゆるい七五調。明快かつ調子がいい。とぼけたユーモア。些細な話に惜しげもなく古今東西の知識が披露される。冒頭は以下。こう暑くなっては皆さん方があるいは高い山に行かれたり、あるいは涼しい海辺に行かれたりしまして、そうしてこの悩ましい日を充実した生活の一部分として送ろうとなさるのも御尤
田中聖被告の有罪確定へKAT―TUN元メンバー(共同通信)-gooニュースgooニュース田中聖被告の有罪確定へKAT―TUN元メンバー.2023/06/2310:42共同...永山絢斗容疑者来年のNHK大河「光る君へ」降板映画「東リベ」は予定通り公開か.カッコイイと思う「京都府の地名」ランキングTOP30!1位は「舞鶴市」【2023年最新投票結果】ねとらぼ-ITmediaねとらぼ調査隊では2023年6月4日から6月10日にかけて「京都府の地名でカッコ
乱都(文春文庫)Amazon(アマゾン)367〜2,475円「京は、人を滅びへと誘う魔性の地だ。京を制したいという欲求に、人は勝てん」権力に魅入られ、己の有利のために争い、騙し、裏切る。敵になったり味方になったり、まつりごとよりも権力の座をいかに掴むか。その結果生じる京の町や人々の苦難を顧みない。応仁の乱前後から信長、ちょっとだけ秀吉までの京の権力者の栄枯盛衰を描いています。畠山義就(はたけやまよしひろ):幕府から離れ河内に己の国を築きたいと望む細川政元(ほそかわまさもと)
蔵出し京都画像〜京都画像クイズNo.167は塔頭寺院の問題でした😊。山門この画像だけでどこの寺院か分かります🤭。受付はこの先ここ最近拝観料がアップしていますが、こちらは安定の300円🤣。ニャ♪2020年に20歳だったら、今も元気でいれば良いのですが🙂。それでは正解です妙心寺塔頭大心院大心院は文明十一年(1479)足利幕府管領・細川政元が景堂和尚に帰依して上京区大心院町に建立した寺院。細川幽斎によって天正年間に妙心寺に移建、中興されています🤓。参
伊勢宗瑞とそれをめぐる戦国時代初期の東国史への関心が高まる-カドブンカドブンレビュー·伊勢宗瑞とそれをめぐる戦国時代初期の東国史への関心が高まる――『疾き雲のごとく』伊東潤文庫巻末解説【解説:黒田基樹】.●伊勢宗瑞[1]・[2]信玄ゆかりの長沼城跡小学生が発掘作業を体験|NHK長野県のニュースNHK戦国武将、武田信玄がかつて軍事拠点とした長野市長沼地区の城跡で、夏休み中の小学生が発掘作業を体験しました。長野市長沼地区にあった長沼城…お気に入りはどのキャラ?
【問題】細川政元の家臣・赤沢朝経は、次のうち何の才能を認められて家臣に取り立てられたか?【選択肢】火縄銃連歌相撲鷹狩【正解】鷹狩【解説】赤沢朝経(ともつね)は、譜代の細川氏内衆ではなく、信濃国出身とされ、政元に鷹狩の才能を認められて登用されたという。以後、政元の軍事活動に大きく貢献した。
細川政元は実質権力を掌握し、足利義澄とも一応の和解をして、やりたい放題でした。特に奇行が目立ちだします。細川政元は修験道・山伏信仰に凝って、女性を近づけることなく生涯独身を通しました。そのため、空を飛び天狗の術を得ようと怪しげな修行に熱中したり、突然諸国放浪の旅に出てしまうなどの奇行がありました。『足利季世記』では「京管領細川右京大夫政元ハ四十歳ノ比マデ女人禁制ニテ魔法飯綱ノ法アタコ(愛宕)ノ法ヲ行ヒサナカラ出家ノ如ク山伏ノ如シ或時ハ経ヲヨミ陀羅尼ヲヘンシケレハ見ル人身ノ毛モヨタ
室町将軍の話を進めていきますと、かならずこの細川政元に触れないわけが行きません。この御仁、自分の都合で、室町将軍を挿げ替えることを平気で行い、無力化している室町幕府にとどめを刺すような振る舞いをしていました。足利将軍もこの細川政元には頭が上がらない状態で、足利義材は細川政元と対立したために、将軍職をはく奪されるという事態になってしまいます。細川政元は足利義材を将軍職から排除した後、足利義澄を将軍に立てるという暴挙に出ましたが、細川政元に盾をつく人はいないので、それが通ってしまいます。今回はその
足利義材が京都を留守にしている間に、京都に残っていた細川政元・日野富子・伊勢貞宗らは同年4月、清晃を11代将軍に擁立して、足利義材を廃する蜂起(明応の政変)を起こしました。細川政元の蜂起の最大の原因は、足利義材が将軍就任時は政務は当時管領だった細川政元に任せると言いながら、成長すると自ら政務を行おうとしたこと、すなわち将軍と管領のどちらが幕政の主導権を握るかにあったとみられています。京都では足利義材派の人々の粛清が行われて市中は騒然となり、自分が任命した将軍の廃立に怒った後土御門天皇は一時は抗
室町将軍第10代足利義材は強力な後ろ盾もなく、それでも、何とか権力を保持しようと、気に入らない大名を征伐するという悪手に出ます。このことで、自分で自分の首を絞めることとなります。足利義材は前将軍足利義尚の政策を踏襲し、丹波、山城など、畿内における国一揆に対応するため、1491年4月に近江の六角行高討伐の大号令を発し、軍事的強化を図りました。この六角征伐は細川一門をはじめ多くの大名が参加し、圧倒的な武力で六角行高を甲賀へ、さらに伊勢へと追い払い、成功裡に終わりました。また、細川政元がこの征伐に反
足利義政が無茶苦茶なことを数々してくれたおかげで、室町幕府というものがすでに名目上のものとなり、時の権力者が足利将軍を張子の虎に据えて、好き勝手するという時代になってしまいました。ですから、時の権力者に担ぎ上げられた将軍はコロコロ変わるという混沌の時代になっていきます。その先駆けが足利義材です。この足利義材は良い様に使われては捨てられてを繰り返しますが、権力という絶対的な力は終始持てず、振り回されていく人生となります。名前も3回変えることから、形だけは変えても、その流れは変えることが出来ず、戦
*2月14日エントリーの続きです。R大学文学部史学科のぜんざい教授と、継子の院生・あんみつ君の歴史トーク、今回のテーマは戦国時代の中国地方。本日は、天下人・大内義興のおはなしです。あんみつ「先生、応仁の乱で大内政弘が西軍に加わったのは、足利将軍家でなく細川氏との対抗上でした。大内氏は東アジア交易の要港である博多を領有し、細川氏は畿内・四国の守護として堺港と瀬戸内海を支配しています。明との勘合貿易の許認可権は足利将軍家にありますから、将軍家
2018年から連載が始まったゆうきまさみの本格室町大河もはや第8集。第7集まで主人公・伊勢新九郎盛時を表紙に据えていましたが、遂に新九郎の人生に大きな影響を与えた一人、今川上総介義忠が表紙を飾りました。表紙に違わず義忠が遠江へ出陣し大暴れ。この第8集に関しては『新五郎、奔る!』でもいいのではないかと思われる程義忠の従弟である小鹿今川新五郎範満が室町殿の意向に反する動きをする義忠をけん制し奔走する姿が描かれています。足利将軍家も9代義尚に代替わりし、急逝した父・勝元に代り聡明