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名称:米沢城別名:舞鶴城城郭:輪郭式平城築城年:1238年築城主:長井時広改修者:伊達晴宗、蒲生郷安、上杉景勝主要城主:長井氏、伊達氏、蒲生氏、上杉氏所在地:米沢市丸の内1-4-13続日本100名城水堀舞鶴橋菱門橋上杉謙信像上杉景勝・直江兼続像上杉鷹山像春日神社上杉神社
伊達政宗が生まれたとされる米沢城その後明治維新まで上杉氏が居城直江兼続が城主を務めたことも本丸跡には上杉神社がありました上杉謙信を祀る神社です
2月16日、仙台城(別名:青葉城)を1年半ぶりに攻城。前回は地下鉄の駅から遺構を見ながら仙台城の上まで徒歩で登り、帰りはバスだったが、涼しい時期でも暑かった。なので今回は行きをバス、帰りに遺構を見ながら下りることに。上まで行くのはこの周遊バス「るーぷる仙台」瑞鳳殿、仙台城、大崎八幡宮などの名所を回るため、観光客で満員。また結構カーブや交差点をさほど減速せずに曲がるため、横G(横への加速度)が強く、倒れないように摑まるのに必死。エラく疲れる。運チャンが各所を解説しながら運転してくれ
山形県米沢市にある「米沢城」に行って来ました🏯1月14日だというのに、米沢もほとんど雪がない状態でした😲この冬、「雪まつり」ができるのかな?という感じです😅上杉神社に向かいます⛩入り口にある「舞鶴橋」です🏯この上杉神社に、米沢城がありました🏯「上杉謙信公」神社鳥居の右側にある「観光案内所」に、続100名城のスタンプと御城印がありました🏯続日本100名城NO.109「米沢城」のスタンプ「上杉景勝公」と「直江兼続公」「上杉鷹山公」これが「米沢城」の御城印です🏯上杉神社⛩お
朝食時間より1時間前に起きて朝風呂♨️温泉は男女場所交代、どちらも露天風呂最高でした朝食朝からつきたてのお餅、美味しくておかわりおにぎりもその場で作ってくれて美味しかったです朝食会場前には朝市みたく地元のフルーツなどを販売してました気に入ったのでまた泊まりたいですチェックアウトして出発会津若松城🏯(鶴ヶ城🏯)天守から泊まった東鳳が遠くに見えましたNHK八重の桜の衣装米沢城🏯上杉神社御朱印山形城🏯旧済生館本館(三層楼)100名城スタンプはこちらで頂きましたスーパー
ずいぶん前の話しになりますが山形県米沢上杉謙信公を祀ってる上杉神社Google先生が導いたお堀には⁉️コレ完全に水没事故でしよ工事中の細い道を渡ると紅い神社が❗️紅と言えば武田信玄上杉謙信と言えば白のイメージなんぞ考えたけど稲荷神社は紅だよね福徳稲荷神社狛狐がりりしいどうも上杉神社の正門?は逆らしく回り込んで正面突破上杉謙信公にご挨拶コーエーのゲームキャラとはだいぶ違うね笑軍神と言われた上杉謙信公に手を合わせて前田慶次参上‼️米沢市の車のボンネットに
こんにちは!気づきマスターあおいです!3連休の旅の記録です初日朝日とともに出発し、仙台城、松島、石巻の上品の郷で車中泊6号線を北上したので、途中、楢葉、富岡、双葉を通るとき、息子くんに「帰宅困難地域」の話しをしたら驚いていた。仙台城は、天守閣があると思ってたら、なかったので、ガッカリしていたら、「仙台城″跡″って書いてあったでしょ!?」と息子くんに慰められた。伊達政宗には興味なかったようだが、最終日に行った米沢城(息子くんは、最近、上杉謙信にご執心)で、再び伊達政宗
10月10日西吾妻山に行くために米沢に来たのだが前日よりも降雨がひどい予想なので街歩き米沢随一の観光名所は上杉神社関ケ原後上杉は会津から米沢に転封され120万石が15万石に減った話は有名です橋の向こうが米沢城址割合大きなお濠です真っ直ぐ歩くと上杉神社米沢城の説明上杉景勝と直江兼続の話は大河ドラマにもなった上杉神社の本殿宝物殿に行けば色々な重要文化財もあり直江兼続の
公共交通機関のみで巡る!日本100名城巡りの旅日本100名城巡り~山形線沿線編&陸前編~山形県と宮城県にある5城を1泊2日(2泊3日)で巡る旅。今回は2023年6月19日(月)の初日をお届けします。初日は山形県の山形城、米沢城を中心にJR山形線沿線とその周辺の城郭を巡ります。当日の山形新幹線でも上記2城を巡ることは可能ですが、今回はその他の城も見学できるよう、かつ早朝から動けるように前乗りしました。前日の6月18日(日)、鉄道と高速バスを利用し、新庄市へ。
東北続・名城登城と胸ときめく感動を記憶する11日間ドライブ(25)こんにちは白石城の城盗り後、白石ICから東北自動車道を東京方面に約45㎞ほど走行して、福島飯島ICからは国道と県道を経て山形県米沢市に入りました。米沢市市街地を走行しながら米沢城の駐車場を捜索していると、米沢城の目の前に「松が岬おまつり広場駐車場」を発見駐車することにしました。15時半過ぎに到着し、急いで中世から近世にかけての日本の城(平城)、伊達政宗が生まれた城「米沢城」の城
こんばんはしらこまです前記事の続き。上杉博物館を見た後は近くにある上杉神社へここはもともとは米沢城があった場所豊臣秀吉の天下統一後に、上杉家は会津120万石に移封して、米沢もその一部になるんだけど、それより前は伊達家の所領で、伊達政宗は生まれた場所も米沢城だったそうその後豊臣秀吉の時代に今の宮城方面に移封されたで代わりに上杉家が来たんだけど、関ケ原の戦いで西軍所属だったから会津120万石から米沢30万石に減封された山形に移ってきたのは景勝の時代だから、謙信
おはようございます、たけちです。令和5年7月29日土曜日、みなさん、いかがお過ごしになりますか?たけちは、せっかく埼玉にいるので田んぼアートなるものを観に行こうかなって考えています。ん?田んぼアートがあるところは行田市、だと。行田市といえばあの城があるよねさて、今日は山形県の続100名城のひとつ米沢城について紹介します。『東北リターン②おまつりわっしょい!米沢城』おはようございます、たけちです。令和5年7月23日日曜日、みなさん、いかがお過ごしになりますか?たけちは申
おはようございます、たけちです。令和5年7月23日日曜日、みなさん、いかがお過ごしになりますか?たけちは申し込んじゃいましたよ。何を、って?東京マラソン前哨戦さいたまマラソン2024来年2月12日、完走を目標に黙々とトレーニングしますさて、今日は東北リターン②です。『東北リターン①はじまりは向羽黒山城』こんにちは、たけちです。3連休の中休み、みなさん、いかがお過ごしになりますか?たけちは、今、小田原市にて満喫して帰宅中山あり、海あり、温泉あり、そしてお…am
今日は仕事が休みになったのでちょっくらプチ遠出。最近は西行きが多かったので今日は北の方へ。山形新幹線に初めて乗りました。福島からは在来線の線路使うんですね。山形駅です。霞城公園(山形城址)の案内板。ドラクエウォークの100名城スタンプもちゃんとチェック。100名城のスタンプ。山形から移動して米沢駅へ。目指すは上杉神社(米沢城址)へ。続100名城のスタンプ。ドラクエウォークのお土産ゲット。初の山形のお土産です。
5/15、米沢にて。伝国の杜(米沢市上杉博物館・置賜文化ホール)HPhttps://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/top.htm上杉城址苑の裏手から右へ。帝人の創設者だそうです。秦逸三像。すぐ近くに上杉鷹山の像もあります。松岬神社。堀を渡ります。左手、上へ行くと上杉謙信公祠堂跡。上杉家が転封になる前は伊達家の領地でした。伊達政宗公生誕の地碑。といっても伊達
【9/185日目③】念願の冷やしラーメンを食べたら…続日本100名城の米沢城に。上杉景勝の城だったから、「毘」の旗印なのかな。ってことで、米沢城下絵図。この絵図でみると、凄い広大な城だね。相当な広さの城下だったんだね。確かに、ちょっとwikiで調べてみたら、石高を減らされても藩士を減らさなかったそうだから、これだけの街になったのかもしれないね。で、米沢城は、上杉神社になっているので、詣でてみた。まっ、もともと神社も好きだしね。上杉謙信と上杉景勝を祀っ
この前、米沢に行った時に、上杉神社に立ち寄りました😊4月14日のことです。米沢までは結構、長距離移動なので、車内はフラットにして、ワンコはゴロゴロしてもらいました🐶ワンコ、車が苦手で外が見えないとダメなので、フラットにしてると視野が開けて、外は見えてるようでした😌↑上杉伯爵邸平日なので、空いてると思ったら、ちょうど桜が見頃になっていて人がいっぱいでした。上杉神社(米沢城本丸跡)周辺は、松が岬公園という公園になっていて、広場が広く、お花見に良い場所でした🌸お堀が大き
20233.10渋い神社です新幹線、在来線乗り放題JR東日本パスを使っての東北旅行記⑬松が岬公園をさらに奥に進みます◆舞鶴橋◆米沢城の内堀に架かる橋上杉謙信公のシンボル旗「毘」と「龍」の旗がひらめく旗が立ち整備された堀の景色はとても美しいです舞鶴橋を渡ると上杉神社境内に◆一の鳥居◆ここもやっぱり雪の山◆手水舎◆虎の口から水というのも珍しい「景虎」にちなんで?◆二の鳥居◆◆中門◆なかなか立派な造りです◆拝殿◆上杉
以前訪れた時の写真です。上杉謙信公像上杉鷹山公像伊達政宗公生誕の地城下絵図薬草園堀
米沢駅前にそびえ立つ東光の看板。東光は小嶋総本店が醸す日本酒。https://www.sake-toko.co.jp/米澤藩上杉家御用達となっている通り、米沢城の上杉家に酒を卸していました。10月25日、米沢城から歩いて10分ほど。東光の酒蔵に着。酒蔵見学コースの入口。ただこの日は平日で見学客が少ないためか、見学は売店内からの入場となっていました。売店から入場樽がお出迎え入口横に「お展示室」がありました。ここは入場無料。この日は上杉鷹
10月25日、2週続けて東北3日間の旅に出発。特急を含めてJR東日本の3日間連続乗り放題という鉄道150年を記念しての「JR東日本パス」を使うのです。朝の東京駅。いろんな新幹線がいる。さて、どれに乗ろうかな。と選べる訳も無く、山形新幹線で出発。福島駅~米沢駅の間はこんな景色ばかり。こりゃぁ鹿、熊、猪と衝突するでしょう。と、鹿と衝突せずに無事米沢駅に着。駅のホームでは早くも直江兼続がお出迎え。米沢駅の西口どーんと東光の看板。米沢
今回は米沢城見学で宿泊した滑川温泉の福島屋さんと紅葉写真です。いつもはビジネスホテルとか車中泊ですが、今回は温泉宿泊にしました。全国旅行支援開始で助かりました。2022年10月22日に宿泊しました。宿の前を流れる川の前滝です。ズームUPすると宿の前を流れる川の前滝です。Google地図よりの位置です。滑川温泉の歴史滑川温泉は文明8年(約530年前)、大沢の郷士斉藤盛房がこの付近の川を渡る際、岩石で滑り倒れて、その時手に温かい石を感じ温泉の湧出を発見しまし
これまでに食べた一番いいお肉は?伯父の奥さんの実家が「米沢」でお中元やお歳暮でよく上等な米沢牛を送ってきてくれましたその肉はとても美味しかったですネ❗▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう2018年4月29日に「続日本100名城」登城米沢城(よねざわじょう)通称・別名:舞鶴城、松ヶ岬城分類・構造輪郭式平城天守構造:御三階櫓[3重3層/1613年築/破却]築城主:長井時広?築城年:暦仁元年(1238)?主な改修者:伊達晴宗、蒲
前回の続きです。今回は伝国の杜(米沢市上杉博物館)2で最終回です。伝国の杜の展示品の一部を紹介します。米沢藩の領地だった、置賜(おきたま)地域は、山形県の最南端に位置します。置賜(おきたま)地域の農家のジオラマ置賜(おきたま)地域の地図です。置賜地域の地形です。ほぼ米沢藩の領地15万石でした。置賜絵地図です。この地図の南のさらに南には会津盆地があります。置賜(おきたま)地域の町のジオラマ上杉家は関が原で西軍に味方したので、120万石から3
前回の続きです。今回は伝国の杜(米沢市上杉博物館)です。最終回の予定でしたが、ここは1と2の2回に分けます。今回はその1です。下図G付近から本丸方向です。堀の向こう側は上杉謙信祠堂跡です。観光案内パンフより「伝国の杜」玄関前です。右端の針葉樹は本丸のものです。「伝国の杜」とうい米沢市上杉博物館です。中に入ると入口受付です。特別展として上杉家伝来写真展があり、そのポスターです。展示品としては、織田信長が謙信に贈ったという、京都の洛中洛外図屏風(国
前回の続きです。今回は上杉伯爵邸です。上杉伯爵邸の塀と門です。左側に上杉伯爵邸があります。下古絵図では、謙信祠堂を祀り管理していた、真言宗11寺院が明治維新の神仏分離令により、廃仏毀釈と考えられ、廃寺にされて、その跡地で明治29年(1896年)には上杉伯爵邸が出来ました。当時は敷地約5000坪(100×165m)、建坪530坪でした。米沢出身の建築家:中條精一郎氏の設計です。鶴鳴館(かくめいかん)と称されました。大正8年4月茂憲伯爵が76才で逝去。5月1
前回の続きです。今回は菱門橋から上杉伯爵邸です。下図⑱から⑲方向の菱門橋です。菱門橋の解説板は(上が北です)厳重に取り締まられたことから、「秘し門」橋とも言われました。江戸時代の菱門橋です。(右が北)菱門橋は本丸側が二重門で、橋を渡るとそこに馬出がありました。(伝国の杜展示より)⑱から西(左側)は⑱から西側の内堀です。内堀の向こう側にある民家附近は、下図から城代屋敷のあった所です。この反対側は菱門橋から東側の内堀です。下図
前回の続きで、今回は春日神社です。下図⑭の南側にある庭園の滝です。⑭の所に戻りました。上が北の地図です。上図⑭から⑮の方に行きます。白い校倉造りの建物は祭器庫です。⑯付近に行くと春日神社の石碑があります。昭和56年に信仰会により建てられた石碑です。地域住民の守護神として尊崇されています。上に春日神社があります。由来板を拡大すると春日神社の由来板です。上杉謙信(当時は長尾影虎)が名を継ぐことになった、関東管領上杉家は藤原氏の子孫でした。
前回の続きです。今回は上杉神社です。下図⑭の下(南)側にある庭園の滝です。上が北の案内板です。上図⑭付近から撮影した、上杉神社の神門前です。上杉謙信が天正6年(1578年)に、越後春日山城で急死した時、遺骸は春日山城内の不識庵に仏式で祀られれましたが、次代の上杉景勝が会津を経て慶長6年(1601年)に米沢へ移封されたので、謙信遺骸も会津から米沢の祠堂に遷されました。江戸時代は米沢城二の丸の法音寺を主席とする十一ヶ寺が交代で祭祀を執り行ないました。明治
前回の続きです。今回は上杉神社神門前までです。下図⑩付近の本丸にある上杉鷹山の銅像です。左側に「なせば成るなさねばならぬ何事も成らぬは人のなさぬなりけり」の鷹山の有名な歌碑があります。本丸にある鷹山の解説板です。上が北です。⑩の鷹山銅像の東側に並んで、伊達政宗の生誕石碑があります。伊達政宗公生誕の地石碑です。生誕地は近所の出城という説もありますが、政宗は青年期の多くを米沢で暮らしました。この坂の上は、江戸時代には多聞櫓があり謙信祠堂がありまし