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昨夜は「米子駅前の某ホテル」に宿泊しましたが、駅前は右も左もホテルだらけでした。これだけ多いと宿泊者としては選択肢が広がり嬉しいのですが・・。8月19日、朝7時に昨日の終了地点から出発しましたが、通過する町が茶屋町、塩町、大工町でしたので、昔は職人町だったのでしょう。「新賀茂川」を渡って、城下町を離れ「愛宕山」↓の山裾へと進みます。愛宕橋新賀茂川に架かる「愛宕橋」から見た「米子城跡」です。手前が飯山。その左奥が「本丸のあった湊山」で、微かに↙石垣が見えます。「愛宕山」
9月29日、倉吉を出発して西へ。米子市内へ入ると、突然城が現れた。こんな所に城なんてあったの?石垣も天守も新しいぞ。右後方に大山があります。そして城の正体はお菓子の壽城(ことぶきじょう)https://www.kotobukijo.jp/和菓子の工場を併設したお店。この地に城があった訳では無いそうです。天守閣は展望台になっている上、工場見学も可能なお菓子のテーマパーク。隣の千鳥破風が店舗入口。こちらは倉庫か事務所なのでしょうか。
今日は、10月7日。帰宅して、夕食を食べるためテレビを点けると、NHK『クローズアップ現代』がちょうど放送されていました。「各地のお城が一大事!?地域の”宝”をどうつなぐ?」日本各地の名城と言われる「城(天守)」がピンチだというのです。作られた当時の天守が残っている城は国宝となっていますが、名古屋城にしろ、広島城にしろ戦後作られた「鉄筋コンクリート」の建物です。広島城は、原爆で破壊されました。名古屋城は、空襲で無くなりました。戦後復興の象徴として、高度経済成長期の”鉄筋コ
こんにちは!ワークライフバランス支援センターです最近、過ごしやすい陽気で秋を感じますねさて、整備が進められていた国指定史跡「米子城跡」の三の丸広場(旧湊山球場)がついに完成します!歴史ある米子城の魅力に触れながら、一面に広がる芝生の上で、くつろいだり、歩いたり、遊んだり、思い思いのスタイルで
遊覧船を降りてすぐに松江城に向かいました。チケット売り場の前からもう行列中に入るまでも炎天下の下で行列ハンディファンが大活躍船のチケットに並んだ時にも使いました。中は保存のためなのか真っ暗よくわからないけど昔のやつ?!こちらはお城の中の井戸底が深くてこわーい。小学生の頃なら怪談の皿屋敷を思い出したと思いますが今は中国ドラマで何回か見た井戸から死体が出てきたシーンがあり、それを思い出してしまった(笑)急な階段を登って最上階からの景色道の途中でゲットしていたアプリゲームの米子城
早朝に米子に入り、新しくできた駐車場の東家でスタンプを押したのでした。一昨年に一度登城したのでしたが、飛行機の時間が気になり、スタンプを押す暇を作ることができず涙を飲んだのでした。そのリベンジとして、今回2度目の来城です。100km走後の足の復活が遅れたため、見上げる本丸は遥か遠く、今回は登城を断念したのでした。近くの歴史館で御城印もゲットし、満足して米子の街を後にしたのでした。
米子市立山陰歴史館で米子城の御城印と続日本100名城のスタンプを押してきましたかつては、米子市役所として長い間、市民に親しまれてきた赤レンガの洋館は昭和5年に建てられました。現在は、「山陰歴史館」として、米子を訪れる人々に街の歴史を教えてくれる場となっています。3階建てで、外装がタイル張りとなったレトロな建物は遠くからでも目を引きます。建築当時は山陰随一の規模であり、市の有形文化財にも指定されています。夜にはライトアップもあります。
Bonjour!夜に熟睡です。山陰地方(島根、鳥取)に行くには、電車は不便で現実的ではないので、みんなたぶん車か高速バスを利用していると思います。私は車の運転が不得意(特に高速道路)なので、長男に鳥取の大山に行くから一緒にどう?と誘われて、『そしたら、城巡りができるね』と思ったのでした。うふふまずテラスザダイセンに行って、主目的であるロングソーセージを食べまして。さて、城を巡りますか米子城米子市役所の駐車場に車を止めまして、(駐車券の処
鳥取のサグラダファミリア、鳥取城楽しかったな~。かなり気温が上がっていたし、アップダウンもあったので、結構疲れた。気付いたら15時近くになっていて、お腹も空いたぁ~。事前に予習していて、ランチは二択にしていました。案1鳥取牛の焼肉(鳥取駅構内にあるお店)案2大行列という人気の回転寿司(鳥取城からは約3km)暑かったので、焼肉という雰囲気じゃないなぁ~。でも、前日のランチも回転寿司だった。。。う~ん、悩んだけど、案2にしよっ!アプリでタクシーを呼びました。乗車すること約10
鳥取砂丘、砂の美術館で、ダートの世界を満喫しましたダートじゃなかった、砂だった砂の美術館前から、路線バスに乗り、20分弱で次の目的地へ。バス停は住宅街の中にあり、ちょっと不安に。グーグルマップに導かれて、5分ほど歩いて到着しました。鳥取城昨日は米子城、今日は鳥取城。そうです、今回は山陰のお城を攻めているのでありますどちらのお城も失礼ながらマイナーです。でも、めちゃ行きたかったんです!この標識の上に乗っている石は何だろう?久松は、「きゅうしょう」と読みます。いやいや、読めな
ホテルから送迎バス(140円)で倉吉駅まで送っていただきました。帰りも貸し切り状態です。そりゃ、お一人様、自動車なしで、三朝温泉に来る人なんていないわな倉吉駅の顔出しパネルもこんな感じかぁ~。人気のあるアニメなんだろうか?手がちくわになっているみたいだけど。。。倉吉駅から鳥取駅までは、普通列車で1時間ほどでした。鳥取駅に着いたら、猛ダッシュ!10分後に出る路線バスに何とか乗ることができました。これを逃すと、30分近く待たねばならん鳥取駅から30分弱ほどで、到着しました。意外
美味しいヨーグルトを食べて大満足でホテルに帰還です。ただいま~。大江戸温泉物語Premium斉木別館ロビーの前には砂場がありました。ソファーがあるってことは、砂場の中に踏み込んでもいいってことだよねそっか、鳥取砂丘ってことか?同じ鳥取県でも、鳥取砂丘はここから遠いけど?部屋は1階の離れみたいになっているところでした。部屋番号は、110番です。えぇ~110番めちゃ美人のフロントの女の子に、「110番、警察署だね」と言ったら、失笑されましたすいません、オヤジギャグで。。。栄冠
壮大な米子城を妄想して、楽しむことができましたもし、ツインタワーが残っていたら、一大観光名所になったんだろうなぁ~。惜しいっ!!!米子城跡から、15分くらい歩いて到着したのは、米子駅です。がいなロードって、言うんだね。「がいな」は、方言で、「すごい、大きい」という意味だそうです。鳥取に本拠地を置くJリーグのチーム名は、ガイナーレ鳥取なんだって初耳でした。。。(すいません)おぉ~、立派な自由通路です。コンパクトで機能的な感じがしますね。落ち着いた色合いもいいですね。お掃除もし
境港から米子までは、JR西日本の境港線、路線バスの二択でした。次の行き先は、米子城に設定!米子城のすぐ近くのバス停まで乗り換えなしの路線バスを選択しました。境港駅から50分ほどで、最寄りのバス停に到着。降りたバス停から真正面を見上げたら、ありました!米子城の天守台が見えますね。山頂にある台形の形をしているのが、天守台です。あそこまで、行きますよぉ~徒歩10分ほどで、入口に到着です。米子城う~ん、何だか味気ない。。。素材も字体も。。。もうちょっと重みのある看板にして欲しいな
5月4日は、島根県→鳥取県へと移動しました。まずはベタ踏み坂を渡って県境を越えました。境港でカニをいただきました(^o^)再び島根県へ入り、美保神社で参拝。内湾にもかかわらず、青い空と海の景色が素晴らしかったです!米子では、猿の無料観覧施設がありました。その後は少し山を登り、米子城へ登城しました。次は月山富田城へ向かいましたが、駐車場からは急登でした(@_@;)山頂の休憩所では、このお城から撮影された写真が展示されていました。次は金持
寿司ランチをいただいたら、境港観光です。そうです、境港と言えば、ゲゲゲの鬼太郎の聖地です。ゲゲゲの鬼太郎の作者、水木しげる先生のご出身地です。水木しげる記念館入場は1000円でした。リニューアルしたとのことで、とてもきれいで広い建物でした。30分ほどの駆け足で観光しましたが、ゆっくりと1時間くらい見学することをおすすめします。私は、次の路線バスにどうしても乗車したかったので、駆け足観光になってしまいました。館内は撮影自由(特別展示を除く)でした。水木しげる先生の戦争体験を紹介す
2月から第2の人生がスタートしました。もちろん、第2の人生でも、少し無理をしてでも旅に出る!1月、宮城県(瑞巌寺、瑞鳳殿、仙台城跡)2月、静岡県(浜松城、駿府城、久能山東照宮)3月、山口県(萩城跡、松下村塾、瑠璃光寺)4月、山形県(米沢牛のすき焼き)4月、台湾(グルメ三昧)新しい会社になっても、もちろん毎月の不良サラリーマンは発動中です。ゴールデンウィークに、7年ぶりに台湾に行ってきました。そのブログが長くなってしまいました。もう1ヶ月以上前になりますが、5月の不良サラリーマ
こんにちは!ワークライフバランス支援センターです鳥取大学医学部附属病院は、米子城跡のすぐそばに位置しています近くにあるけど、意外とよく知らない米子城跡・・・そう思っていた中、ご縁あって「米子城跡ガイドマップ」という冊子を拝見する機会がありました以下リンクよりダウンロードできます↓パンフレット・マップ/米子市ホームページようこそ米子市へ!米子市役所から、皆さんに、少しでも役立つ情報をお届けします。www.city.yonago.lg.j
5月の不良サラリーマン発動中です。境港に来ました。ランチはお寿司です(回転寿司だけどね)日本海の魚は美味しいね。ゲゲゲの鬼太郎だらけだぁ~そうです、境港はゲゲゲの鬼太郎の聖地です。今日の宿泊は、世界屈指のラドン泉、三朝温泉です三たび朝を迎えると健康になるんだって。一泊しかできないけどねもしかして、健康になっちゃうかもよぉ~。(多分、無理。。。)
珍しく(というか初めてかも)、羽田空港の荷物検査を並ばずに超スムーズに通過。出発ゲートは相変わらずの当日変更(当然本来のゲートより遠くなる)。これもあるある離陸順番待ち。結局15分ほど遅れて米子鬼太郎空港に到着。空港でレンタチャリの予定だったから、多少に遅延はノープロブレム。到着ゲートを出てすぐ左のサービスでアシストサイクルを借りる。一日で1000円(本来は1500円だけど、サービス開始記念で安くてすんだ!)とりあえず、ベタ踏み坂(江島大橋・ちなみにベタ踏み坂は島根側)の頂上へ。大山が・
米子城、ついに完成しました。難しくて完璧に作れなくても、とにかく形にしようという一念で作り上げました。形になると感動も一ひとしおですね。米子城を正面から。米子城の特徴である2つの天守閣は、こうして立体になると存在感がありますね。米子城の東西南北で表現すべきですが、とりあえず背面から。山の頂きのどの辺りかと思索するのも楽しいですね。スケールは1/300です。
続いてもう一つの天守閣を作ります。屋根の外縁が正方形ではないんですね。形になりました。二つ並べるとテンション上がりますね。スケールは1/300です。
米子城のペーパークラフトです。まずは天守閣から。何とか形になりました。シャチホコは破損しないよう、一番最後にセットしようと思います。スケールは1/300です。
今回は,鳥取,島根,山口のスタバのスタンプ獲得と,出雲地方の神社巡りを実施した。3日間の全行程はこちら。羽田経由で米子鬼太郎空港に到着した。空港にある”すなば珈琲”は写真だけ撮り,鳥取のスタバを目指して早速走る。羽田での昼食が少量だったので,フラペチーノをしっかり補給した。もらったクーポンが700円でちょうどだったので,これを使用した。続いて米子城を見に行こうと湊山公園に向かった。少し探して,良い石垣があったので写真を撮って次へ。本来は城跡に登ると非常に
沈む夕日、中海に走る一筋の道。誰が呼んだか「オレンジロード」。はじめてそう呼んだのは、たぶんY市B財団のOさんだと思う…たぶん、だけどな…オレンジロードを見ることができるのは、1年のうち5月初旬から下旬にかけてと7月下旬~8月上旬の合わせて1か月間ほど。どこへ行けば見られるのかといえば、米子市中心市街地にそびえる標高90.1mの湊山頂上に位置する天空の城米子城と答える。米子城は、1591(天正19)年に豊臣方の武将・吉川広家が築城。関ヶ原
一泊二日で島根と鳥取の3つのお城を訪問する旅、2日目の4月10日にまず月山富田城を訪問し、米子に移動し、米子城を訪問しました。月山富田城を訪問した後、月山入口発12時19分のバスに乗りました。このバスは終点が米子なので、乗り換えることなく、バスで米子まで移動できました。到着時刻の前、雨が止んだようです。ラッキーです。「米子城入口」停留所でバスを降りました。米子城の続100名城スタンプは、所持する書籍によると、米子市立山陰歴史館に置いてあります。米子城の登城口からは離れています。バスを降り
4月9-10日、一泊二日で島根と鳥取の3つのお城を訪問してきました。4月9日-松江城4月10日-月山富田城、米子城です。お城訪問記はそれぞれのお城ごとに記していきます。9日の朝に羽田から飛行機で移動し、出雲空港着、連絡バスで松江駅前に到着したのは12時ごろです。まず駅の観光案内性を訪ね、松江城の情報と、本日の昼食、夕食のお薦めの店を聞きました。宿泊するホテルは駅のすぐ近くなので、まずはホテルで荷物を預け、駅に戻りました。お昼については、駅ナカのお蕎麦屋さんを薦められたので、そちらに
法勝寺城(西伯郡南部町法勝寺)標高80m・比高40m。毛利氏によって築城され、吉川元春の家臣の三村家親が城主となった。三村家親は八橋城を攻略し、城将・吉田源四郎を敗走させるなどの活躍を見せる。関ヶ原の後、中村一氏が伯耆に入封し、米子城を築くと廃城になった。一説には毛利遠江守本紹が城主となり、尼子遺臣の山中鹿之助に攻められ落城、本紹は自刃したとも云う。北三郭北二郭主郭主郭の南土塁北二郭北東三郭北東三郭から見た北の堀切二股に別れているのが分かる東四郭南東四郭南五郭南
米子城(米子市久米町)別名:久米城・湊山城戦国末期に出雲東半分・伯耆西部・隠岐の領主として出雲の富田城に入った吉川広家が築城。関ヶ原の戦いの後、中村一忠が駿河から転封し城を完成させた。清洞寺跡清洞寺跡碑水軍施設があったとされる深浦飯山城の現地説明看板約500年前に築かれた伯耆、出雲の国境の重要な砦で、中世には、山名、尼子、毛利など戦国の攻防戦が繰り返された。山頂には、南北約85m、東西約35mの曲輪が古い二段の石垣で築きあげられている。湊山と山続きであったので、江戸時代には湊山本
【問題】近世城郭としての米子城は、次のうち何という山に築かれたか?【選択肢】湊山目廻山大曽根山母塚山【正解】湊山【解説】戦国期に山名氏が飯山に築いたことが始まりとされる米子城(鳥取県米子市)は、隣接する湊山に本丸を持った城として吉川広家が改修し近世城郭に生まれ変わった。