ブログ記事27件
今回出会った岩乗り狛犬さん↓岩狛さんのしっぽ↓筑後型狛犬にもたくさん会ったけれど載せきれないからピックアップしたもの↓筑後型狛犬のしっぽ↓バラエティ豊かで良き良き💕
佐賀県鳥栖市田代八坂神社お目当ては境内社脇にある…コレ⇩蛇じゃありません🐍✖️これはうしろ姿角度を変えると…鏡餅とネズミなのです🐀珍品!明治20年のものです狛犬も良かった!阿形吽形とってもファンキーな顔立ちの元気ハツラツ系な筑後型狛犬。享和2年(1802)の奉献なので223年前のものです。今回、筑後型狛犬をたくさん見ましたがこれは本当に良い狛犬でしたね✨阿形の横に写っているのはお潮井台(お汐井台)ここで見られるとは!※お潮井とは博多に古くから伝わる事故や災害か
久留米市須佐能袁(スサノオ)神社こちらも長年の宿題だった神社。ようやく参拝出来ました😭ウレシー本殿・拝殿・楼門がいずれも福岡県指定文化財です。楼門は圧巻!素晴しい彫刻が施されています。楼門前の狛犬さんは文久2年(1862)の筑後型。この中に狛犬がいます。そして楼門の中にお住いの木造狛犬。この木造狛犬が素晴しいのですが、目隠しの葉の彫刻に隠されていて撮影するのに四苦八苦🌿いつかこの狛犬さんをお披露目してくれにいかしら…。圧巻の彫刻たちどれも素晴しかったです✨宮司さまが境内のお
福岡県三井郡大刀洗町に鎮座する下高橋竈門神社一の鳥居扁額は高橋神社と刻まれています二の鳥居の扁額には竈門神社三の鳥居は寶満宮この三の鳥居が一番古い鳥居です狛犬さんは2対手前の狛犬さんは勇ましい筑後型。阿形の口がすごい😳勇ましいというより獰猛そう?相方さん吽形の口もまるで鰐のようでこれは恐いぞー。阿さん吽さん悪いものは一切寄せつけませんね。明治42年(1909)の狛犬です。拝殿前の狛犬は嘉永5年(1852)のゆるーい感じの狛犬さん。相方さんちょっと寄ってみまし
3日間の狛犬めぐりは久留米市の上津天満宮(本山天満宮)からスタート♪この筑後型狛犬を見て「ただいまー」って口に出た。生まれも育ちも神奈川県なのにwガハハーと笑う筑後型狛犬さん(≧∇≦)bイイネ!相方さんニマッオリエンタル風な鬣をした筑後さん明治24年(1891)奉納ですこちらの神社には幹にハート型の空洞がある桜の木がありましたが花は咲いていませんでした🩶境内の桜は葉ざくらになりかけ。でもまだまだきれい🌸2対目は天保14年(1843)の彫りがあるので御年182歳でございます
今回は三養基郡みやき町白壁千栗八幡宮下宮(頓宮)です。参道入口神額千栗八幡宮頓宮ムキムキ筑後型狛犬先代の神額は下宮の文字道路側は桜並木のようですもう少ししたら綺麗な花が咲きますね
※肥前狛犬は出てきません志波宝満宮の境内社・金毘羅神社です実はこちらは古墳です入口を護る筑後型狛犬文久2年の小ぶりな筑後型。この大岩が磐座かな?福岡県も古墳の多いところなので古墳めぐりをしながらの狛犬探索も楽しそうですね✨2023年11月の狛犬めぐりは以上でおしまいです♡
※肥前狛犬は出てきません朝倉市に鎮座する志波寳満宮入口に筑後型狛犬。明治12年のもの。境内神馬1体、神牛1対、狛犬2対とわちゃわちゃ感溢れるラインナップ♪手前の狛犬筑後型ですが優しい顔立ち。好きだなぁ♡相方さん堂々たる筑後型!カッコイイです。文政10年(1827)と台座に彫り込まれていたので196年前の狛犬です。奥の狛犬これ、まったくノーマークだったのですが、チビ狛付きの親子狛犬でした🥰チビ狛なおちり🍑ガオ~ッチビちゃん、すでに任務に励んでいます!相方さんや
※肥前狛犬は出てきません久留米市宮ノ陣神社入口の狛犬さんはびっくり顔の狛犬さんw(年代不明)はあ!?って表情。何にそんなに驚いたの?🤭ウフフ相方さん2対目彩色されていたあとがある狛犬さん。筑後型スマイルとでもいいましょうか…ゴキゲンですね!相方さん年代不明ですが重量感のあるボディか魅力的です✨3対目筑後型の中でも好きなタイプ♡吽形めちゃかっこよい✨安政4年(1857)これは筑後型の中ではかなりの名品では?と思わせる狛犬さんでした。そして拝殿前には筑後型の中でも
※肥前狛犬は出てきません久留米市櫛原天満宮狛犬めぐりをはじめたごく初期の頃に参拝しようと思っていたのに行きそびれていた神社です当然、菅原道真公が御祭神。まずは大正15年(1926)の筑後型狛犬さんにごあいさつ。2番目の狛犬さんも筑後型。文久3年(1863)の頭の大きな愛嬌のある筑後型狛犬さんです。さらに進むと手水舎かあり、、、水口が狛犬!ダバダバダ…コロナ禍以降、お水がはられていない手水舎が多いですが、徐々にまた本来の手水舎のあるべき姿に戻ってきている気がします。天満宮に
肥前狛犬は出てきません福岡県某神社まず最初に出迎えてくれるのは良きお顔をした筑後型狛犬さま筑後型の中でも少し優しい感じのするタイプ(大正4年•1915年奉納)筑後型って鼻が可愛いんですよね。この優しい感じの筑後型は好きなタイプです♡途中の神門。お寺のような雰囲気がありますね。ここを護る狛犬は中型の筑後型。ちょっと傷んでいますがまだまだ現役!年代は多分、江戸時代。神門を少し進むと参道脇の石碑に一体だけのはじめちゃんがいました。ひとりでも小さくても立派に任務を遂行しています😊頑
※肥前狛犬は出てきませんうきは市隈上正八幡宮朱塗の社殿がとても鮮やか♡参道の一番手前には明治26年(1893)の筑後型狛犬白いうそ像はとても愛らしい(文鳥とかシマエナガっぽい?)拝殿前には寛政13年(1801)の筑後型狛犬干支恵方盤も可愛らしかった。境内の石碑のところに古い狛犬が1対。かなり磨耗が進んでいます。お顔の表情はわかりませんが、おだやかな感じを醸し出していました♡
※肥前狛犬は出てきません福岡県の某神社Instagramのフォロワさんから教えていただいた神社です。拝殿前に筑後型狛犬拝殿別アングル木鼻もう片方は落下してしまったようです下に置かれていましたのでじっくり観察👀拝殿内御本殿を護るはじめちゃん阿形ファンキーな感じで雄叫んでいますちょっとヒトっぽい吽形おだやかな感じで微笑んでいました。うしろ姿が撮れずに残念でした。気になっていた神社だったので参拝出来て良かったです♡
※肥前狛犬は出てきませんこちら、三潴郡大木町上木佐木の三島神社は何年か前に遠くから見て雰囲気の良さそうな神社だなぁと気になっていたのです。クリークと神社参道。水辺の神社って魅力的です。楼門楼門内の木製狛犬さんガオ~ッフフン拝殿前に筑後型狛犬さんくりくりお目々のマッチョマン高麗狗一對相方さんは角付きなかなか良い状態✨安政2年の文字参道を歩くと水鳥が飛び立ち、見た目どおりのどかな雰囲気の良い神社でした♡
再訪の冠者神社です立派な肥前鳥居がお出迎え冠者神社というお名前も素敵です。前回参拝時ののブログでも書いたけれど、平安時代のやんごとなき若君を連想させる素晴らしい神社名。九州の神社って本当にきれいにされているところが多くていつも感心させられます✨ドドン!立派な筑後型狛犬さんムキムキですね昭和9年の狛犬さんでした。奉納相撲があるのでしょうね。立派な土俵。土俵のうしろに心惹かれる樹木🌳
福岡県某神社拝殿前には2対の筑後型狛犬手前・明治34年のもの後方・明治6年のものおフランスのお貴族さまの髪型みたいざますw後方の筑後型狛犬のほうが彫りがはっきりしていました。新しめの社殿拝殿内に肥前狛犬。これね、私は片方は比較的新しいものかなと思っています。理由はこれ↓某市の市教育委員会”郷土の文化財”をスクショしたものですが、吽形だけ残っていると書かれているので、向かって右の子は後年に造られたのではないかと。こちらもしっかり施錠されている屋内にいるので判断は難しいですが…
佐賀県某神社この辺りはこれくらいの規模の神社がとても多く、割とどこもきれいにされています✨社殿の前の筑後型狛犬は大正14年のもの。ゴリマッチョです。筑後型もよく見ると何パターンかありますよね。私の中ではこのタイプがThe筑後型なんですよね😃後ろ姿拝殿内には伏せている肥前狛犬がいました🎶残念ながら施錠されていたので隙間からこんにちはー。何枚か写真を撮りましたがこれが精一杯。近くで見たかったな。せめて写真だけでも…編集アプリで拡大してみました🎶私の集めていた情報ではこちら
※肥前狛犬の盗難防止のため、まわった順ではなく、ランダムに投稿します。小さな神橋のある神社。新しめの楼門。手前に天保14年(1843)の狛犬。江戸時代の筑後型狛犬。筑後型狛犬でもこの狛犬はゴリゴリのゴリマッチョではありませんね。楼門の中にはウナギイヌみたいな木製狛犬がいました。これは可愛い木製狛犬だなぁ♡社殿と昭和の狛犬。新しめの社殿ですね✨はい、肥前狛犬発見ー♪面長で痩せてますね。相方さんは見当たりません。後ろ姿こちらは小規模ながらきちんと手入れがされている清々しい
水天宮の続き筑後川側の脇参道には明治21年の筑後型狛犬。筑後型を見ると福岡に来たなぁ〜と感じますね🥰こちらの吽形は筑後型にしては可愛いお顔立ち♡ムフフッと笑っているみたいです。社殿拝殿前に並んだ靴をみてください。たくさんの参拝者がご祈願にいらしてました。さすがに大きな神社です。拝殿前の文化14年(1817)の筑後型狛犬江戸時代の狛犬ですがものすごく綺麗。吽形の後ろ姿の美しさ✨大事にされていますね♡同行の友人も気に入ったらしくたくさん写真を撮っていました♪つづく
杷木神社はきじんじゃ福岡県朝倉市杷木池田546最寄り駅JR久大本線うきは駅・筑後大石駅◆御祭神◆伊弉諾尊(いざなぎのみこと)伊弉冊尊(いざなみのみこと)大己貴命(おおなむちのみこと)武甕槌命(たけみかづちのみこと)◆社号標◆神紋は「八つ日足」◆狛犬◆参道には、筑後型狛犬が二組。丸い小さな石で積まれた石垣は、筑後地方・筑豊地方に多く見られます。灯籠は、江戸時代のもの。◆鳥居◆◆注連柱◆注連柱にも「八つ日足紋」◆手
こちらは肥前ちゃんがいるのが確定していた神社です。一の鳥居二の鳥居あ、肥前ちゃんいたーっ♡ここもわんこわんこしている肥前ちゃんだ♡昔の人ってセンス良かったんだなー♪クルリンしっぽで可愛さ増し増し♪これを作った石工さんは、後年マニアが宝探しのように肥前狛犬探しをするなんて思いもしなかっただろうな。入口警備は抜かりなし!さて、拝殿は…あ、筑後型♪♪勇ましく雄々しい筑後型狛犬です♡破損もなく良い状態👍筑後型って大正時代のものが多い気がする。奉献の年もこれくらいしっかり刻ま
あっ、道をまちがえちゃった!Uターン出来そうな場所を探していたら小さな神社のお隣が空地。あ、これは呼ばれたかな?ここでもどっしりした筑後型狛犬さんが笑ろてはりました😆
同じ敷地に二つの神社天満宮と彦山神社どちらかが摂社なのかな?下田城?ググるとわかることってまだまだ多いんですよね。狛犬めぐりをしていなかっなら知らなかったことって山のようにありますこちら天満宮の入口どっしりした豪快な筑後型狛犬いたーお生まれは大正時代笑ろてはるわ-w拝殿前の一対流れるお髪が素敵お生まれは…安永?ざっくり250歳くらいですねー(*’ω’ノノ゙☆パチパチ境内社の前にも一対こちらも安永生まれ阿形が赤く塗られていたことがわかりますね彫刻もなかなか✨
11月下旬、久留米市方面にでかけたついでに狛犬巡り。久留米市宮ノ陣町八丁島の天満宮です。鳥居の先に長く伸びた参道を歩きますと大きなイチョウの木がまず目に止まりますが...。狛犬さんも居ますよ、それもたくさんです(喜)久留米市と言えば、圧倒的多数で筑後型狛犬さんですが、遠目に見ても全部それらしき雰囲気。手前から見ていきましょう、一対目。ほっぺたがまるでバラの花みたいに咲いていますwwそしてニ対目だけ高々とした台座の上に鎮座していました。急ぎ足ですが、三対目。こ
今回の狛犬巡りは福岡県八女市の熊野速玉神社。8月中旬の訪問です。鳥居のすぐ奥に、一対目の狛犬さん。筑後型八女タイプの典型。※八女タイプの部分は個人的に呼んでいるだけです。一対目のすぐ後方にはがっしりとした楼門がありまして、これは中が気になるところ。あはーー!!久しぶりの木製狛犬さん。スラリと背が高く足の長い狛犬さん、青と赤の塗料がしっかりと残っていて美しいですね。広い境内から社殿の方を眺めます。凄い巨木の楠。福岡県の天然記念物にも指定されているそうですが、社殿全体を覆い尽くしそう
諏訪神社すわじんじゃ福岡県久留米市諏訪野町14-7◆御祭神◆大己貴大神(おおなむちのおおかみ)建御名方大神(たけみなかたのおおかみ)西鉄電車天神大牟田線西鉄久留米駅より徒歩10分程。無料駐車場あり。◆一ノ鳥居◆五穀神社からは、南南西へ約1km。国道3号線沿いに鳥居があります。◆注連柱◆神紋は「鎌」◆二ノ鳥居◆二ノ鳥居には扁額がなく、熊本大地震で落下した旨が貼られていました。天保十三年(1843年)奉納。扁額は、社務所の隅に置かれてい
櫛原天満宮くしはらてんまんぐう福岡県久留米市東櫛原町1324番地◆御祭神◆菅原道真公(すがわらみちざねこう)西鉄電車天神大牟田線櫛原駅より徒歩7分程。無料駐車場あり。◆一ノ鳥居◆五郎丸神社からは、南西へ約2.5km。宝永七年(1710年)奉納。◆一ノ鳥居近くの狛犬◆肉付きが良く、筋骨逞しく、尻尾の立った特徴の筑後型狛犬です。◆隋神門◆隋神門扁額◆隋神像◆櫛原天満宮では、所々に、下記のような説明文が貼ってありました。◆二ノ鳥居◆
五郎丸神社ごろうまるじんじゃ福岡県久留米市宮ノ陣6-13-3◆御祭神◆応神天皇(おうじんてんのう)菅原道真(すがわらのみちざね)公菅原是善(すがわらのこれよし)公西鉄電車甘木線五郎丸駅より徒歩8分程。無料駐車場あり。◆正面全景◆筑後川沿いの土手の道から少し下った所に鎮座します。高野産八幡宮からは、東へ約1.6km。境内由緒書によると、創建の年代、御由緒は不詳ですが、江戸時代前期には、すでに五郎丸村の氏神とされています。◆鳥居・社号標◆鳥居扁額
高野産八幡宮たかのうみはちまんぐう福岡県久留米市高野宮の脇1-2-29◆御祭神◆仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)神功皇后(じんぐうこうごう)應神天皇(おうじんてんのう)西鉄電車天神大牟田線・甘木線宮の陣駅より徒歩7分程。◆正面全景◆筑後川沿い、久留米大橋北交差点の角に鎮座します。久留米城跡からは、北東へ約2.4km。◆鳥居◆◆手水舎◆◆燈籠・狛犬◆◆大正時代奉納の狛犬◆太い尻尾が立っています。80cm~90cm以上と大柄で、肉付きが
ふなぞこぐう佐賀県鳥栖市宿町1266手水舎手水舎に井戸ポンプがあります。お猿さんのようなお顔立ちの狛犬筑後型でその中でも変わり種のようです。個性がありますね。ご祭神表津綿津見命(ウワツワタツミノミコト)中津綿津見命(ナカツワタツミノミコト)底津綿津見命(ソコツワタツミノミコト)ご由緒天智天皇元年(662)2月15日、当地の地頭狭山某麓村大字牛原に尾張国熱田神宮の分霊を奉斉し、東屋明神と称えたり。爾来四阿屋神社の創始なり。尚、仝神社は延