ブログ記事53件
お盆の精霊迎え「六道まいり」と閻魔大王ゆかりの寺として知られる六道珍皇寺の寺紋は「笹竜胆」(ささりんどう)。正確には「子持ち引両に笹竜胆」で、笹竜胆の上に二本の線(上に太い線、下に細い線)が描かれたものです。子持ち引両に笹竜胆寺紋は、寺に関係する氏族の家紋をそのまま用いることが多いですが、六道珍皇寺で象徴的な人物といえば、冥界と現世を行き来したという平安時代公卿・小野篁。ただ、小野篁の紋が笹竜胆だったということではないようです。では何故、笹竜胆を寺紋としているのでしょう?六道珍皇寺は
お隣鎌倉市の市章にも用いられている笹竜胆(リンドウ科リンドウ属、多年草)です。笹竜胆の特徴でもある笹のような葉と花をモチーフにした、どこかの校章のようなデザインになっていますね。この笹竜胆の家紋って鎌倉幕府を樹立した源頼朝の家紋でもあったんですね。その流れで、笹竜胆を市章にしたみたいです。でも市の花は竜胆なんです。そこで疑問に・・・市の花と市章が異なるのってなぜ??そして・・・笹竜胆って学名も無かったのは・・・学名のゲンチアナ・スクラブラ・ブエルゲリ
『ですです』です。今日からは心機一転新しい形でブログを書き始めることになります。それでは『ですです』です。私の歴史観点から行くといくつかのキーワードを見出すことができます。ひとつ目は楚国秦国二つの国を渡り歩く昌平君そして二つ目は笹竜胆?ちょっと待って!それって少し前に書いていた記事では?昌平君は『四三星夏が来るPART5』笹竜胆は『四三星夏が来るPART7』当然です。今までの書き方を辞めるとは言ったけど書かないとは言ってないし…
『四三星夏が来るPART6』今日はちょっとだけ復習予習をかねて…今回のタイトル四三星四つ星儒教三ツ星道教一つが問題選挙では四つ星と三ツ星拮抗する。3対3+1の構図そこにある程度の票を持つグループがカギを握る。『私はここにいますPART4』アニメでは盾の勇者の成り上がり4期このストーリーと同じです。ストーリーが書かれているものがまだないのですみません。それでは夏が来る722772は語呂合
前回の内容。『「チンギスハン=源義経」は本当だった①』「チンギスハン=義経伝説」があることは知っていましたが特に関心もありませんでした。ところがまったく意外なところから、柴田哲孝氏の重要な本にこの説が登場します…ameblo.jp「チンギスハンの墓」捜索をめぐって日露が対立してノモンハン事件が発生した。その墓で「チンギスハン=源義経」であることを証明することができれば、清国廃帝溥儀が執政に就任した満州国の正統性が確立される。それを目指す日本とそれを阻止しようと
引き続き本日も杉並区の大宮八幡宮のお話です。交通安全ステッカーも拝受しました。社紋の「笹竜胆」(ささりんどう)が中央に配されています。「笹竜胆」は清和源氏、村上源氏の定紋とされる。とのことです。源頼義公が建てた神社なのでこの社紋なのでしょうか。大宮八幡宮は本当に神域に入ったと感じました。とても良いところでした。
さて、鎌倉の旅のその2ですね(^◇^;)さて、海岸から上がり、昼をすませた私たちは、鎌倉大仏を横目に見ながら、裏道に入りました。ここに来るのも久しぶりで、前は反対から歩いてきたので、迷いました💦なんとか銭洗い弁財天様への道に辿り着いたのですが、想像を超えた険しさ!どんどん奥にゆくにつれて、あってるのかな?と思いましたが、源氏の紋章笹竜胆の道標が!間違いないと確信しましたが、柵も何にもなく、狭いけもの道のような所で、一歩間違えると転落してしまいそうな山道。流石に私たちだけしかいないと思
鎌倉市の市章は、「竜胆」(リンドウ)が意匠化されています。※竜胆の花は、いずれも昨年秋(10月、11月)に撮影、スケッチしたものです。鎌倉市の市章「笹竜胆」デザイン化された竜胆は、至るところで目にすることが出来ます。鎌倉市の市章の竜胆は「笹竜胆」という種類の竜胆で、葉が笹の葉に似ているところから笹竜胆と呼ばれています。八百善の門扉の透かし彫りの笹竜胆十二所(じゅうにそ)の明王院(みょうおういん)の敷地内にあり、古民家を改築した江戸時代から続く料亭「八百善」の門には、
こんばんは午後から出社して、やりきりました✨今から京浜東北線で帰りますが、気分転換に品川駅から京急線に乗り換えてみようかなさて、ここは何処でしょうか水仙がまだ綺麗に咲いていました✨通行人が居ないので、このアングルで撮影してみたタイルの笹竜胆は鎌倉市の市章です✨住所で言えば、雪ノ下から西御門に入る場所ここの階段は上がる際、体の重心が後方に片寄るので、十分注意が必要です。腰の具合が悪いと、ちょっとした変化にも敏感になってしまいます正解は源頼朝の墓に続く通りでしたこの通りを横切る
青紫のような・・・デリケートな色で魅了されそうな・・・笹竜胆(リンドウ科リンドウ属、多年草)です。春ころに細い芽が出て、徐々に伸ばして・・・秋の気配を感じてくると、伸びた芽に花が点々とついて!!細い葉も笹竜胆と呼ばれているくらいで、葉が笹に似ている姿で・・・。蔓の様に伸びた花茎に、渦巻きの姿をした蕾も♪渦巻き状なのえ、開花も外側に成長させるだけで、ふっくらと広がっていく筒状の花被。少ない力で、きれいにふっくらと開ける様になっているんですね
レイラインがつなぐ「太陽と大地の聖地」422岩谷堂観音堂(本堂)・御賽前と書かれた大きな提灯が吊る下げられています。・笹竜胆(りんどう)の寺紋が見えます。つづく
朝廷への御馬献上という重要な行事の一行に、定火消同心という下級役人である広重が加わることができたのかという問題があります。しかも、広重が役人を退いたあとのことです。もちろん、同行絵師という身分で参加したとも考えられますが、広重が風景画家として有名になるのは『東海道五三次』が大ヒットしたあとの話です。さらに「藤川宿」が御馬献上の道中のワンシーンを描いたものだったという説も、その一行が持つ鋏箱の紋所が徳川家の「葵」紋ではなく、「笹竜胆」であるのも不自然です。そもそも
今年もよろしくお願いします☺️今年も良い天気な、平磯海岸の初日の出です。神紋が笹竜胆の地元の神社です。2024年元旦こちらは、大洗さまにご挨拶に参った時の飾られたばかりの絵馬です。動き始めた世の中を辰のように動き活躍できる一年を目指します。
我が家の本拠地は、山梨県です。家紋は清和源氏が使用していたという笹竜胆(ささりんどう)です。父の説明では、我が家は甲斐源氏とのこと。甲斐源氏は、清和源氏から分かれた源義光(新羅三郎)の子孫と言われています。八幡太郎義家の弟です。八幡太郎義家の子孫が源頼朝・義経兄弟なのです。(ああ、ややこしい)武田信玄は義光の子孫で甲斐源氏の嫡流です。山梨は武田信玄関係者が多いのです。我が家にも、やれ武田神社の神主の娘だとか、武田家滅亡の時に付き従っていた下級武士の子孫だとか、武田氏つながりの
子どもの頃、夏休みの朝にラジオ体操を続けたら、コミックの月刊誌をご褒美にいただきました。掲載されていた物語のひとつは、源義経と静御前の生まれ変わりの話で、ちょうど鎌倉の鶴岡八幡宮で「静の舞」が奉納されていた場面でした。月刊誌はすぐ母に捨てられてしまったけれど、静御前が印象的すぎて…彼女の生涯を調べていたら、源義経のことも知ることになりました。そんな私に父が一言、「うちの家紋は源義経と同じだから」我が家の家紋は笹竜胆です。歴史も古いです。当時、武士は家紋を使っていなかったという話
今日は自宅兼事務所に、障害ある子どもたちや若者が集まりました。途中、光くんがお母様達を近くの海蔵寺へご案内しました。以下、写真とコメントは光くんカエデが色付いていました。笹竜胆(りんどう)ささりんどうは源氏の家紋であり、市のシンボルでもあります。なお海蔵寺は車いすでは入ることができません。
まるで洋館で見かけたランプシェ―ドの様な、細長い花の姿をした、笹竜胆(リンドウ科リンドウ属、多年草)です。開花限界の11月中旬ですが、今年は楽勝の様子でいい色で咲いて♪この時季まで見られるとは^^とても得した気分に!!細長い天色(R:101/G:187/B:233)をした花の姿は、夜のひと時を過ごす仄かな光の様に、とてもきれいな色を発色していました^^天然色の技ですね♪この発色は!!人口色と比較しても、これに勝る天色は、ないのではないでしょうか!
明月院はあじさいで有名ですがその他にも四季折々のお花が楽しめます。それがここに魅力を感じる理由のひとつでもありますが、今の時期はお花は少なかった印象です。入口にこんな素敵な案内がありました。お食事処のお品書きみたいで好きです。花想い地蔵お花は心を慰めてくれます。そして、和ませてくれます。初めてちゃんと認識したのですが赤い実が上につくのがセンリョウ下につくのがマンリョウです。なのでこれはセンリョウ✨ツヤツヤ❤️この色に心を奪われる名前はイントゥーリーグ花言
2023年11月3日長野県の県花はリンドウだそうです。リンドウは、秋の里やを彩る青紫色の野の花として代表的なものの一つです。谷津田のやや湿った環境に多く、晴れた日にだけ五弁の鈴型の美しい花を開かせます。近年では、開発や鑑賞目的の採掘などで各地で数を減らしており、全国の10の都府県のレッドリストに掲載されているようです。リンドウ(竜胆)が我が国の文学に最初に登場するのは、西暦1000年頃に成立した「枕草子」です。文学に特に興味がない人でも、枕草子が清少納言によって書かれた随筆集
2023.10.13一日一季語竜胆(りんどう《りんだう》)【秋―植物―仲秋】竜胆の花より届く空の色箕輪カオル青い竜胆は、「誠実」、「正義」、「悲しんでいるあなたに寄り添う(悲しんでいるあなたを愛する)」という意味合いがある。花は晴天の時だけ開き、やや大型で鐘形のきれいな青紫色で、上向きにいくつも咲かせる。空と調和しているような色です。⇒画像をクリックするとブログ記事が読めます。【傍題季語】笹竜胆(ささりんどう《ささりんだう》)深山竜胆(みやまりんど
*明月院(めいげついん)(9月27日)友達の希望で鎌倉にある明月院を訪ねました。JRの北鎌倉駅から歩いて行きました。明月院はあじさいのお寺として有名です。あじさいの時期にはこの階段の両脇にはあじさいが咲き揃っていて、参拝者は、人、人、人の中をあじさいを愛でながらゆっくり上って行くのです。少しですが、まだ咲いているあじさいがありました。よく手入れされた庭には、あじさいのほかにもいろんな花が咲いていました。方丈のこの丸窓から見える景色は美しく人気があります。カエルさんの
『キングギドラ』前回からの流れ今回は首が三つの『キングギドラ』やまとももそ姫の『大神神社』にスポットを当ててみます。大神神社私のブログでは埼玉の秩父の狼信仰おもいかねがあとから来た勢力に捕まり都移動した時に立ち寄った場所という設定で書いております。三輪三つの花右下の山(神体山)と大鳥居の写真見てください。大神神社-Wikipediaja.wikipedia.orgここでいう三輪三つの花?というのは私の父方の家紋『笹竜胆』になる。
新宿三丁目でちょっと贅沢なランチをいただきましたコースのメインはこちらカレーです。お肉orお魚?ではなくて。でも、ただのカレーではありませんよー2003年に日光金谷ホテルの蔵の中から見つかった大正時代のカレーのレシピを再現しています。ちなみに日光金谷ホテルの創業は明治6年だそうです。辛さと言うより旨味がギッシリ詰まったカレーでしたよー🍛こだわりはライスにも。①レーズンバターライス②刻み漬けライス➂雑穀米④ライスからチョイスします。自分はレーズンやバターと
7日(金)午後5時から、鶴岡八幡宮の舞殿で執り行われた、七夕まつり神事に参加してきました時刻は午後5時50分神事が終わり、源氏池に移動しました✨毎年のことですが蓮だらけ約1時間の神事&園児たちのダンスタイムは、ずっと立ちっぱなしだったので、一先ず休憩です七夕まつりの神事は今回初めて参加させて頂きましたが、来月の雪洞(ぼんぼり)祭りも楽しみだな~さて、残り時間も少ないので、今回は近くの西御門と御成門(鎌倉駅西口)を回って帰ることに決めました当日は永福寺跡(ようふくじあと)の蓮も見に行
昨日は仕事が落ち着いたので急遽、午後から仕事を休んで3週間ぶりに鎌倉に行って来ました前回の続きです✨北鎌倉駅西口から東口方面へ移動しました。建長寺方面に徒歩1分、北鎌倉茶房花鈴へ(2回目)✨営業時間は10時30分から16時30分までお弁当は完売していました時刻は14時35分空腹のため、しらす御膳を注文しましたよ初めて鎌倉で食べる、しらす丼(御膳)美味しく頂きました✨(量は少なめと思いきや、食後にお腹が膨れてきました。)15分滞在。ランチ後は山ノ内・梶原地区を歩きました✨
笹の様な姿の葉をもった竜胆、笹竜胆(リンドウ科リンドウ属、多年草)は、紅葉の時期に咲き、その葉もホンノリと色付いて、その先に淡い青紫の花をつけ、花弁の先端を巻いた様に広げて咲きます。葉の色と花の色、絶妙なバランスがあって、花を引き立ててくれている様な気がしてきます。これも山野で虫たちに見付けやすい様な、長い年月を掛けて作り上げた生態なのかも。青々した葉と異なり、どことなく・・・風情漂う竜胆の姿に見えてきそうです^^
リンドウの花言葉ー華麗だけれど力強いいつもご覧くださる皆様、本当にありがとうございます。心から感謝致します。皆様にとって良い事がたくさんありますように!秋の花言葉診断で、私が好きな花が出たので書いておきます。研究用サイトでは、学名のGentianaをタイトルにも使っているリンドウですが、花言葉は勝利と正義(正義感)、可憐である反面で力強いものがあります。さまざまな種類がありますが、そのうちの
笹竜胆(リンドウ科リンドウ属、多年草)と言えば・・・源氏系の家紋!!源頼朝が、笹竜胆の家紋を使ったかどうかは不明ですが^^;晩秋の藍紫鐘状の花を咲かせる野草として浸しまれていた笹竜胆/竜胆。万葉種や枕草子にも出てくるほど、四季の中で営む人々の中に溶け込んでいたのでしょうね。家紋も衣装や調度品、身に纏う装飾としても・・・今でいう自分(家系)の所有知るし・・・自分(家系)のロゴ・・・その様なデザインチックな思考だったのでしょうね!!笹竜胆も古くから愛されてき
笹竜胆ではなく何故に三つ葉葵(゚-゚)?妙光山誓願寺源頼朝公生誕の地に頼朝公は、外祖父藤原季範(すえのり)が大宮司を務める熱田神宮を篤く崇敬し、鎌倉に幕府を開いた後に、熱田社を鶴岡八幡宮内に勧請とあるえ?鶴岡八幡宮内に熱田社ってあったっけ??とはいえ、鎌倉と熱田との間にはこのようなつながりがあったんだねぇ✨御朱印阿弥陀様の御縁日に妙光山誓願寺西山浄土宗御本尊は阿弥陀如来尼寺第三十二番札所名古屋市
先日、私の父親が亡くなってしまいました。50歳にして知らなかったのですが、葬儀場で母親から初めて伝えられたのが、田尾家の家紋の話鎌倉幕府を樹立した源頼朝の家紋「笹竜胆(ささりんどう)」と一緒と判明?確かに田尾家のお墓にその家紋が刻まれている約700年の間に何が?…謎過ぎる?笹竜胆が頼朝ゆかりの家紋としていろいろな場所で残っているのも事実?詳しい方、ご回答お願い致しま~す。【お得なサーフボード&ウエット