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♯17のマウントに戻り、道なりに進みます♯17集合住宅に来たところで見えます♯34四差路に来たところでも見えます♯35四差路を下りれば♯12のマウントが見えます♯12少し進むと残念な状態のA型がまだ放置されています九州型の連球はここでも維持しています
2010年代になってから大々的にマウントを整備※注するという、我らにとって文字通り「希望の灯」だった沖縄県今帰仁村(なきじんそん)今泊のマウントが、このほど他器具への置き換えが始まっていることが判明しました。整備から10年あまり、そろそろ設置条件の厳しい個体が補修交換時期を迎えるタイミングで大手製造メーカーが撤退したことが大きく原因しているのではないでしょうか?※注下の当時記事ではタイトルは「外灯新設」となっていますが、本文に「老朽化や台風などで破損したものをすべて修復し・・」というくだり
(有)大野タクシー・営業所のマウントは珍しいB型
マウントに会いに椿食堂に来ました。長崎県の佐世保市にある居酒屋椿食堂長崎県の佐世保市にある居酒屋「椿食堂」。やや薄暗い路地の一角にレトロな看板。ひょうきんな顔の懐かしい昭和映画の看板。不思議な外観と入口の小窓から覗く店内のほんのり温かみを覚える灯り・・・。古き良き時代の昭和の香りが今ここに甦る。www.tubaki-1020.com鉄道型にホーロー看板、なつかしい映画のポスター外からでも昭和レトロプンプンです。店内も鉄道型、電笠、ホーロー看板、露出配線、流れるスウィングジ
魔改造…どころか傘自体、自作かも。庇を取り付けたり傘を曲げてその代わりとする魔改造はよく見かけますが、これは傘自体に手作り臭が・・。
今回の岡谷研球は、川岸方面です。「川岸」は昭和30年まで存在し編入された旧川岸村域の地名です。実際、川(天竜川)に沿っていますのでそれに因んだ地名だったのでしょうね。ちょっと不思議な向きと設置場所のマウント。近くに「勝手踏切(九州旧記事)」がある訳でもなし、なんでこんなところに。しかもこれ、鉄道境界標の中に立っているようにも見えます。
今回は岡谷市の中でもこれまで殆ど訪れていなかった川岸(岡谷駅より見て南西方向の町と次駅名)方面へ向かって、研球しました。一枚目にはマウントは写っていません。線路沿いにあるジューキミシンの看板です。その昔、まだメディアが未発達の頃はこの手の看板(所謂ホーロー看板等)がPRの主力だったそうで、幼少の頃九州を訪れた際、列車の車窓の風景にわた(綿)関係の看板があまりにも数が多く、どこへ行ってもわた・わた・綿・・その印象が強烈過ぎて、それ以外の風景の記憶が殆どありません。まず看板の数、そしてデ
本記事及び前記事で、地名の塩尻市「片丘」を誤って「広丘」としていました。お詫びして訂正いたします。広丘はこの片丘の西隣、国道19号や篠ノ井線(広丘駅)のある一帯の地名です。昨年(記事)の帰り際に発見した両手あれから約1年、両手の生存確認のために立ち寄ったところ、傍にこんな碑を見つけたという次第です。宮北外灯記念碑裏に何か由緒が書いてあるのでは?と思いますが、そこまで頭が回りませんでした。今度確認に行ってきます。
境内の片隅にあった洗い場、タイルが懐かしい。
傘が大きい
日野九十九島神社にきました。鎮座地はコチラ〒858-0923長崎県佐世保市日野町394〒858-0923長崎県佐世保市日野町394www.google.co.jpその由来一の鳥居そのそばにあるA型カズラがとれてスッキリしましたが、機能していないです。社務所受付から祈願まですべてコチラで行います。春日町春日神社の宮司が兼務します。週末の例大祭に向けての準備で開いていました。その中コイズミの蛍光灯ペンダントが見えます二の鳥居そばにある小さな祠上っていきます菩薩
トタン塀、マウント、お似合いの一角。
ダブルマウントダブル①2基とも現役ダブル②上段のみ現役・下段は傘・電球付きで静態保存されていましたが、後に傘と電球は脱落してしまいました。過去の写真その他の地域のダブルマウント(再掲・再々掲)埼玉県秩父市・秩父鉄道影森駅近くの貨物線の架線柱に取り付けられ、左の鉄道型は貨物線とその踏切を、右の独特の柄のほうは本線を跨ぐこ線橋を照らしていましたが、現在は撤去されてしまいました。この独特の柄のマウントは同鉄道線の白久駅(写真下)にも存在しました