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第一八二回=文楽公演令和八年(2026年)四月七日国立文楽劇場第三部ひらかな盛衰記辻法印の段神崎揚屋の段奥座敷の段作文耕堂三好松洛浅田可啓竹田小出雲千前軒辻法印の段豊竹芳穂太夫野澤錦糸ツレ鶴澤清允神崎揚屋の段切竹本千歳太夫豊澤富助ツレ鶴澤清公奥座敷の段豊竹睦太夫鶴澤清馗≪人形役割≫法印女房桐竹紋秀腰元お筆吉田簑紫郎辻法印吉田玉勢梶原源太景
大阪の、国立文楽劇場。4月15日(水)に、第一部。4月16日(木)に、第二部、第三部。4月26日(日)が、千龝楽。第一部、第二部は、『菅原伝授手習鑑』。延享3(1746)年8月、竹本座初演。今年は、その初演から、280年目。作者は、竹田出雲、並木千柳、三好松洛、竹田小出雲(後の二代目出雲)。同じ作者による、『義経千本桜』『仮名手本忠臣蔵』と並ぶ三大名作の第一作。私事ですが、はじめて『生』の人形浄瑠璃・文楽を見たのが、この『菅原伝授手習鑑』。(それまでは、テレビの舞台中継で、何回
2月23日(祝・月)、神奈川芸術劇場での文楽公演。千穐楽。第1部、第2部を通して。『絵本太功記』の、通し。といっても、完全な通しではありません。『絵本太功記』。豊臣秀吉の一代記、読本の『絵本太閤記』。それを素材のひとつとして、近松柳、近松湖水軒、近松千葉軒らの合作として、寛政11(1799)年7月、豊竹座で初演。発端から六月朔日、二日と続けて、各日を一段として描き、十三日までの十四段。今回は、第1部が、発端『安土城中の段』六月朔日『二条城配膳の段』六月二日『本能寺の段』六月
第一七七回=開場四十周年記念文楽公演令和七年(2025年)一月国立文楽劇場第二部通し狂言仮名手本忠臣蔵八段目道行旅路の嫁入九段目雪転しの段山科閑居の段十八日鑑賞八段目道行旅路の嫁入小浪豊竹呂勢太夫戸無瀬豊竹靖太夫ツ竹本碩太夫竹本聖太夫レ竹本織栄太夫鶴澤清治鶴澤清馗鶴澤友之助鶴澤清公鶴澤清允≪人形役割≫戸無瀬吉田和生小浪
第一五六回=開場三十五周年記念文楽公演令和元年(2019年)十一月国立文楽劇場第二部通し狂言仮名手本忠臣蔵八段目道行旅路の嫁入九段目雪転しの段山科閑居の段十段目天河屋の段十一段目花水橋引揚げより光明寺焼香の段三日鑑賞八段目道行旅路の嫁入小浪竹本津駒太夫戸無瀬竹本織太夫ツ竹本南都太夫豊竹亘太夫レ竹本碩太夫竹澤宗助鶴澤清志郎鶴澤寛太郎野澤錦吾鶴澤燕二郎
国立文楽劇場の初春文楽公演。1月22日(木)、第1部から、第3部までを、通して見ました。第1部11時開演。『壽式三番叟』。祝儀劇。天下泰平、五穀豊穣を祈り。能楽の『翁』を人形浄瑠璃に移したもの。そのため、能舞台を模し、背景に松。松羽目物。千歳、翁が登場し。続いて、2人の三番叟が登場。三番叟は、滑稽な仕草を見せながら。めでたく、めでたく舞い納め。次が、『摂州合邦辻』。その『合邦庵室』。安永2(1773)年の初演。作者は、菅専助、若竹笛躬。御家騒動、継母の恋、同年月日刻に生
令和8年初春文楽公演第2部午後2時30分開演を見ました。内容は新薄雪物語(しんうすゆきものがたり)清水寺の段渋川使者の段評議の段園部兵衛屋敷の段人形遣いや三味線は以上の通りなんです主役どころがずらりです。なかなかの主役が出演でしたね。評議の段ではたくさんの人形が出てましたが、これも演出なんですかね。不思議な感じでした。園部兵衛屋敷の段の竹本千歳太夫がすごくよかったです。あの盛り上がり、そこまでするのかというふりやせりふ、各部の最後は
令和八年(2026年)一月十三日国立文楽劇場において一日文楽を聞いた。にらみ鯛第一部寿式三番叟摂州合邦辻第二部新薄雪物語第三部壺坂観音霊験記連獅子三公演全て名舞台だが、『新薄雪物語』は歴史的名演であった。竹本千歳太夫の語り。豊澤富助の三味線。圧巻だった。幸崎伊賀守・園部兵部は、それぞれ子供を助ける為に立ち上がる。伊賀守の娘薄雪姫と兵衛の息子左衛門は愛しあっている。恋人たちを助ける為に父二人は命を捨てる覚悟を決める。伊
1月4日国立文楽劇場の第2部『新薄雪物語』を見てきました1741年竹本座で初演文楽では28年ぶりの上演らしいですこの物語は江戸時代から続く時代物の人形浄瑠璃と、そこから波及する歌舞伎で今まで見た聞いた結末とは真逆の物語でした今まで私が見たものは主君のために自分の子を犠牲にするという現代の感覚では理不尽な話しばっかりでしたでも江戸時代は「主従は3世夫婦は2世親子は一世」と言って自分の仕える殿様のためなら前世、現世、来世と3世にわたって主従関係にあった親子
第一〇〇八回=文楽公演令和七年(2025年)九月十七日国立文楽劇場『心中天網島』「北新地河庄の段」「天満紙屋の段」「大和屋の段」「道行名残の橋づくし」「北新地河庄の段」切竹本千歳太夫豊澤富助後豊竹呂勢太夫鶴澤清治「天満紙屋の段」口豊竹亘太夫竹澤團吾奥豊竹藤太夫鶴澤燕三「大和屋の段」豊竹芳穂太夫野澤錦糸「道行名残の橋づくし」小春豊竹睦太夫治兵衛豊竹靖太夫竹本聖太夫竹本津国
パルコ劇場にて、三谷幸喜作、演出2012以来の文楽作品文楽の人形4人が人間らしい(笑)悩みが織りなす、現代の要素も盛り込んだ、クスクス笑える物語。これ、役者がやっても面白ろそうだが、文楽を初めて観たわたしには、人間遣いの巧みな繊細な動きに、人形の中に、まさに人がいるような生身の感覚がわかり、とても面白かったです🏃🧍物語はいつも悪役で脇役の陀羅助が、主役ばかりやる優男の源太、おさえ、女中役のオフクを巻き込んで、優男源太はネズミに顔を齧られ、優男ができなくなり、江戸の人形町へ、新大阪から新
8月19日(火)、渋谷のPARCO劇場で、三谷幸喜作・演出の『人形ぎらい』を見ました。8月28日(木)まで。いわゆる『三谷文楽』。2012年8月のPARCO劇場、『其礼成心中』が最初で。近松門左衛門の『曾根崎心中』で、心中のメッカとなった、天神の森。その森の入り口にある饅頭屋の老夫婦の物語。今回は、同じく近松門左衛門の『鑓の権三重帷子』。その悪役・川側伴之丞役の、『陀羅助』という人形が主人公。「文楽の人形は、俳優と同じように出し物によってさまざまな役を演じます。主役の人形もいれ
8月19日(火曜)パルコ劇場12時〜約2時間詳しくは↓https://stage.parco.jp/program/ningyogirai三谷文楽『人形ぎらい』|PARCOSTAGE-パルコステージ-PARCOPRODUCE2025三谷文楽『人形ぎらい』の作品ページです。stage.parco.jp渋谷駅で迷ってしまい焦った(^_^;)ハチ公口に着けなかったなんとか西武A館を抜け、旧丸井をみ見て、無印良品→パルコへ!渋谷って都市独特の熱風が吹いていて中東の砂
こんなに人形を愛おしいと感じるなんて子どもの頃、リカちゃんやバービーとお人形遊びしていた頃、自作のストーリーで人形が生き生きと動いていた頃をふと思い出しました人形浄瑠璃をいつか観たいと思い、早三十年余り文楽は主に大阪で発展した人形浄瑠璃の流派らしく、今回は2012年に誕生した三谷文楽『其礼成心中』に次ぐ第二弾入門編としてはとても良かったのかな初めの『鑓の権三重帷子』の場面、言葉が少し難しかったけれど、影絵の裏で6人が人形を操る技術は素晴らしいだんだん目と耳が慣れてきて、人形の生き生き
第一七九回=文楽公演令和七年(2025年)七月十九日初日八月十二日千穐楽国立文楽劇場第二部一谷嫩軍記熊谷桜の段熊谷陣屋の段熊谷桜の段太夫豊竹靖太夫三味線野澤勝平熊谷陣屋の段切太夫竹本千歳太夫三味線豊澤宗助奥太夫豊竹藤太夫三味線鶴澤燕三≪人形役割≫熊谷直実吉田玉志相模豊松清十郎藤の局吉田簑一郎源義経吉田一輔梶原平次景高吉田玉輝百姓大ぜい奴大ぜい軍平大ぜい石屋弥陀六実は弥兵衛宗清吉田玉也◎
国立文楽劇場での、親子向けと外国観光客向けがある、夏の文楽公演に行ってきました。昼の部は、一般向けの「一谷嫩軍記」から、熊谷桜の段と熊谷陣屋の段です。熊谷桜の段では、息子を案じてはるばるやって来た相模、それを迎える軍次。追手から逃れてきた藤の局。そこに、梶原に引き立てられた弥陀六。靖太夫がはきはきと、女二人と弥陀六の状況を語る。テンポよく、熊谷陣屋へ。直実がすっと現れ、悲壮感を感じる間もなく、相模と藤の局に対面するのが文楽。その分、敦盛最期の物語はたっぷりと。大き
5月21日(水)、北千住にある、シアター1010で、人形浄瑠璃・文楽公演の第一部『芦屋道満大内鑑』を見ました。5月27日(火)までの上演。三部制で、今回は、この第一部だけの観劇です。『芦屋道満大内鑑』は、初代竹田出雲の作。享保19(1734)年10月5日、大坂の竹本座での初演。この作品が、人形浄瑠璃史上、重要な意味を持つのは、四段目の『信田森二人奴』で、人形の三人遣いがなされたことです。それにより、人形が大きくなり、人形の動きも、より細やかな表現が可能になり。近松門左衛門(1653
国立文楽劇場での通し狂言、「義経千本桜」はいよいよ「河連法眼館」でキリです。義経が匿われている法眼館に、やってきた忠信。きりっとした源太に、文哉が遣う若武者ぶり。預けた静がいないと、この場だけはいら立ちを隠せない義経。初段と二段目と違って、簑二郎がぴりぴり。対する文哉は堂々。蓑太郎の六郎と、勘介の次郎も現れて、睦太夫と勝平が少しずつ盛り上げていく。そこに、静と忠信の到着との報せ。でもやって来たのは、静ひとり。一輔が遣う娘は、感情がはっきり出ます。静が周りを見渡
第二部3時開演を目指して行きました。アクセスが良いので、楽に到着できました。チケットを取る時から、トントンと調子よく取れて…今日の演目は『妹背山婦女庭訓』(いもせやまおんなていきん)の中の、『花渡しの段』と『山の段』だとばかり思って、しっかり予習なんかしてましたが…《吉野川のセット》が、なかなか出てこないーとうとう時間になって終了。『地味だったよなぁ…』『山奥の…』『あばらやの…』それもそのはず、その期待の演目は華やかな【三部】でした❗️(帰りの電車で分かった
国立文楽劇場での「仮名手本忠臣蔵の通し上演は、今月の「山科閑居」でキリ。雪深い由良助の住居。弾き出しは、富助が重厚に。そこに語り出す千歳太夫が、更に重厚に。そこに乗りつけた駕籠の横で、威儀を正す戸無瀬。決意を秘めた老女方を遣うのは、引き続いての和生。私や恥づかしい、、、と、花嫁衣装で恥じらう小浪。しおらしい娘を、簑紫郎が引き続いて遣う。そう、11月からの通し上演は、ずっと同じ主遣いなので、特徴がよくわかって、感情移入してしまいます。出迎えたのは、一輔のお石。こ
令和七年一月十八日国立文楽劇場新版歌祭文座摩社の段野崎村の段好きな人久松は恋敵お染さんと心中する覚悟だ。お光は最愛の人久松の気持ちを思い身を引く。豊竹若太夫の語りに情が溢れる。『仮名手本忠臣蔵』「八段目道行旅路の嫁入」「九段目雪転しの段」山科閑居の段」竹本千歳太夫の語り。豊澤富助の弾き。加古川本蔵の自己犠牲を重厚に遣う桐竹勘十郎。圧巻の名舞台であった。合掌幕間時間。鶴澤清光氏。睨み鯛名舞台に心身全体で熱くなったで。
国立文楽劇場の開場40周年記念での、「仮名手本忠臣蔵」の大序から七段目までの通し上演。第2部のキリは、七段目の祇園一力茶屋の段です。詞に始まり詞に終わる、浄瑠璃では変わった段。一人一役の太夫が、入れ替わっての掛け合いが独特。長唄囃子が茶屋の雰囲気を出すのも独特。三味線は前が燕三で、後が富助です。幕が開くと、勘壽の九太夫と簑紫郎の伴内がやってくる。やあ、こいつがこいつが。続いて、勘次郎の十太郎、亀次の喜多八、文哉の弥五郎が気合十分。このテンポの良さ。手の鳴る方へ、由
今日は朝から大阪日本橋にある国立文楽劇場に行ってきました。文楽錦秋講演の千穐楽です。演目は「仮名手本忠臣蔵」大序から七段目までの通し狂言を11時から20時20分過ぎまで楽しんできました。いやぁ、とっても良かったです。特に七段目の千歳太夫さんに織太夫さん、それに呂勢太夫さんの掛け合いには感動して、思わず語りの途中で拍手をしてしまいました。普段狂言の途中で拍手することはありますが、それは他の人に釣られてのことです。でも今夜は会場の中で自分が一番最初に拍手していました。文楽を見始めて38
令和六年(2024年)十一月十一日二十一時十四分の吹田会館である。三代目吉田簑助こと平尾勝義の通夜は終わっていた。十一日の通夜・十二日の告別式共に勤務時間と重なるので参列できなかった。仕事帰りに通夜の後の吹田会館前で手を合わせる。このことを十一日夜に為した。現代文楽座技芸員は全員吉田簑助の後輩である。悲しみを胸に秘めて技芸員は国立文楽劇場において『仮名手本忠臣蔵』「大序」「二段目」「三段目」「四段目」「五段目」「六段目」「七段目」『靭
8月5日(月)、大阪の国立文楽劇場で、第175回・開場40周年記念の文楽公演を見ました。夏は、3部制で、第1部が『親子劇場』。今回、これはカットして。第2部が『名作劇場』として、『生写朝顔話』。上演を繰り返している、名作です。成立に関しては諸説あり、省きます。いくつかの段階を経て、初演は、天保3(1832)年正月、大坂稲荷境内芝居。司馬芝叟の長咄『蕣(あさがお)』(現存せず)がもととなり。山田案山子(近松徳三)が浄瑠璃に。しかし、未完成で死去。それを翠松園種春が手を加えて。周防
例年、8月お盆明けに行われていた今年は6月最終週に一番手は竹本織太夫と鶴澤清馗の兄弟コンビ兄弟共演は非常に珍しい弟が兄に追いついてきた織太夫さんは中堅のリーダー人形がないので、集中して聴ける安定した織太夫節二番手は錣太夫に藤蔵、ツレに清公1時間17分の長丁場錣太夫らしい白熱の語りに藤蔵のダイナミックかつ繊細な三味線見ごたえたっぷりだったが途中、10分くらい記憶がないトリは千歳太夫に豊澤富助千歳太夫はほぼ諳んじての語りほぼ本を見ていない凄すぎでも、やっぱり三味線は
六月二十九日国立文楽劇場において第二十七甲斐文楽素浄瑠璃の会が開催される。卅三間堂棟由来竹本織太夫鶴澤清馗伊賀越道中双六沼津の段竹本錣太夫鶴澤藤蔵鶴澤清公菅原伝授手習鑑丞相名残の段竹本千歳太夫豊澤富助素浄瑠璃の会は、太夫が浄瑠璃を語り、三味線弾きが三味線を弾く公演である。人形遣いは出ない。人形にも会えない。太夫が三味線の音に乗って語る。人形に会えないのは淋しいが、「浄瑠璃を聞く」営みは想像力を刺激
5月14日(火)、北千住のシアター1010で、『5月文楽公演』Bプロ。16時開演。『ひらかな盛衰記』。元文4(1739)年4月、竹本座での初演。文耕堂、三好松洛、浅田可啓、竹田小出雲(2代目竹田出雲)、千前軒(初代竹田出雲)の合作。角書に『逆櫓の松』『矢箙の梅』とあるように、『源平盛衰記録』をもとにして、・木曽義仲とその残党の物語。・梶原源太景季の物語。が、交錯して。全5段の、長い長い物語です。で、今回は、木曽義仲からはじまる物語。『義仲館の段』。朝敵となった木曽義仲。源義
『菅原伝授手習鑑』「道明寺」公演記録映画版昭和五十六年十一月国立劇場公演-1996年11月9日国立文楽劇場にて鑑賞-作/竹田出雲並木千柳三好松洛竹田小出雲十三代目片岡仁左衛門(菅丞相こと菅原道真)五代目坂東玉三郎(苅屋姫)二代目片岡秀太郎(立田の前)五代目片岡我當(判官代輝国)二代目助高屋小伝次(土師兵衛)五代目中村歌六(奴宅内)五代目片岡市蔵(彌藤次)五代目中村富十郎(宿禰太郎)三代目實川延若(覚寿)
令和六年2024年2月10日から4月27日に鑑賞した映画・演劇令和六年(2024年)一・二月に鑑賞した映画・演劇2024年2月9日京都シネマにおいて衝撃を受けた。映画館映画鑑賞道を休止すべきではないかという問題を感じ自問した。52年間映画館に行き、学んできたが、映画館鑑賞の歩みを集大成にしたい一本と2月9日に出会った。その後の悩みの歩みは上記リンク先の4月8日発表記事に書いた。2月10日福田こうへい特別講演『鯉名の銀平雪の渡り鳥』演劇95分