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NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」を毎週見てますか-!戦国時代を「豊臣秀吉」と「豊臣秀長」が兄弟で手を取り合って立身出世して、天下統一事業を成し遂げていくというのが基本的なお話ですね。やはり戦国時代ならではの戦いのシーンが多いですね〜戦いの中心には、「お城」が出てくることが多いですし、戦いを起こす中心人物が居城しているお城も紹介されています。ということで、ドラマで登場するお城を、今まで掲載してきたブログから貼り付けていきたいと思います。本日は、「織田信長」が「天下布武」
【岐阜】岐阜県不破郡垂井町の竹中半兵衛の菩提寺禅憧寺大河ドラマ『豊臣兄弟』第9話「竹中半兵衛という男」では菅田将暉さん演じる秀吉の出世を大きく助けた軍師・竹中半兵衛が登場。大河ドラマ紀行でも登場した禅幢寺(ぜんどうじ)は竹中半兵衛が拠点とした菩提山城の山麓にある半兵衛とその父・重元、竹中一族の菩提寺として知られています。【禅憧寺御朱印】庫
名称:竹中氏陣屋別名:岩手城、竹中陣屋、岩手陣屋城郭:陣屋遺構:現存櫓門築城年:1588年築城主:竹中重門主要城主:竹中氏所在地:不破郡垂井町岩手619-2指定文化財:県指定史跡水堀現存櫓門(県指定文化財)竹中半兵衛重治公銅像
城を観る今回は...(撮影2021/04/12)岩手城(竹中氏陣屋)〜堀と石垣〜こりゃッいいねッ。。。ヽ(´o`;なんちてにほんブログ村
城を観る今回は...(撮影2021/04/12)岩手城(竹中氏陣屋)〜解説板TakenakaJinya〜英語のッ解説板ッ。。。ヽ(´o`;なんちてにほんブログ村
8/18(金)は、天気が曇天予想でそんなに暑くならないようでしたので、3回目の「青春18きっぷ」を使い、城巡りに出かけました。3回目の「青春18きっぷ」↓前々から訪れたかった「竹中氏陣屋」(岐阜県不破郡垂井町)と、もう25年以上も前に訪城した「清洲城」(愛知県清須市)、そして「天守」に少し引き気味なところもあってまだ訪城してなかった「墨俣城」(岐阜県大垣市)の3城巡りをしました。当初予定していた時間よりも早く家を出たので(眠れず4時半に目覚めた)、JR「米原駅」までは「大阪駅」
〈速報〉本日の天気は、曇天予想でそんなに暑くならないようでしたので、3回目の「青春18切符」を使い、城巡りに出かけました。山城は、前回「有年山城」で少し懲りたので、陣屋と平城巡りにしました。前々から訪れたかった「竹中氏陣屋」(岐阜県不破郡垂井町)と、もう25年以上も前に訪城した「清洲城」(愛知県清須市)、そして「天守」に少し引き気味なところもあってまだ訪城してなかった「墨俣城」(岐阜県大垣市)の3城巡りをしました。「竹中氏陣屋」は、現存の「櫓門」と「堀」の一部、城内を見通せなく
【問題】竹中氏陣屋(岐阜県垂井町)は、次のうちどの城郭の麓に築かれたか?【選択肢】大桑城郡上八幡城鷺山城菩提山城【正解】菩提山城【解説】現在の陣屋跡周辺を元々所領としていた竹中氏は、はじめ山城である菩提山城を居城としていた。しかし、重門の代になって麓に岩手城(後の竹中氏陣屋)を築いて移った。
都道府県別索引へ竹中氏陣屋は、竹中半兵衛の子の竹中重門が1588年に菩提山城に代わる居城として築き、そのまま江戸時代にも陣屋として使われた。この日、菩提山城から降りたあと、時間があったので寄り道してみた。→現在位置駐車場あるかと思ったら、すぐ北にそうとう広い観光駐車場があった😮傍らには説明板が立っていた。事前に何も調べていなかったので遺構は無いのかなと思っていた😅が、駐車場から道を挟んだすぐにそそり立つ石垣😮かなりの部分の石垣が崩れていて、ちょっと痛々しい姿
史跡巡りの記事です。行きなおしたので再掲載です。今回は、岐阜県垂井町にある竹中氏陣屋です。竹中氏陣屋(岩手城)戦国の智将、竹中半兵衛ゆかりの地。豊臣秀吉の軍師として名高い竹中半兵衛の嫡子の竹中重門が、関ヶ原の戦いの際に、徳川家康に味方し6,000石の旗本として存続して戦後、本城の菩提山城を廃して山麓に陣屋を構えたのが始まりとされます。現在は白壁の正門と石垣、堀の一部が残っています。(1)櫓門の内側、(2)竹中氏陣屋全景、(3)水堀と石垣、(4)櫓
只今、「門」と「櫓」を兼ね備え、特に「大手」等の重要箇所を固めた最強の門であった「櫓門」シリーズをお届け中です。「櫓門」シリーズ終了後に訪れた「竹中氏陣屋」(岐阜県不破郡垂井町)の「櫓門」ですので、「東日本後半総集編」の中に入れます。元々この地を治めていた「岩手氏」の系統の中から「竹中氏」がとって代わって統治するようになったのが「竹中重氏」で、「重元」→「重治」と続きます。この「重治」こそが、「羽柴秀吉」から三顧の礼で迎えられ「秀吉」の軍師として活躍した「竹中半兵衛」です。しか
《岩手城(竹中氏陣屋)》[読み方]いわでじょう(たけなかしじんや)[別名称]竹中氏陣屋、竹中陣屋、岩手陣屋[所在地]岐阜県[城分類]陣屋[築城主]竹中重門[築城年]1588年[城を観る](解説板竹中氏陣屋跡及び櫓門)(解説板竹中半兵衛重治)(竹中半兵衛?)(竹中半兵衛重治公之像)(堀)(櫓門)[YouTube](【城を観る+】《岩手城(竹中氏陣屋)》2021〜竹中半兵衛ゆかりの地!岩手城跡を観る〜)[登城日]2021/04/122017/03/03にほ
城を観る[YouTube]今回は...(撮影2021/04/12)【城を観る+】《岩手城(竹中氏陣屋)》2021〜竹中半兵衛ゆかりの地!岩手城跡を観る〜【城を観る+】《岩手城(竹中氏陣屋)》2021〜竹中半兵衛ゆかりの地!岩手城跡を観る〜《岩手城(竹中氏陣屋)》[読み方]いわでじょう(たけなかしじんや)[撮影地]岐阜県[撮影日]2021/04/12[撮影者]バイソン[BGM]Dreamland(writtenbyshimtone)[Twitter]バイソン(城を観る)https
先週の土曜日(5月23日)、大阪地方は予想以上によく晴れた一日になりました。この日も、朝からママチャリで古城めぐりに出掛けました。この日は、淀川を渡った大阪府の北摂地域の3古城が目的地です。今日はその3回目を紹介します。第一回目の記事はこちらです:https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12599168202.html第二回目の記事はこちらです:https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12599471690
皆様こんばんは。今週は豪華に、摂津・山城の二国から多くのお城をご案内しようと思います。ただ単に、大きな城に行けてないだけなんですけどね……。先ずは摂津国から。最初に、我が街茨木から耳原砦を。戎光祥出版の『近畿の城郭』で、巻末で触れられているだけの城です。『摂陽群談』には惟任日向守光秀が在城したと書かれてるとか何とか。法華寺の裏手らしいです。高台で脇に川があって、確かに地形がそんな感じでした。-耳原砦-この登城を以って、同書に於いて茨木市の城として記載されている全ての城
六月第一日曜日は私の敬愛する『竹中半兵衛公』の法要が岐阜県不破郡垂井町「禅幢寺」で行われます今年も参列してまいりました簡単に写真を少し山門本堂にはこの絵の掛け軸が掛けられ法要が行われます一通り法要(読経焼香)が終わると奉納剣舞奉納踊りや笛等が行われます!500mほど離れた竹中氏陣屋の櫓門説明板少しアップで!f(^_^;陣屋前の『竹中半兵衛公像』垂井駅前の『竹中半兵衛公像』兜は「一ノ谷」竹中半兵衛公法要の写真はご命日の6月13日に
竹中氏陣屋跡岐阜県不破郡垂井町
2017.8.11の竹中半兵衛を巡る旅、まずは竹中氏陣屋跡に行ってきました(´▽`)ノ竹中半兵衛重治の死後、嫡男重門が菩提山城を廃して陣屋を建てたそうで、今は櫓門しか残っていませんが、菁莪(せいが)記念館で復元模型を見ることができます。明治新政府から櫓門含め一切合切破壊するよう命令が出たので、岩手小学校の前身菁莪義校の正門であると主張して破壊を免れたそうです。門の中は岩手幼稚園だそうで、外からしか見れませんが、それでも充分かと(*^_^*)どうしてもナビに出てこないので、岩手
名古屋城天守閣が木造再建の方向で動きだしそうなので…今ある天守閣(同級生σ(^_^;)鉄筋コンクリート造りをもう一度見ておきたく本日午前は『名古屋城』へ六月第一日曜日は垂井の「禅憧寺」で私の敬愛する『竹中半兵衛重治』公の法用の行われる日そこで午後は[垂井]に行きました!禅憧寺竹中氏陣屋タルイピアセンターJR垂井駅前の『竹中半兵衛重治』像個別記事は後日アップ予定!?(^^ゞ✉Tettyan50おまけ!?(^^ゞ帰りしなに寄った
城を観る今回は...(撮影2017/3/3)岩手城(竹中氏陣屋)〜竹中半兵衛?〜バ...バランスが...なんちてにほんブログ村
城を観る今回は...(撮影2017/3/3)岩手城(竹中氏陣屋)〜解説板竹中半兵衛重治〜う〜んなんとも...なんちてにほんブログ村
城を観る今回は...(撮影2017/3/3)岩手城(竹中氏陣屋)〜竹中半兵衛重治公之像〜おぉ〜神々しい。。。なんちてにほんブログ村
城を観る今回は...(撮影2017/3/3)岩手城(竹中氏陣屋)〜堀〜城だわなこれは。。。なんちてにほんブログ村
城を観る今回は...(撮影2017/3/3)岩手城(竹中氏陣屋)〜櫓門〜内側より見上げてみる。。。なんちてにほんブログ村
城を観る今回は...(撮影2017/3/3)岩手城(竹中氏陣屋)〜解説板竹中氏陣屋跡及び櫓門〜今でも現役です。。。なんちてにほんブログ村
ども前回、菩提山城の続き関ヶ原合戦で東軍についた竹中半兵衛重治の息子、重門は江戸幕府において、交替寄合の旗本となり菩提山城の麓に陣屋を建てます櫓門この先は入れますが保育園と小学校、また一部は私有地となってますのであまり深入りしないように櫓門の石垣は登れます陣屋は水掘、石垣に囲まれており小型の近世城郭のたたずまいです門の前には天才軍師「竹中半兵衛重治」の像黒田官兵衛と羽柴秀吉の「両兵衛
岐阜県垂井町散策の最終目的地は竹中氏陣屋跡。炎天下、水分補給だけは十二分に注意して半日歩き続けました。時折感じる涼しい風に一息入れました。泰然自若とした凛々しい竹中半兵衛重治公像。美濃国に侵攻した織田勢を十面埋伏の陣で撃退。稀代の名軍師が伝説的な神業を堂々と披露。諸葛亮孔明の再来と言っても過言ではない。主君・斎藤龍興は虚勢を張りたい狭量な小心者なのか普段物静かな半兵衛を愚弄し続ける。半兵衛を侮る斎藤家臣に小便をぶっ掛けられ嘲笑された後、奇策をもって稲葉山城を乗っ取り主を追放した
竹中重治(たけなかしげはる。半兵衛)の子・重門(しげかど)が江戸時代初期に築いた竹中氏陣屋跡(県遺跡)の石垣が土塁を利用した工法であることがわかった。近世の石垣は水抜きのために小さな石を積むのが普通だが、陣屋の石垣にはされてないという。[中日新聞]智将竹中半兵衛重治/小林竜夫¥価格不明Amazon.co.jp