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今月のお花の定期便が届きましたカンパニュラスプレーバラキンギョソウアルストロマリアイタリアンルスカス淡いピンクの花束です鮮度の良いお花を届けてくださるので長くたのしめるのが嬉しいです***先日テラス席のあるベーカリーに行きました薔薇の天然酵母を使用しているRBaker焼きたてのマルガリータがとても美味しく写真を撮るのを忘れました(^◇^;)たっぷりのサラダやスープも美味しかったですこの時期はテラスが気持ち良いですね米粉のパンもたくさん扱っていたので
5月になると、思い出す言葉があります。「5月の風をゼリーにして持ってきてください」5月の風をゼリーにして持ってきてくださいひじょうに美しくておいしく口の中に入れるとすっととけてしまう青い星のようなものがたべたいのです24歳で夭逝した詩人、立原道造が3月に亡くなる前に友人に残したことばだそうです。ゼリーにできそうな風を探して、街を歩くのですがまだつかまえられません。ゼリーに、イチゴを入れたらおいしいかしら?ガラスの器のゼリ
5月。今年は少し寒い。だけどこの季節が一年で一番好き。ものみな芽吹き、我が家の緑達も青々と生気を取り戻したような感じ。リビング組はジャングル化しているので、少し前に剪定して土の入れ替え。結果腰をいわす。玄関先組の紫陽花、家の裏手にあって花が咲いたのを見たことがなかったが、一昨年救出し復活。去年花がいくつも咲いて、今年もその兆しあり。生きている。もう咲かないんだったら掘り起こせば?と言ってもそのままにしていた母。理由を聞くことはもう出来ないが、きっと喜んでいてくれるはず。最初
ヒアシンス・ハウス。浦和の別所沼の畔に建ちます。何度かここに書いていますが数年ぶりに行ってきました。30分もあれば行けますんで。立原道造が夢見た別荘です。道造が愛用していた燭台。左に見える旗が掲揚されていると在宅している合図。道造が設計した椅子。室内から雨戸を閉めたところ。*「ヒアシンス・ハウス」をヒヤシンス・ハウスと書く人もいますが道造は「ヒアシンス・ハウス」と表記しました。数年前、ボクが好きな内田有紀さんがテレビ番組で「ヒアシンス・ハウス
ご訪問いただきありがとうございます🍀昨日は朝から雨でしたので、少し迷いましたが、好奇心が勝って、出かけることにしました。☔告知されていました、古着屋さんでの👗「衣類詰め放題セール」👖初めての試みだそうです。お店には外国人の男性もいらっしゃいました。お店のスタッフの方と英語で話していらっしゃいました👨🦰詰める時間は、「ゆっくりでいいですよ」とのことでしたので、参加することにしました。一回1000円!!渡されたビニール袋が予想外
“5月のそよ風をゼリーにして持ってきてください“詩人、立原道造の有名な言葉。続きは下に書きますね。この詩は小学生か中学生の頃に読んだのですが、なんてきれいな表現なんだろうと感じて以来毎年この頃になると思い出します。子どもの頃に響いたことっていつまでも心に残りますね。体験予約受付中5月のレッスン内容です★基本メニューあんかけ皿うどんワンタンスープ食育学習内容小学生:中華料理・栄養素について幼児:あんかけ皿うどんについて★おやつメニューベルギーポテト白ごまきなこ豆乳ラ
こんばんは♪今日の東京は立原道造の詩にあるようなさわやかな一日でした。ツツジも満開ですね。タイトルもそれにちなみました🍀この詩は、合唱曲にもなっています🎶遠い昔、母校での国語教育実習の教材にこの詩を選び、朗読したのは懐かしい想い出。立原道造優しき歌※[#ローマ数字1、1-13-21]・※[#ローマ数字2、1-13-22]www.aozora.gr.jpその後、彼の足跡をたどるため、軽井沢高原文庫や、立原道造|軽井沢高原文庫明治・大正・昭和・平成と続く軽井沢ゆかりの文学者たちの
実は、彼が送ってくれた音楽付き動画を紹介したいのですが、メカ音痴の僕は未だに貼り付けられていません💦いろんなところに消えない様に、残してあるのに、なんともなりません。僕が大好きだった立原道造の「のちのおもいに」を彼が動画に貼ってくれたこともありました。詩に出てくる水引草が上のものですのちのおもいに僕と彼が大好きな詩の朗読が下のものです!長い坂の絵のフレーム🖼僕の昨日のブログにコメントを下さり、僕と病いのとこにいる彼が、いつまでも忘れなかった思いや、『夢はいつ
谷中の立原さんのお墓に手を合わせました。立原さんの墓石と、私と。間になにもないところで向かい合った時、とても悲しくなりました。立原さんの人生にも沢山の元気いっぱいな笑顔に満ちた季節が巡っていたのだからその中の素敵な贈り物を追いかけてゆくつもりだけれど、時を戻したその3月29日の前後の様子をご友人たちがそれぞれ手記で残してくれていてそこからうかがえる情景はとても愛しく大切で、私の胸をとらえ、想像しながらとても悲しくなっています。
一昨日、3月29日は詩人・建築家の立原道造の命日でした。軽井沢高原文庫では、その日から、ミュージアムショップで、新商品の立原道造「ヒアシンスハウス」断面擬似オーナメントの販売を始めました。次の画像をご覧ください。同一商品のおもて面とうら面です。そばに置いたクリップから大きさをご想像ください。とてもかわいらしい、立原道造「ヒアシンスハウス」です。おもて面からヒアシンスハウスの外観を、うら面からヒアシンスハウスの内部空間を鑑賞することができます。これは、西日本工業大学の石垣充教授が、
きょうは詩人の立原道造の命日です。立原道造は1939(昭和14)年3月29日午前2時20分、東京市立療養所において、病状急変し、永眠しました。24歳8か月。きょうは87回目の命日ということになります。きのう、立原道造のお墓のある東京・谷中の多寶院で、風信子忌(主催:立原道造記念会)が開かれ、私も参加させていただきました。福岡や大阪、静岡、長野、神奈川、東京、千葉など全国各地から、20代から80代までの約20名の方が参加されていました。長年の立原ファンという方々に交じって、東京の女子大学
林檎の木に赤い實の熟れてゐるのを私は見た高い高い空に鳶が飛び雲がながれるのを私は見た太陽が樹木のあひだをてらしてゐたそして林の中で一日中私はうたをうたつてゐた⦅ああ私は生きられる私は生きられる‥‥‥‥私はよい時をえらんだ⦆
【起稿2026年3月29日記事】日付が変わりました🗓今日の東京は見事に晴れて、絶好の花見日和になる予報です🌞🌸私は、27日(金)「さくらの日」に散歩して、十分桜を堪能しましたし、いつもの公園がお祭りで混雑するから、今日は自宅で大人しくしています😉『さくらの日(2026)』【内容2026年3月27日記事】桜の写真見せて!▼本日限定!ブログスタンプさてさて皆さん、今日は「さくらの日」ですね🌸「さくらの日」は、1992年に公益財団…ameblo.jpさて皆さん、今日は「風信子忌」です。
ドイツ文学を専攻していた頃、妙に惹かれて読んだ本がノヴァーリスの「青い花」でした。アルバイトしたお金で、ノヴァーリス全集も買いましたが、長く実家の書棚でほこりを被っていました。卒論で扱ったヘルダーリン全集、魔の山を収めたトーマスマン全集などを実家の断捨離で古本屋に買い取ってもらいましたが、あれほど悲しい思いはありませんでした。あれ以来、本を買う事はなくなりました。僕が読んだ青い花と持っていたノヴァーリス全集が上のものでした青い花は、ゲーテへの挑戦でした学生時代、好んで
本日から軽井沢高原文庫は令和8年度がスタートいたしました。展示室では「避暑地の文学・140年のものがたり」を開催しております(4/21まで)。また、敷地内に移築されている堀辰雄1412番山荘、有島武郎別荘〝浄月庵”、野上弥生子書斎〝鬼女山房”も公開しています。今日の軽井沢の予想気温は最低-3℃、最高9℃。春の兆しが感じられるとはいえ、軽井沢は朝晩はまだ氷点下です。軽井沢にお越しになる際は、上に羽織る服をお持ちになることをおすすめします。ここに、さきほど、軽井沢高原文庫、堀辰雄山荘、有島
浦和にあるヒアシンスハウスの話の続きです。詩人で建築家の立原道造が構想したちっちゃい仕事場・ヒアシンスハウスには、立原作の設計図コピーなどが置かれています。ヒアシンスハウス、という家の愛称は、図面にしっかりと入っていました。HAUSHYAZINTH。ドイツ語です。SKIZZE=スケッチ。ENTWURF.ArchitektTAT,Tokyoドラフト、建築家TAT(別の図面にはTatiharaという表記も)東京立原はドイツ語の翻訳などもやったことがあるよう
大人の散歩'26春<浦和>No.4です。いよいよこの日のメインイベント、別所沼公園内のヒアシンスハウスへと向かいます。まず、昨年7月の日経新聞<美術十選小さな家>で建築史家・長尾重武氏が記したヒアシンスハウスの紹介文を以下に要約します。ヒアシンスハウスのことを知る契機となった文章です;・詩人・建築家・立原道造(1914〜39年)は37年冬から浦和市(現さいたま市)別所沼の畔に週末住宅を建てる計画を立てた;・立原は東京帝大工学部建築学科卒で建築事務所で設計を行いつつ詩作を続けた
斜影西脇市日本へそ公園夕方の傾いてきた光で並木道に影ができた。赤く積もった枯葉の上にはっきりと…鋭角に影ができる。世の中はうき身にそへる影なれや思ひすつれど離れざりけり源俊頼世の中とは、辛い我が身についている影なのだろうか?忘れたつもりなのに離れられない私の影が映り込むなんか不思議で面白い光景しづかだつた一日がをはろうとする光は何とさびしいのだろう黄ばんだうすい紙のやうにふるえながら晩春立原道造Ski
FMやまとFMやまと-JCBAインターネットサイマルラジオ|コミュニティエフエムのポータルサイト日本コミュニティ放送協会(JCBA)が運営する、コミュニティエフエムのインターネットサイマルラジオのサイトwww.jcbasimul.comスマイル♪毎週木曜13:45頃【リーディングワールド~朗読の世界へようこそ~】今週オススメの詩を朗読!2/19はこちらを朗読しました。風の話/立原道造そんなことを言うのはおかしかった僕らはまじめな顔で言いあっていた風が見えないこと
Xより。地元の図書館で発見😊児童書コーナーに道造さんの詩があることはとても嬉しいです。『美しい日本の詩歌⑩啄木・中也・道造詞華集夢(ゆめ)』(岩崎書店)(画像掲載の許可をいただきました🌸)pic.twitter.com/7oIChjS5ws—miracle_harmony(@harmony_yukano)March5,2026詩、短歌、散文詩、童話、物語を集めた「詞華集」。編者の北川幸比古さんによって「没後半世紀をへてなお新しい若い読者を増やしている(解説より
(S/N20260226-2/Studio31,TOKYO)若い立原道造が実家の自室——だろうか——で洋燈(ランプ)の火屋(ホヤ)を磨いている写真が残されている。実に、詩人の雰囲気満載の一枚。*夜、洋燈の灯火のもと、文学に思いを寄せるのも、ある種、至福の時間であることは疑いもない。【BackBeat-Don'tWorryBaby】
きょうは、軽井沢でも最高気温が15℃まで上がり、一気に春のような陽気となりました。皆さまのところはもっと暖かかったことでしょう。きょう、軽井沢高原文庫の庭を歩いていて、福寿草が咲いているのを見つけました。ここに写真を載せます。場所は前庭のハルニレの木の根元。福寿草は、雪解けとともに黄色い花を咲かせる春を告げる花です。写真の右上に青いシートが見えると思います。シートの中身は立原道造詩碑です。軽井沢高原文庫は3月上旬まで冬季休館中ですので、やがて新年度オープンとともにこのシートは取り外され
大寒(1/20)を過ぎ、1年の中で最も寒さが厳しい時期を迎えています。先日も、強い冬型の気圧配置となり、強い寒気が日本列島に流れ込み、日本海側を中心に各地で警報級の大雪に見舞われました。皆様の所は大丈夫だったでしょうか。あすからあさってにかけ、また所によって降雪があるようですから、十分にご注意ください。軽井沢は、幸い、現時点で平地に雪はほとんど見られません。しかし、1月23日は最低気温-14.1℃、最高1.3℃と、今季一番の冷え込みとなりました。そして、厳しい寒さは今も続いています。さ
公園を後に去年行った総合市場にコロッケを買いに行きます。公園から10〜15分くらいで市場が見えてきます。以前と変わっていませんね〜正面入り口奥の丸福精肉店と手前の衣料店だけ営業していますコロッケとチーズベーコンを購入して…隣の破れたアーケードを見学酒屋さんの看板幾何学模様から覗く曇り空光の消えた内部旅人の夜の詩より立原道造私はなぜ歩いて行くのだろう私はもう捨てたのに私を包む寝床もあったかい話もともしびもーそれだけれどもなぜ私は歩いている
野々村彩乃さんのYouTubeチャンネルに最近追加された動画が木下牧子作曲の「夢見たものは…」でした。この曲は昭和14年に24歳で亡くなった立原道造の詩に木下牧子が作曲しました。とても優しい旋律の美しい曲です。夢みたものは・・・・夢見たものはひとつの幸福ねがったものはひとつの愛山並みのあちらにもしずかな静かな村がある明るい日曜日の青い空がある日傘をさした田舎の娘らが着かざって唄をうたっている大きなまるい輪をかいて田舎の娘が踊りをおどってる告げてう
加古川の寺田池からの帰り…マックスバリューの近くにある山之上住吉神社⛩️に寄り道。大中遺跡の隣にあり時々寄り道する神社ですね小さいながらいい雰囲気の鎮守の森があり、静かに過ごすには最適の場所暮れなずむ鎮守の森🌳遠くには工場群の煙突がかすかに見える溢れひたす闇に立原道造美しいものにならほほゑむがよい涙よいつまでもかはかずにあれ陽は大きな景色のあちらに沈みゆきあのものがなしい月が燃え立つたつめたい!光にかがやかされて
なにやら最近、別所沼公園が「埼玉の北欧」と呼ばれてるらしい公園内にあるヒアシンスハウス詩人立原道造の建築思想を実現建築好きの内田有紀も「新美の巨人たち」で訪れているんですよ。めっちゃかわいい!wwwこの湖畔に住みたいなぁ【天才詩人が描いた小さな家】#立原道造「#ヒアシンスハウス」夭折の詩人が計画していた週末住宅。5枚のスケッチを頼りに有志によって建築されました。たった5坪の家に込められた想いに#内田有紀さんが迫ります。1月27日(土)夜10時テレビ東京系列にて放送🌈#
挿絵、できました!今日は動物水彩画のレッスンがあったのと、夕方は娘のところで子供と遊び、夕飯は食べてきたので、挿絵の前にだいぶ休んでから、ペン入れをしました。描くまでは、少し身体が重い感じだったのですが、描き始めたらどんどん気持ちが入って、夢中で描くことができました。細かいな〜。雑誌に載ると更に小さくなるのですが、まあ渾身のカットということにしておきましょう。元の話は、立原道造と八木重吉の詩です。良い詩なのですが引用するエネルギーはもう残っていないので絵だけです。2人とも若くして亡くな
故郷は訳もなく、いいところです。マイ・ホーム・タウンを聴いていると、田中冬二さんの言葉が何時も思い出されます。田中冬二さんの詩ふるさとにてほしがれひをやくにほひがするふるさとのさびしいひるめし時だ板屋根に石をのせた家々ほそぼそとほしがれひをやくにほひがするふるさとのさびしいひるめし時だがらんとしたしろい街道を山の雪売りがひとりあるいてゐる[注]雪売りについて冬二さんの時代には、現在のように各家庭に冷蔵庫がなく、氷を手に入れることも難しい時代でした。雪が降る時期に、村
いつもの道を魚住住吉神社⛩️に向かいました。今日(11\1)は七五三だったので家族連れが多く、珍しく車がたくさん止まっていました。神門からの鳥居⛩️今日は風が冷たい🧊少し紅葉も進んでいた鳥居の前を進む車。普段は車は入ってこれない場所なので、この絵は珍しいなぁ…隣の祠の鳥居より、霞む海やがて秋……立原道造やがて秋が来るだらう夕ぐれが親しげに僕らにはなしかけ樹木が老いた人たちの身ぶりのやうにあらはなかげをくらく夜の方に投げすべてが不確かにゆらいでゐるか