ブログ記事425件
(S/N20260226-2/Studio31,TOKYO)若い立原道造が実家の自室——だろうか——で洋燈(ランプ)の火屋(ホヤ)を磨いている写真が残されている。実に、詩人の雰囲気満載の一枚。*夜、洋燈の灯火のもと、文学に思いを寄せるのも、ある種、至福の時間であることは疑いもない。【BackBeat-Don'tWorryBaby】
きょうは、軽井沢でも最高気温が15℃まで上がり、一気に春のような陽気となりました。皆さまのところはもっと暖かかったことでしょう。きょう、軽井沢高原文庫の庭を歩いていて、福寿草が咲いているのを見つけました。ここに写真を載せます。場所は前庭のハルニレの木の根元。福寿草は、雪解けとともに黄色い花を咲かせる春を告げる花です。写真の右上に青いシートが見えると思います。シートの中身は立原道造詩碑です。軽井沢高原文庫は3月上旬まで冬季休館中ですので、やがて新年度オープンとともにこのシートは取り外され
大寒(1/20)を過ぎ、1年の中で最も寒さが厳しい時期を迎えています。先日も、強い冬型の気圧配置となり、強い寒気が日本列島に流れ込み、日本海側を中心に各地で警報級の大雪に見舞われました。皆様の所は大丈夫だったでしょうか。あすからあさってにかけ、また所によって降雪があるようですから、十分にご注意ください。軽井沢は、幸い、現時点で平地に雪はほとんど見られません。しかし、1月23日は最低気温-14.1℃、最高1.3℃と、今季一番の冷え込みとなりました。そして、厳しい寒さは今も続いています。さ
公園を後に去年行った総合市場にコロッケを買いに行きます。公園から10〜15分くらいで市場が見えてきます。以前と変わっていませんね〜正面入り口奥の丸福精肉店と手前の衣料店だけ営業していますコロッケとチーズベーコンを購入して…隣の破れたアーケードを見学酒屋さんの看板幾何学模様から覗く曇り空光の消えた内部旅人の夜の詩より立原道造私はなぜ歩いて行くのだろう私はもう捨てたのに私を包む寝床もあったかい話もともしびもーそれだけれどもなぜ私は歩いている
野々村彩乃さんのYouTubeチャンネルに最近追加された動画が木下牧子作曲の「夢見たものは…」でした。この曲は昭和14年に24歳で亡くなった立原道造の詩に木下牧子が作曲しました。とても優しい旋律の美しい曲です。夢みたものは・・・・夢見たものはひとつの幸福ねがったものはひとつの愛山並みのあちらにもしずかな静かな村がある明るい日曜日の青い空がある日傘をさした田舎の娘らが着かざって唄をうたっている大きなまるい輪をかいて田舎の娘が踊りをおどってる告げてう
加古川の寺田池からの帰り…マックスバリューの近くにある山之上住吉神社⛩️に寄り道。大中遺跡の隣にあり時々寄り道する神社ですね小さいながらいい雰囲気の鎮守の森があり、静かに過ごすには最適の場所暮れなずむ鎮守の森🌳遠くには工場群の煙突がかすかに見える溢れひたす闇に立原道造美しいものにならほほゑむがよい涙よいつまでもかはかずにあれ陽は大きな景色のあちらに沈みゆきあのものがなしい月が燃え立つたつめたい!光にかがやかされて
なにやら最近、別所沼公園が「埼玉の北欧」と呼ばれてるらしい公園内にあるヒアシンスハウス詩人立原道造の建築思想を実現建築好きの内田有紀も「新美の巨人たち」で訪れているんですよ。めっちゃかわいい!wwwこの湖畔に住みたいなぁ【天才詩人が描いた小さな家】#立原道造「#ヒアシンスハウス」夭折の詩人が計画していた週末住宅。5枚のスケッチを頼りに有志によって建築されました。たった5坪の家に込められた想いに#内田有紀さんが迫ります。1月27日(土)夜10時テレビ東京系列にて放送🌈#
挿絵、できました!今日は動物水彩画のレッスンがあったのと、夕方は娘のところで子供と遊び、夕飯は食べてきたので、挿絵の前にだいぶ休んでから、ペン入れをしました。描くまでは、少し身体が重い感じだったのですが、描き始めたらどんどん気持ちが入って、夢中で描くことができました。細かいな〜。雑誌に載ると更に小さくなるのですが、まあ渾身のカットということにしておきましょう。元の話は、立原道造と八木重吉の詩です。良い詩なのですが引用するエネルギーはもう残っていないので絵だけです。2人とも若くして亡くな
故郷は訳もなく、いいところです。マイ・ホーム・タウンを聴いていると、田中冬二さんの言葉が何時も思い出されます。田中冬二さんの詩ふるさとにてほしがれひをやくにほひがするふるさとのさびしいひるめし時だ板屋根に石をのせた家々ほそぼそとほしがれひをやくにほひがするふるさとのさびしいひるめし時だがらんとしたしろい街道を山の雪売りがひとりあるいてゐる[注]雪売りについて冬二さんの時代には、現在のように各家庭に冷蔵庫がなく、氷を手に入れることも難しい時代でした。雪が降る時期に、村
いつもの道を魚住住吉神社⛩️に向かいました。今日(11\1)は七五三だったので家族連れが多く、珍しく車がたくさん止まっていました。神門からの鳥居⛩️今日は風が冷たい🧊少し紅葉も進んでいた鳥居の前を進む車。普段は車は入ってこれない場所なので、この絵は珍しいなぁ…隣の祠の鳥居より、霞む海やがて秋……立原道造やがて秋が来るだらう夕ぐれが親しげに僕らにはなしかけ樹木が老いた人たちの身ぶりのやうにあらはなかげをくらく夜の方に投げすべてが不確かにゆらいでゐるか
文芸作品を歌にするシリーズ。今回は立原道造の「夢みたものは」を選びました。24歳で夭折してしまった彼の、せつなく哀しい叙情が一見優しくて素朴な詩の奥底に流れてるんですよね。
こんにちは!今日は、日本を代表する美しい詩と建築で知られる立原道造という素敵な人物について、その魅力的な格言と共にご紹介します。立原道造ってどんな人?立原道造は、大正から昭和初期にかけて活躍した詩人であり、建築家としてもその才能を発揮した人物です。彼は、繊細で美しい言葉で人間の内面や風景を描き出し、多くの人々を魅了しました。また、その洗練された美意識は、建築作品にも反映され、彼の残した作品は今もなお私たちに感動を与え続けています。心に響く!立原道造の格言それでは、立原道造の心に響
(S/N20251226/Studio31,TOKYO)ランプを点す。冬の夜の灯火は暖かい。立原道造の屋根裏部屋のようだとひとり悦に入る。
年の瀬が近づいてまいりました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。おととい、軽井沢は2度目の平地での積雪がありました。約2センチ。私はその日、深沢紅子野の花美術館(明治四十四年館/登録有形文化財)にいました。開館前、来館者が歩く道を、今季初めての雪かきをしました。ここに載せる写真は、同じ朝、塩沢湖畔を歩いていて、旧朝吹山荘〝睡鳩荘”の方角を撮影した1枚です。地面は真っ白ですが、昼間、よく晴れましたので、雪は夕方までにほぼ融けてしまいました。さて、きょうは、来年1月15日から東京のパナ
はじめての、ヒアシンスハウス。中浦和駅に到着する間際に車窓から背の高いメタセコイアが連なっているのが見えて、あ、あそこだ、と思いました。ドキドキして公園の入り口に入ったら、いきなり手前に見えてびっくり。立原ファンにとっては宝石のような存在の建物ですから、心の準備ができないうちに、おでましになってびっくりだったのです。家の中から。目に心地のよい細さと色の窓枠ごと、味わう眺め。立原さんが思い描き、計画した景色が具現化されたものと思うと感慨深
多宝院にあります、昭和初期の詩人立原道造の墓参りです。立原道造詩人。大正3年7月30日、東京生まれ。旧制一高を経て、1937年(昭和12)東京帝国大学建築科を卒業。初め前田夕暮主宰の『詩歌』に自由律短歌を発表したが、三好達治の四行詩に触発されて詩作に転じ、ついで堀辰雄、室生犀星に師事、津村信夫や丸山薫、リルケ、『新古今和歌集』などの詩風を摂取しながら、繊細な詩語を音楽的に構成した独自な十四行詩型を創出した。1934年、初めて信州追分に滞在、この地の風光を愛し、以後多くの詩の背景としてい
この秋に軽井沢『深沢紅子花の美術館』(***)で出会えた雑誌です。『月刊絵手紙2022年9月号(一般社団法人日本絵手紙協会)no.321』手紙、絵手紙…といえば…立原道造さん。お喋りするのと同じはやさのように、お手紙文も疾走している方ですね。指が疲れないのでしょうか。…と思いながらも、ファンとしては、道造さんのお手紙は味わいが深くて深くて…。こちらの雑誌、A4の誌面にのびのびと、ゆったりとぜいたくに掲載…20ページほど。永久保存版です。掲
いいお天気だった本日、1人で浦和までお出かけ。別所沼公園こちらの公園へ来たのは初めてだけれども、浦和という土地にも初めて来ました。メタセコイヤの木なのかな?落ち葉が沼を覆ってました。目で見るだけでは気付かなかったけれど、レンズ越しには水面に樹々が綺麗に映ってるんですよね。昨日のコールドムーンの写真(実際はもっと美しいのに、それ以下に写る)とは逆でより美しく撮れてますw水面に映っていた樹々の並木道へ。並木道を外れた場所に目的の建物ヒアシンスハウス
詩人であり優れた建築家である立原道造さんの描いた芸術家コロニーのスケッチが、展示されるということです。美しいユートピア理想の地を夢みた近代日本の群像|パナソニック汐留美術館PanasonicShiodomeMuseumofArt|Panasonicパナソニック汐留美術館(東京・汐留)ではフランスの画家ジョルジュ・ルオーのコレクションを常設・企画展で一般公開するほか「建築・住まい」「工芸・デザイン」をテーマとした企画展を開催しています。2026年1月15
誕生日会でたくさん食べて飲んで、ゆっくり起きた日曜日の朝です。Instagramで知った割と近場の紅葉を見に、ドライブへ目的地の別所沼公園は我が埼玉県庁近くでした。公園の🅿️駐車場は満車🈵で諦めかけましたが少し離れた県庁近くの空いている🅿️に止めて、10分くらい歩きました。徒歩なので小道から、目的地へ坂を降ればすぐ👍小さな沼の公園で一周も楽です。しかし、Instagramの影響⁉︎自転車でやってくる方も多く、結構な人、人。広場に子供用の遊具があり、賑わっていました。沼の周
昨年から、ずっと立原道造さんに関するものをあらためて読みあさっています。わたしもいつのまにかたくさん生きて、現在は時間に余裕のあるライフスタイルになりました。「立原道造」熱、再燃のままにありがたくその世界に浸らせていただいています。出逢いはこの本でした。(現代詩読本思潮社)20歳をすぎたばかりの頃、仕事帰りに寄った書店でこのゆるやかな眼差しと名前の字の素敵な四角さ、響きの美しさにも惹かれて、手にとりました。そ
ね、生きる意味も死ぬ意味も無いのよたかだか人の一生何かを為すには短くかといって夢を見なきゃ寂しすぎるじゃない本当に欲しいものが手に入らなくても欲し続ければいいじゃない生きて生きてと願った日々奇跡は起きたわたしの声であなたは目を醒ましたのだから辛くても苦しくてもあなたの全てを愛するわたしがいることを忘れないでひとりで泣いて終わらないで小さな平穏に小さな出来事に喜びと感動を味わうことが出来るのだからこんな暮らしも満更悪くもないでしょねともに笑ったり泣いたり
近藤富枝「信濃追分文学譜」(中公文庫)のつづき。いくら各章を読むごとに書きたいことがあると言っても、そう何回も論ずる本ではないから今回でおしまいにする。第4章「夢のあとの章」、第5章「菜穂子の章」、そして最終章の第6章「黄菊散るの章」。第4章「夢のあとの章」の章題も、立原道造の詩「夢のあと」からとったものである。この章では立原の追分での生活と、当時彼の勤めていた建築事務所の同僚であり恋人でもある水戸部アサイ(室生犀星の文章では「浅居」)との交流が書かれる。著者はどちら
近藤富枝「信濃追分文学譜」(中公文庫)をちびちびと読んでいるが、各章ごとにぼくの思い出と交差する内容が登場するので、各章につき一編づつブログを書くことができそうである。前回は第1章「華鬘(けまん)の章」だけだったので、今回は第2章「分去れの章」と、第3章「ゆうすげびとの章」から。上の写真は、堀辰雄、立原道造、津村信夫その他の登場人物が信濃追分で逗留した「油屋旅館」の現在の姿。昭和12、3年当時に彼らが毎夏を過ごした「油屋」は旧中山道の南側、現在は堀辰雄記念館になっている
原宿から、中浦和へ行く。エキタグ貰いました。さいたま市役所にゆるキャラトレカを貰いら行くつもり。駅から少し歩いたところに良さげなパン屋があったので食パン買った。こうして出かけた先で出会った街のパン屋で食パン買うのが好き。パン処麻凛堂https://marindou.com/。おいしい食パンでしたよ。値段も300円台でした。良いパン屋です。別所沼公園を散歩しました。別所沼公園には風信子荘という小さな家があります。これは、夭折の詩人の立原道造が「僕は、窓がひとつ欲しい。」と生前に設計し
2025年9月28日(日)第5回藤井修追悼演奏会~ピアノの作品をメインに~立原道造の詩による合唱曲も味わい最後はみなさんと手話を使って歌いましょう♪が開催されました。歴史ある建物、盛岡市保護庭園一ノ倉邸での、74年前のヤマハのグランドピアノ20によるピアノ作品をメインとした盛岡初の追悼演奏会。こじんまりとしたアットホームは雰囲気の中始まりました。まずは、岡山県井原市美星町の星空から着想を得た星の歌から。そして、スリランカのアーユルヴェーダ施設での
(前回の続きです。)2025年9月28日(日)第5回藤井修追悼演奏会~ピアノの作品をメインに~立原道造の詩による合唱曲も味わい最後はみなさんと手話を使って歌いましょう♪今年初、盛岡初(というより、東日本初)、そして演奏者は私独り初となったこの追悼演奏会。夫の作品も、勿論私自身も知名度はないので、予想通り、こじんまりとしたささやかな会となりましたが、本番はこんな形で進行しました。衣装は、一ノ倉邸の雰囲気に合わせて和の感じでいきたく…。考えた末、思い出のお気
図書館の魔女さんのプロフィールペーhttps://profile.ameba.jp/me高3受験生の長男、、、、、河合の全統模試の手応えが悪く、、、、朝ごはんが進まない我が息子、、、、無理やり学校詰め込んでいきました、。、もーあなたが元気ないと、母も元気なくなるんだからねーーーー。お弁当のデザートに蒜山スイートポテトと濃厚チーズケーキを月曜日ダルいのはきっと誰しも、、、、濃厚スイートポテトで元気だそうこちらもこってり、濃厚チーズケーキ。チーズケーキ個包装ギフ
すっかり、秋らしい雲になった日。別所沼のヒアシンスハウスへ。夭逝の詩人・立原道造のスケッチをもとに近年建てられたものです。彼は東京帝大在学中に辰野賞を連続受賞した建築家でもありました。もっと、生きていたら、どんな建築建てたのかと残念です。内部は思ったよりも狭い空間ですが、わざとか(笑)ちょっと、寝乱れたようなベッドがあって、枕もとには書棚、そこには当時の蝋燭立ても。窓辺にヒアシンスが一輪。窓は全開すると、戸袋に入る仕組みになっ
(S/N20251002/Studio31,TOKYO)別所沼のほとり。立原道造の風信子(ヒアシンス)ハウス。【HyazinthHouse】