ブログ記事18件
先週末の土曜日は、倉敷駅で月刊ボディビルの編集長、山谷ライターご夫婦、きゃんさんと待ち合わせ、母校、倉敷青陵高校の先輩であり、日本ボディビル、筋トレの父ともいえる窪田登先生のお墓参りに行ってきました。(※筋力トレーニング法100年史窪田登著)(※ボディビル入門窪田登著)小、中、高校と過ごした倉敷もすっかり様変わりし、住んでいた家もなくなり、まるで逆おのぼりさん状態。茜さんのナビゲート、編集長の運転でお墓参り、母校青陵高校経由で倉敷トレーニングプラザへ向かいました。
昭和32年に出版された窪田登先生のこの本、値打ちが分からない古書店が安く出品してました。窪田先生がまだウエイトリフター兼ビルダーとしての現役の頃で凄い体してます。サプリメントも一切摂らずフリーウエイトの基本種目だけでこれだけの身体をつくれることが分かります。
昭和44年発売窪田登先生のトレーニング本。昔のボディビルは参考になることが沢山あります。当時はプルオーバーが主要種目で特にベントアームプルオーバーがメインでした。今でも皆んなに行って欲しい運動です。またうさぎとびも立派な運動種目として紹介されています。やり方さえ間違わなけりゃ下半身のバルクを作る運動と思います。
筆者のブログでは、時々、筋トレの歴史を振り返っています。その理由は、自分が筋トレの指導(パーソナルトレーニング)で飯が食えるのは、先人のお陰であり、また自分の原点を忘れないためにも、そして次世代に歴史を引き継ぐためにも、微力ながら文章に遺しています。初めて、このブログを訪れた方のために。筆者のプロフィールです。情熱体力さんのプロフィールページ大久保進哉(おおくぼしんや)フィットネスプロダクト代表パーソナルトレーナーストレングス&コンディショニングコーチ健康運動指導士、健康運動実践指導者養
本日より、不定期ですが、不肖大久保進哉が(一方的に)影響(薫陶くんとう)を受けた先生をシリーズで綴ってみます。第一回は、矢野雅知先生(日本ホリスティックコンディショニング協会(JHCA)理事長、前NSCAジャパン理事など。代表的な著書。「ホリスティックコンディショニングバイブルⅠ・Ⅱ」「FNCパーソナルトレーナーズバイブル」など多数)です。下段左が阿部良仁先生(NSCAジャパン事務局長)右が筆者(フィットネスプロダクト代表)上段左から増本達哉先生(国士舘大学
ひざ・股関節の痛みは週1スクワットで治せる!("筋肉ドクター"が教える特効筋トレ)Amazon(アマゾン)650〜6,745円私が筋トレを始めた学生時代はウィダーさんもご健在で、ウィダー法と窪田登さん全盛期だった。で、筋トレで体を変えようとやってみたが、大して変わらないなと不満だったわけです。で、ウィダーさん達の結論としては、筋トレになるかならないかは、様々な筋トレ法から自分に合ったやり方を探さないと効果が出ない。しかも、効果的だと思っても同じ運動を繰り返していると、刺激に
二年前の2017年は、筋トレ業界には激震が走った年でした。日本の筋トレの開祖である窪田登先生と。日本ボディビル連盟の玉利齊会長という巨星が鬼籍に入りました。また、東大の石井直方先生が癌になり(自身で公表されています。今は、大変お元気です)ました。この3名の先生が居なければ、日本の筋トレは今ほど普及していなかった事でしょう。窪田先生と玉利会長のご縁は、こちらをご覧くださいませ。https://vitup.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83
並木コンディショニングセンター(現BodyAwakeLabo)を設立して6周年を迎える事が出来ました。2009年12月よりスポーツクラブメガロスさんで運動指導者としての仕事を始め、2011年6月より加圧トレーナーの会社で私の意向を飲んでくださり1年限定契約で正社員になり、2012年8月より独立しフリーのパーソナルトレーナーとして活動し、2013年7月26日に西荻窪駅徒歩30秒という好立地で念願の並木コンディショニングセンターをオープンすることが出来ました。運動指導者として10年目、店舗を
【私のウェイトトレーニング人生50年】窪田登著(体育とスポー社)(2016.7.2)1998年9月刊行のボディビル界の第一人者の自伝。「登」は「みのる」と読むのが正しいようです。”第二章世界は広い努力した人達”のなかに「極真空手の創始者大山倍達氏の思い出」としてでてきます。大山館長の訃報を聞いての思い出話となっています。ある空手ファンに「大山館長に筋力トレーニングのアドバイスをした」ということがある本に書かれているということを聞き、その話を否定するところから始まります。アドバ
今朝は、日本トレーニング指導者協会JATI理事と事務局スタッフと一緒に岡山県倉敷市へ窪田登(くぼたみのる)先生JATI名誉会長・JATI初代理事長の御墓参りへでした。レンタカーでマイクロバスを借り、私が運転です。お墓の写真は撮りませんでしたが、お花がいっぱいでした。日本のトレーニング会の草分け的存在で、偉大な功績を残された先生です。トレーニング関係者の誰もがまずは、窪田先生の本で学んだことと思います。窪田先生の御功績は、JATI特設ページをご覧ください。窪
今朝出演のRNC西日本放送シアワセ気分は見れませんもちろん録画しています。というのも、本日は、龍谷大学大阪梅田キャンパスへ昨年8月に逝去されました日本トレーニング指導者協会JATI窪田登(くぼたみのる)名誉会長(JATI初代理事長)を偲び、窪田登名誉会長追悼セミナー~JATIから発信するトレーニング指導の可能性と未来~「フィットネス-ファティーグ理論に基づく総トレーニング負荷の数量化とピリオダイゼーション」長谷川裕(龍谷大学教授、JATI理事長、JA
この度はご周知いただきありがとうございました。窪田登先生の筋トレの入門書を一番先に知りました。まだご存命とばかり思っていました。改めてご冥福お祈りします。
最近は、スポーツ選手が出したトレーニング法の本が売れたりしている。しかし、スポーツ選手はトレーニング指導のプロじゃないと思うんですよね。その有名スポーツ選手は、そのスポーツが上手だし、そのスポーツを教えることができるかもしれないけど、体作りやトレーニング法に精通しているとも思えない。そのスポーツの技術的な側面は、そりゃ凄いでしょうけど。でも、トレーニングは真似したら怪我人が続出するようなことをしてきた可能性もある。世界一のボディビルダーだったアーノルド・シュワルツェネッガー
どのように、キストレに至ったかという質問を受けた。中高時代に当時、運動で体を鍛える方法をやってみようと、日本初のタレント筋トレ本だろうか?チャック・ウィルソンさんの本や、当時筋トレと言えば窪田登さんの本、今や初動負荷理論の小山裕史さんの本、その他マガジンなどを読み漁りましたが、結局色々な運動法が載ってはいるのですが、どうするのがツボなのか、最も効率の良いトレーニングは何かというのが見えずに困惑する日々が続きました。そして、ウィダー法の本なども読みましたが、筋幻惑法だ、直感法だなどと、
昨日は、ゴム製のやかん型ボール=ケトルベルをご紹介させて頂きました。本日は先人に敬意を表し「ダンベルや鉄アレイの歴史」を振り返ってみます。2017年はウエイトトレーニング誕生120年と言われています。日本における「近代ウエイトトレーニングの開祖である」窪田登先生が昨年お亡くなりになったのも、何とも言えないものがあります。以下、窪田登先生の著書を参考にさせて頂きます。近代ウエイトトレーニングを体系付けたのは東プロシア生まれのユージン・サンドウと言われています。世界一を決めるボディビル大会。ミス
10月25日にホームページで公表されました。日本トレーニング指導者協会-JATI-名誉会長(初代理事長)窪田登(くぼた・みのる)先生が、去る平成29年8月20日にご逝去されました。謹んでご冥福申し上げます。約70年前の1940年代から日本トレーニング界の礎を築かれ、研究者・教育者・指導者・実践者として、多大な功績を残されました。昨日、日本トレーニング指導者協会「窪田登先生を偲んで」メモリアルページが開設されました。その功績の一部ですが、ぜひご
筋力トレーニング法100年史窪田登著この本は日本のトレーニングの歴史を語る上で欠かせない本だと思う。私が6年以上所属させて頂いている日本ホリスティックコンディショニング協会理事長の矢野先生の師匠であり、日本のウエイトトレーニングの先駆者の若木竹丸さんの弟子で、早稲田大学名誉教授の窪田登先生が30年前に書いた本になります。現在のマシントレーニング、フリーウエイトトレーニングの起爆力になったと言われている東プロシア生まれのユージンサンドゥ(1867~1925)がトレーニングの原則的なものが
昨日注文していた本が届きました。1964年(昭和39年)出版「体育原論および方法論」(稲門堂)窪田登・小野三嗣共著日本トレーニング指導者協会-JATI-長谷川理事長の基調講演で出てきた事が記載されています。血流制限トレーニング⬇️筋肥大いわゆるコレです!内容は、今から52年前に、すでに発見されていたんです!実際には、これよりも前の1960年頃には、腕をヒモで縛りトレーニングしていたようです。トレーニングも
ネットで見つけた3,750円の古書JATI名誉会長窪田登先生のウェイトトレーニングが昨日届きました。注文時に画像無しだったので、少し不安でした。封筒を開けると、コレ!?思っていたのと違う!思っていたのは、先日、日本トレーニング指導者協会長谷川裕理事長の基調講演で紹介されていたのは、こっち!1979年出版ショックを受けながら、中身を見てみると、すごい方たちの推薦文!そして、なんと!初版本!1970年(昭和45年)!JATIで紹介された入手困難な本より