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🌻お礼🌻細川町の秋葉山常夜灯の祈願祭よりお下がりのみかん🍊をご寄付いただきました。ありがとうございます!12月4日の虹っこひろばコラボのこども食堂で活用させていただきます。細川町の常夜灯は文政11年(1828年)に建造されたそうです!歴史のある常夜灯が細川町にあるなんて、素敵ですね✨【秋葉山常夜灯って!?】火防の神である秋葉信仰を象徴する籠灯(かごどう)で、江戸時代中期から全国的に広がりました。秋葉山参りの道である秋葉街道沿いに建てられ、毎夜火を灯して地区の安全を祈願していました
赤坂青野のお菓子をいただきました。焼きもんぶらんです。秋にピッタリ。『晴れてハレルヤ』キャンバスからデジタルギフト。議決権行使のお礼です。これからはこういうの増えるのかな。いいと思います。何だかんだでQUOカード使わないからね。細島町…ameblo.jp馬込川沿いお散歩の続きです。人間の散歩。十軒町の観音様にお参りしました。太鼓橋のたもと。お賽銭はやめておきます。それにしても日中まだまだ暑い。その近くの秋葉山常夜燈。
中山道柏原宿の東から問屋場跡にいきました。ここは六軒の問屋があり、東西三軒づつに分かれ、十日交代で勤めた。このとなりには、当日処理できない荷を蔵に保管した藩年貢米の郷蔵の役割があった。このようにこの宿は問屋場が多かったのは、美濃の木曾三川の水運荷が、牧田川養老三湊に陸揚げされ関ヶ原宿を経由して今須、柏原、醒ヶ井、番場へと移動するために問屋場が六、七軒と多かった。この問屋場跡を始めとして、すぐ近くには柏原宿本陣跡がある。宿場のほぼ中央の市場橋の東にあった、柏原宿本陣跡は街道に面して三つの
「東木戸跡」の直ぐ先左手に「諏訪神社」がありました。諏訪神社はもともと富士川の河口に近い「六本松」辺りに、保元年間(1156年頃)に建てられた御宮に始まります。富士川はしばしば氾濫して付近の住家や農作物に被害を与えていたため、「長野県上諏訪大明神」の御分霊を勧請して、六本松の池の畔に「諏訪明神宮」を創建し水難守護神としてお祀りしてきました。その後も水害が続いたため、元和6年(1620)の水害の折、現在の地に遷座し、本社、拝殿、籠堂、玉垣等を造営しました。諏訪神社から1分強歩くと左
「秋葉山常夜灯」のあるポケットパークから約1分歩くと、左手の民家の玄関先に「袋井宿西本陣跡」と書かれた標柱が立っていました。さらに約100mほど先左手の鮮魚店の店先に「袋井宿中本陣跡」と刻まれた標識が立っていました。その先の「静橋北交差点」角に「宿場公園」がありました。袋井宿の名は、すでに弘安の頃(1278~1288)に書かれた「遺塵和歌集」の長歌の一節にもみられる歴史ある町です。江戸から数えても京都から数えても27番目、東海道53次のちょうど「ど
御油の追分から約2分左手の蒲郡信用金庫国府支店植え込みの中に、江戸から数えて76番目の「御油一里塚跡」の石碑が立っていました。「御油一里塚跡」の少し先左手に「大社神社」の鳥居と「大社神社忌避期間遥拝所」と刻まれた石柱が立っていました。どういう意味なのでしょうか。「大社神社」の長い石垣の塀に沿って歩くと、「大社神社」の正門がありました。先ほど見たのは裏門のようです。この辺りには、当時の面影を残す建物が何軒か残されていました。
豊橋市内の名所を巡り、おいしい「豊橋カレーうどん」を食べよう!家族向コースお昼ごろから雨の予報だったので早めに家を出ました豊橋駅南口防災ひろば特別に施設内が見学できましたといってもカンパンや毛布等が積み上げられているだけでしたケドマンホールトイレナルホド、これなら直に下水へ、ですね豊橋鉄道渥美線カラフルな車両ばかりです黄色いのに乗って菜の花を見に行きたいなぁ安久美神戸神明社当地では毎年ニュースで取り上げられる例祭
東海道新居宿の続きです。旅籠紀伊国屋で近くに芸妓の置屋跡があると聞いたので行くことに。芸妓置屋小松楼(小松楼まちづくり交流館)建物の前には常夜灯松に「小」で小松。すりガラスが美しい。書が貼られた襖新居宿には関所があったためか江戸時代には歓楽施設は禁止されていました。この小松楼は明治以降にできたもの。新居は漁師町でしたが、養鰻、製糸業などで栄え、最盛期には11件の置屋があったそうです。2階に上がります。途中で増築し、二階は料理屋
昨日10/25は静岡県湖西市新居町から浜松市の弁天島まで東海道を歩きました。新居体育館お散歩は、ここからスタート。旧東海道この辺りは道幅が広い。道幅が狭くなり旧街道の雰囲気が出てきました。秋葉山常夜灯かきこや仲町店昭和のスーパー日露戦役記念碑と諏訪神社鳥居手水本殿諏訪神社の文字がちょっと違う。東湖山龍谷寺本堂臨済宗妙心寺派の寺院子安弘法大師延命地蔵菩薩
国府町を過ぎて御油町に入ります。かつての東海道35番目の宿場町御油宿です。追分区(①)の山車蔵秋葉山常夜灯御油は東海道と姫街道の分岐点追分です。姫街道を通じて、国幣小社砥鹿神社道、秋葉山三尺坊大権現道、豊川社道音羽川東海道御油宿を歩きます。御油橋音羽川御油夏まつりの花火会場になります。音羽区(②)の山車蔵山車蔵の隣には若宮八幡社御油町のクランクここでクランクを曲がらず東海道から離れます。新町区(③)
今日は豊川市内の東海道を歩きました。例年だと、7月終わりから8月半ばにかけて、国府夏まつり、御油夏まつり、赤坂雨乞まつりと訪問しますが、今年は訪問できませんでした。名鉄名古屋本線国府駅名鉄保線作業車(大型線路保守用機械)現代の東海道国道1号線と旧東海道の分岐点。手筒花火のオブジェがユニークな和風の交番国府の町を歩きます。大社神社祭具倉庫下町区(①)の山車蔵秋葉山常夜灯昭和レトロな商店街国府町は東海道の宿場町ではあ
昨日の豊橋散歩の続きです。吉田神社を参拝したあと、国道1号線を渡ります。吉田大橋旧東海道の吉田大橋(豊橋)は、もう少し下流にありました。昭和の初めに国道1号線が整備されたときに、この地に移転しました。橋の脇から河原に下りられます。豊川沿いに遊歩道があります。豊川から眺めた吉田城吉田城の前で大きく湾曲する豊川石垣が良いですね。本丸から見た吉田城鉄(くろがね)櫓本丸には天守閣はなく、四隅に櫓が配された構造だったそうです。歩兵第十
旧東海道袋井宿の東にある出茶屋を過ぎ、次の宿場「掛川宿」を目指します。袋井~掛川間は二里十丁約8㎞ちょっとですから、掛川観光を含めても余裕でホテルに入れます。遠州は「鬼瓦」が有名とか。建て替えられた民家の門に、「鬼瓦」がはめ込まれていました。古い家の塀に載ってたものでしょうかね。新屋の「秋葉山常夜灯」です。火伏の秋葉山信仰は江戸時代盛んになり、各地区に常夜灯が建てられました。石で造られた灯篭型と、木造の屋形の常夜灯があります。ここの常夜灯は、見事な彫刻が施されてもの
今日は朝から雨。午前中はドライブを兼ねて蒲郡のフェスティバルマーケットへ。ABC-MARTで靴を買っただけなので、岡崎にもあるけどね。少し蒲郡を散歩しようかと思ったけど、雨は止まず。夕方、雨が止み、岡崎イオンまで妻を迎えに行ったついでに、クルマの充電をして、お散歩。充電中のアウトランダーイオン藤さき古墳(外山古墳)を眺めます。古墳に登れます。戸崎町の隘路を歩きます。この辺りの隘路は好きです。シビックセンター立ち並ぶ柱が良い