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今日は「ケーキの日」らしい。1879年に初めてケーキの宣伝がされたとか。へえ、そうなんだ。興味のないふりをしながら、心の中でショートケーキの断面図を思い描く。特養の厨房で「ケーキ」といえば、ムースケーキのことだ。スポンジは水分を吸って団子になるから、ここでは危険物扱い。代わりに、ゼラチンで固めたババロアみたいなものをケーキと呼ぶ。型から抜くとき、失敗すると崩れる。「ああっ」パートさんの悲鳴が聞こえた。一個、崩れたらしい。ド
プレイディみかこ氏の「私労働小説負債の重力にあらがって」を読んだ。(シットジョブー報われない仕事英国では定員、介護等低賃金で人と接する仕事)を実際に英国で経験した氏の私小説。私小説だけに細部が詳細で身につまされる。家族、あるいは身内からお金を貸してと言われたら、それは過去の負債、つまり育ててやった、面倒を見た借り、負債の返済を迫っている事であり、貸した金は帰ってこない。我々は見えない負債に足元を抑えられ握られている。なんとも不気味な例えで、言い得て妙である。身に迫る私小説である。
1月5日。イチゴの日。そして月曜日。世の中が本格的に動き出す日だ。朝から電話が鳴る。業者が走る。厨房の空気も、昨日までとは打って変わってピリピリしている。私のエンジンも、強制的にフル回転させられる。今日のおやつは、もちろんイチゴだ。ヘタを取る作業が、地味に面倒くさい。ナイフで一つずつ、クイッとえぐる。殺伐とした厨房の中で、この赤色だけが鮮やかで、目に痛い。「春の匂いがしますね」田中さんが嬉しそうに言うけど、
気まぐれ本屋「一日一冊」【鬱屈精神科医、占いにすがる春日武彦】太田出版1760円心の医者にとって救済とは?「わたし」を救ったという「透明な裁縫箱」が数十年をかけて結晶化し、本という姿になって今ここに現れた。私小説にして哲学書、文学にいざなう力に満ちた、豊かな本だ。小池昌代(詩人・作家)精神科医は還暦を迎えて危機を迎えていた。無力感と苛立ちとよるべなさに打ちひしがれる。しかし、同業にかかるわけにもいかない。それならいっそ街の占い師にかかってみようと思い立つ。はたして占いは役に立つ
1stシーズン、2ndリブート篇、Lastシーズンの主要キャラクターこーさん売れないシンガーソングライターとして旅を続けながら、そこで出会った人々の周りで起こる事件を解決して行く。2ndリブート篇では、1stで描かれていなかった過去や、謎について触れられている。岬不二子大手音楽事務所Uから27歳の若さで独立し、音楽イベント会社“UnseenLight”を立ち上げた。まだ誰も目を付けていない人材を、誰よりも早く発掘する彼女の嗅覚は、音楽業界の中において一目を置かれている。ハルカ(大島晴
世間はまだ休みの人もいるらしい。日曜日だしね。でも、特養の厨房は完全に通常運転だ。お正月モードの華やかな食材は姿を消して、いつもの地味な食材たちが戻ってきた。大根、白菜、人参。見慣れた顔ぶれに、妙な安心感を覚える。今日は「石の日」らしい。石地蔵にお参りする日だとか。厨房には、石のように硬い冷凍肉があるだけだ。カチコチに凍った豚肉を、流水で解凍する。水が冷たい。指先の感覚がなくなる。「先生、今年の抱負とかあるんですか?
私小説というものは(中略)一旦馴染みだすとなんでもないことすら気がかりで作中に没入することになる。それというのも私どもが隔意のない交際のできる知人というものに餓えているからでもあろうか。物静かな読書というものは、結局こういう交際の時間のことをさすのだ。(色川武大「風雲をくぐりぬけた人」文藝春秋)
三が日の最終日。今日は「三日とろろ」の日だ。正月のご馳走で疲れた胃腸を休めるために、とろろ汁を食べる風習。お年寄りの胃腸を気遣う前に、私の手が悲鳴を上げている。長芋をすりおろす。手袋をしていても、なんとなく痒い気がする。精神的なものかもしれない。ヌルヌルして滑るし、皮をむくのも一苦労だ。「先生、カイカイになりますよ」小池さんが他人事みたいに言う。わかってますよ。すりおろした長芋に、出汁を加えてのばしていく。
おせち料理の残りを片付ける。というか、提供する。今日は伊達巻と黒豆。伊達巻は、渦巻きが綺麗なんだけど、ミキサー食の人には関係ない。ミキサーに入れて、ガーッと回す。鮮やかな黄色い渦巻きが、あっという間に金色のペーストになる。「もったいないねえ」パートの田中さんが言う。同感だ。でも、喉に詰まらせるよりはマシだ。味は変わらない。甘くて、卵の味が濃い。初夢は見なかった。というか、爆睡しすぎて夢を見る暇もなかった
新しい年度が始まった。部長は順当に、新三回生の矢澤に決まった。オリエンテーションでのサークル紹介には、今年もミンミンを起用することになった。Tryはすでに解散していたが、ミンミンはフリーだった。そこで、急ごしらえのオリエンテーション用バンドが編成された。できたばかりの池上・矢澤コンビに、ミンミンが加わる形だ。新入部員勧誘の切り札としては、申し分ない。何しろ、ミンミンのスカートは、去年よりさらに短くなっていた。その効果はてきめんだった。新入部員を迎えた最初の部会は、久しぶりに活気に満ちて
「おめでとうございます」朝の挨拶が、今日だけは少し背筋が伸びる。でも、白衣に着替えた瞬間に、魔法は解ける。厨房は、いつも通りの戦場だ。元旦のメインは、お雑煮。特養では、餅はご法度。代わりに、白玉粉と豆腐を混ぜて作った「ソフト餅」を入れる。これなら喉に張り付かないし、歯切れもいい。小池さんが、すまし汁の味を慎重に見ている。関東風のすまし汁。私の実家は白味噌だったな、なんて思い出しながら、三つ葉を結ぶ。この結び三つ葉を作
大晦日。厨房は、天ぷらを揚げる音と匂いで満ちている。パチパチ、ジュワジュワ。これが私たちの除夜の鐘だ。換気扇がゴーゴーと唸りながら、油の匂いを吸い込んでいく。茹で上がったそばを、冷水で締める。手がちぎれそうに冷たい。でも、ここでしっかり締めないと、コシが出ない。いや、どうせ柔らかく煮て出すんだけど、気分の問題だ。一年の締めくくりくらい、ビシッとやりたい。ソフト食の人には、「そばがき」風のムースを作る。そばの香りが、ふわ
現在、過去作の挿絵をリニューアルして更新中です。またLastシーズンの新作のネーム作りも着々と進んでおります。来年には、新作をお届けできると思います。いつも読んで下さる方々、もう少しお待ちくださいね。リニューアルシーン「横須賀フェイダナウェイ」↓王鷹が僕の前に立ちはだかった。向かい合う2人。「お前ホントにマトリックスに似てるなぁ…」無表情の王鷹に言う。王鷹が特殊警棒を振りかざした。ビュンッ!かわすッ!ビュンッ!ビュンッ!かわすッ!かわすッ!僕は、すんでのところで王
明日は大晦日。年越しそばの日だ。ということは、今日は天ぷらの仕込み。大量のエビが、バットに並んでいる。数百匹のエビ。これの背わたを、一本ずつ取っていく。爪楊枝で、すっと引き抜く。途中で切れると、イラッとする。さらに、お腹側に切り込みを入れて、指でプチプチと筋を切る。これをしないと、揚げた時に丸まってしまうから。「真っ直ぐなエビ」を作るための、地道な矯正作業。腰が痛い。ずっと下を向いているから、首も痛い。「先生、
数の子の薄皮をむく。地味で、根気がいって、指先がふやける作業だ。塩抜きをした数の子は、黄色いダイヤみたいに綺麗だけど、この薄皮が曲者だ。残っていると口当たりが悪いし、見た目も悪い。「先生、高い食材なんだから、折らないでくださいよ」小池さんにプレッシャーをかけられる。わかってるって。でも、指がかじかんで思うように動かないんだ。カリポリとした食感を楽しめるのは、歯が丈夫な人だけ。多くの利用者さんには、細かく刻んで、マヨネーズ和えにした
電車が空いている。世の中は「御用納め」とかいうやつらしい。羨ましい言葉だ。私たちに納める御用なんてない。むしろ、ここからが本番だ。年末年始も休まず営業、年中無休のフルサービス。「良いお年を~」テレビのアナウンサーが笑顔で言っている。こっちは明日も来るんだよ。厨房に入ると、パートの田中さんが不機嫌そうだった。「孫が来てるのに、私だけ仕事よ」わかる。家族団欒の時期に、他人のご飯を作っている虚しさ。でも、誰かがやら
年末年始の食材を入れるために、冷蔵庫を空っぽにしなきゃいけない。というわけで、今日の昼食は「在庫一掃メニュー」だ。半端に残ったキャベツ、人参、少しだけの豚肉、使いかけの油揚げ。これらを全部炒めて、卵でとじる。献立名は「野菜の卵とじ」だけど、実態は「冷蔵庫の掃除」だ。「これ、家でもよくやるわよ」小池さんが笑いながら、大きな中華鍋を振る。味付けは、麺つゆ頼み。結局、これが一番間違いなくて美味しいんだから、料理の奥義なんてそんなもんだ。出
今年最後の写真展サラムーンの写真展に行った京都祇園の何必館ギャラリーよサラムーンはモデル出身でフランスの写真家1970代から広告写真で活躍しているそこはモノクロの世界が横たわってる色がない分これはなんだろうどうしてこうなんだろうこれからなにがおこるんだろう…こちらの想像をどんどんと煽りかきたててくれるざらっとした風合いだったり写真というより絵画だ好きだなあこの感じ展示写真で私小説のように構成して映像にしてあるのも2本上映しているちょうど
朝来たら、玄関に門松が立っていた。昨日の夜まで、キラキラしたツリーがあった場所だ。日本人のこの切り替えの早さは、もはや特技だと思う。余韻もへったくれもない。サンタクロースは、裏口からそそくさと帰らされたに違いない。厨房も同じだ。昨日のケーキの甘い匂いは消えて、出汁と醤油の匂いが充満している。おせちの下準備が始まった。黒豆を水に浸したり、昆布を拭いたり。地味だ。昨日の華やかさが嘘みたいに、色が茶色と黒に戻っていく。「先
祭りのあとは、いつも寂しい。そして、汚い。昨日のチキンの脂が、調理器具にこびりついている。お湯を使っても、なかなかヌルヌルが取れない。「先生、これ、二度洗いしないとダメですね」パートの田中さんが、ため息交じりにスポンジを泡立てる。クリスマスの華やかな記憶は、このギトギトの脂と一緒に排水溝へ流れていく。現実はいつだってシビアだ。食堂の飾り付けも、今日でおしまい。明日からは、一気にお正月モードに切り替わる。日本人のこの切り替えの
メリークリスマス。そんな浮かれた言葉は、ここでは業務連絡の一つだ。「ケーキの盛り付け、急いで!」「イチゴのムース、型から抜きます!」スポンジが飲み込めない人のための、ムースケーキ。赤はイチゴジャム、白は生クリーム。サンタクロースの色だ。見た目だけでも華やかにしたくて、アラザンを少し散らしてみる。キラキラして可愛いけど、これ、銀色の砂糖の粒だよね。歯に挟まらないかな。一瞬迷ったけど、まあ、溶けるから大丈夫か。配膳車
冷蔵庫の中が、鶏肉だらけだ。クリスマスの仕込み。大量の鶏もも肉が、解凍されるのを静かに待っている。ピンク色の肉塊がバットに並ぶ様は、壮観というより、ちょっとグロテスクですらある。「これ、全部焼くんですよね……」小池さんが遠い目をしている。そう、全部焼くんです。特養のクリスマスは、フライドチキンじゃなくて、柔らかい照り焼きチキン。誤嚥しないように、皮目をパリッと焼きつつ、身はふっくらと。矛盾するリクエストに応えるのがプロの仕事、なんてカッ
昨日のチェンマイ滞在日記を記録しておきます、旅や東南アジアに興味のない方にはサーセン🙏朝は曇天、そして気温は17度ほどと肌寒かった😨お母さん食堂はやめて、味噌汁が欲しかったのでMAYAへ朝散歩を兼ねて向かった🚶♂️➡️4階のフードフロアにあるすき家、午前11時までは日本と同じ朝食メニューがあったので、いくつかの中から卵、オクラ🥚🪺ミニ牛セットを69バーツ350円程、日本より少し安い満足しました😋MAYAを出たら陽射しが☀️、歩いていたら汗をかいてきたのでいったんゲストハウスに帰って
昨日の柚子の皮が、まだ厨房に残っている。捨てるのはもったいないから、細かく刻んで、浅漬けの香りづけにする。包丁を入れるたびに、爽やかな香りが弾ける。これだけは、何度嗅いでもいい匂いだ。でも、手荒れの傷口には猛烈に染みる。「痛っ」思わず声が出た。「先生、ビタミンCの洗礼ですね」パートさんが笑う。笑い事じゃない、本当に痛いんだってば。食堂に行くと、昨日の柚子湯の話で持ちきりだった。「いい湯だったねえ」「肌がスベスベしたよ」
硬い。とにかく硬い。冬至のかぼちゃは、栄養満点の優れものだけど、調理する側にとっては凶器に近い。包丁が食い込んだまま動かない。無理に力を入れると、手首がいきそうになる。「先生、体重かけて!」小池さんに言われて、全体重を乗せる。バキン、と鈍い音がして、ようやく割れた。これだけ苦労して切っても、お年寄りの口に入る頃には、原型をとどめないほど柔らかく煮崩されている。形あるものはいつか崩れる、とは言うけれど。私の手首の痛みは、誰に
みなさん、こんばんは。“四季の旅人”の山城道霞です。石川県七尾美術館を出て、しばらく歩いた先にあるのは、いつか七尾市に行くときに行ってみたい場所でした。石川県七尾市にある宇賀山西光寺。私小説作家の藤澤淸造さんと西村賢太さんのお墓参りです。藤澤淸造さん(1889~1932)は石川県七尾市出身で、貧困と持病に苦しみながら『根津権現裏』や短編小説などを執筆しました。しかし、性病の悪化によって精神が不安定になり、度重なる失踪の末、東京の芝公園の六角堂内で凍死体となっていたのを発見されま
手が、魚臭い。何度ハンドソープで洗っても、ブリの脂の匂いが取れない。今日は「ブリの日」だから、照り焼きにした。脂が乗ってて美味しそうだったけど、調理する側としては、このベタベタは強敵だ。「先生、皮もしっかり焼いてね。生臭いと残されるから」小池さんの指示通り、皮目をパリッと焼く。甘辛いタレを絡めると、厨房中に香ばしい匂いが充満した。ご飯が進む匂い。日本人のDNAに訴えかける香りだ。配膳が終わって、調理器具を洗う。スポンジが、脂でギトギ
こんばんは〜、平日仕事の方々は今週もお疲れ様でした👍和歌山の実弟なんかは飲食店なので土日は仕事だし、長男も接客関係なので土日出勤も多いようで大変だなぁまぁその分平日休みなんだけどね😏さて昨日の旅日記というか滞在日記、自分の記録のために残します昨日もチェンマイは良い天気☀️朝はお母さん食堂、お茶碗2杯以上ものご飯🍚にチキン系と豚肉系の惣菜をぶっかけ、めちゃ旨かったですわ😋お母さん食堂、お母さんの後ろ姿が・・・、そして右端遠くにBanilahゲストハウスの入り口が😅お母さん食堂では最近
「食育」なんて言葉がある。子どもに食の大切さを教える、みたいな。今日はその日らしいけど、高齢者施設にいると、この言葉に違和感を覚える。食堂で、102の伊藤さんが、米粒一つ残さず綺麗に食べていた。背筋を伸ばして、手を合わせて「ごちそうさま」その所作の美しさ。食べ物を粗末にしない心。私なんかより、よっぽど「食」を大切にしている。私たちが「栄養バランスが〜」とか「噛む回数が〜」とか講釈を垂れるのが、なんだかおこがましく思えてくる。人生の大先輩
『猫とウサギと龍の本―松浦寿輝童話集』を読みました⭐︎松浦寿輝さんが若き日に書かれた、小さな生き物と本をめぐる4つの童話作品が所収です。中には、前に読んでいる作品も再録されています。あとがきを読むと、どれも童話であると同時に、松浦さんの私小説でもあるとのことで、実は個人的に、"松浦さんは俯瞰的かつ客観的に童話を書かれているのかなあ?"と思ってもいたんですが、そんな事はなく、ちゃんと血肉の通った、自らの姿を投影した童話だったとわかり、なんとなく作品の中に、いつもちょっとした哀愁や抒情を感