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やっといくことができました~。ここは、その日のタイミングがないと行けません。福島県梁川町の里にある龍。「瀧野神社」(伊達市梁川町白根字中倉82)辰と巳の日に龍の天井図を拝見することができます。瀧野神社の由縁瀧野神社は1185年「源平の戦乱」を避けるために、五つの姓(齋藤、三浦、横山、谷口、霜山)がこの白根地区に入植した折に、氏神様として心の支えに祀られました。この辺りは農業を主とした生活をしていたことから、「宇氣持知神」を御祭神にお迎えしました。ま
前回「魚」についていろいろと考察しました・・(^。^)『漁夫』少し前の「猫」についての考察で「シュレーディンガーの猫」を取り上げました。「シュレーディンガーの猫」とは「量子力学」の思考実験に登場…ameblo.jp「初期のキリスト教のシンボル」であり、「イエス」とも関係が深い「魚」には、何か特別な意味がある気がしています。「ギョギョ❓」その「魚」の入った「漁夫王(いさなとりのおう)」
このところ、「ヒル」について考察しています(^。^)『曲がるヒル、回るヒル?』前回、伊勢の「鼻かけえびす」を知ったことがきっかけで、「鼻がない」ことについての、自分の考察を書きました。『鼻かけヒルコ?』以…ameblo.jp「北斗七星の動き」は「ヒルの動き」を表すのでは?という超トンデモな仮説を立てているのですが・・
令和7年5月29日〔木〕【第3057号〔本年第163号〕】この号=前号の続き。前号に「追記・追画」と思ったけど、ソレ、しなかっただけ。アンリ・マスペロの『道教の養生術』(せりか書房)から↓余功保の『精選太極拳辞典』から↓天地逆!!すみません。。。。平河出版社の『道教事典』から↓※禹歩(うほ)・・・・本通信内、何度か登場しているハズ??今回、偶々、というのか、昨夜、吉田登志美さんのお話の中で、「禹
以下、吉野裕子『神々の誕生――易・五行と日本の神々』(岩波書店、1990年)から引用です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「第3部易・五行とはなにか」つづき8河図p.266「河図[かと]」とは、伏羲が「河図を得て八卦を画した」とも伝えられているその河図である。もう少し詳しくいえば、伏羲が王になると、黄河から竜馬が現れ、その背に一から十までの数が紋になって記されていたと伝えられているものである。河図はその名の通り「図」であって文字ではない。奇数(天・陽)は
阿津賀志についてこんなに書くことがあるとは、思いませんでした。笑『【国見町】春の訪れに阿津賀志巡礼①奥州合戦とは』春らしく行きたいのですが、ディープな歴史です。先日、ひさしぶりに国見町へいき、道の駅にも久々に寄ってみました。※道の駅国見あつかしの郷※桃のジェラート…ameblo.jp『【国見町】春の訪れに阿津賀志巡礼②合戦場に祀られる神々(ご先祖参り)』いつの頃か何度も通うようになった国見町。どうりで・・・と思うことあり。前回の続き『【国見町】春の訪れに阿津賀志巡礼①奥州
前回、陰陽道の技法「禹歩(うほ)」を取り上げました。『「禹歩(うほ)」と「三尸九蟲」』陰陽道で「禹歩(うほ)」という技法があります。北斗七星の形に足を3回運んで一歩とし、合計9回の足捌きをする魔除けの技法です。(3捌き×3歩=9捌き)…ameblo.jp「禹歩(うほ)」とは「3×3=9歩」に歩く、陰陽道の魔除けの技法です。これは「踏斗(とうと)」とも呼ばれます。「3・3・3」に、「斗(マス)」を踏む・・?・・「トート」?違う?(
先月末にみた夢を思いだしました。アジアのどこか宮殿(日本ではない)を観光している様子。看板に宮殿の見取り図があったのでそれをみており、まっすぐ50mくらい先には昔の宮殿を復元した大きな門がありました。裏手には小山があります。そこへ行こうとすると、門のそばで誰かが立っていました。その宮殿にいる人のようで貴族のような服を着ており、色白のきれいな青年が笑顔で待っていました。ただ、ここで私は、現実の自分に戻ってしまい、この人を知っているのかもしれないけど、誰だろう?私は過去にこのよう
有戎は、昔の国の名。その国の娘、簡狄かんてきは帝嚳コクの妃となり玄鳥つばめの卵を飲んで殷の始祖契セツを生む。姫は周の王室の姓。または黄帝の姓。漢語林P370黄帝は姫キ水のほとりに住みそれを姓とし、周は黄帝を祖と仰ぎ、姫姓を継承した。漢辞海P361姫周キシュウは紀州キシュウ『姫キは紀キに通ず』戸矢学姫ひめ、キ↔️彦ひこ、ゲン彦→偐(※人偏なし)→彣ブン漢辞海P488彣は、青と赤が混ざった色。漢語林P495赤+青
令和5年4月19日〔水〕【第2281号〔本年第110号〕】今日は、親父の命日・・・父・乾(いぬい)は、行年79歳。没後ジャスト40年・・・40周年!!日、経つのはやい!!以下にリブログしたのは、【本通信第152号】で、〔2015年第97号〕、というコトになります。ただ、過去、三回リブログしているが、「追記」をしていたり??、自身、充分理解しているかは??があるが我ながら、力作ですねぇぇ!!先日のはじホツ・高島旅行の写真・
ぷぅーこの間違えてばかりの歴史学の時間です独学で歴史を学んでいるとたまに意味不明な解釈が産まれてくることがありますたとえば古代中国の伝説上の夏王朝初代皇帝禹王が七福神のひとり恵比寿様じゃあないのか?とか禹王の息子の啓が孫悟空のモデルになった人物ではないのか?など歴史好きあるあるかも知れませんがついつい繋げてみてしまうことが多々あります夏王朝は初代王禹(う)から17末代王桀(けつ)まで432年とも471年続いたとも伝えられていますがこれといった決め
令和4年12月6日火曜日、晴れ時々曇り。今日は買い出し、ついに商品券も使い切ってしまった。予定では来月まで持たせるつもりだったけど安い時に買っておくのは当然なのでよしとしよう。お米はまだ未開封もあるし一升瓶の酒も買ったし…今日、おもちを4kgも買ってしまった(爆)さて。昨日は中国の遺跡に触れてみましたが。中国と朝鮮の古代を少し追ってみよう。そもそも_西日本に日本人は居なかった、東へ追いやられていた、蝦夷とは何だ?誰が名付けたのか。蝦夷も中国が名付けた言葉だった。日本で最初に出て来
サナンダ・クマラ(=シリウスのニギハヤヒ)が転生した人物の一人に田中丘隅という人がいる。田中丘隅という名を聞いて「ああ。あの田中さん??」・・・笑と、すぐに分かる人は、田中丘隅ゆかりの地に暮らす人を除いては、かなりのオタクさんかもしれない。田中丘隅は簡単に説明すると、川崎宿を立て直した人。そして、暴れ川と恐れられていた相模國の酒匂川の治水工事を指揮し、文明堤を築いた人物だ。文明堤は神奈川県南足柄市にある。私は本格的に覚醒が始まった数年前、導かれて大雄山最乗寺へ定期
「物質世界」と「天地が生じる前の宇宙」の氣古代中国時代に存在したといわれています、夏王朝。紀元前1900年頃(諸説あり)、初代天子の禹王【うおう】がおりました。三人の聖君といわれる、堯[ぎょう]、舜[しゅん]、禹の父親の鯉[こん]が命を受けて、治水工事にあたりましたが失敗。鯉の代わりに禹が黄河の治水工事に成功しました。禹王は黄帝の雲孫(八世の孫)にあたり、禹王は治水工事に行く途中の洛水で神亀を発見しました。神亀の甲羅の紋様が、洛水図といわれていて、九星氣学の根底の後天状位盤(物質世
いろいろ繋がる話なのですが、つながるそのモノがなんだかわかりません。とりあえず、記録しておきます。話が長くなりますが、宮城県南などに藤原家や天皇家内乱の時、一族や末裔、その家臣らが逃れている、左遷されている、からつながることだと思います。彼らの何が問題であったか?まで理解できませんが、内乱があった発端の意図を知ることで、迫害された人達の鎮魂がなされると思うことです。坂上刈田麻呂の名があがったのは、朝廷側も当時のことを慕い、想い、鎮魂したい、気持ちがあることでしょう。歴史
ずっと禹と秦氏のことを書いてましたが、最後は、やっぱり京都になる。2019年3月に観光していた京都のこと。ふりかえると面白い!エミシをたくさんのっけて都に乗りこんでやる!と思っていったが、良い所で、おとなしくなる。笑~違和感のない京都でした。魂の旅のようだと思っていたのは、中国での秦氏との再会だったのかもしれない。最初に大阪へいき、帰りも大阪で時間をつくったことが良かったかも。■鴨川の禹京都鴨川も昔は氾濫が多い所でした。禹王の碑があった所は、数か所ありますが、
先日、石巻へ。年明け、さっそく石巻へ行くことになりました。禹の話しは、掘れば掘るほど、どんどん出てきます。他にも宇宙人な話しもあるくらいですが、やっぱり、「石巻」というのが、すごい。ほんとに不思議な流れですが、石巻が鍵になっていると思う。こちらの本『治水神禹王をたずねる旅』に唯一、東北に禹のことが記された石碑が、石巻にある!ことを知り、主人も一緒につきあってもらう。しかし、振り回される、というのは、こーいうことか、な探訪でしたが・・・結論、その石碑は、見つけられな
昨日、中国青海省で地震があったそうです。M6クラスの。被害状況は、わかりません。(被害はないといっているが・・・)ほとんど報道されませんから、ネットの情報では、中国は度重なる地震に見舞われているようです。(世界中がそうですね)黄河流域、長江流域にも活断層があるので、地震は度々起こる場所でした。しかし、中国のダム事情(特に三峡ダム)で、大量の水を保留していることから、四川省の地震が増加しているのは、三峡ダム(他のダムもある)の要因があると、認めたそうです。黄河流域で
歴史は、水から始まっていること。今年は、これがずっとテーマになりそう。中国と日本をいったりきたりの妄想。伝説とされた治水神の中国の「禹」ですが、ほとんどの人が知らないと思いますし、中国となれば、関心はもたれないのでしょう。※『治水神禹をたずねる旅』より昨年末の黒沼神社からはじまっていました。以前より書いてはいましたが、調べれば調べるほど、禹王は、すごい話しをもっていて面白いです。秦氏とそっくり。都市伝説みたいな話しも多く、(私の妄想が都市伝説になるね…)これ
中国と言えば、歴史が長く伝統の深い国です。その中で最も古い王朝(夏)、紀元前2000年位あったとされています。その中でも古代神話の伝説人物とされる禹帝について少し深掘りしていきます。禹帝とは?先程申し上げた通り、中国最古の王朝(夏)の最初の帝。禹自身、卓越した政治手腕がありましたが、決して誇る事はなく、民から愛される人物だったそうです。夏王朝は定かではないが、400年程続く、長い王朝だったそうです。政策はなにをしたの?主に黄河の治水事業を行ったとされています。以前黄河の大洪水が起
心法書道の慧竹です。懐素に憧れて『草書千字文』を臨書しています。詳細については、下記『心法書道』のHPをご覧ください。HP画面では画像を拡大してご覧いただけます。153九州禹跡天下を九つの州に分け、人々が安住できるのは禹(う)の功績の名残であり154百郡秦并天下にある百の郡は、すべて秦が併合したものであるvia心法書道Yourownwebsite,AmebaOwnd
上海で短期過ごした話しを交えながら。短期留学だったので、あまり長く住んでませんでしたが、今の上海はあの頃に比べて、急激に発展していて、驚きました。(2年前に再び上海へ)中国(長安)に密教の教えを学びにいった空海は、その時、4カ月ほど、浙江省(せっこうしょう)に滞在したそうです。浙江省とは、「北に江蘇省と上海市、西に安徽省と江西省、南に福建省と接する。東は東シナ海に面する。銭塘江が流入する杭州湾は古来より交易で栄え、沿海には舟山列島など約2千の島々が散らばり、中国で最も
占いカウンセラー鑑定師殊玉(しゅぎょく)と申します。少し前に書いた九星気学の根本と、文書や文章が重複するかも知れませんが読んでくださる皆様に委ねたいと思います。九星気学の本源的な根底には中国古代の神話に登場する三皇帝(伏犧、女媧、神農)と黄帝は帝、聖人、様々な呼称がありまして、五帝の最初の帝です。五行思想は既にこの時代に活躍していました。今回は伏犧、黄帝、顓頊帝、嚳帝、堯帝、舜帝、禹王に、スポットを当てました。儒教、易、陰陽五行、宇宙の摂理に特化した時代でした。中国神
趙チョウも東夷とうい縄文人姓は嬴エイ氏❗️夏カの始祖、禹ウ王は越ヱツ、ヲチ越は東夷→縄文人(ムー大陸?)中国東北部の東夷が殷を興す萊ライ族→黎レイ→中虺チュウキ→蝮まむし東方の徐福(山東半島)→嬴姓北方の趙→嬴姓西方の秦→嬴姓嬴の姓は夏の禹王と帝舜に仕えた伯益が帝舜より授かった姓であった❣️
こんばんは。ブログをご覧くださいまして誠にありがとうございます。ブログ管理人の高坂美慧です。ようやく【湖水伝説】後半シリーズを再開いたしますとみ:ちょっとね、先月から信玄ミュージアムの再開だったり、先にお伝えしたいことも続いたのだけれど、皆さま、お待たせしました。【湖水伝説】のお話の続きを進めて行きます〜。美慧:はい、よろしくお願いします!前回、穴切大神社をご紹介しましたが、確か国母地蔵さんからは穴切の神様とともに
久那戸大神&幸さいの神を探してみよう。手がかりの暗号文字は大辟さけ神社(兵庫県赤穂市秦河勝建立)共通の字形→辟→楠→南→辛→幸¥幸の古字は、上部の土が→夭ヨウ夭折というように「わかい」の意味。わかい巫女だと、漢語林は語る。「神の前で舞を舞う」、わかい巫女。天子のお気に入り。だが、この幸姫命はのちに『佐さ(毘売の)命メイと呼び名が変わる』漢語林P94&出雲と蘇我王国P164佐は、扶ける。補佐する。毘は、勇ましい戦いの神。佐命サメイとは
中国山間部の大洪水で、禹がザワザワしてます。私もだけど。中国の豪雨が気になるというか、心配です~。昔から大河の大暴れな濁流を経験してきた中国だし、日本とは比べものにならないです。看中国より三峡ダム水位上昇中、危険水位の2メートル超えhttps://www.visiontimesjp.com/?p=6065このサイトに動画があるので、チェックしてみてください。えらいことになってますわ~。1940年以来の大災害とか。世界遺産になっている楽山大仏がダムの目的だったとか、治水
姜キョウと羌キョウはツングース=靺鞨まっかつ※靺→たび、靴下、鞨→かわぐつ漢語林P1546=鮮卑族→蒙古民族の一つ姜→彊キョウ→強彊は堅い殻をもったムシ→彊秦姜呂尚は周の文王、武王により斉に封ぜられた斉の諸侯姜→女+羊→牧羊の民姜水は岐水の別名。陝西省の岐山より流れ出る陝西省は秦の本拠地秦の始皇帝の実父呂不韋は陽翟の出身陽翟は今の河南省禹州のこと禹は虫→夏の禹王河南省禹州は顓頊帝