ブログ記事1,141件
※2025年10月20日訪問※松ノ木坂を登って行くと左手に頑丈な石垣を見ることが出来ますこの石垣は二ノ丸北面の石垣で、非常に立派な石垣ですね✨そしてこの二ノ丸北西角の石垣上には、【大組櫓】と呼ばれる櫓が建てられており、松ノ木坂を横から防衛する役割を担っていたようです✨◆筑前国・福岡城(舞鶴城)二ノ丸松ノ木坂御門跡/国指定史跡◆に続く
※2025年10月20日訪問※名島門を見学し、いよいよ福岡城の中心部へと向かいます🚶この場所は【松ノ木坂】と呼ばれる坂で、【史跡福岡城跡】の石碑が建てられていますね✨【松ノ木坂】の案内板も確認して行きましょう✨▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼三ノ丸から西二ノ丸に登るための2つの坂のうちの1つで、南側の桐ノ木坂に対して松ノ木と呼ばれます。▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲◆筑前国・福岡城(舞鶴城)二ノ丸大組櫓跡/国指定史跡◆に続く
※2025年10月20日訪問※旧母里太兵衛邸長屋門を見学し、本丸へと向かう途中、右手に曲がる道路が有り、その道路上に何やら城門のような物が建てられていますこちらは《福岡市指定文化財》にもなっている【名島門】と呼ばれる門で、すぐ側には案内板があるので確認して行きましょう✨▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼この門は、天正15年(1587)、小早川隆景が多々良川口の名島に築いた名島城の城門で、慶長年間(1596-1614)黒田長政が居城を名島城から福岡城に移す時、黒田24騎の一人である林織部
今回の旅の最終日は、久留米城から。お城跡が、今は神社になっています。この久留米城を治めていた有馬氏の十四代目有馬頼寧氏は、競馬レースの有馬記念を創設された方だそうです。へー。私は、競馬について全く無知なのですが、人気投票で選ばれた馬達によるレース、という枠組を創設された方。だそうです。久留米城の後は、水城(みずき)跡へ。一応、歴史好きの私ですが、水城の存在は初めて知りました。教科書には載ってたのかなぁ?覚えた記憶もない私の知識は、大したことなかった、というこ
※2025年10月20日訪問※三ノ丸御鷹屋敷跡から本丸跡へと向かって歩いていくと、非常に立派な長屋門が目に飛び込んで来ますこちらは黒田家家臣【母里太兵衛邸の長屋門】とのことで案内板を見て行きましょう✨▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼この門は母里太兵衛友信(1556-1615)の屋敷の門として現在の天神2丁目にあったもので、昭和40年(1965)にこの場所に移築されました。母里太兵衛は黒田二十四騎の一人で、筑前入国後、領内の支城の一つで、現在の大隅城主になりました。福島正則から名槍日
※2025年10月20日訪問※黒田如水隠居の地である三ノ丸【御鷹屋敷跡】へと向かいます✨黒田如水隠居地(三ノ丸御鷹屋敷)と書かれた案内板を見つけたので、そちらに向かって進んで行きます🚶黒田如水隠居の地跡(御鷹屋敷)は、現在は《牡丹・芍薬園》として整備されているようです🥀福岡城の三ノ丸は『非常に広大な平地』という印象でしたが、御鷹屋敷跡に向かう道路は登り坂になっています「筑前国続風土記」によると、「城内のいぬゐに小高き山あり。是又本丸より高かりしかば、山をならしてひきゝ岡とし、如水公の
※2025年10月20日訪問※三ノ丸の水堀に架かる【下ノ橋】を見て行きます旧福岡城三の丸の堀には、東側に上の橋、西側に下の橋の二ヶ所の橋がかかり、それぞれに枡形を設けて城門が作られていました下ノ橋から再度下ノ橋御門に戻り、三ノ丸御鷹屋敷跡を目指して歩いて行きます🚶◆筑前国・福岡城(舞鶴城)三ノ丸御鷹屋敷(黒田如水隠居の地)/国指定史跡◆に続く
※2025年10月20日訪問※続いては《福岡県指定文化財》に指定されている三ノ丸【下之橋御門】を見て行きましょう✨▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼旧福岡城の門のうち、現在も本来の位置を保っているのは、この門のみである。旧福岡城三の丸の堀には、東側に上の橋、西側に下の橋の二ヶ所の橋がかかり、それぞれに枡形を設けて城門が作られていた。この門は、下の橋側の城門であり、本来は二層の櫓門であった。それが一層の門に改装された時期は明らかではないが、昭和9年撮影の写真ではすでに一層であり、明
あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしています。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。「塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在してい
もう二ヶ月経っていますが、年末に福岡、熊本に行ってきました。目的は歴史旅ということで、後漢書や魏志倭人伝、そして飛鳥時代の古代城址を巡ってきました。今回はその3回目です。一回目の記事はこちらです:https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12954556684.html二回目の記事はこちらです:https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12955959579.html二日目の宿泊地も西鉄久留米駅前のホテ
※2025年10月20日訪問※続いては【伝潮見櫓】を見て行きます『あれ?既に潮見櫓は見たじゃないか?』と思われた方、先程見たのは正真正銘の【潮見櫓】今回紹介するのは【伝潮見櫓】、『伝』の文字が付いている事に意味が有るんです▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼本櫓は、大正の初め浜の町の黒田候別邸に移された。戦後、同地が検察庁に譲渡され、櫓が解体されるに当たり、福岡郷土博物館建設委員会の手により旧位置に再建されることになったが、ここは当時米軍によってモータープールに使用されていたので、
先日(6/19)、福岡城二の丸跡に広がる「梅園」を見てきました。約300本の梅の木が植えられているようです。
※2025年10月20日訪問※福岡城の【三ノ丸跡】までやって来ました潮見櫓周辺の三ノ丸跡は、広大な広場になっており、福岡城の三ノ丸がいかに広大な面積を誇っていたのかがわかりますね✨公園内に【三の丸】の案内板が設置されているので確認して行きましょう✨▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼ここは三の丸の西側にあたり、平らで広大であったため、江戸時代を通して屋敷や御殿、役所や庭園など様々な用途・目的で使用されてきました。明治期になると県庁が置かれましたが、数年で移転し、以降は陸軍の鍛兵場とし
※2025年10月20日訪問※福岡城三ノ丸跡に建つ【潮見櫓】を見て行きましょう✨大濠公園駅からは6号水堀越しに、二層の櫓を見る事が出来るので、まずはこちらを見学させて頂くことに🚶真新しく感じるこの潮見櫓ですが、実は福岡城の中で、今でも現存する貴重な櫓なんです✨▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼潮見櫓は三の丸北西隅の土塁上にあり、城外に面する櫓の北面と西面の下には、石垣が築かれています。櫓からは海原を見渡すことができ、そのため「潮見」の名前が付いたのでしょう。廃城後の明治41(19
※2025年10月20日訪問※では早速福岡城跡を散策して行きましょう✨地下鉄の大濠公園駅で下車し地上に出ると目の前には福岡城の【水堀】が見えて来ます黒田家52万石の格式を表すかのように、非常に広大な水堀ですね✨ちなみに、福岡城の水堀は場所によって番号で管理されているようで、この場所の水堀は【6号水堀】と呼ばれているようです◆筑前国・福岡城(舞鶴城)三ノ丸潮見櫓/国指定史跡◆に続く
※2025年10月20日訪問※▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼1600年(慶長5年)黒田孝高・長政父子は関ヶ原の戦いの功績により豊前国中津16万石から、筑前一国52万3千石で筑前名島に入封、筑前の旧領主小早川秀秋の居城であった名島城に入城した。便宜上から名島城を廃し、福崎丘陵を新城地に選定した。1601年(慶長6年)には築城が開始され、7年後の1607年(慶長12年)に竣工した。江戸期には歴代の藩主により二の丸御殿や西の丸御殿の増築など数度の改修が行われたが、特に幕末の嘉永・万
※2025年10月20日訪問※福岡県福岡市の【福岡城(舞鶴城)跡】を訪れました▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼福岡城は、福岡県福岡市中央区にかつてあった日本の城。江戸時代初期、関ヶ原の戦いで功績のあった黒田長政が、加増・移封で与えられた筑前国那珂郡警固村福崎の丘陵地に築いた。この際に、黒田氏ゆかりの地である備前国福岡(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)の地名にちなみ福崎を「福岡」と改め、これが近現代の市名・県名にもなった。城郭構造は梯郭式平山城で、明治まで福岡藩黒田氏の居城となった
博多の三井ガーデンホテルでの朝です。最初に泊まった別府の『インターコンチネンタル』は9割外国人客、次の由布院の『田離宮』は9割日本人客という感じでしたが、このホテルも外国人の方が多かったです。朝食はバイキングです。いろいろ食べましたが、どれも美味しかったですよ。外国人の方が多いので、例の如く大浴場の使い方問題はあります。このホテルではタオルを湯船に浸ける外国人の方は居なくて「あぁ、大分日本での風呂の入り方のマナーが定着してきたな」と思いきや、そもそもタオルを持たずに風呂に入っているという
☆このブログは記事本文をライブドアブログへ移行しています山陽ひとり旅①のつづきですホテルをチェックアウトし福岡城に行きます8:00到着です▶続きはライブドアブログに掲載しています山陽ひとり旅②官兵衛最後の城:ぼっち旅~ひとり旅の記録と健康への道~山陽ひとり旅①のつづきです旅のはじまりはこちらホテルをチェックアウトし福岡城に行きます8:00到着ですまだ御城印が買える施設などは閉まっているので城跡を見てまわります福岡城は関ケ原の合戦の功績によりこの地を与えられた
国の史跡に指定された城跡は、福岡城を体感できる施設になっています2025年10月29日
大僧正天海(167)十太夫が、老中に面談を拒絶された話は、瞬く間に町内に知れ渡った。町人は口々に十太夫に罵詈雑言を浴びせたのである。これは十太夫のみならず、忠之にとっても恥辱であった。6月14日、苛立ちをつのらせた忠之は、突然太刀を手にすると「おのれ大膳め。ただでは置かぬ。」と立ち上がり、手勢を集めると、忽ち南二の丸にある大膳の邸を取り囲んだ。これに家中が大騒ぎになると、黒田家の長老たちが割って入り申し立てたのである。「殿、何をなされます。つい先ほど
旧陸軍西部軍管区司令部、終戦直前に福岡城から1・8km離れた地下壕に移転…本土決戦を見据えた動きか読売新聞オンライン26/1/12(月)10:15配信太平洋戦争の終戦直前の1945年(昭和20年)8月、九州の軍政を統括する旧陸軍の西部軍管区司令部が、福岡市の福岡城から、現在の市動植物園近くの地下壕(ごう)に移転していたことが、当時の軍幹部の日記から分かった。トンネル状の地下構造物も現地付近で確認されており、九州での本土決戦を見据えた軍の動静を伝える発見だ。(若林圭輔)実質的な司令官代
【問題】≪難問≫福岡城の石垣普請奉行を野口一成とともに務めたのは、次のうち誰か?【選択肢】益田正親衣笠景延村田吉次久野重勝【正解】益田正親【解説】益田正親は農家出身で、黒田孝高に取り立てられて士分となった。戦場での働きが認められて筑前入国後3,000石を領し、野口一成とともに福岡城の石垣普請奉行を務めた。
5月から8月に行ったところ✈️振り返ると、よく行ったもんだなぁ…と自分で思う5月大牟田神社・対馬・志賀島6月宮島大願寺・大聖院6月玉置神社・和歌山最南端7月ソウル7月福岡城・大牟田神社8月由加神社・蓮台寺
最終日、西鉄ホテルクルーム博多駅前からチェックアウト後、市内観光することにしました。先ずは初日の夜に中洲の橋から見えた赤いタワー(博多ポートタワー)を目指します(2.8km)…とここで博多にやたらとお寺が多いことに気づきます。京都と張り合えるほど多いです。博多お寺巡りなんてしてみるのも趣きがありますね。そして北へ北へと向かい到着した博多ポートタワー↑左下は櫛田神社浜宮ポートタワーの次は大濠公園へ下の写真の赤の矢印から黄色の矢印まで歩いて大濠公園を通り抜け国体通りに辿り着きまし
市町村の名前由来名前の由来に興味をもち調べてみると福岡市福岡県福岡市岡山県の福岡が由来黒田藩の殿様がもともと住んでいた場所が備前(岡山県)の福岡という地域だったので黒田藩のお城を福岡城と名付けたそして、この地域を福岡と呼んだことから今の福岡ですその岡山県には福岡神社もあります(現・岡山市東区)その福岡地区は現在の岡山県瀬戸内市です昔に埼玉県には福岡町が有って市制施行で福岡市だと福岡県福岡市とかぶるので上福岡駅名から上福岡市になったそうです現在は
記事増えてるので一つにまとめたものを…10月3日福岡城太宰府天満宮10月4日日帰りバスツアー阿蘇山、高千穂日帰りバスツアー天岩戸神社、天安河原10月5日夏目友人帳×くまモンラッピングバスツアー山江SA、松谷棚田夏目友人帳×くまモンラッピングバスツアーさんがうら、菅原天満宮、大畑駅、一武八幡宮夏目友人帳×くまモンラッピングバスツアーおかどめ幸福地蔵菩薩10月6日熊本城(5日目)くまモンスクエア→水前寺成趣園→熊本庁舎→熊本市下水道局(5日目)サクラマチクマモト
福岡城に来て散歩したよ。江戸時代の福岡は、武士の住む福岡地域と商人が住む博多地域の2つの都市が、分離・隣接した全国的にも珍しい双子の都市だった。●黒田長政が関ヶ原の戦い後に、家康から52万石を与えられ、新たに築いた城。●日本有数の巨大な城郭だったが、明治維新後に殆どの建造物が取壊された。城跡には野球場(平和台球場)や多くの運動施設が作られていたが、令和の時代になって積極的に史跡整備が進められている。●一部の堀が埋め立てられたが、本丸〜二の丸〜三の丸の敷地が大都会に
先日の土曜日に唐津街道を歩いてきましたが、街道歩きだけではちょっともったいないので、街道から2回離脱をして少し寄り道。大阪人が福岡の昔と今のランドマークだと独断と偏見で勝手に決めつけた場所へ足を運んでみました。福岡市民の方がどう思ってるのかは知らんけど!まずは古き時代のランドマーク、福岡城へ向かいます。地下鉄の赤坂と大濠公園の間から街道を外れ、南側の通り(明治通り)に入ったら東方向へ逆戻りします。ここは福岡城の堀、一面にハスが枯れた状態で水面を覆ってます。花が咲き誇ってる姿、
ぶれたなぁ~😢気になったからサクッとチャリで行ってダッシュで見て来ました✨めっちゃ人少なっ・・・福岡市・鴻臚館エリアで12月14日までしてるよ~✨無料やからまあ・・・