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東京に国宝の建造物は2つしかない。1つは赤坂の迎賓館。それは知ってたのですがもう1つは?聞けば東村山にある正福寺地蔵堂。聞いたことない…行ってみよう!高田馬場から西武新宿線に飛び乗る。東村山駅下車。創建は1278年北条時宗あるいは父親の時頼による臨済宗のお寺。駅から歩いて10分くらいでしょうか。畑も多い静かな住宅街の中に急に現れた。正面に地蔵堂がある。教科書で馴染みの円覚寺舎利殿と同じ、屋根の四方がピンと天に向かって跳ね上がった禅宗様建築。美しい。個人的に好きなフォルムです。高さ10メート
11月3日は文化の日色々な美術館や博物館が無料で見られる日ですがこの日は、他にもたくさんのイベントがあります東京、東村山市国宝の正福寺地蔵堂の内部が、この日の地蔵まつりに合わせて公開されます通常は外部だけ見られるわけですが年に何回か、内部を公開する機会があるのですということで、建築の禅宗様の建てられた年がはっきりわかる、貴重な国宝建築の正福寺に行ってきました場所は西武線の東村山駅の西口から歩いて約10分ぐらいです●国宝《
山口県は下関市の功山寺(こうざんじ)曹洞宗功山寺公式ホームページ山口県下関市城下町長府にある功山寺公式ホームページです。kouzanji.orgへ行ってきました(^_^)/こちらには、年代のハッキリわかるものとしては日本最古となる、国宝功山寺の仏殿があります。それでは、早速レポートしますね。・国宝功山寺仏殿鎌倉時代元応2年(1320年)の作。円覚寺の舎利殿『鎌倉五山円覚寺で、国宝舎利殿と国宝梵鐘を見る』鎌倉五山のひとつ、円覚寺へ行ってきました(^_^)/円覚
山口県下関市に鎮座。『功山寺』鎌倉幕府が滅びる6年前1327年にひらかれた曹洞宗の寺院。鎌倉時代末期特有の唐様建築の仏殿は国宝に指定されている。御朱印いただきました~
三門とは、寺院の本堂・前に在る門の事だが、本堂を涅槃に擬えて、空・無相・無作の三解脱門に例えて言ったものとされる。後には智慧・慈悲・方便などの3つに擬えられた。東福寺・三門は、応永年間の造立で、禅宗寺院で現存最古の三門遺構で国宝指定されている。5間3戸2階2重門、入母屋本瓦葺きの山廊が付く、高さは約22mで、楼上内部には、須弥壇上に宝冠釈迦如来像、十六羅漢像が安置されている。大仏様と和様を混用した禅宗様とされる。
10月1日(土)3日目長府功山寺~乃木神社火の山公園を後にして、長府へ向かいました。最初に行ったのは長府の名刹功山寺です。山号は金山。中国三十三観音霊場十九番札所で、長府毛利家の菩提寺だそうです。法堂高杉晋作挙兵像幕末長州藩の尊王攘夷志士だった人ですね山内向こうは法堂仏殿は鎌倉時代の禅宗様建築を代表するもので、国宝です。屋根が特徴的ですね。国宝功山寺仏殿の看板山門下から見たら、青紅葉がよい感じでした旧長門尊攘堂長府の武家
円覚寺にはふたつの国宝があります。ひとつ目は舎利殿。釈迦の歯を納めていることから「舎利殿」と呼ばれます。教科書で勉強したのが、鎌倉時代に輸入された宋の建築様式。円覚寺舎利殿が「禅宗様」東大寺南大門が「大仏様」試験勉強で覚えた記憶があります。これを覚えようとした事はただの暗記でしたが、舎利殿の「扇垂木」や「海老虹梁」は自分の知識として身に付きます。今一般公開していないので見られませんでしたが、又の機会に生で見たいと思います。もうひとつの国宝は「洪鐘」おおがねです。1301年に北条貞
お犬様〜っ!日本社寺建築の粋を結集した至高の犬小屋「犬殿」が誕生!販売は5棟:Japaaan文化財建造物の保存修理活用設計・耐震補強設計を行っている株式会社文化財構造計画から、至高の犬小屋「犬殿」が発表されました。「犬殿」という名にふさわしいビジュアル!「犬殿」は伝統建築の専門家によって日本の社寺建築の持つ美しさと技術を用いて制作…mag.japaaan.com値段設定がドルな辺りワールドワイドに受注を行うのだと思いますが。でもこういうのサクっと買う人って必ずいそう
仏殿下の屋根は裳階(もこし)と呼ばれるもので、平屋建て。降誕会、お釈迦様の誕生日の法要です。妙心寺仏殿に於いて営まれました。内容を縮小しての法要となりましたが、2500年経っても祝われるのは単純に凄いなとも思います。#臨済宗#妙心寺#降誕会#花まつりpic.twitter.com/G7ROmoOLvc—臨済宗妙心寺派長慶院(@chokay_in_msj)April8,2021内部には立入不可なので、外からご本尊を拝み建築様式の説明を伺いました。扉の様式
西田先生に質問6月19日に、3回目に参加して西田先生に質問させていただいたまとめです。法隆寺使われている建造技術は建立時よりも古いことが知られています。大きな要因として、法隆寺は再建されていて、建立時のスタイルを踏襲したために、ずれができたそう。また、卍崩しは後世に伝わっていないのですが、その時代限りの技術も他にもたくさんあったそうです。例えば、対角線方向、斜めに柱を配置するなど。↑萬福寺の卍崩し禅宗様禅宗様の定義では屋根の特徴は放射状に垂木を配置した扇垂木です。実際には屋根以外
日本建築史の最初の大きな転換点は飛鳥時代。百済から瓦、礎石を使う寺社建築が仏教と共に日本に入ってきました。オンラインの講義では、飛鳥時代の様式は例えば法隆寺は飛鳥時代よりも古い北魏のものという話題も出ていました。卍崩しの勾欄とは-コトバンク旺文社日本史事典三訂版-卍崩しの勾欄の用語解説-飛鳥建築にみえる勾欄の一形式法隆寺独特のもので勾欄に卍という字をくずした形の透かし彫りがあり,これを人字形割束(わりづか)で支えている。系譜は中国の雲崗(うんこう),西域,インド
ブログを始めてから神社仏閣を参詣していると今までになかった視点ができそこから魅力&発見に繋がっていく楽しみが増えたその一つの魅力に寺院の観音堂があり阿弥陀堂&地蔵堂などがあるいわゆる「方三間仏堂」などと言われる寺内の単立建築物である思い起こせば埼玉県川島町の国重文・「廣徳寺大御堂」その佇まいに魅了されブログ216(2020/10撮影)更には東京都東村山市の国宝・「正福寺地蔵堂」その絵
こんにちは千葉県印西市泉倉寺創建は807年ご本尊は阿弥陀如来様宗派は天台宗重層銅板葺きの美しい本堂です子安地蔵様ですね実は昨年9月に参拝した時行きそびれたところがありました下の写真の左側木製の道案内にあります【宝珠院観音堂】です矢印の先にご覧の通り細い通路がありここから入りますネットでは多くの方がこの道がわからず苦労されているようです突き当りを右に折れてもう少し行きます表通りからほんの数十メートルですが初めてだとこれがなかなかわからない
飛鳥・奈良時代大陸からの建築スタイル導入は飛鳥、奈良時代に大きな流れが一つありました。この時は、当時の中国の必ずしも最新のスタイルではなく、100年以上遡る遺跡にみられるスタイルも導入されています。100年以上前の建築スタイルがどうやって日本にたどり着いたかかなり謎。現代でも、誰かが白川郷の家が可愛いといって、コピーしたら同じことが起きるけど、まあ。↓萬福寺の卍香蘭、法隆寺は卍崩しでちょっと違う。禅宗と共に鎌倉時代に導入された建築スタイル鎌倉時代に禅宗と共に新たな建築スタイルが日本
[国立公園鉄道の探索]別所温泉駅から安楽寺まで上田電鉄別所線の別所温泉駅から、長野県最古の禅寺・安楽寺を訪ねました。貴重な文化遺産、国宝・八角三重塔があることで知られる名刹です。駅出口の階段を登りきると、別所温泉駅に停車中の電車が見える場所がありました。駅から、お寺に向かう道へでます。駅の入口には、大きく「別所温泉駅」と表示されていました。坂道を登っていきます。背後には上田方面の街並みを見下ろすことが
まいまい大学ノート1では、飛鳥から平安時代後期ぐらいまでの話をカバーしました。今回は、平安末期に大陸から導入された新建造技術の話。大仏様(たいぶつよう)と禅宗様(ぜんしゅうよう)です。両様式とも天井は張りません。どちらの様式にも、要素技術としてあった貫(ぬき)。その後の和様建築でも積極的に使われ、修理の際の補強にも用いられました。今も昔も、補修には、最新技術、だったんですね。wikiから貫とは、柱等の垂直材間に通す水平材。日本には鎌倉時代の重源が中国から大仏殿建造のための最新
愛知県一宮市の設計事務所、菅野企画設計の前嶋です。現在、愛知県岡崎市で国有形登録文化財、本光寺本堂、鐘楼の改修工事の設計監理を手がけていますが、岡崎市には他にも多くの文化財があります。例えば、信光明寺観音堂。重要文化財です。文明10年(1478年)に建立されました。かっこいい!大きく反った軒の下に扇垂木、整然と並んだ詰め組、窓には花頭。いわゆる室町期の禅宗様です。昨年、修復工事が行われたそうで、こけら葺きが美しく、軒周りが新しい材に取り替えられています。いま
原則1回の問題数は2問。アトランダムに出題する。センター試験前日まで、できるかぎり連日出題する。問15次の図の建造物の名称とその建築様式の組合せとして正しいものを、下の➊~➍のうちから一つ選べ。➊円覚寺舎利殿-大仏様➋円覚寺舎利殿-禅宗様➌東大寺南大門-禅宗様➍東大寺南大門-大仏様問16近代における女性の地位や運動について述べた文として正しいものを、次の➊~➍のうちから一つ選べ。➊第一次護憲運動は、富山県の漁村の女性たちの行動を機
『新三渓園だより』7月7日先日の横浜市の広報誌の一面に、「孔雀明王像」が大きく載せられていました。そう、三溪旧蔵の名宝、国宝になっている、あの孔雀明王です。副題に「幻の至宝、横浜に里帰り」とあります。いよいよ、横浜美術館で、「原三溪の美術」特別展が始まるのです。(7月13日~9月1日)三溪・生誕150年・没後80年を記念しての特別展です。この展覧会では、三溪が昔所有していた美術品が、国宝2点など重要文化財が30点を含む約150点が展示されるそうです。ただし、国宝は展示期間が
天気の良い土曜日、桜満開のニュースも飛び交う中、完全なる花粉症で行ってきましたよ北鎌倉円覚寺🌸円覚寺といえば国宝の舎利殿。必ず計画に出てきますよね〜禅宗様と天竺様の特徴が入れ替わってよく試験にも出ます。私も何度となくこの二つの様式を間違えましたそんな苦手意識を打破するために、実物見学。舎利殿、見てやりますわ!海老虹梁、裳階、鏡天井、火灯窓、扇垂木に詰組!ばっちこいやー!入れません。うっわっなにこれ!?ベッタベタのオチですよ恥ずかしいの通り越してさぶいぼっっっなに!?
日本史の基本確認テスト7(鎌倉文化+室町時代)(リンクは解答の語句を記した記事、ハッシュタグは解答の語句を示す)➊専修念仏の教えを説き,のちに浄土宗の開祖と仰がれた人物はだれか。→日本史の基本84(19-1鎌倉文化新仏教)➋「道理」による歴史解釈を試みた,九条兼実の弟慈円の著書を何というか。→日本史の基本85(19-2・3鎌倉文化旧仏教・神道・文学・学問)➌鎌倉時代初期に,南都焼打ちで焼失した東大寺の再建を指揮した僧侶はだれか。→日本史の基本86(
19-4鎌倉文化芸術鎌倉時代には、芸術の諸分野でも武士のもつ気風が新しい傾向をつくりだしていった。➊建築様式と彫刻源平の争乱によって焼失した東大寺(とうだいじ)の再建にあたって、重源(ちょうげん)は、豪放な力強さをもつ大仏様(だいぶつよう)と呼ばれる建築様式を用いた。一方、円覚寺舎利殿(えんがくじしゃりでん)には、整然とした美しさをもつ禅宗様(ぜんしゅうよう)が用いられている。また重源によって、運慶(うんけい)・快慶(かいけい)ら豪快な作風をもつ奈良仏師(ならぶっし)