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昨晩は久しぶりの神領車両区での夜間作業でした。昨晩は機器室と扱い所での作業でした。ひと段落してから、いつものぷらっと撮影です。今回、ブレないよう気をつけて撮りました。テールライトと断路器の入の赤が綺麗です。この絵も幻想的でしょ。名古屋駅できしめんを食し、新幹線ホームのベンチに座って書いてます。
クモハ40を晩年狭小トンネル通過のためパンタ部分のみ低屋根に改造したものです。牽引車として活躍しました。模型はピノチオキット組立です。
10月13日から翌日の14日に掛けて、中央西線神領車両区の連動装置更新がありました。私は装置切り替え後の監視のため、10月21日まで、夜22時から朝7時までの間、扱い所での待機要員です。そんな中で、本日は夜間作業を完了後、近隣の神社仏閣巡りをしました。切替当日の神領車両区です。現場は静かですが、左側の建物の中にある機器室と旧扱い所はてんやわんやです。この場所には一般の方は入れませんので、このショットだけです。神領駅の隣、
昨晩から、中央線神領電車区で連動装置の改修作業を行いました。作業は無事終了。工事屋さんの事務所で初電待機中に書いてます。機器室脇からのショットです。滞泊中の車両を構内ライトが照らした画、幻想的でしょ?電留線側で滞泊している車両たちです。赤く見えるのは、「入」の表示灯です。架線に通電中を示しています。これから神領駅の上り初電に乗り、名古屋経由で帰ります。
ゆのです中央西線で可児へ向かっています(2023年7月29日撮影)名鉄小牧線の春日井駅とは直線距離で約4キロ離れているんですよねJRは鳥居松なのに対し、名鉄は「春日井町」から取られていますね電車は春日井駅を出発写真はないですが、内津川の裏を走行しています踏切を超えると神領車両区にて留置している車両の側を通り神領駅を通過内津川を渡り電車は高蔵寺駅に到着高蔵寺駅から多治見は秘境駅区間なんですよねまだ続きます
先週、久々の出張で名古屋の神領に行ってきました。しかも1週間の長期出張でした。訪問先はJR東海神領車両区、約20年前には神領電車区と呼んでいました。そのときに納めた装置の更新作業でした。宿は金山に取り、そこから毎日中央線に乗り、30分掛けて通っていました。神領車両区の管理棟です。この中と周辺の建屋での作業でした。仕事の合間に撮らせてもらったショットです。留置線が16線と車両のメンテナンスを行う庫線の大規模な車庫です。別日のショットです。関東ではすでに見ることが出来ない
S56/1/6中央線多治見神領区の牽引車クモハ40800です此方からは解りませんが>パンタが低屋根仕様になってます大垣電車区にも1両いましたね東海道線の支線の美濃赤坂線で使われていましたそうで。大垣~美濃赤坂で走っていたのでしょうか?たまに見てましたので青のクモハ40が好きですHOのKATOのクモハ40青に塗りました此れです
急遽、金曜日に在宅勤務だったのが、明日に変更になりました。明日は雨確率も高いし気温もそんなに上がらないみたいですから、むしろ布団の中にいられる時間が多くなってラッキーだったかもしれません。クハ86形0番台で未更新の車両です。前面窓はHゴムで登場していますが、側面の戸袋窓が木枠のままです。ドアの次の窓になります。こちら側のドアは取り換えられてますが・・・。同じ車両でも反対側のドアは、一本桟の入った原形のドアのままです。この編成のクハ8
名古屋にもある中央線快速211系が高速走行《多治見駅→名古屋駅》
昨日の日曜日のこと。いつもよりゆっくり起きて家のアレコレを片付けて、3ぴきとお散歩へ。お豆さん、痩せてしまってお洋服がぶかぶかです。お散歩は、行けば歩くけどどっちでもいいお豆さんと、お散歩大好き、いつもと違うコースはもっと好き!な、こっちゃん。そして、疲れたら抱っこしてもらうからいいもんねーーな、あーちゃんです。*コレは電車が入ってく
49年9月22日153系比叡の回送です普通列車です神領電車区です昭和50年5月9日兼六です昭和50年3月9日457系キハ82ひだ457系兼六当時名古屋での急行は多数有りましたがヘッドマーク付きは比叡と兼六のりくら、木曽、赤倉、ちくま等の列車は無しでした。
国鉄中央西線神領電車区に並んだ電車です。横須賀色の電車が引退するため。青色は101系京浜東北線の転属、緑色は101系山手線からの転属で車両交代の時期でした。奥にある湘南色電車は165系電車です。横須賀色の76系電車10両編成が引退するため。あと少しで最後となり写真に収めました。隣に見える湘南色電車は111系電車です。国鉄中央本線神領電車区愛知県ちなみに、コンテナ色のヨ5000も走行していました。国鉄時代の中央本線神領電車区愛知県AE-1
見てるだけぇぇぇ~・・・というフレーズを連呼するCMが昔ありました。何のCMかは忘れました(;^_^Aこれを見ていましたが・・・。神領電車区80系の1977年以降の配置表です。なぜかクハ86形100番台の配置がありません。同時期製造のモハ80形200番台はいるのですけど、ちょっと不思議に思います。70年代前半から中盤まで、大垣電車区からクハ86形を借り入れていたことがあることも最近知りました。でも300番台全金属車の必要があり、神領では方向
昭和50年2月9日神領~春日井神領電車区キハ181しなの後追い70系の下り列車先日紹介したクハ79車番は不明です後追い無理矢理望遠で撮影してますから構図が変ですクハ79の回送車番は300台後追い電車区の中のクハ85310奥にクハ76が見えます電車区内ですクハ481ー122右側に外から見えたクハ76拡大出庫クハ481-122上り回送オマケの381系しなの
よくよく考えてみれば、70系が主役を張れた路線は横須賀線と阪和線くらいしかなかった・・・ともいえます。中央東線にはトンネルの断面が低いための対策として全高が低くなったモハ71形もいましたが、電化区間が長い間甲府までだったこともあって、中央本線の普通列車は客車の方が主役で70系はその補完みたいな存在だったような気もします。元祖山スカは地味な存在でしたが、遅くまで三鷹電車区に存在していました。電化区間が上諏訪、松本と伸びても115系の登場であっという間に運用が高尾以西になって、新宿まで
神領電車区に見学へ行きました。1987年4月1日の朝の事です。この日、日本が変わる大きな出来事が起きていました。そんな日に神領電車区で3時間くらいでしょうか、マンツーマンで見学。楽しかったなぁ~細かい記憶はアレだけど、いろんな話しをしてくれて、専門過ぎる用語に…今みたいにわからない事はネットで調べれるわけでも無くって。難しくても楽しかった。「神領電車区」は現在「神領車両区」です。
さよなら運転の時には行けませんでしたが、後に記念入場券などは手に入れることができました。長野鉄道管理局で発行した入場券になります。今でこそJR東海で同じ会社の路線といった感じがしますが、当時の国鉄の管理局の境は田立駅と坂下駅の間にありました。これは長野県と岐阜県の県境に相当すると思われます。この券に写っている編成の先頭・・・いや後追いでの撮影ですから最後部になりますが、下り向き先頭車(偶数向き)クハ86300番台になぜか1本だけジャンパー線が・・・。これが謎です。
1987年の神領電車区一般公開。前回の旅客用電車に続き、今回は事業用電車撮影分です。クモヤ22118。17m級の牽引車で、モハ10を1966年に改造した車両。当時は既に廃車後で、役目は同じ電車区のクモヤ90102が担っていました。クモヤ22118の側面。あまり手は加えられておらず、旅客用時代とあまり変わりません。模型化するにはやりやすそうな題材です。もう1両は、クモエ21800。やはり17m級でこちらは救援車。800番台の名の通り、低屋根車なので、屋根のRがなく
大垣電車区公開の翌日、神領電車区の一般公開に行きました。当時の神領電車区は華やかな車両は「しなの」用の381系くらいで、通勤・近郊形車両が多く、地味な印象がありました。とりあえず、勢揃いを撮影。現在残っているのは、211系だけですね。103系0番台のクモハ103。名古屋地区では主に中央西線で運用され、ラッシュ時は3+7の10連で、日中は3連のみで運転されていました。この時点では国鉄時代のままのスカイブルーですが、後にJR東海色に塗り替えられています。113系2