ブログ記事20件
お立ち寄りいただきありがとうございます先日、野菜を求めて唐津市へ向かった何度となく通っていた道や天之御中主様がいらっしゃる妙見神社の横を…立ち寄りたくない旦那は無視し進んでいると塩屋神社なども横目に過ぎて神集島という文字がどんな島〜何度言っても、旦那も娘も無視調べていると唐津市の湊(みなと)港から定期便が出ていて8分で着くのだそう神功皇后が朝鮮出兵の際に八百万の神を集めて戦勝祈念したとあった実は万葉集にも詠まれている歴史のある碑があり漁業の島らしくあちこ
僅か8ヶ月で九州の大名達は一命を懸けて肥前名護屋城を完成させたのでした。そんなある日、豊は師匠の典太に思いきって訊ねてみた。「師匠、一つお教え下さい。」「何が知りたい?」「はあ、師匠の師匠であられます大典太様が造られた短刀のことですが、中子に丸に『丸に四目結』の家紋を刻んだ物を親方はご存知ですか?」「ああ、知っている。対馬府中藩の宗家に納めた短刀だ。わしも師匠と共に鍛治仕事をしたものだ。どうしてそなたその短刀を知っているのだ?」「その短刀を先日、親方が不在の時、宗家の若殿がお出
宇宙魂のメッセンジャーRINAです久しぶりに熱が出ました🤒相方の方が今週頭から熱が出ていたので移った模様です。まぁ、そんなこともありますよね☺️さて、神津島の続きです太古の昔、事代主命(ことしろぬしのみこと)という神様が、伊豆七島を作るために神々を集め相談をする拠点にしたのがこの神津島とのこと。昔は、『神集島』と書かれていたそうです。神々は、島の中央にそびえる天上山に集まり七島に水を分ける会議を行ったという『水配り伝説』が、この島には残ります。2日目は朝イチで今回の
全国都道府県を回った旅の思い出を県別に整理をしています。今回も佐賀県を整理しています。湊浜漁港佐賀県唐津市湊町前に見える「神集島(かしわじま)」は、神功皇后が新羅出兵の際行われた儀式のときに、この島に神々を集めて海上の安全を祈ったことに由来するといわれています。湊の立神岩佐賀県唐津市湊町左側の一番海側の岩は、周囲6m、高さ約30mの2つの大きな岩柱が特徴的で、別名夫婦岩ともいい、それぞれ男岩・女岩と呼ばれているが、この角度では一つにしか見えない。確か岩の近くには立ち入り禁止の規制が有
全国都道府県を回った旅の思い出を県別に整理をしています。今回も佐賀県を整理しています。土器崎七ツ釜方面佐賀県唐津市湊町次は、ここから見た土器崎の風景に変わります。Googleマップより七ツ釜園地を抜き出したので、この地形図と合わせて以下の写真をご覧ください。神集島佐賀県唐津市屋形石まず、乙姫大明神の場所から正面の海を見た風景です乙姫大明神反対側の陸地を乙姫の斜め方向より見た風景ですががら瀬乙姫像の前の海岸に、玄武岩の柱状節理が発達して出来た場所七ツ釜展望所像の鼻と黒瀬鼻
夏が近づいてくると、ふと遠くの島を想う。当たり前だけれど、あっちにも新聞って届くよなあ。だれがどうやって届けているんだろう――。***神津島の空港にASA調布西部の新聞が毎日一部だけ届く。二十年以上続いているたった一部の配達だ。ただし、スタッフが届けるのは調布飛行場まで。そこから先、神津島の読者の手に新聞が届けられるまでのルートは実はだれも知らない。それならこの目で確かめてみようじゃないか。そよかぜ、神津島へ行く。この夏の目標決定。このまちの仲間の顔を見にいこう。調布飛
愛と光の仲間たちへ今日もお読みくださりありがとうございます。九州旅を続けます。雨による被害が大きくならないよう、祈りつつ。これまでのお話→①②③④⑤⑥⑦『九州旅⑦〜旅立ちのイニシエーション』愛と光の仲間たちへ今日もお読みくださりありがとうございます。これまでのお話→①②③④⑤⑥『九州旅⑥〜和布刈神社・壇ノ浦』愛と光の仲間たちへ…ameblo.jpこの旅の本番はこれから向かう先なんだけど、すでにかなり濃い〜笑(毎度のことですが)門司港
2020.7.20に撮った写真をタイムプラス動画にしました。空の暗い場所なら、しばらく肉眼でも見えそうな明るさです。左の島は、宝当神社で有名な高島で、中央付近に映っている平らな島は、神集島です。船の行き来も写っています。下は、動画の中の一枚の写真です。
先日、海から見た、この平らな島神集島(かしわじま)ここから、定期船出てました。神集島からお船が到着しましたが今回は、乗りません時刻調べて又あらためて。
鳴神温泉「ななのゆ」駐車場から。。。なが〜〜い飛行機雲…パノラマでも撮ってみた信号待ち…鏡山に沈みゆく〜〜唐津市浜玉町から〜〜夕方になると急に気温が下がってきた🥶波の音を聞きながら。。。姫島が正面見える「姉子の浜」〜〜【鳴き砂】で有名な海岸…水平線あたりは夕焼けに何年か前に帰省して、鳴き砂をお土産に持ち帰った弟を忍びながら♡…♡♡平らな島…唐津の「神集島」方面可也山遠望。。。穏やかな波〜〜夕陽が当たる羽島越しの“可也山”春のような陽気にこころ安ら
今から約1300年前の遣新羅使の航路をたどって佐賀県唐津市神集島へ。万葉集3681〜3687の7首の歌の歌碑巡りの旅。神集島に着いてすぐ神集島万葉集の会代表のTさんと出会い、なんとTさんのご好意で島を案内して頂けるとの事🚗道中、島にまつわる色々なお話を聞けてとても中身の濃い良い旅になりました。一つ写真撮り忘れ⬇︎底筒男命、中筒男命、表筒男命、息長足姫命、天ノ兒屋根命を祀っている「住吉神社」⬇︎⬇︎捕鯨の際の不慮の事故を供養した「鯨恵比寿」あと鬼塚古墳や神宮皇后ゆかりの場所など⬇︎
3/9(金)唐津・虹ノ松原ツーデーウォークの「せっかくウォーク」で神集島(かしわじま)」に行ってきました。唐津市には、宝当神社で有名な高島、小川島、松島、馬渡島、向島、加唐島、そしてこの日に行く「神集島」の七島があります。「神集島」と書いて「かしわじま」。島の名前が珍しく、興味を引くネーミングです。「神集島」は、神功皇后が西暦367年、三韓征伐で新羅に行かれた時、この島に神々を集め、軍議を開いたことに由来します。また、昔は、「狛島」と呼んでいましたが、漢字で「柏島」と書いたことから
横浜市中区の美容鍼灸専門サロン『ブレア元町』『ブレア元町』のハリウッドスタイル上田式美容鍼(R)、経絡顔筋マッサージ(アキュレッチ(R))創始者「上田隆勇」です。当サロンは一般財団法人日本美容鍼灸マッサージ協会会長であり、ハリウッド式美容鍼灸(R)創始者、日本初の認定美容鍼灸師養成講座を創設し、鍼灸師を育成している上田隆勇が代表、監修する美容鍼灸専門サロンとなっています。サロンでは、「しわ、たるみ、ほうれい線が気になる」、「同時に体もスッキリしたい」といった40~50歳の女性の悩みを解決
みなさん、おはようございます😃いつもご覧いただきありがとうございますさて、すこし時間も経ったことですし状況も変わってるでしょうから、もう問題ないと思い場所も晒しますが‥‥34モニターをしているO君を連れて、8月盆明けに、佐賀県唐津湾に浮かぶ神集島に行ってきました。結果から言いますと赤潮(笑)の中、ワタシもO君もよう釣れました( ̄▽ ̄)この写真の赤丸内が大事で‥‥海面はこんなカンジの状況でよう釣れました(笑)逆にこの多量の植物プランクトンを食べに来ているような‥‥(笑)ま、釣りは
神集島神が集まる島とてもありがたい名前の島が佐賀県にあるそうです。その神集島で唯一買い物ができる購買所の40年物の冷蔵庫がピンチ!という問題が発生。島の人の命を繋ぐといっても過言ではない業務用冷蔵庫。買うとなれば200万かかってしまう。島の自治会の予算では足りない・・どうしたものだろう?そこで利用したのがクラウドファンディング不足分の90万円を募集し
成田市公津の杜片岡書道教室玲泉です。(続き)今回の旅は、やりたいことをすべてやり終わったかな。。。時間が経つと、あー、あの場所に行きたかった。。。なんてないように。春ももうすぐそこ。↑梅の花も、次に来るときには散っているのかな。。。また来るね。元気でいてね。いつまでもこのあたり前の日常が、幸せが、続きますように。と、花々にも別れを告げる。。。福岡空港までの車窓にて。ようやくあれが「神集島」と認識できる喜び。博多駅到着寸前、弘法大師
先日のnanaさんとの会話後、数ヶ月保留にしていた陰陽の統合関連のお仕事に何か動きがでそうだなぁと思いながらも、手がかりがつかめずそんな中、ある方に勧められてここ数週間どうしても行かなきゃと気になっていた温泉(正確には温泉ではなく、海水を濾過して温めた汐湯)に行ってきました。今週末は行事盛りだくさんで、みんな疲れていたのに、先週も来週も行けない事情があるから、今日しかない!と決行佐賀県唐津近辺まで行ってまいりました。久しぶりの温泉だし、夫も私も楽しみにしていたのです長男と夫、次男と私
神集島最終地点はカグメジ炭山。炭鉱ではなく炭山と呼ぶ。現在も島民のお年寄りは炭山と呼ぶ。明治16年の開坑という事でかなり古い。港の商店近くに防崩壁があるのだが、つい15年前まではこのように2連の穴が並んであいていたとの事だ。そして防崩壁の上部にも数ヵ所の坑口があったという。区長さんの畑にも坑口が残っているとの事で、そちらに向かった。しかし竹藪の密度が尋常ではなく人の入る隙間などなかった。この場所で神集島の炭鉱跡地歩きを終えたのだが本土から離れた小さな島で産業を発展
神集島内続いては島の南側中川炭鉱跡地へと向かいます、中川炭鉱、大正末期に開坑とかなりの年月が経っていますが何か見れるのでは?と期待感は薄れませんでした。こちらもやはり、民家と山の間にある道を歩いて行く。少し歩くと、おもいっきり気になる所が、区長さんは坑道ではなかろうと言ってましたが内部を覗くと、どうだろう、どのように見えるだろうか?炭の字を書こうとしたのかもしれない。このような文字は各地の坑道やお寺の軒下などにも見られる。もし坑道ではなくとも炭鉱に関わる
神集島の続いては、南側のカグメジ地区と中川地区の中間には、現在も坑口群が残るという、どちらの炭鉱なのかはわからない。とりあえずその場所へ、こっちに貼らなければならなかった。集落を縫って歩いて行く。集落が無くなり島の山肌が見えてくるのだが、何だ!この切り開き…驚きというかこれを掘削し切り開いたかと思うと本当に凄いとしか言いようがない。岩壁には掘削の痕跡、そしてよく見れば、足下には機械で造ったのではないであろう階段があります。2人で登って行く。すると、これだけではな
佐賀県唐津市神集島、フェリーで島へと渡ります。島は静かで波の音と潮の香りがする綺麗な島だった、現在島内へは車輌の乗り入れができません。商店で1時間100円で自転車をレンタルできる。今回は島の区長さんが島内を御一緒に歩いていただける事になりました。最初にコーウソ炭山へ向かいます、道を外れ山の中へ入って行く。すぐに、坑口が姿を現す…素堀りです。地層は砂岩で頑丈、崩落もあまりないものと思われる。そして、区長さんがそこにも坑口があるよと指を指した、えどこに?
今週は、佐賀県唐津市神集島へと向かおうと思う、神集島名前が興味深いその昔神功天皇がこの島に神々を集めて海上の安全を祈ったことに由来される。神々が集まったとされるこの島にも幾つかの炭鉱が操業していた、炭鉱の歴史は古く明治14年開坑の炭鉱もあった今回は、島の区長さんが島内を御一緒に歩いていただける事になりました、御一緒に島内を歩くがその痕跡に驚きを隠せなかった。周囲約7kmの島に数々の痕跡が残っていた。つづく…