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牛久シャトーは明治時代に神谷伝兵衛が作ったワインの醸造所ですが、当市にある唯一の重要文化財です。入場無料なので市民の散歩コースとして利用されたりしていますが、桜の木が多いのでもちろん花見にも最適です。正門前を通る車を避け慌てて撮ったので手ぶれしてます本館正面本館の裏口側桜、最近TV番組に登場したせいか多くの人が来ておりましたレストランになっている建物の裏側案内板TV番組で清掃・整備した池桜の花の周りには人が多いの
茨城県牛久市のコルギ【骨気】&【漢方よもぎ蒸し】リンパドレナージュ専門サロン【ケーズハート】の小林和子です(*^-^*)桜が咲き始めたと思ったら、ここ最近は雨の日が続いていますね(-_-;)せっかくの桜も、ゆっくり楽しめる日が少なくて少し残念です💦そんな中、嬉しい事がありました(*'▽')牛久シャトーに行かれた方はいらっしゃいますか?先日、テレビで相葉雅紀さんと
今日は午後から篆刻サークルのお仲間が参加している水墨画の展示会を見に行きました。場所は千葉市民ギャラリーいなげギャラリーは京成稲毛駅から歩いて5分程の所にあります。稲毛公園を通り抜けて行きますこの公園は昔の松林そのまま。公園の中を登っていくとギャラリーが見えてきた。ギャラリー入り口。正面入り口は大通り(国道14号)側から。昔、国道の向こう、マンションが建っている辺りは東京湾でした。錦鯉がお出迎え。ギャラリー入り口水墨画展示会場は2階です。
昨年の12月、調布在住の友達のアテンドで、狛犬巡りをしてきましたその時の狛犬がこちら『のり巻き狛犬に会いに行く「宇津貫熊野神社」(東京都八王子市)』宇津貫熊野神社調布在住のお友達が狛犬に興味を持ってくれて、狛犬・社寺めぐりのルートを作ってくれました学生時代のサークル仲間3人で、八王子〜調布付近を散策しまし…ameblo.jp今回は、その時の友人ふたりがわざわざ千葉まで来てくれました🚃ひとりは調布、ひとりは埼玉から千葉市・・・どこを案内したら良いのやらでも友達からリクエストを言ってくれ
昨日は茨城県へ。日本初の本格的ワイン醸造場である、牛久シャトーに。https://www.oenon.jp/ushiku-chateau/history/chateaukamiya/神谷傳兵衛の足跡|歴史を知る|牛久シャトー公式サイト神谷傳兵衛の一生を当時の貴重な写真とともにご紹介します。www.oenon.jp石井章・参議院議員のBBQ大会にお招き頂きました。茨城はもとより、千葉、埼玉、東京の維新関係者や、音喜多・前政調会長も。そして7月参院選の全国比例候補「#石井めぐみ
初日の最後は「牛久シャトー」。1903(明治36)年竣工。設計は岡田時太郎。「シャトーカミヤ旧醸造施設」3棟が、2008年に重文指定されました。通常非公開の正面の建物(本館)2階を案内していただきました。映像を見せていただいた後、神谷伝三のエピソード、この土地での葡萄栽培、鉄道敷設、醸造のやり方、シャトーに集う人々など盛り沢山でした。非公開部分はなかなかレアで、大広間に燭台が付いたピアノ、古い家具、扁額「比蜜閣」、油絵などを観ることができました。他の醸造施設などは駆
建築巡り2か所目は「旧神谷傳兵衛稲毛別荘」。浅草の神谷バーの創始者、日本のワイン生産の草分けでもある神谷傳兵衛氏の別荘で、1918(大正7)年竣工。稲毛では現存する一番古い鉄筋コンクリート造の建物です。関東大震災にも耐えましたが、設計者は不明とのこと。1階は洋間、2階は日本間。床柱は葡萄の木ですが、こんなに太い葡萄は珍しい。かつての稲毛は海岸がもっと手前で、ここもすぐ前は海だったそうです。近くにある家には新婚時代の※愛新覚羅溥傑夫妻が住み、ここにも溥傑氏の親
牛久シャトー、100円書斎Love。日本のワイン140年史日本遺産フリーペーパーや、パンフレットなんかのなかにも、読むと読みでがあって、しかもしっかりとした内容のものもあり、そんな小冊子とかに出会えるととてもうれしい。これはそういう一冊でした。日本のワインは山梨県甲州市と茨城県牛久市にはじまる。今では牛久市にワインのイメージはないけどね。建物は見に行きたいとは思うけど。甲州は今でもたくさんのワイナリーが花盛りだな。まあそんな一冊でした。
こんにちは。早朝、地震で起こされました。少々寝不足です😅10月5日(土)天気雨浅草神谷バー創設者旧神谷傳兵衛(かみやでんべい)稲毛別荘へ1856年愛知県生まれ幼くして家が没落し働きに出ていた。8歳にして酒造家になることを夢見ていた。フレッレ商会という洋酒酒造所で働いていた17歳の頃病に罹患、フレッレ商会の経営者が持参した葡萄酒を傳兵衛氏に飲ませたところすっかり病気が治ってしまった…という。その時葡萄酒がもつ滋養効果を知った傳兵衛氏。玄関ホールこの日は
神谷伝兵衛を訪ねて日本のワイン王と言われた神谷伝兵衛浅草の「神谷バー」、茨城県牛久のワイン醸造場「シャトーカミヤ(現:牛久シャトー)」の創始者です千葉市にある洋館は、別荘として建てられました牛久シャトー2024.9.22門から本館をのぞむ赤レンガの洋館は、牛久シャトーのシンボル的存在です明治36年(1903年)、醸造場として3棟の赤レンガの建物が建てられましたこちらは事務室(現・本館)2020年には日本遺産に認定されましたワイン樽事務室を通り抜けて、発酵室へ今は神谷
2023.4.29階段のシャンデリア①②③④⑤洋館ですが、2階は和室になっています。⑥⑦12畳の和室⑧⑨⑩⑪⑫⑬⑭天井は折り上げ格天井です。⑮⑯⑰床柱にはぶどうの木を使っていて、天井は竹格子で組み、部屋全体をぶどう棚に見立てた仕上げとなっています。⑱⑲⑳㉑㉒付け書院の欄間にはぶどうのデザインが施されています。㉓㉔8畳の和室㉕㉖㉗㉘㉙㉚㉛庭園の石燈籠㉜㉝㉞
2023.4.29①=旧神谷伝兵衛稲毛別荘=(登録有形文化財)竣工1918年(大正7年)様式ロマネスク様式この建物は、浅草の神谷バーや牛久市の牛久シャトー(シャトーカミヤ)を創設し「日本のワイン王」として知られる神谷伝兵衛の別荘です。この建物のある稲毛は、稲毛海岸があり、1888年(明治21年)に稲毛海気療養所が開設されるなど保養地として知られる場所でしたが、1899年(明治32年)に総武鉄道(現:JR総武線)の稲毛駅が開設されると海水浴や潮干狩りを目的とする観光客でにぎわうように
超珍しく、宣伝を載せます。本名がバレますが、今更なので構いません。西尾市制70周年市民公募事業「神谷伝兵衛物語」を行います。神谷伝兵衛さんとは、愛知県西尾市一色町出身の実業家。浅草の洋酒バーの神谷バー、茨木県牛久市にワインの醸造所を作り、日本でワインを作ったとして、日本のワイン王とも呼ばれています。当時の多くの政治家や名だたる実業家とも親交があり、多くの日本の企業を支えたともいわれています。また、地域振興では、三河鉄道(現在の名鉄三河線、蒲郡線)を敷設し、観光産業や高浜の
こんばんは。皆さん、お疲れ様です。昨夜から千葉に来ています。孫はヘルパンギーナに罹ってしまい、月曜日はママが。昨日、日中は祖父が。夜間から横浜から千葉入りして、仕事を休めない娘の支援の私です。16時過ぎ、さんざんヤンチャしていた孫ですが、昼寝につきました。お昼寝前の言わば儀式のように5月末。孫が登園許可がおりて、保育園に行けたので、迎えは仕事帰りの母親なので安心した日。まっすぐ横浜に戻るのも良いお天気ではもったいないこと、、だいぶ前に出かけたきりの旧神谷伝兵衛稲毛別荘を再訪すること
神谷傳兵衛さん別荘の和室の照明和洋折衷ノスタルジックで素敵。
お仕事、家事、GW観光中の皆さん、こんにちは✨仕切り直しブログ書いてます。ツル・プリンセスミチコ皇室、王室のプリンセスの名前を冠したバラ🌹ってありますよね。ジュビレデュプリンセスドゥモナコそして女優さんの名前を冠したバラ🌹イングリッド・バーグマンイングリッドバーグマンラブリーブルーラブリーブルーはミニ種のバラですが、花が大きめでしっかりした形状を保つそうです。ブルー系のバラも多く、見頃でした。バラ園は1/3くらいは三分咲きでした。香貴匍匐茎のバラ。ティアドロップ。ティ
ウン十年ぶりに牛久シャトーを訪問。以前より整った感じがするのは、東日本大震災の影響で亀裂が入ったり、経営上の困難もあり、ここ数年間、公開されて居なかったが市民のクラウドファンディングや牛久市との協力などにより修復、再開したらしい。相変わらず美しい建物が保存、公開されたのは嬉しい。牛久シャトーは、実業家神谷傳兵衛が1903年に創業した日本最古の本格的なワイン醸造所としてブドウ栽培、醸造、瓶詰めまで行っていた。国の重要文化財にも指定され明治の産業を伝える遺産になっている。使われている耐火煉瓦は、
今日は京成電車に乗って稲毛まで行き、見たり歩いたり。まずは途中の空風景から市民ギャラリーです。千葉市民のいろいろな作品が展示されます。今日は水彩画と油絵でした。仲良し浅草の神谷バー、電気ブランの神谷バーご存知ですか?茨城県牛久市のワイン醸造所シャトーカミヤ創設者の神谷伝兵衛の昔の別荘です。広々とした素晴らしい建物でした。市民ギャラリーの敷地内にあります。次は、千葉市ゆかりの家:愛新覚羅溥傑仮寓、中国清朝の最後の皇帝となった愛新覚羅溥儀の実弟・溥傑と
こんにちはこれまで、沖縄・九州と「ひとり建築ツアー」レポしてまいりました。いよいよ「ひとり建築ツアー千葉編」~はじまります♪今回ご紹介したいのは2カ所。ひとつめは、➀神谷バーの「電気ブラン」の生みの親旧神谷伝兵衛稲毛別荘(大正7・1918)明治時代は今の国道14号まで海だった稲毛は、千葉でも有数の保養地で、千葉県初の海水浴場もあったそうな。そこに伝兵衛さんも別荘を建てたようです。コンクリート造で当時としては、かなり先進的な建築。周りの目をひいたことでしょう。1Fは洋室
日曜日のことですが刈谷の中央図書館で元刈谷市副市長の川口孝嗣さんの「神谷伝兵衛と刈谷の発展史」を拝聴しようとでかけましたが駐車場が満車!!近くにコインパーキングも見当たらずとても残念ですが会場を後にしました◇整理券も用意していただいたのにー!と、「よっしゃ、もう1軒!」と(飲み屋のはしごじゃないんだから)25日まで開催の斉藤吾朗先生の刈谷駅前のギャラリーアソーレの展示に行きましたレトロという今どき使わない表現がぴったりな「青春
亀の歩みのシンガーソングライターで、チェコ親善アンバサダーの大橋歩美です。少し前のお話。お天気が良かったので、こんなところに散歩がてら行ってみました。「千葉市民ギャラリーいなげ」と「神谷別荘秋月」。旧神谷伝兵衛稲毛別荘(千葉市民ギャラリー・いなげ内)-千葉市観光協会公式サイト/千葉市観光ガイドwww.chibacity-ta.or.jp建物の外観のイラスト看板がここに来る途中の看板に描かれていて、それらしいものを探しながら歩いてみました。屋根だけたらと見えて、見回したら、うっかり
前回の続き....次に向かったのは千葉市市民ギャラリー前から1度きてみたいと思ってたんですよね!目的は「神谷伝兵衛の別荘」大正7年に建てられた洋館です。日本のワイン王と言われた人です。残念なことに和館は現在は無くなってしまってますこれ大正7年に.....モダンだ〜まずは1階。なんとも言えない空間です。うっとりですよね〜お次は2階へすごいでしょ。思わずちょこんと座って風情を堪能しちゃいました。大正浪漫に浸ることができて満足でした。まだまだ続くよ........それ
西尾市一色町出身の実業家神谷伝兵衛さんの今日は100回忌日です西尾の偉人神谷伝兵衛翁について斎藤吾朗先生のご縁で知りました伝兵衛さんは17歳で横浜のワイン商会に勤め24歳で「みかはや銘酒店」(後の神谷バー)開業(写真、斎藤吾朗先生のフェイスブックから拝借)当時不可能といわれたワインをブドウから日本でつくることを苦労の末成功させ稲毛別荘、三河鉄道など多くの事業をてがけました私たちが電車に乗ったり美味しい国産ワインを飲めるのも伝兵衛さ
こんにちは写真展の片隅に、亡き父のコーナーを設けていました。何と、写真を撮り忘れてしまいましたが、劇団のパンフレットや写真、交換日記(この話もまた!)をおいていました。このような経緯がありました。ギャラリー隣の神谷伝兵衛の別荘(遠くから来てくれた専門学校からのお友達)今日は、この伝兵衛が運んでくれたミラクルのお話をさせていただきますね写真展最終日のこと。入って来たカップルの女性の方が、ワクワクした顔で私を
3月16日(水)日本遺産「牛久シャトー」に行きました今日は牛久市にある日本遺産「牛久シャトー」に行きました。この前、茨城県方面の霞ケ浦総合公園までドライブをしましたが、その時、近くにワイナリー発祥の地、神谷伝兵衛のつくった「牛久シャトー」が近くと知り、旧神谷伝兵衛稲毛別荘に行った後でしたので、ワインも買って来たいし!ということで、出かけることにしました。まず、JR牛久駅を目指して行きます。「牛久シャトー」は牛久市役所の近くにありました。<ワインについて・・・牛久シャ
千葉の海に行きました。検見川浜から稲毛浜まで。何気なく通り過ぎている土地に思いがけない歴史があるんですね。検見川神社から海へ、そして海辺を歩きました。寒い寒い。でも、春の海の息吹を感じながら。稲毛海浜公園からはバスで浅間神社まで。路線バスの旅です。昔の別荘地の面影を残す公園を散策しました。浅草の神谷バーで有名な神谷家の別荘を拝見させて戴きました。近所には、愛新覚羅溥傑さんの家もあったそうです。寒いなか、よく歩きました。稲毛駅前で、遅い昼ごはんでした。(^。^)
ブログへのご訪問ありがとうございます。女性目線で素敵な暮らし方のお手伝いワンダフル🏡代表の寺田勤江です。そして、風水心理カウンセラー風水インテリアアドバイザーとしてカウンセリングやセミナー&風水住宅をハッピーネーム七星飛夢としてお伝えします。⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕プロフィールはこちらからどうぞ!⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕⁕千葉市民ギャラリーHP資料よりわたしが所属する団体建築
あーこれはぜひ行ってみたいですね。インテリア系は、どうしてもヨーロッパや北欧に目が行きがちだったり、日本のインテリアは云々・・・という方もいるのですが、日本にもこのように素敵な建築物やインテリアがあるということを、もっと知っていただきたいです(^^;ちなみにメガソフトでは、住環境の教育向けにこんなものも発売しています。3Dマイホームデザイナー13住空間学習セットライセンス|ダウンロード版Amazon(アマゾン)16,500円
友人達との楽しい浅草飲みの続き。『酒の大桝ワイン館』を出た一行は、再び浅草を散策。メンバーは、ちぃさん、みんみんさん、そして私。たぬき通りの招福たぬきの像も、マスク着用。伝法院通りに入る。ここは人が少なめで安心。伝法院は拝観出来ないので、お隣の鎮護堂に参拝。内塀の向こう側、伝法院の庭の樹には大きなアオサギ。肝心の鎮護堂の撮影は忘れたが、鎮護堂は火災・盗難除けと商売繁盛に霊験あらたかで、別名はおたぬきさん。用事があるちぃさんを見送ると、みんみんさんと私は浅草
今日も午前中にウオーキング。帰りは、お菓子を買いに、車で5・6分の「き花の杜」へ。入ったとたんに夫が「これは買わなきゃ!」という。それは、「電気ブラン」。1880年(明治13年)浅草1丁目1番地に、日本最初のバー「神谷バー」をつくった神谷伝兵衛によって誕生したブランデーベースのカクテルだ。当時は新しいものには、何でも「電気」とつけたところからのネーミングらしい。私と夫も、何度か神谷バーへ行ったので、思い出深いお酒だ。神谷バー創業者