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いつもは、道の駅伊勢本街道御杖でご飯を食べるのですが、道の駅の前の信号待ちで斜め向かいに「ランチ」の幟、出来るだけ個人店へ行くようにしているのでそちらへ。障がい者グループホームきらく荘経営のお店で定食の価格もお手頃でした。宇陀郡御杖村神末敷津現神社どうやら、また裏から入った様子。
今年の6月頃から奈良県森林基本図の滝マーク狙いがメインとなった。多くの場合、ネット上に写真やルート情報がないため、出会ったときの感動が大きい。今回の滝も情報はここから得たものである。奈良県御杖(みつえ)村でよく知られたものは不動滝のみであり、いくつか新規に開拓しているが見栄えのするものはなかった。なお、文献にある「三の滝」や「奥山滝」についてはまだ場所を特定していない。今回の滝は不動滝に次いでNo.2という期待もあるが、雨の少ない時期なので水量の心配はあった。途中、道路工事でメイン道路
ケヤキ谷と言うと、宮崎県の尾鈴山瀑布群を連想する方もいると思う。しかし、御杖村のケヤキ谷に注目したのは私くらいだろう。斜瀑だが、20m級である。特異な形状だけに、増水時の光景が期待できる。詳細は後日。
奈良県御杖村を代表する不動の滝で、3度目となる。前日に雨が降り、この日は曇りだったので、少しは良い写真が撮れるかなと思って訪問した。しかし、不思議と水量が少なくがっかりした。帰宅後、GPSのログを見て驚いた。滝上部の祠までしか行っていないので、ログが地形図の4点の滝マークよりかなり上流に伸びているではないか。念のため、ガーミンも確認。やはり、滝は740m付近だ。そして、山と高原地図を見る。こちらは滝がトイレの下流だった。ネット情報はどうか。やはり、地理院地図の滝マークとしている方が多い。ヤマレ
姫石明神(ひめしみょうじん)大和国宇陀郡奈良県御杖村神末3599(当社を含め「丸山公園」として管理、大型P有)■祭神(不明)※姫石明神倭姫命ゆかりの社。大和国の東端、「御杖村(みつえむら)」の「神末(こうずえ)」山中に座す磐座を御神体としています。◎垂仁天皇皇女倭姫命は命を受け、天照大神の御魂が鎮まる地を求め諸国巡行後に伊勢の地に決まりますが、当社はその巡行途中の一つ。伝承によると、「御杖村」にて一泊、ここで古い杖を新しい杖に取り替えたが杖を忘れたと勘違いされ、これが「みつ
☆夫婦岩・倭姫の手洗井戸跡・月見岩・子もうけ石大和国宇陀郡◎「夫婦岩」と「倭姫の手洗井戸跡」…奈良県宇陀郡御杖村神末3696-2の道路向かい辺り◎「月見岩」…神末3382◎「子もうけ石」…神末3109から東50mほど(いずれも道路沿い、P無し、下部に地図有り)「御杖村神末(みつえむらこうずえ)」の敷津地区にある史跡。「敷津七ふしぎ」などと呼ばれているようです。倭姫命が「御杖村」に巡行、ここで古い杖を新しい杖に取り替えたが杖を忘れたと勘違いされ、これが「みつえむら」や「こうずえ(「
10月20日御杖道の駅で昼ごはんを食べて久々に御杖神社へ。祭神.は、久那戸神、八衢比古神、八衢比女神。古い棟札には、国津大明神、九頭大明神とあり、承応三年(1654年)以降は、牛頭天王が多いそうです。現社名は明治30年に制定されました。奈良県史には「当社が大和・伊賀国境に鎮座することから『延喜式』臨時祭式にある畿内十所の疫病の社として、国津大明神と牛頭天王を祀ったとも考えられる。」『古代山城国境での疫神祭祀地と主要な通路』関口靖之著の中で京都・木津の岡田国神社の呼称で「国ツ神は
満ち足りた気分で次の目的地曾爾高原に向かいました。名張川の源流・神末川に沿って走ります。今はきれいな水,清流ですが,いつもそうではありません。昭和34年の伊勢湾台風を思い出しました。この台風の襲来で休校し下校させることになったあの日,私たち教員は手分けして子どもたちを村々まで送りました。私の受け持ちは「川合」の子どもたち,台風の接近で風が強く川も増水しています。そんな中で雨傘を飛ばされた子がいました。「傘が…」という悲鳴,彼女の傘は川の方に飛んで行きました。傘が使い捨てになっている昨今
「岡田の谷の半夏生園」は面積が3000平方メートル,この広さをハンゲショウが埋め尽くしています。大勢の人が重そうなカメラをぶらさげてやってくるなかで適当な場所を見つけてスケッチしました。白い葉っぱが特徴のハンゲショウの水彩スケッチは大変です。油絵のように白く塗る訳にはいきません。白い部分は塗り残すのです。さて,スケッチは完成,なんとかハンゲショウの群生に見てもらえるかという出来映え,道具を片付けて出発しました。入口のところではおいしそうな草もちに漬け物,地元の野菜などを売っています
暦の上の半夏生は太陽の黄経が100°に達する時で,夏至から11日目,今年は7月2日です。「ではその頃に…」と奈良県御杖村神末にある「岡田の谷の半夏生園」に行こうとスケッチ仲間と約束していたのですが,先日からの雨続きで延び延びに。そして,7月16日,なんと半月遅れで決行ということになりました。この日は素晴らしい天気になったのですが,日延べを繰り返したことで都合の悪い人が増え,とうとう参加者が2名というさびしいスケッチ会になりました。カーナビの目的地には御杖神社をセット,久しぶりにこの村の
その昔のまた昔、倭姫命が訪れたと伝わる御杖神社を訪れました。御杖神社の側を清らかな神末川が流れています。御杖神社ではなんと、神事が行われていましたよ。神末祭太鼓台神輿に子供三人が乗り、太鼓を叩き掛け声をかけています。御杖神社での神事が終わると、子供神輿が村を練り歩きます。可愛いですね〜その後を、勇壮な神輿が太鼓や掛け声と共に続きます。神輿が御杖神社を出た後、鳥居をくぐると手水舎では、宮司さんが御清めをされてましたよ。狛犬倭姫命が御巡幸の際、玉杖を残されたそうで
3月19日榛原町・嶽神社から御杖村まで国道369号線で約40㎞ですが、走りやすい道路であっという間に神末(こうずえ)にある御杖神社に到着です。第11代垂仁天皇の皇女・倭姫命は、第10代崇神天皇の皇女・豊鍬入姫命の後を継ぎ「御杖代(みつえしろ)」として天照大神を載いて大和国から諸国を経て伊勢の国で皇大神宮(伊勢神宮内宮)を創建したとされます。倭姫命が神宮の候補地として杖を置いたという伝説が村の名前の由来です。御杖村は三重県との県境で古くから伊勢本街道の宿場町でした。拝殿前、樹齢600
もう6月です~~東海地方も早々と梅雨入りです。雨の合間に。。。奈良県側から学能堂山へ。御杖村神末(コウズエ)の道路端に車を停めて、民家の所から林道へ入ります。(民家の脇に標識があります)鹿よけの扉を開けて入ります。『扉は必ず閉めてください。地元農家一同』しばらく林道を歩きます。思ったよりいい天気ではありません。山頂で晴れてくれるといいのですが・・・標識はしっかりしています。ここからは林道を離れ、植林帯へ入ります。な~~んにもない植林帯
中央道経由のドリームなごや・新宿1号と快速みえ号を乗り継いで津駅にやってきた。東名高速線45周年ということで格安で乗ることができた。時間潰しでガイドウェイバスのゆとりーとラインに乗ったりしてぎりぎりの到着だ。ここから奈良県を目指します。前回はこちら。60.三重交通(中勢)下村経由榊原車庫前行三重200か1440津駅前→久居駅前(400円)10時40分→11時02分まずは近鉄に沿って走る榊原行のバスに乗ろう。バスは広い国道を走って津市中心部の三重会館を通る。片側一車線の県道に入ると紀