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中臣氏・藤原氏の先祖について改めて教えてほしいということで、再度まとめました。中臣氏、藤原氏の本来の祖神は、海村雲命の長男、神八井耳命となります。しかし、神八井耳命は、海部・大和王朝の王にはならず、弟(綏靖天皇)に王位を譲っています。ただ、元は海部王朝の直系筋にあったわけです。神八井耳命の母は、蹈鞴五十鈴姫で、東出雲王国の八重波津身命と三島家の玉櫛姫(活玉依姫)との娘になります。更に、中臣氏、藤原氏は、西出雲王国の流れとなる五十猛命(海村雲命の父)の子孫にもあたるということは、東西出雲王
お越しいただきありがとうございます倭姫命や豊鍬入姫命、渟名城入姫命を中心に旅した記録を書いています過去のレポなので現在と変わっている場合がありますことご理解ください笠縫神社より500~600mほど南西へ向い多坐弥志理都比古神社へ参道入口横に参拝者用駐車場があります倭姫旅No.118多坐弥志理都比古神社(おおにいますみしりつひこじんじゃ)笠縫邑候補地奈良県磯城郡田原本町多5702017年3月11日名前が長すぎな神社です由緒書き
神八井耳命(カムヤイミミノミコト)の末裔から上八万につなげてみた。神八井耳命(カムヤイミミノミコト)の後裔に、雀部朝臣がいる。さざき部の朝臣の祖とされるのが星川建彦です。星川建彦「ことばんく」によると、星川建彦(ほしかわの-たけひこ)古代伝承上の豪族。武内宿禰(たけしうちのすくね)の子孫。「新撰姓氏録」によれば,応神天皇のとき皇太子大鷦鷯(おおさざきの)尊(のちの仁徳天皇)にかわって御膳をつかさどり,大雀臣(おおさざきのおみ)の氏姓をあたえられた。
欠史八代ともいわれる、第二代から九代までの天皇。その第二代天皇かむぬなかわみみのみことですが、名前の漢字は二種類あります。日本書紀:神渟名川耳尊(かむぬなかわみみのみこと)古事記:神沼河耳命(かむぬなかわみみのみこと)ここでは、古事記の表記を使わせていただきます。その第二代綏靖天皇(神沼河耳命・カムヌナカワミミノミコト)には三人の兄がいました。ひとりは、長男の手研耳命(タギシミミノミコト)母は吾平津媛(アヒラツヒメ)、父は初代神武
※25/5/14写真追加及び加筆決定版阿波の古代史邪馬台国は阿波だったAmazon(アマゾン)こんにちわ、前回に続けて、考察をつらつらと書きます。おそらく、ひとまずこの章は最後だと思います。伊予国宇摩郡の式外古社で、神武天皇の息子兄弟である、神八井耳尊(カムヤイミミノミコト)と、神沼河耳尊(カムヌナカワミミノミコト/第二代綏靖天皇)をお祀りする井川神社があり、こちらのご由緒書きに
前回、徳島市の上八万が、”榧ヶ大岐”だったと、ほぼ思い込んでしまいそうな考察を進めましたが、その大岐のある上八万町を深掘ってみるとまだ続きがありました。この上八万の大岐(現在の大木)、吉野川河口付近の粟国の南方に接する長国の一部でした。その長国の最も北その場所だけではなく、その周辺、とても重要な形跡がありました。樋口(ツイグチ)遺跡①樋口遺跡とは上八万の園瀬川南岸にある弥生時代終末期の遺跡(つまり邪馬台国の時代)です。樋口と書いて(ツイグチ)遺跡と
神八井耳命(カムヤイミミ)、神奴名川耳尊(カンヌナカワミミ)兄弟の御霊が奉遷してきた元宮はなんと、阿波だったんです。。。作った話じゃなく、本当に本当に偶然でした。決定版阿波の古代史邪馬台国は阿波だったAmazon(アマゾン)榧ヶ大岐とは井川神社のご由緒書きには丁寧に、榧ヶ大岐(ヒガダイシ)から奉遷された、、とフリガナ付きで書かれていました。御由緒:「井川神社の社伝によると古くは井ノ河明神といい、白鳳年間榧ヶ大岐(ヒガダイシ)より奉
「3歴代ノ天皇(その2)」今日は、空海入定みなさん、おはようございますさとうみつろうの春分点お聞きになりましたかよかったですみなさんも自分を誉めてあげましょう去る前に三月!つながるご先祖様に感謝です笑顔で楽しく國史を学び家族教育力の向上ご自身の向上にお役に立てれば幸いですコメントお待ちしています!3月21日は空海が山へ帰ると入定されました今も修行を続けています歴代ノ天皇(その2)~孫のマー君と神様のカー君の美しい日本~
こんにちはスタルペスです。2025年、あけましておめでとうございます!!ついこの間、健軍神社に初詣に行ったと思っていましたが、あっという間に1年が経ち完コピの健軍神社に行ってきました。昨年との違いは、破魔矢が千円から千五百円に値上がりしていたこと。露店が境内から参道に移転したことくらいです。今年のおみくじは『中吉』、まあまあの1年が神様から保証されました。※元旦の健軍神社参拝66回目の新年は、今年も相も変わらずのスタートを切ったところですが、年齢
志貴縣主神社河内国志紀郡大阪府藤井寺市惣社1-6-23(P無し、近隣コインP等利用)■延喜式神名帳志貴縣主神社大月次新嘗の比定社■旧社格村社■祭神神八井耳命[配祀]天照大神春日四神住吉四神河内国の総社でもあり、かつて天皇家に比肩されるほどの権勢を有したという、志貴縣主たちが奉斎した社でもある式内大社。◎「大和川」に「石川」が合流する左岸、要衝に鎮座。また当社の東200mほどに「国府遺跡(こういせき)」という河内国府があったとされる地。当社がその総社であったとさ
志疑神社河内国志紀郡大阪府藤井寺市3-9-16(駐車は下部写真参照、近隣はやや狭小道路多いので要注意)■延喜式神名帳志疑神社の比定社■旧社格村社■祭神素盞嗚尊菅原道真「大和川」に「石川」が合流する左岸、志紀郡の旧「大井村」に鎮座する社。かつて河内国府があったとされるのは東方すぐの地。北側に合流した「大和川」が西へ流れますが、これは江戸時代に付け替えが行われたことによるもの。かつては北方へ流れていました。◎創建年代、由緒ともに不詳。式内比定社であることから、延長五年(927年
黒田神社(藤井寺市北條町)河内国志紀郡大阪湾藤井寺市北條町1-23(境内に広い駐車スペース有り)■延喜式神名帳黒田神社の比定社■旧社格村社■祭神天御中主大神天照皇大神武甕槌神經津主神天児屋根命比咩大神「大和川」に「石川」が合流する左岸、要衝に鎮座する社。かつて河内国府があったとされる地。北側に合流した「大和川」が西へ流れますが、これは江戸時代に付け替えが行われたことによるもの。かつては北方へ流れていました。◎創建年代、由緒ともに不祥。社伝によると、「神武天皇の御
今年の建国記念の日の帰り道偶然行く事になった多坐弥志理都比古神社次は、9月1日の八朔祭の日にお詣りしようと決めた。『2024.2.11多坐弥志理都⽐古神社②』大和神社、歯定神社の続きです家に戻らないといけない時間が近づいてきたので早道を選択して家路を急いだ。が、携帯に案内してもらった道がダダ混みで自力で違う道を…ameblo.jpそして9月1日多坐弥志理都比古神社へ着く寸前に氣になる神社さんの前を通り過ぎた。夫に車をバックさせてもらって後戻り。
ようこそ!!神様、スピリチュアル、料理に漫画好きなことを好きなように好きなだけ発信中。新地亜紀と同居人みっちゃんです。いつもご訪問ありがとうございます。*・・・*★*・・・*★*・・・*★*・・・*神倭伊波礼毘古命と、阿比良比売命の間に生まれたのが、多芸志美美命ーたぎしみみのみことー『日本書紀』では、手研耳命と表記。と、岐須美美命ーきすみみのみことー『日本書紀』には登場しません。でした。伊波礼毘古命が、日向にいる時に生まれていて、弟の岐須美美命は、名前のみの登
以下、大和岩雄『神社と古代民間祭祀』(白水社、2009年)から引用です。ーーーーーーーーーー子部[こべ]神社――雷神信仰と祟神と小子部小子部[ちいさこべ]連と神八井耳[かむやいみみ]命p.229雄略天皇は小子部蜾蠃(雷)に「汝、膂力[ちから]人に過ぎたり」といったが、小子の道場法師も人に過ぎた力の持主であり、一寸法師、桃太郎、金太郎などの昔話の主人公の「小さな体に大きな力」と共通する。柳田国男は、太古に国土を開いたという巨人の名が通例「大道法師」と伝えられることから、日本の巨人伝
大神社(一宮市大和町)(おほのじんじゃ)尾張国中嶋郡愛知県一宮市大和町於保郷中2311(駐車スペース有り)■延喜式神名帳太神社名神大の比定社■旧社格村社■祭神神八井耳命濃尾平野の中央部、穀倉地帯の中の古い集落、一宮市大和町於保に鎮座する社。◎創建年代は不詳。多氏の一族が当地に移り住み、氏神として祖神の神八井耳命を祀ったものとみられています。◎「日本文徳天皇実録」(元慶三年・879年)に、仁寿三年(853年)に「多天神」(当社のこと)が「名神」に列格したとの記述があ
以下、大和岩雄『神社と古代王権祭祀』(新装版、白水社、2009年)から引用です。ーーーーーーーーーー多神社――古代王権の「マツリゴト」の原点と多氏8世紀から10世紀の多神社p.400当社は奈良盆地の中央部、飛鳥川の左岸に接して鎮座する。『延喜式』神名帳では大和国十市[とおち]郡の筆頭に「多坐弥志理都比古神社二座〈並名神大。月次相嘗新嘗〉」とあるが、「多社」「多坐神社」「太社」「大社」「意富社」とも書かれる。多氏の始祖伝承p.404〜405『令集解』に、当社は太(多)氏が祭るとあ
こんにちは!aikoです。本日もブログにお越しくださりありがとうございます先日、阿蘇ひとり旅へ行って参りました~!ここから数回にかけて旅の様子をレポして行きたいと思いますのでお付き合いいただけますと嬉しいですちなみに、今回はまだ旅立たない上にほぼ個人的な内容なのですが備忘録として旅のきっかけを書いておりますので何卒ご了承くださいませ~。*:.。..。.:+・゚゜゚・*:.。..。.:+・゚*:.。..。.:+・゚
伊達神社(いだてじんじゃ)紀伊国名草郡和歌山市園部1580(P有)■延喜式神名帳伊達神社名神大の比定社■旧社格郷社■祭神五十猛命神八井耳命「紀三所の神」として志磨神社、靜火神社とともに一連の神として祀られる社。「式内名神大社伊達神社」の比定社。◎創建由緒は不詳ながら、あらゆる文献から当社の歴史の手掛かりを掴むことは可能。そこからさまざまな説が推測されています。当記事では定説に反して、志磨神社は大屋津姫(定説は市杵島姫)と靜火神社は都麻津姫(定説は火之迦具土神)と
こんばんは(・∀・)福岡県那珂川市多次元ライトワーカー光の案内人Greenessence〜緑の滴です。さて、レッスン生のヒプノセラピーの予定が相次いで、レッスン生ダウン。予定も変更、変更で結局、最初の予定になりました。当初→坂出市で夜行バス降りて、お寺へ供養、徳島へ。変更→徳島市で夜行バス降りて、合流、お寺へ供養、徳島へ戻る。再度変更→しかし、坂出市まで往復4時間はかかるので、供養は次回、ヒプノセラピーのみ、と決定していました。結果、徳島で夜行バス降りて、レンタカーで坂出
麻賀多神社奥宮は古墳が隣接しておりました。伊都許利命は、先代旧事本紀、国造本紀に記載がある四世紀の人物とされています。神武天皇の子息神八井耳命の八世の孫で、応神天皇に任ぜられて印波(印旛)を治めたと伝わります。はてさて初代神武天皇から九世代のお孫さんが十五代応神天皇の時代に・・・とは、いささか計算が合わないのでは?ワタクシもいくらか支持しております一説初代神武天皇🟰十代崇神天皇でも、ちょっとは差異が少ないかなあ程度ですしねまあね古代史、しかも。空白の四世紀魅惑の空白の四世
常陸國那賀郡大井神社(水戸市飯富町)御祭神神八井耳命常陸國那賀郡大井神社(笠間市大渕)御祭神神八井耳命※多くの資料では建借馬命たけかしま=鹿島神?西のほうから来られた方がご先祖を祀られたのでしょうか。それから鴨さん新治郡の鴨大神御子神主玉神社(桜川市加茂部)御祭神主玉神配祀太田田根子別雷神※ふるくは、上社中社下社とわかれていたそう。常陸国で鹿島神宮、吉田神社につぐ神社だったようです。
2023年3月22日辿り着けない社、甚兵衛池竜王社へ3度目の探索へ。竜王社甚兵衛池奈良市鉢伏町?|偏愛的奈良(ameblo.jp)前回、山中で農作業をされている方にお聞きして、ゴルフ場から行けるということでしたが方向的にここかなという道は、未舗装で細く車ではかなり不安で諦めました。またバイクで探りたいと思います。帰りに嶋田神社へ。レンゲ(ゲンゲ)久々に見ました。あまり植えられないので飛鳥でも減っているらしい。
八幡神社(伝神八井耳命墓、橿原市山本町)大和国高市郡奈良県橿原市山本町152(P無し、近隣停め置き不可、駐車場のある神武天皇陵より道があり徒歩15分前後、下部写真参照)■祭神誉田別命神八井耳命(カムヤイミミノミコト)の陵墓と伝承される社。◎「畝傍山」の北の山裾に鎮座、小さな集落の外れにひっそりと佇みまるで聖地さながらの趣。祠の建つ辺りは斜面になっており墳墓らしき高まりが見受けられます。規模は4~5mくらいでしょうか。◎神八井耳命は神武天皇と皇后姫蹈鞴五十鈴姫命(紀では大物主
多坐彌志理都比古神社(おおにいますみしりつひこじんじゃ)の創建年代は不詳であるが、社伝には、神武天皇の皇子神八井耳命がこの里に来られ、「我、天神地祇を祀る」という由緒をもっているとのこと。また、平安時代の、延喜式神名帳(927年)に「多坐彌志理都比古神社二座並名神大月次、相嘗、新嘗」二坐ともに祈雨神祭・名神祭、皇子神に姫皇子命神社・小杜神命神社・皇子神命神社・屋就神命神社とあり、大和で屈指の大社であったとされ、一般には多神社(おおじんじゃ)と呼ばれている。当神社は、神八井耳命を始祖とする
9月27日仕事オフで遠出したかったのですが昼から雨予報だったので近場で行ったことのない神社を探しました。というわけでたどり着いたのが多坐弥志理都比古神社多坐弥志理都比古神社-Wikipedia寺川沿いの下ツ道を走って新ノ口を超えて少し行くと西側に大きな一の鳥居が出てきます。西に折れて500mほど進むと神社に到着。二の鳥居奥の本殿は改修中のようでした。神武天皇の皇子である神八井耳命が多氏の始祖となるのですね。弟の神沼河耳命が第二代天皇である綏靖天皇。神八井耳
最近、モルちゃんアレルギーが酷くて鼻水がサラサラ止まらないのですが外に居る時はウソの様に鼻水も止まるから花粉症ではなさそう。。今日は仕事休みだけれど天気予報も雨だしどこにも行けそうにないなぁ~てな訳で朝から病院に行ってアレルギー検査をして頂きましてこんばんわ味醂です{結果は一週間後だけどほぼアレルギー確定だそうなwさて、今回も藤井寺市内テクテク~古市古墳群と六社寺めぐり~ですが近くに神社を見つけたので、またもや少し脱線してやって来たのはこちら志貴縣主神社(しきあがたぬし
秋分の日を過ぎて夜が次第に長くなり、これから秋が深まっていきますね。緊急事態宣言が解除されればもう少し外出もできるようになり、深まり行く秋を満喫する機会も増えそうです。とは言え、大型の台風16号の動きも気になります。日本列島への影響が出ないことを願っています。さて、今回は、倭建命の双子の兄とされる大碓命と、妃とした勢夜陀多良比賣に焦点を当て、関係する神々を解説させていただきます。本投稿に先立ち、「概要」を訂正して追記しましたので、そちらも併せて確認いただければ幸いです。なお、文章を簡潔
昨日232番目のようこさんに占いをお送りしました。無事に届いてひと安心です。---魂のむかしばなし『【絵が描ける方に託したいのだよー】魂のむかしばなしみたいなはなし』前に、星破壊と地球のアセンションの話が出てきたよね。『アトランティスのこと、星破壊のこと』由美子さんが恒星パランとリーディングの合わせ技で私を見たものを送って…ameblo.jpこの件でお世話になっている愛知県岩倉市の縣明神社の神さまを改めて調べてみた。縣明神社(愛知)|よしくんの気ままなブログ『縣明神社(愛知)』縣
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