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本年も残す所あと僅か本年は国内、海外共に騒然とした状況が続いている一年を振り返り新たな年を迎えるに己や家族を如何に護るか平かな心で新年を推察しどう生きるかを考える事は大切な事です。令和五年十二月度定期鑑定会茨城県潮来市永山777ショッピングプラザララルー内たなごころ鑑定所*衣料品サンキ前本年度は出張鑑定の予定が多い為変則的な開催予定となります。又、12月は師走の為大変混み合いますので、早目の予約をお願い致します。期間一部12月16日(土)〜20日(水)二
青真小童大君(少名彦那大神)朝行引気法杉山清定仙君(天之息志留日々津高根火明魂命)夜行調気法仙家に気術を重んずる事は古今の道書斉しく之を説き、説きて尚ほ説き尽さゞらん事を懼るゝものゝ如くみな然り。而して其古来道書説くところのもの幾十法を数へて少功あるに似たりと雖も、其真伝に至りては夙に神霧隠微の裡に蔵れて真文を失ひたるは水位先生の神仙霊含記に臞仙の語を引きて『要ハ師伝口授二在り、豈、敢テ軽々シク泄サンヤ。若シ是レ常人ノ伝フル所ハ絶エテ信ズベカラズ。若シ彼能ク之ヲ為サバ、則チ仙去セム。豈、
五嶽真形図については、西晋末期に葛洪が著した神仙書である「抱朴子」にて、「余、鄭君の言を聞くに、道書の重きは三皇内文、五嶽真形図に過ぐるは莫し。古仙官至人此の道を尊秘し仙名有る者に非ざれば授く可らざりし也」と書かれてあり、神仙に成るための道書の中で、三皇内文、五嶽真形図より秀れたものはないと絶賛され、古き仙官至人たちが尊秘して、神仙としての位がない者には授けないと述べています。一般に知られ流布している五嶽真形図は、実は真の五嶽真形図ではなく、真物は全く別の赤と黒が複雑に絡み合った玄妙な物
もと此の神仙卜歩(ボクホ)は先師が神仙真録及び神仙感想編に説かれたる所伝にして夙に道士会創々の頃に之を出すべきのところ、思う由ありて久しく之を伏せ来たれり。そは斎主の体験に徴して、其法の余りにも容易なるが為に修者其の霊感に慢じて岐道に外れんことを恐れたると、一応道統上の神祇敬拝の薫習を経たる後に於て之を伝ふるが結果的に幾段階の飛躍的成果を得べしと深慮せるが故なり。すなわち神仙道道士会開闢以来すでに十数星霜を経、此間上木の刊行物に於て、或は講伝書に於て、道士深甚の道念を涵養し、且つ道統上の神
仙経甚だ多しと雖も、其説殆ど枝葉のみ。其根基至って簡にして至って明。至って要にして至って秘。故に好道の士、若し此の根基を行はば枝葉は坐ながら致すべきのみ。而して仙経多くは秘して之を著はさず、只多くは他の小法を説く。蓋し其道禅法に似て観想に係わる。故に道蔵に曰、感想の秘術五百年に一出、傳好道仙官至人傳。之歃血盟委質為出云々と。蓋し略言すれば、聖胎の出る、即ち一心の凝結せしむるにあり。心魂既に良能く凝結する時は、肉体終わりに散消す。於此不労不死神変万化の道極まる。之を神仙と云ふ也。而て、其
巌夫翁の御前身は仙階をもたれる神仙で、仙名を方全霊寿真といい、ある種の霊的使命をおびて現界に生誕された宮地家に客が訪問すると、奥様は先生が家にいると思って客を応接間に通しますと、取り次ぐために座敷に行きますが、在宅しているはずの厳夫先生の姿がありません。「おかしいですね。主人の履物がありませんわ」奥様がいる所を通らないと玄関の外には出られません。家人の目には映らないように横切り、げたを突っかけてどこかへ行ってしまわれるわけです。一度や二度ではありません。厳夫先生の長男に威夫という神職がいました
九州の赤山に鎮座坐する清浄利仙君は、仁徳天皇の四十一年癸丑産にして、其の後人間に出で候、御名を藤原平次と申してよき官人にてありけるが、医師の神の擁護に依て道を得給ふて仙境に入り當嘉永五壬子迄齢千五百歳に成られ申候。清浄利仙君の御姿は頭は惣髪にて長く打垂れ黒き頭巾を着し、(頭巾は今山伏の用る如き物かと問ひしに夫より大きくして頭のはまる程なりと云ふ)口髭は白く長く延びたり、身に白き指貫をはき前にて紐を結べり、上には赤き袍を着す。袍は打裂羽織の如く但両腋下と後とを裂たり、前には胸紐長く結び下げ
安倍晴明は風角術を良くしていたという。風角術は大陸では数人の伝記が残っています。占法として未来の吉凶を知るといわれている。もともと風角には風角を守る識神がいて、この識神を使役することが大事です。風角の識神を使役するには混沌霊宝五嶽真形図の五図を授受して、常に五嶽の神気の感格を受ける必要があります。「風角」是一種古老的術数它根據風向、風力、風速、風色及起風的時間等等,來預測人事吉凶福禍。古人把風看成是陰陽二氣的產物,如果二氣失衡或失和,就會形成風。那麼,自然界的風也就有了陰陽之分,有了陰陽
語註●運題象巻一から巻四までの篇目。運象篇とも●愕綠華詩同様の段が『雲笈七籤』巻九十七萼緑華贈羊権詩三首並序および『太平広記』巻五十七に見える●千尋1818m●蔚蕭よもぎの類か●清音よい評判●莊慧津むかし道家の荘周と名家の恵施とが清談問答を行った濠水の辺●朱門名門の家●宏宗広大な家系●蘭金因蘭のように芳しく金のように堅固な交友関係●三益交友関係に基づく3つの有益な事柄。内容は不明●幽鑒不可視の真理を見極めること●寸裏ほんの少しの差違。心の有り様次第
眞誥卷第一運題象第一愕綠華詩真誥巻第一運題象第一愕緑華の詩神嶽排霄起、飛峯鬱千尋。寥籠靈谷虛、瓊林蔚蕭森。神岳霄(そら)を排(しりぞけ)て起ち、飛峰千尋を鬱(ふさ)ぐ。寥籠の霊谷虚ろにして、瓊林の蔚蕭森たり。丨《此一字被墨濃黵、不複可識、正中抽一腳出、下似是羊字。其人名權。》生標美秀、弱冠流清音。棲情莊慧津、超形象魏林。揚彩朱門中、內有邁俗心。丨《此の一字墨にて濃く黵(よご)せられ、複た識るべからざるも、正中に一脚を抽きて出し、下は是れ羊の字に似る。其の人権と名く。》生れて美秀
語註●書『書経』のこと。『尚書』とも。儒家の五経の一●孔安國前漢の古文学者。魯国曲阜県生。漢武帝の代、諫議大夫,博士となる。景帝の代末、魯共王が発見した蝌蚪文字で記された『尚書』を解読し、その学統は司馬遷らに継承された。著作は『古文孝経伝』『論語訓解』『孔子家語』など●卦六十四『周易』のこと。八卦どうしの積●道德五千言『老子』のこと。『荘子』とともに道家の経典●賾玄広大深遠なこと。おぎろ●鉤玄奥深い道理を手繰り出すこと●黃老說道教のこと。黄帝と老子の教説●深鑿深く探
眞誥敘真誥序誥者告也。書有湯誥洛誥諸篇。孔安國云。誥以大義告乎天下者是也。誥とは告なり。書に湯誥,洛誥諸篇有り。孔安国云はく「誥は大義を以て天下に告ぐとは是れなり」と。經有緯、緯者相經緯也。其事皆足以輔翼乎經、故言緯也。眞誥之作、其緯於經者乎。其目自運題象至于翼眞檢者凡七、蓋有象乎緯。能通乎緯、必知誥矣。経は緯を有し、緯とは経緯を相うなり。其の事皆以て経を輔翼するに足る故に緯と言ふなり。真誥の作、其れ緯よりも経なる者か。其の目運題象より翼真検に至る者凡そ七にして、蓋し緯を象る有り。能く
皆さんお久しぶりです。今回から茅山派の道書・『真誥』に関連する記事を書いていこうと思います。『上清大洞真経』『黄庭経』司馬承禎の『坐忘論』『天隠子』などを所依経典とする中国神仙道の一派・茅山(上清)派。その起源にはいくつかの伝説がある。一つは三茅君伝説と呼ばれる。西漢の道士・大茅君盈(叔申)が18歳の時、祖父の仙縁を頼りに恒山や句曲山に入り、師仙である西城王君の斡旋によって雪山の西王母に拝謁し、その名を仙籍に上った。兄に続いてその弟の中茅君固(季偉)と小茅君衷(思和)が職位を棄てて道士となり
安倍晴明は三皇内文を授記していたという話がある。三皇内文とは何か。道書の「抱朴子」に記載されているところでは、「余鄭君の言を聞くに、道書の重きは、三皇内文五岳真形図に過ぐるは莫し。古仙官至人此道を尊秘し、仙名有る者に非ざれば、授く可らざりし也。之を受けて四十年にして、一たび伝う、之を伝うるに血をすすりて盟い、質(にえ)を委きて約を為す。名山と五岳には、皆此の書有り、担だ之を石室幽隠の地に蔵むるも、応(まさ)に道を得べき者、山に入りて精誠に之を思えば、則ち山神自ら山を開きて、人をして之を見し
五岳真形図は東岳、西岳、南岳、北岳、中岳四輔山の図也。首題ありて、霊宝五岳真形図と称し、譯文あり、次に奇文六行の文書有り。其の傍に曰く、三天太上道君命有り、天地山川丘陵の神、我子を護りて害患を慎み、久安を念いて長全ならしめよと。譯文有り。此の傍に奇文あり、所謂(いわゆる)八会の書也。此の奇文三十二文字。次に五岳四輔山の図有り。之れ、赤黒混合、盤曲委蛇たる山水の図也。其の右傍に奇文あり。同体の大字なり。並びに、東春、南夏、中央戌巳土、西秋、北冬の譯文あり。其の左傍に、東岳眞形、南岳眞形、中岳眞
玄胎とは何であるかといふと、神仙道に於て正しい修行の結果、わが身の精気を凝結せしめて肉体に似た一つの体を修理固成し、それに我が霊魂を乗り移らせて現界にも幽界にも百千里の遠きにも活動させることで、仙道で謂はゆる身外に身を生ずるものである併し我国でも近世に於ても又た最近に於ても玄胎結成に成功した人は現に色々あるのであって、これは信念の篤い人ならば大抵の人にも実行し得られるものである。玄胎結成に成功すると自然と神祇に接見する機会も多くなって神界の規則が少し宛わかってくるものである。又、友清勧真は玄
う前回、「兵法家伝書」から“法尚応捨、何況非法”という言葉を紹介しましたが、この言葉の意味は法とは真実の正法也。正法也とも、一度さとりおはりては、心にとむへまからず。法尚捨つべしと也。正法さへ捨つべし、いわんや非法をやと書かれています。「ラムサ」には、“神は善でも悪でもありません”“自分自身と自身の人生を「在るということ」の目から見るのを学ぶことだ。花を手にするとき、それが醜いとか美しとか言わない。それは価値判断であり、その花の想念を変質させてしまうのである。純粋なのは、「花」とい
土曜日、行って来てん。🥰県立美術館に。「旭日鳳凰図」拝観しに。🤣一人で…。😑たかみーさんに“鳳凰日”教えて。って言っても教えてくれんし…。😒なもんで、母の誕生日に、母とデートのつもりで。🥰私は、先ず叔父に挨拶しに毎月恒例の護国神社参拝。そこからビミョーな距離なので、30℃の炎天下を徒歩で。🥵最近何故か鳳凰が気になり、🙄鳳凰雲を見せて下さるようお願いしていたのですが、まさか旭日鳳凰図を拝観させて頂けるなんて。これ以上の幸せがあるでしょうか。😭余りに有り難く、展示場を何周もしてん。🙃母
月の不思議について書いた。『月は小さくて近いのか?』今日は月の近くに星(木星?)がありキレイだった。月の横で光る星月の隣で輝く星を調べますnakshatra.tokyoで、空が薄く雲に覆われていたが月の近くの…ameblo.jp月は謎だらけ。明治時代より前の日本人は太陰太陽暦という月の動きを考慮した暦を使っていたとか。現代人は月への意識が意図的に低くなるよう誘導されていると感じる。※ワクチンとかmRNAとか目に見えないワケワカランものに反応するくせに、目に見える月の不思議を無視する
今日は、金刀比羅宮様のご縁日、中秋の名月、鳳凰日。🤣というわけで毎月恒例の琴毘羅神社参拝。🥰貴女の満月の願いが叶うよう祈願してきたのですが、訳あってへとへと…。😵なもんで、🙃写真だけで詳しくは又次回。女仙のご加護で貴女の中秋の名月の願いが叶いますように。あたいのも💕
今回から食事についてべっぴん方と一緒に考えていきたいと思っていたのですが😍、昨日嘗て修行場の如く籠らせて頂いていた宇那木神社に参拝させて頂きましたので、そちらを紹介させて頂きます。🤗母と一緒に暮らしていた頃は、夜明け前に起床して朝拝後、神社を巡拝していたのですが、一人になってからは家の神仙をお守りすることで精一杯でなかなか神社に参拝出来ずとても寂しく思っていたのですが、😢少~し掃除を緩め、😗週に数日は神社を参拝させて頂いていますが、やっぱり嬉しい。😆神仙方も同じ思いでいて下さると嬉しいのです
食について貴女と一緒に考えていきたいと思っていますが、🥰先ずはお酒から。🤗お酒好きなべっぴんさん😍は、今回のブログは見ないほうがいいかも。😶私の最も尊敬する宮地水位先生も山岡鉄舟先生も相当お酒が大好きだったとのこと。水位先生は酒を吹いて火災を消す欒巴の様子を描いて遺しておられ我が家では水位先生の御神体のようにお祀りしています。私もお酒が大好きで、母は「ひろ。もしお医者さんから止められたら止めれる?」と聞かれた際「死んでも止めん😤」と答えました。🤭私は、酒仙になるつもりでしたので。🥴
いつも言っている通り、私と家は一心同体。😊又一緒に夢をおいかける戦友。我が家の前を通ったチビちゃんに「か、母しゃん…今このお家に女の神しゃまが入って…まただ…」と言ってもらいたいので。🥰その為に神拝、修法だけでなく…あっ、😳停電…。🙄あっ、付いた…。😳何の話だっけ?😶その為に毎日必死に掃除しておりんす。🙃私は、宮島、高知、もうしくは大好きな京都で仙桃庵を開くつもりです。🤗俵屋旅館みたいな。🥰知花敏彦氏のお話だったと思うのですが、🙄インドには常に“オーム”を唱える寺院があり、そこに
紅桃花稲荷神社には本当に驚かされました…。まさか、御神体がないとは…。😑本殿が開扉されていて、座蒲団のようなものが敷かれていたということは、本来はその上に御神体があったということか?🙄私は風水とは神仙道なのではないか?と思っています。😌事実三千年前に出来た神仙になる法と説いておられる方が一人だけおられました。😆風水師のお姉さん教えて下さい。🤗必ず桃花位を司る女仙がおられると信じ、🥰桃花風水を始めて明後日で二週間…。😑現在の我が家の桃花さん。んで、本来は花瓶に水を入れるものであ
土曜日行って来てん。🤗護国神社。😊あっ前回言ったか…。😑その続き。🤪護国神社に参拝したら、中津宮に参拝してから平和記念公園の慰霊碑で祈り館内で母の写真に語りかけ、中の棚稲荷神社に参拝が私の楽しみなのですが😘、今回は出来る限り体内を清浄な状態にして、神仙を拝したく10日間7号食、それも1日玄米4分の1カップに梅干しという食事を続けており、ほぼほぼ最終日だったので、多分…。😑歩くのがやっとで、しかし、平和記念公園に寄らない選択肢はなく、紅桃花稲荷神社参拝はべっぴんさん方に宣言していたので、中
今日は旧七夕。😊蟠桃会とこの日は私が人生をかける日。一週間前から玄米と梅干しだけにして…今の7号食は玄米ならいくらでも食べてよいそうですが、創始者の桜沢如一氏が考案した内容は一日半合だったようです。いくらでも食べてよいというやり方は私の理想の食事法にはほど遠いので、私も一日玄米半合に梅干し。私の教科書はルイジコルナロ、水野南北、「剣客商売」の秋山大治郎の食事法で断食に近い効果が得られる食事。食事を必要最低限にし研ぎ澄まされた状態で毎朝御神前に額ずく事が理想です。が…今回も何も起こりませ
家が暑すぎて🥵予定している“産土神社考”が先延ばしになっていますが、当の本人が以前程産土神社に参拝出来ていません。😑家にお迎えしている女仙をお守りするのが精一杯で。😔母と暮らしていた頃は家の掃除は母がしてくれていたし、産土神社がすぐ側にあったので、毎日参拝して神社の掃除も出来ていたのですが…。本当は、今もあの頃のように毎日参拝したいくらいですが、我が家には私が最も尊崇する西王母をお祀りしているので…う~ん難しい…。😫もどかしい…。😖分かるかなあ、分かってるんだろうなあ。イェーイ。って言う芸
以前「オーラの泉」だったか?🙄三輪さんと江原さんに何方かが一人で寂しいといった話をされた際、お二人がクスクス笑われていました。お二人にはその方の後ろに誰かがおられるのが見えていたのでしょう。私は外出時も常に女仙方が一緒に居て下さっていると信じています。😊母も一緒に居てくれているのでは?と思っています。母は動物が好きではなかったことを前回お伝えしましたが、何故か犬によく吠えられていました。😶私はそんなことはなかったのですが、母が亡くなってからよく犬に吠えられます。😬母とは関係ないかもしれま
行って来てん。😶管弦祭。🤗ずっと雨の予報でその日の予報も降水確率がかなり高めだったので初めてラフな格好で折り畳みの傘持って。予報士さん、見てますか?こういうのを快晴って言うんだよ💢女性予報士さん。😶ドンマイ。🤗鳥居の修繕中で御船は出ないのですが、大元神社の御札はこの日しかお受け出来ないので、無事参拝出来ほっとしています。市杵島姫命、産土神菅公等のお陰です。暫くは厳島神社の思い出話をしたいと思います。神仙道家になって初めて厳島神社へ参拝したのは何年前かもう覚えていませんが、🙄神社に参
これ買ってん。先日シャツを買いに行った際、お姉さん達に「貴方いつもピンクや赤ばっかだから絶対オレンジの方がいい。オレンジめっちゃかっこいい」と言われ🤣皆と肘タッチして🥰赤買ってん。😶バックの柄が黒なのが嫌だったので。昨日同じお店のレディースコーナーを覗くと😗色違いがあったので。わたくし、綺麗で自分に似合えばメンズ、レディース気にしませんので…。😙気分良く帰りに行きつけのスーパーに寄り「こんにちは」とスタッフ専用通路から入店するとお姉さん達にウケてん。🤭引っ越してまだ2ヶ月です