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父がまだ毎日電車で碁席に通っていた頃(86歳ぐらいの頃)交通系電子マネーカードを失くしました「落としたのかな?」お財布に入れていたのに不思議だと母と話しつつ新しいSuicaを買ったそうです✳︎✳︎✳︎✳︎︎✳︎✳︎︎✳︎✳︎︎✳︎✳︎︎✳︎✳︎父が他界してからも母はときどき「Suicaはついに出てこなかった」と思い出話をしていました✳︎✳︎✳︎✳︎︎✳︎✳︎︎✳︎✳︎︎✳︎✳︎︎✳︎✳︎つい先日のこと…母から「お父さんのSui
東船橋の次は、船橋のイトーヨーカ堂のビルまで行きました。スマホで、西館の6階に碁会所があると表示されたからでした。6階をグルグルと二周しましたが、碁会所はありませんでした。しょうがないと、帰るために、千葉行きに乗りました。でも、諦めが悪いので、稲毛駅近辺の碁会所を検索してみました。すると、稲毛駅近くに表示されたので、これで最後と思い、稲毛駅で降りて、スマホ片手に歩いてみました。すると、ありました。あった~~~と、胸の中で叫びました。囲碁将棋センターとなってい
朝は雨が降りましたが、その後、晴れました。明日は、おおよそ20年振りに千葉に行くことになりました。千葉駅近辺、西千葉駅近辺がどうなっているか、とても楽しみです。カミさんは、娘や孫とネズミの国へ、私は碁会所に行ってみるつもりです。
コロナ前に京都の伏見に行きました。大阪生まれでずっと関西に住んでいたのに、奈良や京都には比較的よく行っていたのに、伏見にはまだ行ったことがありませんでした。伏見と言えば伏見稲荷。伏見に行ったことがなかった理由は、京都や奈良には文化的に価値がある国宝級の寺院や神社、庭園や風景が美しいが数多く存在し、伏見のお稲荷さんには興味がなかったからだと思います。商売人の家庭ではなかったので、お稲荷さんや戎さんには縁がなかったのです。でも2010年代後半にはSN
つばきの花が座敷にばらまかれていた。
高松駅に着いたら朝うどんを食べて直島に向かうぞと思っていたのだけど、駅前のうどん屋さんが長蛇の列で早々に諦め。直近のフェリーに乗って直島に行くことにしました。フェリー大きい中もめちゃくちゃ広い直島まで50分くらいかかるので、念のため持参した酔い止めを飲みましたがフェリーはものすごーくゆっくり進んでほとんど揺れないので、必要ありませんでした。直島上陸さっそくのカボチャ。中も入れます。いざ、アート巡りするぞーバスで本村エリアへ。バスもカボチャ。・・と思いきや直島・・10
直島旅2日目、昼編です。チェックインぎりぎりまでベネッセハウスでのんびり過ごしたあとは、宿泊者専用バスで直島港(本村)のバス停で下車。※直島には港が2カ所あります。そこから少し歩いて向かった先は、▼直島新美術館こちら、2025年5月31日にオープンしたばかりで、安藤忠雄設計の地下2階、地上1階の3層からなる美術館です。中には、個性的な作品群が沢山…どの作品も創造性豊かで見てて楽しいこの迫力ある金屏風の絵、所々に可愛いキャラクターが描かれていてホッコリそして、1番印象的な作品だった
1.遊びの変遷一般的に子供は勝負事が好きです。昔(昭和10~30年頃)は近隣に子供がウジャウジャおりましたし、テレビが無い時代、一日中子供は外で遊び回っておりました。キャッチボール・ごろベース・缶蹴り・メンコ・ビー玉・ベーゴマ・飛び馬・駒回し・蝉やトンボ取り・ホンチ・ターザンごっこ・空気銃・凧あげ・羽根つき・ゴム飛び・石蹴り・お手玉・おはじき・かるた・縁台将棋・百人一首・花札・トランプなど小さな勝負を懸命に競いました。時に、喧嘩もしましたが沢山の勝負事に鍛えられる環境で育ちました。
新しい碁会所開拓しました。看板も掲げていないので名前等は伏せますが昨年の大会のチラシにその碁会所の案内が載っていたので訪ねてみました。強い人ばかりでよかったです。マナーもよい。席主の方には2子置いて負かされました。1年で先にしたいですね。かなり強いですが、まったくチャンスがないわけではない。昨年通っていた碁会は強い人がいないのでどうしようと思案していましたが、思いがけず解決しました。これで今年は強くなることは確定しました(断言)しかし油断はできません。やはり碁会所は年齢
3.アマのコミに関する提案アマのコミ6.5目が先番にとって厳しいと思う感覚は多くのアマが抱いている様で、実感的にも身近な互先相手では白を持ちたいと言う仲間が多いのです。昭和以前のコミ4.5目だと出入りで9目となりますが、この程度が妥当なのかも知れません。何んのデーターの裏付けもない話で恐縮ですが、アマの場合は4.5目と6.5目の選択制(選んだ他方が決定)を導入するのも一案かと思われます。たかが、コミの問題ですが衰弱の一途をたどる囲碁界にとってアマの存在こそ命綱であり話題を拡げてフアンを増
2.プロとアマの違い日本棋院は、プロもアマも一律に互先のコミを6.5目と規定しております。表面的には特に問題はなさそうに運用されておりますが、プロは兎も角ヘボ碁レベルのアマにはコミ6.5目は黒(先番)には厳しいと思われます。プロもアマも同じ碁と称しておりますが、内実的には別のゲームと称しても良い程違いがあります。ルールは同じでも一方は生活が関わる事業であり、他方は趣味・道楽のレベルですから厳しさに大差があります。プロは白番の方が多少勝率が高そうですが、あまり、正確なデーターを公表される
1.互先のコミの制度現在は、日本の囲碁界はプロもアマも互先のコミは6.5目と規定されております。江戸時代の碁はコミの制度がなく秀策のお城碁の先番などは無敗の記録が残るほど卓越しておりました。確かに先番の優位性は間違いなく何らかのハンディを付ける必要はあります。昭和の時代はコミ4.5目の時代が長く.6.5目に改訂されたのは何時でしたか覚えておりませんがほんの20~30年ほど前でしたでしょうか?世界的にも一部の棋戦を除いて6.5目コミが主流の様でプロの世界では特に大きな問題はなさそうです
66.手抜きが本手誰が相手の碁でも勝つ為に色々と工夫を重ねます。序盤の布石・中盤の戦い・終盤の寄せと乏しい知恵を絞りながら少しでも相手より良い手を探し出すべく努力を重ねても中々思う様には行かないものです。人生の岐路と同様に何かを選び、その代わりに多くの何かを諦めながら最善の着手を求めるのが碁の遊びです。つまり、打つ場所を選ぶことで優位に立てると思っていますが、実はそこを打たないのが最良の選択であることが少なくないのです。そこをこちらが打たないと相手に打たれてかなりの損害を被る可能性が高
65.半分取れているアマの中級レベルでもこの「半分取れている」と言う概念を理解出来ていない人が多いかと思います。同時に「半分取られている」ことも承知していなければなりません。これは確率論でもありますが石が当りの状態になった時に、次にその石を取る為に打つ手も又取らさせない為に打つ手も残りの半分の価値に投入されることに他なりません。「後手の収穫は1/2」の理論の元になっておりますので、しっかり理解して置きませんといつも半分の小さい手を選ぶ碁打から卒業できないことになります。実戦で盤上の幾
64.切りたい石の反対側を切れ「取りたい石の反対側を切れ」とも言いますが、狙いとして実際に切りたいと思う相手の石の形がある場合、狙いの反対側を先に切るのが正解になります。次に切られた立場の方は、「切られた方の石を取れ」と言う格言がセオリーになります。結局、切った方は念願通りの方を切れる分かれになりますが、仮にこの格言通りが気に入らないと反する選択をしますと多くの場合不利な状況になります。いろいろ試して失敗して納得する格言でもあります。具体例では、多いケースは三線を出て相手の押さえに二線の左
63.トビよりヒラキ辺における展開の格言ですが、辺から中央に向かってトブ手よりも辺に平行にヒラク手の方を重視せよと言う格言です。確かに中に向かってトブよりも辺にヒラク方が地も出来やすく眼も確保しやすいのですが、状況によっては安全上ヒラキよりもトビを選ぶべきケースも少なくありません。あまり命に関係しない場合の格言と思って使う格言と言えます。戦いの手としてはヒラキよりもトビの手の方が有力ですが自分の強さや安全を優先する考えとしてトビよりもヒラキが勧められています。
62.狭く打って拡げるより最初から広く打て誰しも大きな地が欲しいと思います。チャンスがあれば大きく囲いたいのですが広げ過ぎると中に打ち込まれて何も残らなくなる心配から広く構えたいのを我慢して確実に確保出来る幅で妥協します。しかし、一歩一歩拡げていく様な打ち方では効率が悪く手間の割りに収穫は多くありません。碁は戦いのゲームですから自分の石が多いゾーンでは大きく広げて内に誘い込んで戦うのが本道です。怖がらずに戦いを選び、仮に、そこに地は造れなくても新しい模様や厚みを得ることで次の戦いに資する
60.裾は止めたがらない格言の「裾空き囲うべからず」が適切で、裾が開いてる地を囲っても裾側から侵略されてガラガラにされてしまうのがオチです。それでも地が得られると嬉しく囲いたくなりますが、上からの侵入を阻止して更に下側の裾を止めるとなると最低でも後手を二手投入することになります。後手の価値は半分に減りますから後手二手では獲得できた地は見た目の1/4にしかなりません。完成した地が1/4に目減りしますから裾空きになることが予測される処はあまり地にしたいと考えない方が利口です。囲ってはいけませんと
60.シマリは敵に響く方を選べ隅の小目の手からシマリの手を選ぶ場合は、小桂馬シマリ・一間シマリ・大桂馬シマリ・二間シマリと大体4通りでシマル方向も限られます。しかし、星の手からシマル場合はやはり4通りは同じでも左右どちらの方向にシマルべきかは迷います。先々の構想が決まっている場合は良いのですが、一般的には相手の構想に多少でも影響が及ぶ方向を選択すべきとされます。例えば、相手に好形の陣を敷かせない方向などが優先されます。シマリは辺の価値を左右しますので方向オンチにならないように配慮します
59.左右同形中央に手あり碁盤の交点(打てる箇所)は361点ありますが、天元を除いて全て左右対称・上下対象になっております。つまり、天元以外なら相手が打った点と同じ価値の対称点を選ぶことが可能です。昭和の頃にはマネ碁を得意にしていたプロの高段者もおりましたが、近年はマネ碁対策(シチョウ)が確立したのか棋士で真似碁を打つ方は見受けられません。盤上に左右同形や上下同形が出来ること(特に隅と辺)は珍しくありませんが、そのような時に同形の中央に相当する点に打つのが良い手とされます。ワリウチが代表
58.サバキはツケから石を置く位置は状況により様々です。最初の布石ではポツンと孤立した位置に起きますが、相手のシマリを阻止したい時は桂馬や一間にカカルなど近接する位置を選んだりします。最も相手の石に影響を与える手は「ツケ」になります。ツケル位置も相手の石の上下左右何処でも可能で、多くの場合狙いの位置の反対側からツケルのが一般的です。ツケられた方は無視する(手抜き)ことも可能ですが、続けて打たれると力関係が逆転しますので普通は何らかの対応(挨拶)をします。この受け方(引き・ノビ・ハネなど)
57.勿体ないが負けの元世の中には、物を抱え込む「ケチな人」と浪費癖が習慣になっている「ケチでない人」がいて、碁の戦いでもその性分が勝敗に影響してきます。碁の着手は原則的には「大きさの順に打つ」ものとされます。問題はその「大きさ」の判断で人によってかなり異なります。神様でない限り正しい判定はできませんが、己の物(石)を徹底的に大事にする人と冷静に大きさの順に従がう人とでは判断が大きく変わります。特に、初級者は石を取られるケースや取らせる(棄てる)場合などで、その被害の大きさを正しく判
55.先ず攻めよ、先ず活きよ打っている時に迷うこと悩むことの多くがここは攻めるべきか守るべきかの選択で、攻めるべき時に守りを選び守るべき時に攻めを選ぶと大体は失敗します。正しい選択が出来る人が強い人と言う事になりますが、多くのアマは悩んでいる暇もなくエィヤァと気合で決めます。「先ず攻めよ」と言う事は碁は戦いのゲームですから常に戦うことが最優先の課題であり、全ての思考が戦う事攻めることになっていなければならないのです。次に大事なことは自分の方が弱い立場で戦っても勝てませんから「先ず活きよ
54.石で交渉する碁は基本的にお喋り厳禁になります。口を使うのは反則になります。無意識に「アッ」と声を出してしまったり、「マイッタ」とか「シマッタ」とボヤク程度までは許容範囲ですが、勝負の進行に影響する様な発言は厳格に戒めなければなりません。アマの一部に口を戦力に使う人がおりますが友達を無くすことになります。碁は黙って打つものなのですが盤上は意外とお喋りで両者は交渉ごとに懸命に話し合います。全ての交渉は石を置くことで成立します。『この石を頂けますか』とか『ここに地を造らせて下さい』と
53.消しはボウシ・肩ツキ・桂馬かけ相手の厚みや模様が大きくなってもう一手投入されるとかなり大きな地が確定される可能性が高い場合などは、「消し」の手を選んで制限することを考える必要があります。この消しは相手の勢力圏に近付いて相手の発展を制限するのが目的になります。あまり深入りすると包囲されて命が危険に晒される怖れがあります。危険と安全のバランスでギリギリの位置を選んで消しに望みますが、タイトルのボウシ・肩ツキ・桂馬かけは安全サイドからの消しとして多用されます。あと「割り打ち」や「出入り口
52.鶴翼の陣は理想の構え隅のシマリ(桂馬や一間・二間)に左右の辺の両星あたりに開いた四子の構えを「鶴翼の陣」と言い理想の構えとされます。勿論、そのまま地になる保証はありませんが、敵を構えの中に呼び込んで戦うことで強力な厚みや模様を築くのが狙いとなります。自分が鶴翼の陣を敷くのは奨励されますが相手にこの陣形を許すのは好ましくありません。一辺は許しても左右二辺は阻止すべきとされます。又、左右のヒラキではなく、シマリと辺の一間トビとを組合わせた四子の構えも「箱型の構え」と言いやはり良い構
51.カカリは広い方から相手が隅の星に構えた場合、左右どちらからカカルのが良いのか迷います。勿論、その時点で他の隅がどんな形になっているのか又は空き隅なのかが関係してきますが、カカリを選ぶ場合大原則は辺環境が広い方を選ぶのが適切とされます。カカリに相手は「受け・ハサミ・ツケ・手抜きなど」対応手がいろいろあって碁の骨格が分かれることになります。近年、流行のダイレクト3三は対応手が限定されることに特徴があり、以後の進行が分かりやすくなります。一般的には、狭い方からカカリますと相手の圧力
50.近所付合いはしない「相手が打った石のそばは小さい」「石音の遠くが大きい」と言われます。相手の石に追随することはそこでの後手を意味します。「後手の収穫は半減する」と言います。はっきり何目と分かる収穫でも後手で得られたならば手元に残るのは見た目の1/2にしかなりません。碁はそれほどなるべく後手を避けるべきなのです。命に関わったり布石の要衝ならば後手であろうと打つのは仕方ありませんが、よほど価値が高いポイントや戦いの利益が出ない限り後手は避けたいのです。相手が打ったから「そこを打つ」
49.追えば逃げる、碁は追い駆けっこではない碁で気分が良いのは攻めている時でアマでシノギが得意、「守る方が楽しい」と言う人はかなりレベルが高い少数派です。戦って相手の大石を召し取る様な展開は碁の醍醐味と言えます。多くのアマが勝ちたい・取りたい・攻めたいと思っておりますのでチャンスと見れば闇雲に攻め捲くる方が多いのです。しかし、交互に一手づつしか打てませんので余程周到な準備をして攻めませんと追い駆けっこになって結局取り逃がして収穫ゼロになったりします。攻めたいならば攻めれる準備を考え
48.後から打つ石が前に打った石の価値を決めるこれは当り前のことで碁に限らず何であれ先の決定は後の決定で変更されたり覆るのは当然のことです。ただ、碁の場合はゲームの進行が決断(着手選択・決定)の連続となり結果がすぐ見えてしまうところが辛いところです。打った瞬間に「しまった」と分かるポカもありますが、相手の対応手で次に打つ手が困る場合が多いのです。勿論、相手は安々と敵の言いなりや思惑通りにならない様に打つのですから思い通りにならない方が普通ですが、相手の手だけでなく自分が前に打った手で