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お早うございます今日のお話はスナック菓子の紹介です皆さんキャラメルコーンってご存知ですよね~珍しいバーションの味付けを見掛けたので買ってみましたキャラメルコーン深みショコラ味中味はこんな感じでカカオの深みのある美味しいチョコ味でしたキャラメルコーン日向夏&レモン味中味はこんな感じでレモンの爽やかな酸味がバリウマでした甘さもかなり控えめでどちらも大人の味って感じのお菓子でしたよ~んそれから・・・皆さんも
いつもご覧いただきありがとうございます🙇第152回「常総筑波鉄道鬼怒川線(3/最終回)」を公開いたしました。また同記事のブログ版も解除・公開いたしました。よろしくお願いいたします🙇Youtube版こちらになります。ブログ版こちらになります。
探索日2018/05/05東北本線福島駅から荒川河川敷にのびていた砂利運搬線廃止は1960年代か?このスペースが砂利線跡と思われる左は東北本線砂利線はこのへんで右へ曲がっていくトラックの並び、およびアパートの位置が廃線跡ここには築堤があったので用地幅は広い柵の湾曲に注目していただきたい駐車場が砂利線跡ここも敷地が弓なりになっている福島駅方を見る須川児童遊園になった砂利線用地塀のむこう側が砂利線跡ここに積み込み場があった
探索日2018/05/05東北本線福島駅から松川河川敷にのびていた砂利運搬線1960年代前には廃止されたと思われる福島~瀬上(現東福島駅)間で途中分岐していたこの先が東北本線との分岐点砂利線はここへのびてくる築堤が残っているここが砂利線跡701系電車の走る上り線は、1965年の複線化時に線増されたもの砂利線は奥へ直進し、上り線と交差する上り線の開通は砂利線廃止後砂利線はこのへんにのびてくる上り線の東に出た砂利線跡は、道路に
探索日2018/05/03須川河川敷にのびていた砂利運搬線川砂利の採取は1960年代に禁止されているので、それ以降は他の目的で利用していたと思われる廃止は、上ノ山駅が貨物の取り扱いを廃止した1984年か2月1日か?上ノ山駅は現かみのやま温泉駅かみのやま温泉駅跨線橋から見る砂利線は写真中央左上、濃緑色車の位置へのびていく砂利線左には明星セメント専用線が平行していた砂利線は写真右下から左上道の場所へ曲がっていくガードレール手前沿いが廃線跡今も当時の区画が
探索日2018/05/01陸羽西線清川駅を所管駅としていた専用線資料では国鉄砂利線となっている最上川/立谷沢川からの砂利を運搬していた?廃止は、清川駅が貨物取り扱いを廃止した1978年9月20日か※陸羽西線からの途中分岐の可能性あり清川駅に展示される大正3年の写真右端が貨物用線路と思われる清川駅右に貨物側線があったレールが残っている右が清川駅ここに貨物側線があった枯草に埋もれるレールこの季節でなければ目にすることはないと思う
探索日2018/01/01西武鉄道池袋線元加治駅から入間川河川敷にのびていた砂利運搬線入間川での砂利採取は1967年に禁止されたらしい砂利線の廃止はそのあたりかとこのへんが砂利線末端砂利線跡は道路になった道路が廃線跡砂利線は右へ曲がっていく奥が元加治駅柵の右に砂利線があった柵の右沿いが砂利線跡となりは元加治駅砂利線はここへのびてくる川からの貨車は、この先でスイッチバックし元加治駅に進入していたか
探索日2018/01/01福生駅と福生河原駅を結んでいた貨物線運んでいたのは多摩川で産出された砂利廃止は1959年12月9日奥が福生駅福生河原支線はここへのびてくる支線跡は道路になっている廃線跡利用の道路はいったん途切れるふたたび道路になる右の石垣に使われている玉石は多摩川で採れたものか?道路が廃線跡奥へ続く道路が福生河原支線跡玉川上水を渡る加美上水橋の歴史砂利線の由来が記されている人道橋に生まれ変わった鉄道
探索日2017/12/29南武線宿河原駅から分岐、多摩川河川敷に至っていた砂利運搬線1951年の専用線一覧では、織戸組専用線として記載がある1955年の航空写真では河川敷の線路はすでにない廃止はこの間ということか砂利線はこの先で南武線から分岐、手前へのびてくる柵の右沿いが廃線跡砂利線跡は道路になっているいかにも鉄道の跡といったカーブ宿河原駅方面を見る多摩川堤防上から駅方面を見る奥へ続く道が砂利線跡ここから奥にむかって砂利線
探索日2017/10/07高崎線新町駅より神流川河川敷までのびていた砂利運搬線史料によると、鹿島建設/新町砂利/西武鉄道/新町セメント工業/神流川砂利の専用線となっている廃止は1970年代末か?1975年の航空写真では河川敷に貨車が確認できる新町駅南に広がる貨物側線跡砂利線はここからむこうへのびていく新町駅からのびてくる旧砂利線現在も保線用車両の留置に使用されているらしい神流川方面を見るあの車止めまでは現役高崎線をE231系電車が走る手前
探索日2017/08/16東北本線長町駅貨物ヤードより名取川河川敷までのびていた砂利運搬線廃止は1950年頃か?住宅の並びが廃線跡手前を貨物側線、奥を砂利線が走っていたここは民家脇に線路の雰囲気が残っている木の杭も鉄道時代のものか旧笊(ざる)川を渡る鉄道橋の痕跡はない道路が砂利線跡鉄道時代のカーブが残る砂利線は直進、ガードレールのむこうへ続く奥は名取川堤防名取川河川敷に農道となって残る砂利線跡堤防道路から砂利線
探索日2017/08/13東北本線石越駅よりのびていた山砂利運搬線廃止時期は不明1976年の航空写真では貨車が確認できる石越駅東の貨物側線跡砂利を積んだ貨車はここへ入ってきていたはずわだちが砂利線跡砂利線は撮影地点真下へのびてくる手前は踏切跡左へ曲がっていく路盤がはっきり残る手前は橋梁跡S字カーブを描く砂利線石越駅からのびてくる砂利線跡バラストも残っている採取場方面を見る踏切跡踏切跡から採取場方面を見る高
探索日2017/08/13東北本線前沢~平泉間にあった衣川信号場から北上川河川敷にのびる廃止は1960年頃信号場は1966年4月21日の複線化時に廃止東北本線は複線化時に移設されている砂利線は旧線から分岐していたトヨタアリストの位置を砂利線は走っていたむこうが信号場50mほどやけど築堤が残っている築堤上から信号場方面を見る同じく北上川方面後年に盛られた堤防で砂利線築堤は途切れている奥にむかって砂利線はのびていた『東北
探索日2017/08/11東北本線(現IGRいわて銀河鉄道)一戸駅からのびる正体不明の線路がある山からの砂利を運搬する線だと思うのだが一戸駅に展示してあった、蒸気機関車時代の一戸機関区のジオラマ機関区脇を抜ける謎線がちゃんと再現されているむこうが一戸駅謎線はここへのびてくる砂利線は奥へ続く謎線はこのへんを通過右が一戸機関区跡奥へのびる側溝左右どっちか沿いが廃線跡ここには鉄道時代の区画が健在右下側溝のラインが線路の角度道路に対してなな
今日、坂戸駅に行ったんですが、そのついでに砂利線跡にある謎の貨車を見てきました。ネットでも正体不明となっていますが、自分の推測を並べてみます。・台車周りは軽貨車とその台枠を組み合わせたもの?・上に載せてあるものは、橋桁で、砂利線廃止時に撤去したもの?・車籍はない(確実w)・使用用途はなく、ただ放置されているだけとかこんな感じですかね。ただし橋桁に関してはあまりわかっていません。本当に砂利線に橋があったのかすら不明です。でも川から砂利を採っていた路線なので橋はあった
探索日2016/10/08秩父鉄道秩父本線大麻生駅より分岐、荒川河川敷にのびていた砂利運搬線廃止は1960年頃か砂利線末端からのびる多数のラインはトロッコ軌道と思われる大麻生駅左端の途切れている側線が荒川へ続いていた砂利線現役時に使われていたであろうポイント切り替え機左端の線路が砂利線道として残る砂利線の路盤さっきの途切れた側線はここへのびてくる砂利線は撮影地点付近にのびてくる道になっているのは廃車右付近だけ荒川方面を見る
探索日2016/08/09奥羽本線東能代駅を所管駅としていた専用線ルーツは米代川河川敷へのびていた砂利線Wikipediaには1993年廃止とあるけど、1989年の航空写真ではすでに線路は消えている秋木工業はアキモクボードとして現存秋木線はここを走っていた塀のむこうが東能代駅踏切跡痕跡が残っているレールが埋め込まれている踏切跡から工場方面を見るこの先で檜山川を渡る橋梁が完全な形で残っているレールは橋手前で切断され
ご訪問ありがとうございます。記事は憶測で書いてますので内容に誤りがありましたらコメント等でご指摘頂けると助かります。全国のJR駅が見たい時はこちら→☆第三セクター・私鉄駅が見たい時はこちら→☆皆さま、こんにちは!今日はちょっぴりナゾ多き施設を持つ、土讃線・波川(はかわ)駅の訪問記です。高知県中央部に位置する「いの町」内にある駅でした。波川駅、明治22年までは「波川村」だった地域に位置する無人駅で昭和39年に開業。現在はすべての普通列車が停車しますが国鉄時代は約半数の
探索日2015/12/29小湊鐵道里見駅より分岐していた砂利運搬線廃止は1963年11月らしい房総里山トロッコの停まっているとこが里見駅砂利山線は写真左端付近で右へ分岐していたここが廃線跡浅い掘割りが確認できる踏切跡踏切跡から里見駅方面を見る同じく砂利山方面を見るやはり掘割りが続いている写真下に注目していただきたいレールが残っている右下にレールこの季節でなかったらレール見えんかったやろうな
探索日2015/11/21相模線相武台下駅からのびていた砂利運搬線資料では相模鉄道の専用線となっている同駅の貨物取り扱いは1962年10月10月廃止らしい砂利線廃止はその時やと思う相武台下駅の西に貨物側線が残る奥の途切れているレールが相模川へ続いていた資材の置かれているレールが砂利線の生き残り砂利線は左へカーブし、灰色屋根住宅の左を通過する建物間の砂利道が廃線跡砂利線は未舗装路となっている相武台下駅方面を見る路盤脇の土留石も当
探索日2015/11/21相模線厚木駅からのびていた砂利運搬線資料によると相模興業の専用線になっている廃止は1970年10月らしいただし、相模川からの砂利採取は1964年に禁止されているので、砂利輸送はその時点で終わっているはず厚木駅このレールが砂利線の生き残り奥が厚木駅、右は相模線遮断機の乗っているレールが専用線跡レールはここで途切れる砂利線は坂本祭典の位置へ続く坂本祭典の駐車場が廃線跡湾曲する用地は昔のまま用地脇に国鉄の境界
探索日2015/11/21相模線社家駅から分岐していた砂利運搬線資料によると相模鉄道の専用線になっている社家駅の貨物取扱は1962年6月1日廃止らしい砂利線の廃止もその時やと思う社家駅この先が相模線との分岐点機器箱の位置が砂利線跡左は社家駅右端、車の停まっているとこが廃線跡ここが砂利線跡あの家と手前砂利部分が廃線跡土地境界線が道路に対してななめになっていることに注目していただきたいブロック塀が右へ折れ曲がっている点にも注目してい
探索日2015/11/21相模線西寒川支線西寒川駅から相模川河川敷にのびていた砂利運搬線資料によると相模鉄道の専用線となっている廃止は1960年代中頃『相模線西寒川支線』訪問日2015/11/21寒川駅から分岐、西寒川駅に至っていた支線廃止は1984年3月31日寒川駅に残る貨物側線跡西寒川支線は貨物輸送も行っていた…ameblo.jp西寒川駅跡レールが保存されている砂利線は奥へ続いていた廃線跡は道路になっている高架橋は首都圏中央連絡自動車道
探索日2015/10/11関西本線加茂駅を所管駅としていた専用線資料には京都工事部砂利線との表記もある廃止は1950年代キハ120形気動車の走っているとこは関西本線右のスペースが東伸耐火鉱業所線跡むこうが加茂駅工場方面を見るここに橋があったはずやけど、雑草でなんも見えんここが廃線跡専用線は民家の右へ続く水路の左沿いが東伸線跡田んぼ沿いのあぜ道が廃線跡関西本線より低い位置を走っていた農道になった路盤跡手前が専用線跡奥が関
探索日2015/09/22東北本線小山駅から思川河川敷にのびていた砂利運搬線川砂利の採取は1960年代に禁止されているので、砂利線もその際廃止されたと思われるただし砂利線にはいくつかの専用線が接続していたので、小山駅寄りの部分は1980年代まで生き残った砂利線はこの下を走っていたむこうが小山駅高架橋は東北新幹線新幹線の開業によって砂利線は付け替えられた可能性がある草に埋もれているレールがオリジナル砂利線の跡か?高架下は両毛線新幹線開業後、砂利線は高架下に
探索日2015/09/20東武鉄道伊勢崎線福居駅を所管駅としていた砂利運搬線東武和泉駅付近から分岐、渡良瀬川河川敷へのびていた廃止は1967年3月らしい機器箱付近が伊勢崎線との分岐点砂利線はこのへんにのびてくる砂利線は右へ曲がっていく左は東武和泉駅奥へのびる砂利線写真中央に注目していただきたい橋台やろ、これ位置的にまちがいないと思う水路は昔からあったようやし橋台上から伊勢崎線方面を見るあれは東武和泉駅同じく渡良瀬川方面を
いちご狩りに行った後は、JR相模線の歴史を学んできました☆相模線ってじゃり線って呼ばれてた支線があったんですねー!鉄道の歴史を知るのは興味深くて楽しかったです☆詳しくはOAで♪♪そして、、またまたやってきました、、運動系の挑戦企画!!🤩🤩🤩前回のトランポリンや暗闇のボクササイズでバレてしまった私の運動神経😱笑BMXという小さい自転車を使ったパンプトラックに挑戦してきましたよー!もうね、、うん、、見たことない顔してると思います笑そしてなんと!✨BMXの世界チャンピオンの方と🤩OA
今日は猫の日🐱!!昨日ロケの合間に見つけた猫ちゃん🐱どこで撮ってるの!!ってびっくりすると思いますが、、、もう廃線になった通称じゃり線が寒川駅近くの道にそのまま残っているので、入っても怒られない線路なんです🛤✨近くに行ってもビクともしない、どっしり構えた可愛い猫ちゃんでした☺️ちなみになんで猫の日か知ったかというと、キティちゃんの公式LINEでお知らせがありました😁初めて知りました笑!ありがとうキティさん🐱🎀Twitter→'http://twitter.com/karikawan
皆さま、おはようございます!今朝は昨年の11月に訪れました室蘭本線・竹浦(たけうら)駅の訪問記です。竹浦駅は先週の地震の震源地でもある、道央・胆振地方の白老町(しらおいちょう)にある駅です。白老町の地名は自分は結構古くからしっておりまして、地元・仙台の歴史姉妹都市なのです。仙台藩の陣屋が白老町に築かれたことが由来になってるようですね。白老町内には塩竈神社もあるみたいですよ。そんな白老町にある竹浦駅は明治30年に開設されたそう。かつては漁港で獲れた海産物の出荷で賑わってい
今回は前回の続き、いよいよ西武安比奈線の終点安比奈駅を探索したいと思います。前編をまだご覧になっていない方はこちらからどうぞ。探索日:2017年7月13日※一部写真が2016年1月22日のものがあります。最初のポイント。ここから安比奈駅構内に入ります。最初は車止めかと思いましたが、どうやら積み込み桟橋の跡らしいです。イメージはこんな感じでしょうか。いきなり現れる複線架線柱2本。やっぱり迫力ありますね。これは最近の写真です。トラロープが張られ、看板も建ってしま