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今日は近所でお花見を。桜がきれいなところの近くに暮らせて幸せ手ぬぐいの記事を随分書いていない…!ということで、お正月に購入していた手ぬぐいからお披露目します。丸善「お花見鳥獣戯画五十」。かまわぬ製です。五十…?正式なタイトルなのかな?値札のシールに記されているタイトルなのですが…五十三次なのかも?と検索。多分元ネタはこれですね☆歌川広重「五十三次名所図会石薬師寺」。五十三次名所図会は東海道シリーズなのだそうです。こちらのサイトで見ることが出来ます。↓ht
前回の伊賀市柘植町の記事は石碑と四阿があった、というだけのものですが多くの反応をいただきました。午後4時を過ぎそろそろ日が傾き始めてきました。暗くなる前にもう一ヵ所と思い立ち寄ったのが鈴鹿市の石薬師宿。国道一号線沿いで何か見所はないか調べ向かった東海道の宿場町です。特段宿場町として整備されている様子はなく、近くに記念館や寺院があるくらいです。ごくごく普通の住宅街なんですが、この日は本当に寒かったので誰一人とも見かけることはありませんでした。この後は四日市市の四日市港へ向かい、動
東海道の旅、京都三条大橋をスタートして、二日目のその5です。2023年8月18日(金)15:58亀山宿出ました。巡見道和田一里塚跡和田道標中冨田一里塚跡女人堤防碑東海道案内図国道1号線の手前で一旦道が途切れるので、その為の道案内です。16:57庄野宿に入ります。高札場跡本陣跡脇本陣跡
東海道で結ぶ御宿場印めぐり|一般社団法人静岡県信用金庫協会静岡県内の東海道の宿場町を巡った証にもなる「御宿場印」販売場所をご紹介します。印を集めながら宿場町やその周辺を楽しく旅して、新しい魅力を再発見してみませんか。shizuoka-shinkin-kyoukai.or.jp
前回【1日目-⑨】亀山宿~庄野宿『《ミニベロで行く》東海道五拾三次【1日目-⑨】亀山宿~庄野宿』前回【1日目-⑧】關宿~亀山宿『《ミニベロで行く》東海道五拾三次【1日目-⑧】關宿~亀山宿』前回【1日目-⑦】阪之下宿~關宿『《ミニベロで行く》東…ameblo.jp現在地鈴鹿市庄野町(国道1号・庄野町北交差点)庄野町北交差点より国道1号重複区間を東に進みます。鈴鹿川に架かる宮戸橋を渡り、左に三恵工業という会社を見ながら左斜めに進みます。
日本橋から京都の三条大橋までの東海道五十三次を踏破した思い出を忘れないために、、、という事で書き始めた旅歩きの記事。東海道五十三次としては15日目になります。2014年9月15日石薬師宿を示す案内碑から少し歩くと石薬師宿の本陣跡がある。昔のまま残る小澤本陣跡東海道石薬師宿は元和二年(一六一六)幕命によって設立され宿の名は当時有名であった石薬師寺からとった。大名の泊る宿を本陣といい、小沢家がこれを勤めた。屋敷は現在より広かったようである。残る文
日本橋から京都の三条大橋までの東海道五十三次を踏破した思い出を忘れないために、、、という事で書き始めた旅歩きの記事。東海道五十三次としては15日目になります。2014年9月15日四日市の旧町名「南町」にある道標。当時はこの辺りから先が四日市宿の宿場町中心地だったらしい。ここを西方面へ右折し国道1号線を越えると諏訪神社がある。ボチボチ休憩も兼ねてランチを取りましょう。東海道五十三次踏破の旅で3軒目のラーメン店。1軒目は東京の新橋、2軒目は静
上画像は、JR関西本線加佐登駅。前回は、加佐登駅から旧東海道を亀山宿だったので、今回は、四日市宿に向かって歩いていきます。関西線の踏切を渡り、まずは、国道一号線へ。、歩道を歩き、シェルのスタンドが見えたところで、「サンケイ」側の側道へ。さらに、椎山川を渡ったところで右折し、国道一号線の下をくぐり、上画像の道標で左折。JR関西線の土手に沿って歩き、上画像の道標に従って左折、関西線の下をくぐると、石薬師の一里塚が
無事?検診を終え、今週は東海道四日市から庄野へ。検診は相変わらずの体重と腹回りでした。まあ、大きく成長していないだけよしとするか。ここからスタートです。ここのたい焼きは天然物らしいです。やっぱりこの時間、開いてないか〜シブい店看板。やってませんでしたが…日永神社。スルーしようと思ってましたが、追分にあった東海道最古の道標があるとのこと。大神宮いせおいわけ京山田1656年です。かろうじて読み取れます。日永一里塚跡。建物と建物の間に肩身狭く設置されてます。街道の名
■2022年3月5日昨日の夜、寝落ちして11時45分にふと起きる。完全に、明日の昼の11時45分と勘違い。目覚ましスマホが充電切れになっていたことも勘違いに拍車をかける。アラーム鳴らなかったと。部屋のカーテンを開ければ済んだ話。チェックアウト時間過ぎてるな、とかは思ったけど、昼時間との思い込みに変化無し。今日は早く出て早く庄野宿に着きたかったのに、とか思いながら、歯も磨かずにリュックに荷物を無造作に詰め込んで、準備して出発。あー、今日の旅館のチェックイン、間に合わないと
交差点の20~30M先左手に、「佐々木信綱資料館」がありました。この資料館は、明治、大正、昭和にわたり歌人、歌学者として万葉集研究の最高峰を究められた佐々木信綱博士の業績を顕彰するとともに、市民の文化の向上と広く文学の研究に寄与するため、博士生誕の地に建設されたものです。資料の中には、博士の遺愛品、原稿のほか、「日本歌学史」、「和歌史の研究」、「近世和歌史」の主著3部作をはじめ、歌集「おもい草」、「山と水と」など多数を保管、展示されているそうです。玄関前の植え込みには「卯の花」が植えら
大木のある場所は、「石薬師一里塚址」で、一里塚の石碑と常夜灯それと一里塚についての説明看板が立っていましたが、この説明板によって面白いことが分かりました。1里の長さは、天文9年(1540)冬、足利将軍が40町を1里として一里塚を築かせ、その上に松と榎を植えたといいます。その後慶長9年(1640)2月、2代将軍徳川家忠が東海道、東山道、北陸道の3道に一里塚を築かせ、1里を36町に改めたそうです。1里=36町=36×60間=36×60×1.81818m=3927m(約4Km)一里塚
「庄野宿」の街並みです。あまり宿場町というイメージはありませんでした。昔風の建物も何軒かありましたが、保存されているというより「残っている」という感じの建物でした。庄野宿西の入口標柱から約2分、左手に本日3カ所目の川俣神社がありました。鳥居をくぐり拝殿の右手に「スダジイ」の大木がありました。高さ11m、地上の幹回り約5m、樹齢約300年の巨木です。「川俣神社」から約2分、左手の床屋のくるくる回る看板の横に「郷会所跡」の看板が
(11)【東海道五十三次の旅】自転車で行く東京→大阪の旅《四日市宿→坂下宿》東海道の旅第7日2020年10月7日東海道の旅第7日東京から大阪まで、新型コロナウイルス感染対策を徹底しながら、自転車での旅を決行しました。ルートには国道1号ではなく、江戸時代の東海道を採用しています。江戸時代の旅を感じること、明治時代の鉄道とそれ以前の交通を比べることもテーマのひとつとしました。なお、分かりやすいように「東海道五十三次」のタイトルを設定していますが、京都到着後、残り4つの宿場を通過した、大坂
・・・瑠璃光橋で国道1号線を渡り、進みます・・・石薬師小学校南交差点・・・・・・交差点からすぐにあった、佐佐木信綱記念館・・・・・・記念館の隣は、生家・・・・・・そして生家の隣には、石薬師文庫・・・・・・西日が強いです・・・・・・ほんの100mほどで?には、天野記念館・・・・・・さらにさらに・・・・・・大木神社鳥居前を・・・・・・そして、地蔵堂・・・・・・ここが、石薬師宿の東口?・・・今来た方をパシャ・・・・・・続きは後日・・・
MBSさんのちちんぷいぷい金曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第17章『東海道五十三次の旅』44~46宿目のまとめ。【44~46宿目】2021年02月05日(金)放送旅の内容:●四日市宿→石薬師宿→庄野宿→亀山宿→おまけ▲たまには役に立つ?!くっすん■名物は江戸時代のインスタント食品?!★めっちゃアホな取り壊し?!スタートは三重県四日市市・『日永の追分』。目標地点は三重県亀
いつも応援ありがとうございます。2020年8月29日の伊賀から亀山までの続きです。2020年8月30日7:50今日は亀山駅からスタートです。亀山宿東海道五十三次46番目、京都から8番目の宿場。亀山城の城下町でもあった。前回2005年の「東海道自転車ぶらり旅」では寄れなかった石薬師と庄野へ向かいます。旧道を関西本線沿いに進み、やがて国道1号線に出ます。今日も強い陽射しです。その陽射しを浴びながら国道を黙々と進みます。汲河原町交差点で斜め左の旧道へ入ります。庄
なんちゃって東海道五十三次⑪からの続きです…東海道五十三次アプリの記録🚶♂️86日目(7月27日)🚶♂️4163歩👣四日市宿まであと9812歩👣新聞の投稿欄に私と同じアプリかどうかはわかりませんが、80歳の男性の方が東海道五十三次のアプリを使って毎日1万歩を目標に歩き、50日で完歩されたという記事がありました🚶♂️2回目にも挑戦中だとか🚶♂️凄いなぁ〜私も頑張らなくっちゃ💪87日目(7月28日)🚶♂️3702歩👣四日市宿まであと6110歩👣夕方、雨が降
歩数カウントアプリを使用して、相変わらず疑似東海道の旅を続けています四日市に到着しました。四のつく日に市が開かれていたので「四日市」だってマジか四日市の広重の絵大好きなんだよね。飛ばされた傘を追う男と、橋の上で必死に風と戦う男の対比がすごいんですそして広重の絵の元となった三滝川の現在です。四日市というと昔は公害がすごくて、四日市喘息のイメージがあるけど、今はコンビナートが観光名所なんですね。時代は変わるもんです。石薬師に到着しました。石薬師寺が名所のよう
今回は、四日市宿と石薬師宿の中間にある采女(うねめ)から、目に付いたものをご紹介します。このあたりは人家も少なく、桑名から四日市にかけてのように、気が付く対象もぐっと減ってしまい、亀山宿までの間、歩いているときはとくに退屈でした。しかし、何もない田んぼや川べりを唱歌でも口ずさみながら歩いている方が、江戸時代の旅に近いような気がしました。自動車整備工場の壁に大型カヌー。アイキャッチ用のオブジェにしては大きすぎるような。水害に悩まされる可能性もない台地上ですし、その種の同好会をやっている様
6月3日(水)今日は、久しぶりに有給休暇を取得しての平日ライドをしてきました。最近こんな本を買いました。表紙にも採用されている東海道五十三次の47番目の宿場町、関宿まで行くことにしました。関宿は、過去に何回も行っていますが古い町並みに魅力を覚え自宅から自走で走る定番のコースになってます。石薬師宿を越えて石薬師の一里塚石薬師は、母校の小学校があり中学校への通学路でもあって懐かしさを感じます。庄野宿中富田一里塚東海道近くの井田川駅和田一里塚亀山城趾亀山宿野村一里塚名阪国道の
昨日歩いた石薬師宿で見つけた佐佐木信綱の信綱かるた道に有った短歌です。佐佐木信綱は、石薬師出身の歌人です。佐佐木信綱資料館も有ります。お時間あれば是非
一昨年から歩き始めた「東海道五十三次ウォーク」もいよいよ最終盤。今月の3連休、桜の満開宣言が出た東京~セントレア経由で四日市へ。穏やかな春の陽気の中、1月の終点「四日市宿」からマスク着用でリスタート!(笑)しばらくは車道と歩道の区別が無い細い路地のような道。しかも交通量が多くて、前方を塞がれる事もしばしば。なかなかペースが上がりません。そしてお伊勢参りの道「伊勢参宮道」との分岐「日永の追分」で小休止。この先は国道1号線と付かず離れず距離を稼ぎ、四日市名物トンテキ
早朝の桑名からごきげんで歩き始めたのだけれど、昼過ぎにやってきた四日市で楽しみにしていたなが餅屋さんが定休日だった・・・通り過ぎた支店まで歩いて戻れば25分・・・往復1時間??さて、どうするか・・・。シャッターのおりたお店の前でGoogleマップみながら考えました。そして、東海道を少し進めば、近鉄の四日市駅があることに気が付いた。駅に、地元の銘菓、あるはず!店のHPに表記はないけど、イチかバチかで駅へ。東海道からすこし逸れて駅の方へ。諏訪神社の門前なのでスワマエ。アーケードだ
正月二日。元日に聴いていたラジオで杖衝坂が話題になっていたので、久しぶりに杖衝坂を含めた旧東海道ランをしよう、ということで(*^o^*)#####国道一号線を京・大阪方面へ。日永の追分。右は京・大坂道、左は伊勢参宮道、という三差路。右の旧東海道に進む。#####四日市あすなろう鉄道の追分駅。この路線は、近鉄・内部線だった頃に一度だけ乗車。ナローゲージと呼ばれる狭い軌道(もちろん車両の幅も)が乗車してみて面白かった。今は近鉄と四日市市が出資する
朝起きて見ると雨は降っていない。よく寝られずちょっと心配だが行くしかない。朝食は6時半だというのに、大勢来ている。和洋のちょっとしたバイキングでついつい食べすぎてしまう。7時50分のバスに乗る。お客は2人だけであまり行かないところなのだろう。四日市は、結構大きな町で駅前は道も広い。四日市といえばコンビナートと昔は習ったのだが、そんな感じはないなあと思っていて、鳥羽からの帰りにJRに乗っていると海側にまさしくコンビナートらしい工場群から煙がモクモクと出ていて、今も健在なのだと納得する。店が多
10月4日金曜日夜勤明け、天気も良いし体も調子良かったのでちょっと遠出しまして三重県のほうまで走って来ました今回は、ぼちぼちと進めている「西国薬師四十九霊場巡り」で鈴鹿市の『石薬師寺』へと行きました。鈴鹿まで行く前に亀山の『真善寺さん』にお邪魔しました。頂いた【秋の御朱印】亀山から国道1号線を東へ、約半時間で『石薬師寺』に到着。駐車場が広くなってました【石薬師寺由来】ふむふむ、なるほど山門からに入ると正面に弘法大師を祀る【大師堂】。「鈴鹿七福神恵
♪卯の花の匂う垣根に時鳥(ほととぎす)早も来鳴きて忍音(しのびね)もらす夏は来ぬ今から120年以上も前に発表された日本の唱歌知る人ぞ知る「夏は来ぬ」我々の年代なら聴けば、あ~これね聴いた事あるあるなんじゃないかな~2007年には、日本の歌百選に選出されたとゆう令和の時代にも歌い継がれるであろう名曲実はこの歌詞作者は、おらが村出身の佐佐木信綱とゆう歌人その信綱の故郷である石薬師村を訪れてみた。東海道五十三次江戸日本橋から数えて44番目の宿場町として栄えた石薬
2/2小春日和の中わんこと一緒に歩く東海道、追分駅からの続きに行ってきました。ママとシッターの諸事情で・・約20㌔歩いてます。そんなことしたらボクら死ぬっぢょ!メンバーは、この子たちなんだ前回と同じじゃないか?あすなろ鉄道で追分駅を目指します。8:14発🚋大通りから一本入っただけで、知らないことばかりの市内気になるチキンやさんを発見!ここ気になるわ~っとシッターを後日物色知ってるか~ママとシッターは、感覚が
おらが県内各地の「みえ旅案内所」をちまちまと巡ってオリジナルスタンプを集めてようやくセカンドステージへの応募要件をクリアしたので昨日、2口応募完了!当たれば…三重ブランド認定品としか書いてない何がもらえるんじゃろ?ファイナルまで、まだ時間があるからって事で新しいパスポートを貰い気持ちをリセットして「みえ旅案内所」巡りもうちょっと継続と相成りござ候よ。久し振りに風も穏やで天気もまんずまんずの午後、みえ旅案内所二ヶ所(考古博物館と旧東海道石薬師宿)を目指して自転車でG