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昭和とVANと橘浩介VANのレリーフはVANショップ時代3枚だったか、4枚だったか収集したんです。VANは昭和の金字塔でしたから、現在でも2枚完全状態で当時ものが我が家にあります。VANの向獅子デザインのステッカーです。石津謙介氏が大まかなDesign指示を出して、三木さんがデザインされたとされています。この紋章の中に、本人の隠し文字があるんですよ。これは黙ってこそっと組み込んだとか、、それを知ってか、今のVANはこの向獅子を使用する際その隠し文字を消してますね。最近はもう使用で
サンケイアトムズホーム用・ビジター用1966年~1968年略年表1966年《ホーム・ビジター共通》チーム名をサンケイスワローズからサンケイアトムズに改称したのに伴い、ユニフォームを変更。また、同年夏頃から胸ロゴをSANKEIからsankeiに変更。1968年までホーム用当時日本一のユニフォームと呼ばれていたユニフォームを、2026年最初のプロ野球ユニフォームを語るシリーズとして語らせていただきます。なぜ日本一のユニフォームと当時は言われていたのか、それはグラフィックデザイナ
VANと言えば創設者メンズファッションの生みの親石津謙介の思想を伝えます。出品はショップの金字塔なるKencollectionのモチーフとなるゴールデンリトリバー模った店内用真鍮製看板です。基本外には出回らないものなので大変貴重な逸品だと思います。KENCOLLECTIONCLASSICは、石津氏のライフスタイルをベースに大人のカジュアルシーンにウィークエンドとオフィスカジュアルをテーマにウェアや雑貨を提案しました。服だけでなく、あらゆるステージで「自由な生活スタイルが基本」です。フ
にほんブログ村こんにちは夢を実現させるために常にあなたと向き合っていくコーチングTêteàtête(テタテットゥ)です。ダンディーとは、自分勝手にうぬぼれることである。ファッションプロデューサー/石津謙介(いしづけんすけ)の言葉【幸せレシピ~自分の未来を予約するコーチングセッション】◆コーチングがはじめての方限定はじめてのコーチング(お一人さま1回限定)1回90min¥2,980(税込み)◆コーチングを続けられるか自信がないと感じる
ジョルジオ・アルマーニ氏の訃報に心から哀悼の意を表します。彼は単なるデザイナーの枠を超え、ファッションを通じて「エレガンスとは何か」という普遍的な問いに生涯をかけて応え続けた真の芸術家でした。如何なるDesign含め、造形あるものクルマにしても同じ、どんな仕事も作品も「美しいか、否か、」自問自答で問い詰める。デザイナーの前に始まりは芸術的観点なのです。そう言った感性を多くを学びました。自身が大学を辞めてアパレルの道へ進むキッカケを作ったのは紛れもないVANヂャケットの存在です。文句なしにカッ
VAN・JACの🔴真っ赤なスイングトップをレスキューした✨1️⃣9️⃣7️⃣8️⃣年👔アイビーラグハウスの仕事はレスキューだ!古着の大海原からレアアイテムを救助する。皆さんこんにちは、ラグマスター(ラグハウスの親方)のPikaichiです。ラグハウスとは古着のリサイクル工場の事です。常日頃より、古着のリサイクルや回収にご協力下さり有り難うございます!!今回レスキューしたのは、VAN・JACの真っ赤なスイングトップ。VAN・JACの真っ赤なスイングトップ(ドリズラージャケット
VAN・JACの👔アイビージャケットをレスキューした✨1️⃣9️⃣7️⃣8️⃣年ラグハウスの仕事はレスキューだ!古着の大海原からレアアイテムを救助する。皆さんこんにちは、ラグマスター(ラグハウスの親方)のPikaichiです。ラグハウスとは古着のリサイクル工場の事です。常日頃より、古着のリサイクルや回収にご協力下さり有り難うございます!!今回レスキューしたのは、VAN・JACのアイビージャケット。3つボタン段返りVAN・JACのアイビージャケット。3つボタン段返り、フラッ
昭和世代の男性でオシャレに興味ある人なら、この方を知らないはずはないでしょう。今日は、一世を風靡した“VAN”ブランドの創設者にして我が国の男性ファッションのリーダー的存在だった石津謙介氏の命日・没後20周年にあたります。石津氏は1911(明治44)年に岡山県岡山市に5人兄弟の次男として生まれました。紙問屋を営む父は仕事一筋の真面目人間でしたが母親が非常にオシャレだったそうで、彼はその血を色濃く受け継ぎ自分流に学生服を改造(?)するなど、子供の頃か
スポーツ観戦は好き?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう好きですね、モータースポーツ、野球、プロレス観戦が好きです…「ゴルフ場記念日」1903年(明治36年)日本初のゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」がオープンしました…⛳️このゴルフ場を作ったのは六甲山に住んでいた貿易商で彼らの社交の場としての利用だった為、外国人専用で日本人は利用出来なかったそうです…⛳️先日、パークゴルフで"夫婦対決"は僕が勝利しましたがヨメさんはリベンジを狙ってます…「伊達巻の日」日付けは
IVYファッションをこよなく愛する集団ATC:(AmericanTradClub)の象徴的存在だった「穂積和夫」先生が逝去した報道が一斉に流れた。↓https://news.yahoo.co.jp/articles/ec0e246220514ce20de210111efe36a4f5e2231cATCのメンバーにはその知らせが届いていたが、初七日までは公にしないようにとのご遺族の意向があったので敢えて語らずでした。ATCが発足したのが約20年前、おいらが高校生の頃、「VAN」にあこが
11月2日、VAN創設者石津謙介氏の長男で、祥介さん。本日、一周忌なんです。ご冥福をお祈りします。思えば、石津事務所にも何度か訪ねてますし、お電話でもなんどか、打ち合わせしたりで僕も祥介さんにいろいろとお世話になりました。祥介さんの着ていらっしゃるブレザージャケットクラブジャケットも、僕がオーダーで誂えたもので、「ClubVarsity」クラブジャケット祥介さんにプレゼントしたもの10年前、NHKの番組で、2014なんだったかなぁ。東京青山「街はこうして輝いた」石津謙介BS
アイビー・リーグ・モデル(IvyleagueModel)はブルックス・ブラザーズ・モデルともいう、と書かれていますね。なんとも古いメンズファッションの用語辞典ですが、改めて見ると面白いですよね。そもそも、アイビー(IVY)とか言っても、今の若い方々には分からないかも知れませんよね。アイビールックとも言いますが、60歳~70歳くらいの男性であればアイビールックとか石津謙介のVAN(ヴァン)とか言えば通じるかも知れませんね。アイビー・ルックはアメリカ東部の伝統的な学生スタイル
「神戸ニニンガ日誌」(第3,198号)○1998年頃、VAN創業者の石津謙介さんを訪ねた。当時、石津さん名のブランドを担当していた。「コレクション」について聞いた。○石津さんは大きな魚の骨を持ってきた。「鯛の鯛ってあるでしょ。これはマグロのマグロ」と。自分で釣ったので取り出すという。私が見たのはまだ生乾きだった。○鯛のアラ煮を食べ、箸がうまく運べると鯛の鯛が取り出せる。石津さんに「人間でいうと肩甲骨」と教えていただいた。なので一尾に2個ある。○神吉拓郎『たべもの芳名録』に「鯛
あっ!そういえば、昨年惜しまれながらこの世を去った、あの『VANJACKET』創始者石津謙介氏の長男で、ファッションディレクターの走りでもある故石津祥介氏も劇中でロングインタビューに答えておりましたが、その話の下りで面白かったエピソードをひとつご紹介しますと、彼曰く「昔『スキーショップジロー』のところの青山墓地からの坂道下にデザイナーのコシノジユンコのオフィスがあって、当時の車は性能が酷くすぐにブレーキが効かなくなるもんだから、坂道からそのまま彼女のオフィスに突っ込んでくるこ
今宵は、久しぶりにまたピンチで彷徨います。ピンチは、スコッチで有名なヘイグ&ヘイグ社のブレンデッドウイスキーで当時はヘイグの上位ブランドですね。ピンチは、1970年初頭から1980年位までサントリーが輸入していました。ピンチは、ヨーロッパ向けブランドでアメリカ向けにはディンプルというブランドでした。。自分が大学生の時に1977年から1979年まで原宿スコッチバンクでアルバイトしていましたが、当時のボトルキープ代が確か9,000円でしたね。(以前7,000円と書いたのですがやはり9,00
今日のことば石津謙介さんの言葉お洒落な人より、洒落た人になれ。(ファッションデザイナー)
石津謙介(いしづけんすけ、1911年10月20日-2005年5月24日[1])は、20世紀に活動した日本のファッションデザイナー。株式会社ヴァンヂャケット創業者[2]。日本メンズファッション協会最高顧問。高度経済成長期にあたる1960年代の日本に登場した男性ファッション「アイビールック」の生みの親で、“メンズファッションの神様”と呼ばれた。岡山県岡山市出身。石津祥介は長男、ファーストサマーウイカは曾姪孫。我ら石津謙介アイビーイズムは永遠なり。お洒落な人より、洒落た人になれ!髪を染
【「深紅のブレザー」のこだわり✨】59年前1964年の今日10月10日は………『東京オリンピックが開催された日』☝当時は僕はこの世に産まれて8ヶ月の赤ちゃんの頃👶現在のハッピーマンデー制度導入前は今日10月10日は必ず『体育の日』でした☝7年前2016年に銀座に80万人が集まった「リオ五輪祝賀パレード」メダリストは全員、リオ五輪開催式で着用した「赤のブレザー」&「白のトラウザース(ボトムス)」姿……59年前の1964年の東京五輪でも「赤のブレザー」&「白
11月3日文化の日石津謙介さんの言葉『日本の文化に誇りを持ち、物より文化を輸出する国になろう。』を思い出します。単なる感じ方・イメージではありますが、文化とはデジタルよりもアナログなものに思えます。アナログな文化があってこそのデジタル文明なのかもしれません。『文化と文明』昨日メモに残しました携帯電話・スマホは、正に文明の利器。コレが無かった時代、少年の頃は、女性に電話するにも、親には内緒で『チョット散歩してくる』とか何とか適…ameblo.jp
「神戸ニニンガ日誌」(第2,709号)○拙著『施ば報』あとがきに「『おはようパーソナリティ』の道上洋三さんは、1977年に先輩アナの中村鋭一さんから同番組を引き継がれました」と書いた。○道上さんは、44年以上「朝はいつも新しい」と毎朝声を届けてきたが、昨年九月脳梗塞でリハビリ生活となった。○番組は先週末で道上さんが卒業し、今週から小縣アナ・古川アナが担当する。○道上さんは、中村さんから「リスナーは賢者。分からんことがあったらリスナーさんに訊け」という言葉を守り続けた。あと
皆さんこんばんは(^^)/今日は、クリスマスイブそして、明日は、メリークリスマス!なので、キリストに感謝してから…自分へのプレゼント🎁石津謙介ヴィンテージダイ・ジャパンブルーベスト|ライトアップオンラインストア石津謙介ヴィンテージダイ・ジャパンブルーベスト|上質な大人のためのカタログ通販サイト。アパレル、バッグ、シューズ、ジュエリーといった服飾品から、インテリア、ステーショナリーなどの生活・趣味雑貨、食品にいたるまで、世界中から価値ある商品を厳選してお
こんにちは。JukoolBLASTの塾長、吉田憲司です。今回は、「ダッフルコート」を取り上げてみようと思います。実は、このダッフルコートはかなりの年代物です。ブランドは「VAN」、ヴァンズじゃないですよ、正式には「VANJACKET」でしょうか。そう、かの石津謙介氏が創設された「VAN」です。塾長も、中学時代には塾に通っていました。現在も存在する同業なので、あえてここでは名を出しませんが、家からは少し距離があったのです。当時は、子どもの送迎な
『⭐️石津謙介NHK番組告知12月10日』お知らせです。全国のVANファンならぬ、昭和の金字塔VANヂャケット創設者石津謙介先生の番組を、石津先生の出身地岡山のNHKが制作したそうです。事前…ameblo.jp17日は間違いでした。16日午前1:00〜1:25BS1(15日深夜)の告知!
お知らせです。全国のVANファンならぬ、昭和の金字塔VANヂャケット創設者石津謙介先生の番組を、石津先生の出身地岡山のNHKが制作したそうです。事前告知です。見逃しませんよう。僕もVANtownAoyama写真提供というかたちで協力しましたので多分、番組内で橘浩介、もしくは番組最後のクレジットでも紹介されるでしょう。https://www4.nhk.or.jp/P4563/@okayama「アイビーでいこう~石津謙介生誕110年~」12月10日(金)午後7時30分
昨日たまたまですが車の中でかかっていたラジオで石津謙介さんの話になり、TPOというファッション用語を作ったというのが流れていました。一瞬だけの聞いていたので話の流れが分かっていなかったのですが、そもそも若い世代では石津謙介さんが誰なのか分からないと思いますし、創業ブランドのVANも知らないかもしれません。「メンズファッションの神様」といわれた戦後を代表するファッションデザイナー。日本メンズファッション協会最高顧問で、ファッションだけでなく、ライフスタイルから思想にいたるまで戦後日本の文化
【「深紅のブレザー」のこだわり✨】57年前1964年の今日10月10日は………『東京オリンピックが開催された日』☝当時は僕はこの世に産まれて8ヶ月の赤ちゃんの頃👶現在のハッピーマンデー制度導入前は今日10月10日は『体育の日』でした☝5年前2016年に銀座に80万人が集まった「リオ五輪祝賀パレード」メダリストは全員、リオ五輪開催式で着用した「赤のブレザー」&「白のトラウザース(ボトムス)」姿……57年前の1964年の東京五輪でも「赤のブレザー」&「白のトラウ
記事より】詩人で歌人、劇作家の寺山修司さんが興味深いことをいっていました。「私は化粧する女が好きです。そこには虚構によって現実を乗り切ろうとするエネルギーが感じられます」気取ることも虚飾。気取りがエネルギーになるのです。気取る勇気を持つことです。追伸何気なく「寺山修司」で自分のブログを検索してたら出てきた記事を修正しました。
時が経つのは早いもので、あれからもうそんな年月が経過したんですね。2001年9月11日。アメリカ同時多発テロからちょうど20年。高層ビルに立て続けに旅客機が突っ込む映像はまるで映画を観ているような、おおよそ現実に起きていることとは思えないほどの衝撃でした。ちょうど先程からアメリカで追悼式が始まったようですが、犠牲者は日本人24人を含む2977人にのぼるそう
おいらの世代の人なら50%くらいの人が知っているブランドである。創業者は「石津謙介」さん、おいらが"VAN"ブランドに影響を受け始めたのは高校生、30代前半まではブラントは"VAN"から離れていたがトラッドファッションがおいらのファッションのファンデーションだった。50代になってまたトラッドファッション回帰している今日この頃です。"VAN"下の写真のお店が何か月前からある。とても気になるので、ウォーキングの途中で撮ってきた。多分、飲み屋さんだと思う
「天才の頭の中を覗いてみたい」誰もが1度はそんなことを考えたことがあるのではないでしょうか。それでは今や世界一の漫画家と言っても過言ではない「ONEPIECE」の尾田栄一郎先生。この方の頭の中は一体どうなっているのでしょう。「その人の本棚を見ればその人が分かる」という言葉をもとに、尾田先生の本棚に並んでいる本を紹介している記事がありました。