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現在、熟読中❗️実録極悪ヤクザ伝仁義の墓場「石川力夫」❗️石川力夫親分の破滅的な生き様が鮮烈に見る者を魅力します❗#実録極悪ヤクザ伝#仁義の墓場#石川力夫
ひとつ前の当ブログで、旧・日活が東映に先んじて「実録路線」に進んでいたかもしれなかったという話を書きました。5月13日の当ブログでも取り上げましたが、旧・日活末期に『関東幹部会』(1971沢田幸弘監督)にチーフ助監督でついていた伊地智啓さんが、渡哲也さん主演の企画として新宿で暴れまわり堕ちていったヤクザ「石川力夫」を調べていたのです。のちに「石川力夫」というネタは『仁義の墓場』(1975深作欣二監督)となって、病み上がりの渡哲也さんの放つ幽鬼のようなオーラが鮮烈でした。もし、それより先に
ひとつ前の当ブログで、『仁義の墓場』(1975深作欣二監督)で渡哲也さんが演じた「石川力夫」を、1971年の時点で日活で映画化しようとしていたというエピソードを書きました。日活ニューアクションで先に「石川力夫」を描いていたら、のちの『仁義の墓場』(1975深作欣二監督)は無かったかもしれないのです。そういえば、『仁義の墓場』が公開されたとき、これは「遠く年を隔てた『無頼』の完結編だ」と書いている映画評論家がいたなあ。単に、同じ藤田五郎さん原作で渡哲也さん主演ということで言われたと思っていま
4つ前の当ブログで、渡哲也さん主演『大幹部・無頼』(1968小沢啓一監督)の中で二谷英明さんが殺され、その死体の横に子供へのおみやげのケーキがグチャグチャに踏み潰されているシーンは、後年『仁義なき戦い』(1973深作欣二監督)で、松方弘樹さんが子供に買ってあげようとオモチャ屋さんに立ち寄って殺されるシーンと似ているという話を書きました。『無頼』シリーズは、『仁義なき戦い』に始まる「実録路線」の遠い先駆ではないかということも書きましたが、その頃に興味深いエピソードがあります。園田郁毅さんと
今年公開された東映映画「孤狼の血LEVEL2」において話題になってるのがこれまで良い人キャラを演じる事が多かった鈴木亮平君が演じた上林成浩という破天荒なヤクザの残忍極まりない演技。1975年(昭和50年)公開のヤクザ映画「仁義の墓場」で渡哲也さんが演じた、石川力夫のオマージュじゃないかという噂もありまだ観てなかった当作品のDVDを借りて観てみた。仁義の墓場は実在したヤクザである石川力夫氏の仁義、組織、盃、掟に牙を剥き戦後ヤクザの語り草ともなった型破り、かつ破滅的な生き様を
公開日1975-02-15国日本時間1時間34分関連人物鑑賞日2019-01-07評価備考伝記としてならば許容されよう
8時起床敗者が歯医者に行く貧すれば鈍する書いてる本人も下らないのは自覚大目に見て呉れでホットモット弁当予約朝トースト2枚午洋風バラエティ弁当&山盛りキャベツ晩うまかっちゃん(鶏卵入)食後、明屋書店、オーリーとゴング格闘技読む聴いた曲スピードをあげよルーザ町田康青空ザ・バースディ観た映画仁義の墓場1975年日本深作欣二反逆者・石川力夫の話渡哲也主演大笑い三十年の馬鹿騒ぎ良い句でR死ぬる前には誰もが詩人になれる↑勉強できんが、
極道世界の"狂犬"と恐れられたやくざ---仁義の墓場「石川力夫」の生き様1975年深作欣二監督作品公開当時は、実在のやくざ「石川力夫」の破滅的な生き様を凄惨な暴力描写で貫いた話題作であった。石川力夫を渡哲也が熱演している。渡哲也は、療養を経ての病み上がりで熱演する。それがかえって麻薬に溺れた石川力夫の晩年をリアルに体現した、と評判になった。『仁義の墓場』終戦直後の新宿は、ヤクザと外国勢力との抗争が続く混乱の只中にあった。テキ屋一家「河田組」の石川力夫は兄弟分の今井、杉浦と
『仁義の墓場』1975年(日)深作欣二監督作品敗戦後の混乱期に、ヤクザ社会の掟である仁義を破り我が道を貫いて死んでいった実在の人物石川力夫の30年間の疾走を描く。監督は『仁義なき戦い』シリーズの深作欣二で、『仁義なき~』では菅原文太を主演に置きながらも群集劇だったのに対し、本作は渡哲也演じる石川力夫の『個』に迫る。主人公石川力夫は、親分に対しても牙をむき、契りを結んだ兄弟分でさえ射殺する。かと思えば、涙を流しながら愛する女の骨壺をかかえ、ポリポリと遺骨を食
「仁義」を葬ったチンピラの実話監督:深作欣二出演:渡哲也、梅宮辰夫、郷えい治、山城新伍、高月忠、ハナ肇、室田日出男、曽根晴美、郷えい治「仁義」もクソもない、破天荒なチンピラの実話。昭和20年代、ヤクザと言えど「仁義」だけは重んじていた時代に、親分を切りつけるは、庇ってくれた兄貴分を殺すは、ヤクザでさえ手のつけられない、破天荒男がいた。石川力夫。それを渡哲也が演じている。すっごいムチャクチャなキチガイ男なんだけど、二枚目渡哲也が演じると、
■9人目:石川力夫■『仁義の墓場』より■渡哲也:1回目[9人目:石川力夫]日本映画学校に入学するまで、俺にとって「バイオレンスの限界」は『タクシードライバー』だった。「俺はこれ以上危ない映画を見たことがない」と信じてた。だが「トラビス」を超える“ヤバ男”「石川力夫」を観て、「カンヌ国際映画祭パルムドール」が「あてにならない」ことを知った。「賞」を受賞してない映画が「パルムドール」を超える衝撃をパンツにつくまで思い知らされる。「日本映画」を志す決定的な「洗礼」となった。「力夫の台詞」は
皆様。こんばんは。平成二十八年(2016年)七月三日です。深作欣二監督の八十六回目のお誕生日です。サクさんは、昭和五年(1930年)七月三日に茨城県水戸市に誕生されました。日本映画を牽引する大傑作群を東映を本拠地として多数発表されました。代表作の一本『仁義なき戦い広島死闘篇』を「菅原文太」のテーマで尋ねておりますが、発表が遅れておりますことをお詫びします。すみません。本日ご紹介したい傑作は昭和五十年(1975年)二月十五日公開、製作東映京都、原作藤田