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2026/2/16(月)先週のブログは「冬の富士山を仰ぎ見る旅」に明け暮れたが、その間にも旅から帰った翌日の12日(木)からは巡礼ウォーキングに連日行ってきた。そしてウグイスの初鳴きを14日(土)に確認した。巡礼ウォーキング中の御蔵山の「宝寿寺」と日野の「法界寺」でどちらも発声練習かのごとく、3回ほど短く「ホケキョ」と鳴いただけだったが、すぐそこに春が来ていることを感じた。拙ブログを振り返ると去年の初鳴き観測は3月1日、一昨年は2月14日だった。そんな中、昨日は修学
おはようございます。昨日はあったかい一日でした。明日から、今季最強レベルの寒気が流れ込むという予報が出ています。特に、今回大雪に見舞われた地域に再び大雪の可能性もあります。気象情報にお気をつけてお越しください。さて、今日から、宝蔵寺で寺宝展が行われます。【宝蔵寺】弘法大師空海の創立と伝えられる。その後、文永6年(1269)如輪上人により元西壬生郷に開基される。弘安2年(1279)に如輪上人が遷化、天正9年(1581)玉阿律師が中興再興された。玉阿律師は天正18年(1590)に遷化
京都は紅葉がきれいなのは11月20日ぐらいどっせと、昔大徳寺のお坊さんに言われました。子育て仕事で必死の時は行けませんでしたが、時間ができてからは秋になるとふらふらと紅葉を見に行きます。今年も寒くなると焦っていましたが、大衆演劇という大事なことがあり(^O^)今日になってしまいました。去年出かけたのも同じ日でしたがとてもきれいでした。今年は凄く暑くて秋は遅いな、と思ってましたが冷え込んだのが早かったので焦りました。去年は伏見稲荷で降りて歩き始めましたが、今年は龍谷大前深草駅から歩き
江戸時代の奇想の絵師、伊藤若冲は、晩年を石峰寺周辺で過ごし、伊藤若冲の墓は石峰寺にあります石峰寺には、伊藤若冲が下絵を描き、住職と協力して制作した「五百羅漢像」も残っています命日の9月10日には、毎年「若冲忌」という法要が行われていて石峰寺保有の若冲の作品が期間限定で特別公開されます法要は11時から開始少し前に石峰寺に到着しましたここを参拝するのは、これで2回目石峰寺は黄檗宗の寺院なので中国風の山門です拝観料を払って、まずは庭の「五百羅漢像」を見学します
若冲が晩年どこかのお寺で余生を送ったことは知ってましたがまさか、我が家から自転車で行けるとことは・・このお寺「石峰寺」で毎年若冲の命日の1週間前から若冲忌ということでお寺所蔵の若冲の絵を見せてくれます。行ける日がこの日しかない!だけど生憎この日は台風🌀接近中💨まさかお休みなんてことはないよね・・だけど、豪雨で目が覚めることもなくなんかいけそうじゃない??という天気そう思い、昼頃出発昨日までと違い明らかに涼しい!自転車にはサイコーじゃん!とノリノリで行くと地味にダラダラ
蔵出し京都画像〜京都画像クイズNo.275は伏見区深草の寺院問題でした。問題の寺院には五百羅漢像があります。五百羅漢像の画像はありますが、現在撮影禁止ということで今回は画像🆙は控えます(1度は🆙しましたが、やはりやめました)🥺。この先に五百羅漢像がありました。ヒント画像この画像でかなりの方が分かったようですね。向こう側から見ると総門拡大していただくと分かりますが、2回目に訪れた時は台風で羅漢像の拝観はできませんでした😥。それでは正
7月昨日も暑く、茅の輪くぐりに行こうかと思ったけど、結局クーラーの部屋でダラダラ勉強をしていましたちなみに水無月は好きではないので食べずに過ごした2025夏越の祓・・先日の話伏見区の石峰寺へ行きました初めてです、ワクワク空が非常に怪しい赤い竜宮門こちらは黄檗宗のお寺ですすぐ近くに伏見稲荷があるのですが、こちらはインバウンドいなくて落ち着きます伊藤若冲のお墓若冲と密山が造った五百羅漢が竹林の中に点々とありまして、めっちゃ風情があって羅漢さ
龍神画はこちらに掲載しております覗いてみてくださいね『5月17日現在手元におられる龍様です♪』龍神ヒーラーMIEこと龍神画家の紅龍です不思議話等メインブログで発信しておりますよろしければそちらもどうぞ『プチ旅行デビュー♪』龍神画はこちらに掲載…ameblo.jp現在ある龍神画はこちらでご確認ください龍神画家の紅龍です🐉美容院に行って来た一般的にはさ。こんな髪型にして下さい。って画像持ってったりするよね?昔のわたしもそうだった。でも、最近は
UKの歌姫LucyThomasがうたうWomaninLoveをきいている。その歌声と美貌に癒されている。このところ、オレの身の回りではいろいろなものが壊れる。つぶれたり千切れたりもする。異常な頻度だ。先日は、育苗用のトレイを踏みつぶし、コンクリブロックを用水に落として破砕した。代掻きの仕上げにはしごを耕運機で引っ張って滑らかな田面をつくるのだが、結んでいたロープが切れた。しかも、2回だ。年度が新たになり、いくつかの役割のうち大きなものに区切りがつき、荷が下ろせた。これで
こんばんはー♪♪v(⌒o⌒)v♪♪元々の予定やったら、今頃はライブレポを書いてたんです。3月2日は京都で行われたフリーライブに参戦するつもりやったんです。実は3月2日の朝6時頃に親父が入居しているサービス付き高齢者住宅の当直の人から電話があり、「息苦しいと言われ、看護師が観ているので直ぐに来てもらえますか」と言われました。直ぐに向かったところ、看護師さんから「救急車を呼びました」ということで救急車で病院に搬送されました。検査を行った後に説明があって、肺炎ということで画像
おはようございます。今シーズン最強・最長寒波による大雪は、2回目のピークとなる予報が出ています。9日頃にかけて、普段、あまり雪の降らない西日本の平地でも大雪の所があり、道路など交通機関への影響が大きくなるおそれがあります。東・北日本でも、災害級大雪や積雪急増の所がありますので、大雪・猛吹雪・高波にご注意ください。近畿地方では、7日(金)は北部で警報級の大雪になる予報が出ています。午後は積雪が急に増える恐れもあります。京都、彦根、岐阜、名古屋の各気象台は、8日〜9日に京都府南部の平地で最大1
にほんブログ村どもども~、どもで〜す(^^)/♪。ヒイラギの花が咲きました。本格的な冬がやって来ますね。寒くなりました。ご自愛下さいませ🙇♀。🔹京都生まれ京都育ちの太郎が京都のお寺さんに行きました。先般、人気都道府県ランキングが発表されましたね。私は思いますョん、なんやろね?と。京都に限った事ではないのですが、知名度が低くても素晴らしい所は数限りなくあります。今回お参りした所は多分、ガイドブックやネットのお勧めには載らないだ
土曜日。相方は早くに出かけた。目が覚めてしまったので、そのまま二度寝せず歩きに行くことにした。外でモーニングを食べようどっち方面に行こうかなぁ。とりあえずあまり考えずに歩き出した。最初はご近所の神社にでもと。途中から、もう少し歩けるかな、どうせならと…新婚時代に住んでいた伏見稲荷まで、足を伸ばした。(近くはないです)築34年になるはずの賃貸ハイツは、見た目変わらずとても綺麗に存在していた。そしてそのご近所のお寺、石峰寺。伊藤若冲さんが晩年過ごしたお寺。裏庭に、若冲さんが下
私が感動の出会いをしている間、夫はひとり京都の旅を楽しんでいた。夜、待ち合わせの京都駅で、夕食を取り、ホテルにチェックイン。そこで、この街の異常な状況を彼は報告する。彼が醍醐寺へ向かう時、まだ紅葉の時期でもなく、平日もかかわらず駅前のバス乗り場はご覧の通り。2、3台見送らなければ乗れない状況。世界的にオーバーツーリズムが問題になっているけど、さすが京都は世界的な観光地。去年のローマを思い出す。よって、早起きして混まない
241003読売新聞「若冲・応挙「国宝級」コラボ」2025年6月~大阪中之島美術館伊藤若冲1716年~1800年伊藤若冲宝蔵寺『【京都市中京区】伊藤若冲ゆかり宝蔵寺①』寺社No.5821御朱印No.6105、6106無量山如輪院寳藏寺京都府京都市中京区浄土宗西山深草派伊藤若冲ゆかりの寺2022年2月21日伊籐家菩提寺BS朝…ameblo.jp伊藤若冲墓所石峰寺『【京都市伏見区】五百羅漢石峰寺』寺社No.5275御朱印No.5452百丈山五百羅漢石峰寺京都府京都市伏見区
文を綴るのは久しぶりですこの夏は暑かったですね現在も暑いですが‥初夏に仕事を辞めてから旅行しまくり散財しまくりしていたのですが、その旅行でリュックを背負って過ごしていたことが災いしたのか、騙し騙し凌いでいた◯十肩がひどくなり、毎日整形外科に通う日々に‥‥一気にその世代になりました‥‥しかし、その肩が治りきらないのに、大学に通い始めることになり、年代世代を行ったり来たりする夏でしたそして、肩を病みつつ過ごした、大学の科目履修生生活が先週ついに終わりました!!何十年ぶりの熱い過酷な学生
おはようございます。今日は伊藤若冲の忌日です。8年前に生誕300年ということで、各地で展覧会が開催されて、伊藤若冲ブームとなりました。あの時、東京都美術館で開催された展覧会では最大320分の待ち時間が話題になりました。待ち時間が話題になった展覧会【伊藤若冲とは】伊藤若冲(いとうじゃくちゅう、1716年3月1日(正徳6年2月8日)-1800年10月27日(寛政12年9月10日))伊藤若冲出典Wikipedia江戸中・後期の画家。京都・高倉錦(にしき)小路の青物問屋「桝源(ま
おはようございます。今日から、宝蔵寺で寺宝展が行われます。【宝蔵寺】弘法大師空海の創立と伝えられる。その後、文永6年(1269)如輪上人により元西壬生郷に開基される。弘安2年(1279)に如輪上人が遷化、天正9年(1581)玉阿律師が中興再興された。玉阿律師は天正18年(1590)に遷化、天正19年(1591)に現在地に移転した。本尊阿弥陀如来像は、元禄13年(1700)と刻まれている。天正年間(1573~1591)秀吉の寺町整備により寺町の裏側に当たる裏寺町に移転した。元治元年
さてさて………………JR稲荷駅の【ランプ小屋】を出発したココロは、ランチをとり損ねたがこの日最期となる目的地へと向かった……………おおーーーーーーーっ見えてきたぞーーーっ到着したのは………………【石峰寺(せきほうじ)】京都府京都市伏見区深草石峰寺山町26【羅漢参道唐門】【石峰寺】は、宝永年間(1704年〜1711年)黄檗宗第六世賜紫千呆性侒(せんがいしょうあん)が創始した。平安時代中期に摂津国多田郷に建てられた【沙羅連山石峰寺】に発するという。兵火に遭い、寺は焼失したが、本
日曜日は六甲山へ紅葉狩りにいってきました。ロープウェイに乗る前に鼓ヶ滝へ六甲有馬ロープウェイ🚡に乗りました。これは良かった!紅葉🍁が堪能できました。六甲ガーデンテラスへ六甲山もめっちゃオシャレなっていますね。久しぶりに六甲山の夜景をみました。このロープウェイはスイス製だそうです。ロープウェイ🚡で降りてきたらもう真っ暗でした。淡河の石峯寺でライトアップイベントやっていたので急いで行ったのですが終了寸前!駆け足で写真だけ撮って帰りました。
さて、恒例の秋の旅行今年は母と妹を連れて5泊6日のかなりの日程となった無理して長日程にしなくても良かったのだがもう母も85歳、来年、再来年に一緒に行けるかどうかでもまだ足腰は元気なので(おけらの方が座骨神経痛で足腰弱いかも)今のうちにちょっと頑張ってみるか、という事にした東京駅をほぼ7時に出発京都駅で乗り換え、伏見からスタート7年前に友人達と同じコースを今度は家族で『旅行初日』てな事で京都駅からJRで南下して東福寺へ、有名な通天橋からの紅葉はまだまだ先と言
石峰寺と若冲、京橋の居酒屋金澤成保洛南深草の山裾に、禅寺・石峰(峯)寺がある。江戸時代の奇才画家、伊藤若冲の五百羅漢像を楽しみに参詣した。近鉄龍大前深草駅を東に10分ほど歩くと、朱色の「竜宮造」の門が迎えてくれる。黄檗宗の小さなお寺である。残念ながら五百羅漢像は、写真撮影は禁止であった(拝観料300円)。帰りに京橋で、一杯やることにした。石峰寺の由来と若冲石峰寺は、平安時代中期に摂津国多田郷に建てられた、沙羅連山石峰寺に端を発するという。その後、焼亡したが、正徳3年(
昨日のウォーキングは、母校の近くをウロウロ。「丹波橋」駅から北上して、藤森神社、宝塔寺、石峰寺を巡り、最後は伏見稲荷大社へ。約5kmほどのお手軽コースでした。それにしても、まだまだ暑い。朝10時に集合して、歩き出すとすぐに汗。丹波橋と墨染の中間にある疏水事務所辺り。こんな所、知らなかった。この後、墨染駅近くまで、疏水沿いを歩きました。そして、藤森神社、宝塔寺と参拝。宝塔寺は、深草山。仁王門から本堂に向かう坂を見て、一瞬怯んだけど、ちゃんと登りましたよ。そして、石峰寺。黄檗
50才大学生石峰寺で若冲に魅る京都石峰寺若冲が晩年を過ごしたお寺期間限定で若冲作品をを公開している(現在は終了してしまったみたい)お寺の和室で、ガラスケースも無しにごく間近で若冲筆使いや、墨ののせ方どんな紙を使っていたかが本当に勉強になる若冲顕彰会特別展の立札奥ゆかしい佇まい千と千尋の神隠しみたいな雰囲気ご縁がありそうなお寺だなぁ寺院内は、ほとんどの場所が撮影禁止パンフレットから抜粋米一斗と、若冲の絵一枚物物交換だったらしい現代なら、1万円位で本物の若
おはようございます。台風13号(あっという間に熱帯低気圧になってしまいましたが)の被害はありませんでしたか?さて、今日は伊藤若冲の忌日です。7年前に生誕300年ということで、各地で展覧会が開催されて、伊藤若冲ブームとなりました。あの時、東京都美術館で開催された展覧会では最大320分の待ち時間が話題になりました。待ち時間が話題になった展覧会【伊藤若冲とは】伊藤若冲(いとうじゃくちゅう、1716年3月1日(正徳6年2月8日)-1800年10月27日(寛政12年9月10日))伊藤
江戸時代の画家、伊藤若冲が晩年を過ごした黄檗宗「石峰寺」には若冲のお墓があります。晩年は天明の大火によって自宅を焼失。絵とお米を交換しながら、描き続けた若冲。この羅漢参道唐門の裏山には、若冲が下絵を描き石工に彫らせた「石仏五百羅漢」が安置されています。「賽の河原」撮影厳禁につき、この画像はお借りしています。境内の片隅の桔梗は、まだまだ美しく帰り道では、特に歯痛にご利益があると言われている「ぬりこべ地蔵」さんでのんびりと休んでいた猫ちゃんです。今の
名古屋のシンゾウです今朝も良い天気です。シーツと掛け布団を干すことにしました。昨日の問題に誤りがありましたので、お知らせします。【9166】~【9170】の臥龍庵(誤)→閑臥庵(正)でした。思い込みは辛いですね。コメントで知らせてもらうまで、自信を持って間違っていました。この思い込みによる減点は勿体ないですね。本日のブログを更新します。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆本日の問題(860)◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆《漢字書き取り問題》(!)
深草にある石峰寺-せきほうじに行きました。黄檗山を本山とする黄檗寺院だそうです。伊東若冲のお墓や若冲発案の五百羅漢があります。五百羅漢の写真撮影は禁止なので、絵はがきを購入しました。昭和54年放火により焼失するまでは薬師如来が本尊だったそうですが、昭和60年本堂再建時に釈迦如来が本尊になったそうです。近くに伏見稲荷大社があります。夏越の払いの茅の輪が作ってありました。アクセスはJR稲荷駅、または京阪龍谷大前深草駅です。
伊藤若冲が石像の五百羅漢を作った寺は伏見・深草にある黄檗寺院・石峰寺。江戸中期の京都で活躍した若冲は、高倉錦小路の青物問屋に生まれ、23歳で家督を継ぐ一方、画業に勤(イソ)しんだ。当初、狩野派を学んだと云われるが、宋・元・明の中国画を独自に研究、鶏を庭で飼って写実を徹底し、描写力を高めながら独自の画風を開いた。30代後半に相国寺の大殿(ダイデン)禅師に参禅、若冲居士を名乗り、40歳で家督を次弟に譲って絵画に専心、10年以上かけて完成させた
【Q18766】作詞・肥後義子、作曲・山本直純。Jリーグ・川崎フロンターレのサポーターが試合前に合唱し、川崎市のゴミ収集車が流す曲としても知られる、1984年に川崎市の市制60周年を記念して制作された、「♪多摩川の明ける空からきこえるやさしい鳥の歌」という歌い出しで始まる川崎市の市民の歌は何?【好きですかわさき愛の街】【Q18767】明治18年、当時主流だったフランス法学に対し英米法学の影響が強かった旧東京大学の関係者18名によって設立され、専修学校(現・専修大)、明治法律学校(現