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あかね古墳公園8(滋賀県東近江市)2024年7月25日天乞山古墳の埋葬施設は、これまでに何度も“お忍びの訪問者”に見舞われ、そのたびに中を荒らされてしまいました。その結果、墳頂部の中央にはぽっかりと大きなくぼみが…。まるで「ここに宝があったんやで」と言わんばかりの、ちょっとした“古墳のため息”のようにも見えます。時代を超えて人の強欲に翻弄されながらも、それでもなお、どっしりと構えるその姿には、どこか達観したような風格すら感じられます。「まぁ、これもまた歴史の味わいやな」
あかね古墳公園7(滋賀県東近江市)2024年7月25日あかね古墳公園で設えられた各種案内板のプリント画像が素晴らしいですなあ。さて、天乞山古墳頂上の埋葬施設は何度も盗掘を受け続け石室は壊され、副葬品は見つかりませんでした。残された大きくて扁平な天井石3個や穴のくぼみより6~8mの竪穴式の石室があったと推定されます。そこにあるのは調査により知りえた資料から復元された竪穴式石室です。埴輪は造り出し付近から円筒型や朝顔型円筒埴輪が出土し、この特徴から作られた時期は5世紀前半と推
昨年12月17日に訪れた愛媛県今治市にある野々瀬古墳群、続きです。今日アップするのは野々瀬古墳群の中で2番目の大きさの五間塚古墳(野々瀬12号墳)です。(傘がない土砂降りの中の野々瀬古墳群巡りだったため、一番大きな七間塚古墳は断念しています。車を停めた場所から七間塚古墳まで遠かったので)↑五間塚古墳(野々瀬12号墳)北側から小さい古墳を見過ぎてるせいか、直径15~16メートルほどでも、「大きい!」という印象をもちました場所はこちら:33.991550,133.030793
今日も昨年12月17日に訪れた愛媛県今治市、旧朝倉村にある野々瀬古墳群、続きです。↑野々瀬10号墳(野々瀬古墳10号)、北西側から10号墳も成形されていない現状ですね。↑南側、横穴式石室が開口していました↑奥を撮れず膝や肘を地面に付けば奥も撮れたのでしょうが、なにせ土砂降りの中ですし。↑9号墳・10号墳がある向かい側、お寺の境内に2基の古墳が見えますね。詳細な報告書や分布図を持っていないので、何号墳か?わかりません。今治市の野々瀬古墳群
2026年2月冬のド真ん中北海道であろうが大阪であろうが沖縄であろうが極寒の季節。違いは、雪が積もるのか否か。どんなに寒くても走れる環境下に身を置けている事はオートバイ乗りにとって有難いデスネ。あともう少しですね。2月4日(水)晴れ☀️気温14°C2月としてはとても暖かいこの日。今日のプチツーリングは《奈良の明日香村》自宅からは30km弱の距離いつもの様にK1600を走らせた。飛鳥駅周辺空は快晴、風も穏やかとても温かく感じる。秋の14°C真冬の14°
今日も愛媛県今治市朝倉南にある野々瀬古墳群、続きです。↑キレイにされている野々瀬7号墳(野々瀬古墳7号)、北側から場所はこちら:33.990533,133.032899↑7号墳の東側凹みがありますね。おそらく石室のある箇所。↑こちらは野々瀬8号墳(野々瀬古墳8号)7号墳のすぐ西隣に位置しています。↑野々瀬8号墳、西側の様子↑野々瀬9号墳(野々瀬古墳9号)↑野々瀬9号墳、角度を変えて見学しやすい
昨年12月17日に訪れた愛媛県今治市、旧朝倉村にある野々瀬古墳群巡り、続きです。↑野々瀬3号墳、南側から昨日アップした2号墳も奥に写っています。横穴式石室が開口場所はこちら:33.991799,133.031788↑中に入れるかな~と近づいたら・・・・あっ!中が狭い!!↑これは古墳マニアの先輩方でも中に入れないですね↑デジカメで奥を撮ろうとしたら、イマイチな写真に↑野々瀬3号墳、東側の様子見学しやすい古墳が多
横沢古墳構造横穴式石室を有する円墳規模墳丘直径16m・総高3.5m(推定)石室全長8.3m・最大幅2.3m・天井高2.5m(推定)この古墳は、古墳時代後期(6世紀後半)につくられた円墳で、その石室の規模は市内で最大のものです。また、墳丘は、当時の姿をよく保ち、とくに墳丘の裾を一周する葺石はこの地方で唯一の例であり、たいへん貴重な古墳です。石室内からは、土器類・刀剣・鏃のほか、馬具である轡や金銅製の鈴などが出土しており、このような大型の石室や、りっぱな副葬品から、
今日から数回に分けて愛媛県今治市、旧朝倉村にある野々瀬古墳群をアップしていきます。↑道路沿いにあった「野々瀬古墳群」の案内板野々瀬古墳群は、瀬戸内海国立公園笠松山のふもとに点在する県下最大規模の群集墳といわれており、確認できる古墳はいずれも円墳で、6世紀後半から7世紀前半に造られたものです。昭和初期には松林の中に100基以上の古墳が確認されていましたが、戦後食糧増産のために林を切り開き開墾されました。そのため多くの古墳が破壊され、現在、墳丘や石室が残っているものは20基程度です。(後
七五三の時、おばあちゃんに連れられてお参りしたのが、こちらの神社さんでした。境内に古墳があり、小さかった自分には怖かったというか、ちゃんとしなければいけない雰囲気の神社だった記憶があります。おばあちゃんに会いたくなったら、お参りしています(おばあちゃんは神社には居ませんが)古墳は神社一番奥の石室にあり、6〜7世紀頃に建てられた豪族のお墓らしい。古墳がある以外は、普通の神社さんに見えます。こちらの狛犬さんが、優しそうで好きなんです。五社というのは、神様が五柱いらっしゃるということだそう
昨年12月17日に訪れた愛媛県今治市にある古墳、続きです。↑一本松古墳(根上松古墳)、北側の様子場所は今治市の南端、旧朝倉村。ファミマ今治朝倉店の裏にあります。墳丘上の松→昭和55年、台風によって倒れて根本から銅鏡が出土したようです。そうすると、今の松はそのあとに生まれた松っていうことですね。場所はこちら:34.006088,133.006920↑一本松古墳についての解説板のようなものがありました。↑一本松古墳(根上松古墳)、東側から直径27メ
皆様おはようございますダス!昨夜もワシは水戸黄門を見とったダス!そしたらいきなり清三さんがおったダス~☆花火職人さんのお話だったダス🎆花火打ち上げのときの事故で職人さんは目を傷めてもたんダスな💦なので花火の玉に顔を近づけとるダス。花火職人さんのとこに妨害が入るダス!花火こしらえとる小屋に放火するという恐ろしいことをやりよるのは清三さんだったダス~💦居酒屋さんで花火職人さんに絡むのも清三さんダス!花火職人さんの奥様、旦那さんの目を診ていただけるよう偉い眼医者さんのとこに行
あかね古墳公園5(滋賀県東近江市)2024年7月25日「あかね古墳公園」を訪れる際には、近江鉄道「京セラ前駅」からは徒歩20分、または名神高速道路「蒲生スマートIC」からは約2kmの距離にあります。久保田山古墳は、5世紀後半という“古墳界の中堅どころ”に築かれた円墳である。ところが残念なことに、墳丘の一部が時の流れか人の手か、きれいに壊れてしまっている。そのせいで、肝心の埋葬施設がどんな形だったのか、そして中にどんな豪華な—orもしかしたら質素な—副葬品が眠っていたのか、まるで分か
今日も愛媛県今治市にある多伎宮古墳群、続きです。訪問日は昨年12月17日。↑まずは多伎宮10号墳(多伎宮古墳10号)直径約8メートルの円墳。↑墳頂は大きく凹んでいます。石室は開口していないようです。↑多伎宮10号墳の墳頂の様子、角度を変えて右奥に写っているのは5号墳。↑こちらは多伎宮11号墳(多伎宮古墳11号)直径約15メートルの円墳。↑ここに石室あるよね!と思える大きな凹みをもつ多伎宮11号墳↑おっ
あかね古墳公園4(滋賀県東近江市)2024年7月25日名神の下り車線、琵琶湖の東岸を走っている時にほんの一瞬だけ見えるヘンテコな建造物がずっと気になってたんですが、それが2基の古墳だったと判明しました。久保田山古墳南正面には様々な説明レリーフが設えられ、それによれば、久保田山古墳は、2段築成の円墳でありながら、南北方向に造り出しを有しておりて、全長75.8m、直径57m、高さ6.1mで、周囲には周濠がめぐっています。造り出しは長方形で、南側の造り出しは幅15.4m、長さ12
本日も愛媛県今治市(旧朝倉村)、多伎神社境内にある多伎宮古墳群、続きです。↑まずは多伎宮6号墳(多伎宮古墳6号)群中、比較的大きな墳丘です。円墳。↑多伎宮6号墳、開口部の様子横穴式石室ですが、上部が開口しています『和歌山県和歌山市岩橋大日山7号墳・大日山8号墳』2月23日に訪れた和歌山市にある岩橋千塚古墳群、続きですこの日、大日山35号墳→大谷山22号墳をめぐって大日山35号墳近くの休憩所に戻ってきたのは9時半頃。…ameblo.jp↑6号墳を見た際、和歌山市
昨年12月の墳活一人旅、二日目の12月17日に訪れた愛媛県今治市にある多伎宮古墳群巡り、続きです。↑まずは多伎宮4号墳(多伎宮古墳4号)多伎宮古墳群のありがたいところは、ちゃんと「〇号墳」と看板があるところ古墳群巡りあるあるですが、看板がないと、後日写真を見返しても同じような写真で、どれが〇号墳なのか?わからなくなりますからね。↑4号墳の開口部に近づきます多伎宮4号墳は直径約11メートルの円墳。↑内部の様子手前は土砂が流入していますね。石室の長さ6メー
昨年12月17日に訪れた愛媛県今治市、旧朝倉村にある多伎宮古墳群巡り、続きです。15基の円墳からなる古墳群です↑境内に「多伎宮古墳群」と案内板があります↑小道を進むとすぐに見えてきた多伎宮2号墳直径約10メートルの円墳。↑横穴式石室が残存しています。太い木の真下木の根で石室が崩壊しそう↑石室内部をフラッシュで撮影土砂でけっこう埋まっていますね。↑多伎宮2号墳、角度を変えて写真奥に多伎神社の社殿が写っています。
☆水泥北古墳(水泥塚穴古墳)大和国葛上郡奈良県御所市古瀬904(住所は「古墳カフェ・midoro」のもの)(カフェP利用)*古墳は民家内にあるが、敷地内「古墳カフェ・midoro」オーナーのお母さん(西尾氏、民家所有者)が石室や邸内ミニ資料館まで案内して頂ける。不在の可能性もあるので事前予約がベター。入場料や案内料等は無料。■形状円墳■全長径20m■築造時期古墳時代後期(6世紀中頃~末頃)■埋葬施設両袖式横穴式石室*石室全長13.4m、玄室/長さ5.6m・幅3m・
②2・3号墳探してコンパス片手に弥彷徨う編多米不動滝の源流沢も、水涸れ気味で大丈夫だろうか此処から先の尾根には巨岩の遊び場が多くあります。(^_-)枯れ葉を隠れ蓑にしている巨岩多米不動滝の源流・水涸れ気味です。砦にお誂え向きの巨岩更なる巨岩が出現・巨岩の宝庫です。巨岩へ遊びに登ろうか止めときます。古墳を崩した跡の様な怪しい場所が現れました。その先で、埋塚1号墳の墳丘が見えて来ました。南向きに開口部があります。(^O^)路面を削っ
昨年12月、墳活一人旅二日目に訪れた、愛媛県今治市旧朝倉村にある古墳、続きです。↑道路によって半分になっている禰宜屋敷1号墳、東側の様子場所はこのあたり:34.004636,132.995190↑禰宜屋敷古墳群の解説板当1号墳は多伎川の左岸に造られた古墳である。現在6基が確認されている。当1号墳は無袖の横穴石室で、副葬品には須恵器・土師器・直刀・轡・鉄鏃や身に付ける装身具が出土している。石室は全長7メートル・幅2メートルあり、天井高2メートルが考えられる。墳丘
天神洞古墳(てんじんぼらこふん)かつて香貫地区一帯には、香貫九十塚と称される古墳群が各所に存在していた。本郷古墳群、宮原古墳群、天神洞横穴や霊山寺横穴などが知られている。昭和45年(1970年)香貫地区土地区画整理事業によって確認された天神洞古墳群もこの香貫九十塚の一部で、調査により10余基の古墳の位置が確認された。そのうち昭和45年に1基(第1号墳)、昭和46年に2基(第3号墳・第4号墳)の古墳の調査がなされた。いずれも横穴式石室の下部を残すのみであったが、副葬品の多くはそのまま床面に
熊本は身近に古墳が多いのですが、あまり見て回ってないんですよね。あと10年もすれば、運転やら坂道歩きやらキツイかなとか考える歳になり。まあ、生きてるうちにというか、動けるうちに見ておこうと思ってます。最近、山鹿方面へ数度、移動したので記事に。「不動岩」というのがありまして。国道から遠くに見える岩ですが、ついに行くことができました。いろいろな説明は、県関連のサイトで。不動岩|熊本県総合博物館ネットワーク・ポータルサイトkumamoto-museum.netまあ、ともかく
原分古墳の天井石天井石の材種は、壁石材と同じ多孔質玄武岩です。奥壁から2番目の天井石-2は天井石の中で最も重く9.6トンありました。奥壁に使われている大石は6.0トンです。壁石で最も重い石は4.7トンありました。原分古墳で使われている石材の数原分古墳の天井石の数は5石です。壁石材は玄室で93石、前庭で43石、合計136石使われています。壁石と壁石の間にできる隙間を埋める詰石は玄室で231石、前庭で25石、合計256石使われています。石材の総合計数は392石でした。(現地、説明板より)
瀬戸岡古墳群へ行って来ました!動画はこちらから-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be古墳は今年も色々な場所へと行ってみたいと思いますまずは石室!住宅街にありまして、本当にあるのかな?と思ったら本当にあった!ここだけ区別されていて、ちゃんと網で囲われてるの!かなり立派ですそして石室から1番大きい古墳群へ向かいます。すぐ着いた〜歴史環境保全地域です
山の辺の道を石上神宮からさらに北へと歩いているみくるです「光」の次は「闇」?双子の古墳を訪ねて前回は、ロープで登る「石上大塚古墳」をご紹介しました。『山の辺の道で冒険!【石上大塚古墳】竹林の奥に眠る「物部氏の巨大石室」が凄かった』山の辺の道を歩いているみくるです山の辺の道で「本気の冒険」?!奈良県天理市から歩く「山の辺の道」北コース、穏やかな里山歩きを楽しんでいたのですが、今回訪れた「…ameblo.jp実は、そのすぐお隣に「ウワナリ塚古墳」という、大きさも形もそっくりな「双子」のような
(前回からの続き)「蚕の社」鳥居前の東西道(太子道)をしばらく西行すると、三条通と合流します。そこをさらに西へ進むと、太秦広隆寺の楼門前に出ます。広隆寺の広大な境内地を北へ進むと・・。本堂にあたるのが「上宮王院太子堂」です。本尊は聖徳太子像(非公開)。さらに奥に進むと「霊宝殿」があり、ここに国宝弥勒菩薩像他が収蔵されています。拝観するには拝観料(大人1,000円)がいります。なお、境内には自由に出入りできます。広隆寺の門前は、複雑な交差点
今日は去年の12月の大牟田・久留米・福岡出張の初日にランチを食べたお店で、大牟田市古町3-25の日本料理・地魚料理「石室」を紹介します。日本料理・地魚料理「石室」|大牟田・日本料理:MGグループmg-group.jp石室ここは大牟田駅から7分位にある、有明海の地魚料理を食べられる、大宴会場から個室まであって会食や宴会に利用されているお店で、お店の前に駐車場があります。店内は広くて、1階には大宴会場、小部屋、テーブル席で、各種宴会、会食などに利用でき、2階は全席掘り
②多米第三林道へ急登彷徨わず2号墳へ編石材の様に見える巨岩の造形から、1号墳を振り返りながら下り彷徨いをすると、下の巨木の根元付近から石材が見え隠れしています。(^_-)石材の様に見える巨岩の造形です。白山1号墳を振り返って見ています。前方の巨樹の根元に、露出天井材と石室陥没痕が見える2号墳です。巨木で石室陥没痕が左右に分けられています。巨木が2号墳石室を左右に分けて仕舞い、全体像を掴めにくくして仕舞っていました。裏へ回り反対側を覗きながら、墳丘を