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「ご朱印」平成24年に参拝した知多霊場第2番札所:「極楽寺」平成24年分(2012年)2枚目:(通算770枚目)参拝日:平成24年(2012年)4月17日知多新四国八十八ヶ所第2番札所「法蔵山極楽寺」宗派:浄土宗本尊:無量寿如来住所:愛知県大府市北崎町城畑112番地2012年にご朱印を頂いた知多新四国八十八ヶ所の元記事はこちらをご参照ください。https://ameblo.jp/kensuzu214/entry-12478465327.html?frm=t
「ご朱印」平成24年に参拝した知多霊場第1番札所:「曹源寺」平成24年分(2012年)1枚目:(通算769枚目)前年(平成23年)小豆島八十八霊場の歩き遍路を結願出来たので、今年は愛知県の知多半島にある知多新四国八十八ヶ所を歩いてお遍路することにしました。今回も掲載順序は番号順でなく参拝順です。よろしくお願いします。知多新四国八十八ヶ所の御朱印帖の表紙参拝日:平成24年(2012年)4月17日知多新四国八十八ヶ所第1番札所「清涼山曹源寺」宗派:曹洞宗本尊:
なぜか仕事が忙しい。盆休み寸前から急に…。そんな中でも、山には行きたい。ジョーズ様の実家へ訪問したときに、サクッと権現山ラン。暑い。御嶽…。見えん。さぁ、転ばんように駆け下りよう。この日はトレランシューズを忘れてきたんで街用スニーカー。滑る。婿殿は、ばあちゃんに初めてのご挨拶。ばあちゃん、姫様の顔を見るなり、大号泣…。姫様の結婚、ひ孫のことが嬉しかったんだって。こっちももらい泣き。ばあちゃんと一緒に孫、ひ孫勢揃い。夏休みらしいことは、この1日のみ。あとは、いつもの通り
洞雲院住所:愛知県知多郡阿久比町卯坂英比67知多新四国八十八ヶ所尾張三十三観音愛知梅花三十三観音弘法大師御母公二十一ヶ所霊場本記事⇒知多郡阿久比町洞雲院その1
知多新四国八十八ヶ所の今回のお参りを終えて向かったのは愛知県東海市にある「馳走とんかつ寿み吉」名前の通りとんかつのお店です。とにかく、ろくにお昼ご飯も食べていないのでおなかペコペコ〜夫は大きなロースカツ〜私はエビフライとヒレカツです今回は初回なのでかなりノーマルなものを注文しましたが、いろいろなメニューがあるお店なので、次回行った時はちょっと変わったメニューを選んで見たいです。こちらのお店は勝つのソースも8種類から選べるのです。すり
県道沿いにあるこちらの三つのお寺は、車でも直接入ってしまって境内のどこかに駐車するという感じです。第58番金光山来応寺は曹洞宗のお寺です。御本尊は如意輪観音。一心にお願いすれば何事も願いが叶うそうですよ〜本堂左側のお大師さまは、商売繁盛の仏様だそうです。さて、いよいよ、今回のお参りも次のお寺で終わりです。
忘れ物を交番へ届けている間に、だいぶ陽が傾いてきました。前回、実は南知多を飛ばして、第60番から北上しているので、今回の目標は第59番まででした。交番を出たところでもう16時半くらいだったので、知多の札所は18時までOKとはいえ、まずは残りの3寺のお参りを済ませてしまおうということになり、番外の曹源寺へ向かいました。こちらの三つのおてらは県道沿いですぐ近くに鎮座しています。立派な本堂。本堂の左側にお大師さまです。一切厄除け大師とい
さて、南下もこちらで終了。第48番禅林山良参寺です。国道沿いに車を置いて、この細い路地をぬけるとつきあたりにお寺があります。禅林山の扁額が立派な山門。境内にある樹も立派ですね〜こちらの御本尊は聖観世音菩薩。こちらのお大師さまは「お助け大師」と呼ばれて、昭和の世でも、目が見えない方が開眼したり、病院で治らない皮膚病が治ったりと霊験あらたかなのだそうです。こちらのお寺から車へ帰る途中にちょっと事件が。先ほどの狭い路地を国
野間大坊でボケ除けの手ぬぐいと一緒に買った手ぬぐいです。こちらは、お寺が作ったものではなく、「ほたる子」という方?お店?のもののようです。ありがとうという言葉とともに、お地蔵様なのか、小坊主さんなのか・・・かわいいですよね〜こちらの手ぬぐいは、ボケ除け手ぬぐいとともに両親にプレゼントしました。
さらに、南下していきます。次は第49番札所の護国山吉祥寺。東京と同じく「きちじょうじ」とお読みするそうです。中へ入ると、ご住職2代とその奥様がなにやら手すりだか?幟を立てるものだかを日曜大工中。お邪魔しないようにそおっと入って左側奥の大師堂にお参りし、本堂の前を通って納経所へ。若奥様が御朱印を押してくださいました。帰りにはみなさんで「ようお参りでした〜」と。恐縮です汗。お取り込み中おじゃましました。曹洞宗のお寺、お取り込み中だったの
こちらのお寺も野間大坊からさほど離れていませんが、山号がちがいます。宗派も違うのでまったく別のお寺ですね。第56番札所祥雲山瑞境寺、曹洞宗のお寺です。こちらからは入れません、というのはどうやら、車で。という意味のようです。歩いて入るのには何の問題もありません。手前に駐車場があり、歩いて入っても大した距離ではありません。ほんの少し坂をあがると山門があります。こちらがご本堂。御本尊は白衣観音菩薩です。ご本堂にも幟がたくさんあり
こちらも、第53番安養院と同じく、野間大坊大御堂寺の一坊だったとのこと。当時は宝乗坊といったそうです。綺麗に整備された駐車場の前は貯水池なのでしょうか?それともこれから水田に?カエルがすごい勢いで鳴いていました。朱塗りの鮮やかな山門。こちらがご本堂。本尊は不動明王。盗難よけに霊験あらたかとか。山号も宗派も、野間大坊と同じです。本堂の隣の幟が立っているところが大師堂です。密蔵院という名前になったのは江戸時代のことだそう
野間大坊から歩いてほんのすこし。やまに旅館の角の狭い路地を入るとお寺があります。山号からもわかるように、もともとは野間大坊大御堂寺の一坊だったとのこと。当時は南之坊と称したそうです。その名の通り、野間大坊からすこし南側にあります。今は第53番札所の安養院です。もちろん、宗派は真言宗豊山派。御本尊は阿弥陀如来ですが、お地蔵さまはせき地蔵として有名だそうです。せき、ぜんそく、眼病み、神経病などに効き目があるということ。お大師さまはご本堂の左
信徒会館から、大御堂寺とは逆の方向へいくとあるのが野間大坊。真言宗豊山派のお寺で、御本尊はなんでも願いが叶うという開運延命地蔵。なんでもかなうってすごいな〜!御本尊がお地蔵さまだからなのか、小さなお地蔵さまがたくさん!!こちらには本四国のお参りができるところ。赤く細長いものがたくさん立っていますが、これはお賽銭をいれるところ。野間大坊的には、50番になっている大御堂が本殿、51番の「野間大坊」となっているのは、こちらの悠紀殿と右側の客殿のようです。
このあたりでは一番大きなお寺のひとつ、野間大坊主、そして、その広大な敷地内にある大御堂寺。50番が大御堂寺、51番が大御堂寺です。こちらは、本堂ではなく、信徒会館。昔の学校の校舎みたいです。ロケにつかえそう〜この信徒会館の前が駐車場です。今までで一番人が来ています。鐘楼も見えます。こちらが大御堂寺。大きな建物です。11世紀半ばに白河天皇の勅願寺として大御堂寺と呼ばれるようになったそうです。駐車場からだと、野間大坊と大御堂寺の間から、
ちょっと南下して、第55番曇華山法山寺です。たんぼと山に囲まれたという感じのお寺。山には藤の花が咲き乱れていました。香りが漂ってきている感じです。車でも登れるみたいですが、またまた駐車場から急坂。上から見下ろすと真っ逆さまな感じ。このお寺の下の方(田んぼの方)に源義朝公が入ったという湯殿のあとがあります。頼朝のお父さんですね。山に囲まれているお寺、境内も緑でいっぱいです。坂から登ってきて右側の奥へ。こちらにお大師さま
お昼も過ぎたので、そろそろご飯にしようかと思ったのですが、どこのお店も外まで人が溢れるほどの長蛇の列。並ぶ気にもなれず、まあ、波枕も食べたしと、ちょっとお昼ご飯の時間をずらすことにして、巡礼を続けることにしました。お昼ご飯のお店を求めて随分渋滞を北上してしまったので、ちょっと北のほうから逆打ちする形に。ここから、南下していく地域、すべて美浜町です。おとずれたのは第57番の札所、乳竇山法恩寺です。山号は「にゅうとうざん」と読みます。いくつかのホームページで孔雀山と書
順番が逆になりましたが、次は第46番札所の井際山如意輪寺です。山号、そして御本尊の如意輪観世音菩薩、真言宗豊山派、というのは47番持宝寺と同じです。駐車場が境内なので、お寺に車で入ってしまいますが、あえて一度出て山門から入り直します。境内にお大師さまが立っていらっしゃいます。ご本堂の一番左側にお大師さまが祀られています。ご本堂の脇にはグッズ売り場が。ご住職手作りのグッズもあるようで、自らの写真入りの説明などもありまし
名鉄知多新線の終点、内海駅からそう遠くないお寺、第47番札所の井際山持宝院です。この門の手前に駐車場があり、私たちはそこから歩いて中に入りました。門を入ってすぐにこのような看板があり、左側の急坂を車で登ることもできます。でも、こちらのお寺の徒歩道は、とっても素敵な景色をみることができるのです。池にかかるレンガの橋が絵画のようです。こちらの橋は弁天様につながっています。真っ赤な前掛けをしたお地蔵さんが並んでいたり。
順番戻りまして第44番の大宝寺です。こちらのお寺も結構山の中に入って来ています。駐車場に停めて緑に囲まれたお寺へ坂を上っていきます。手前に見える白い建物はなんとカフェ。住職がこちらから出ていらっしゃいました。お寺も多角経営の時代?こちらに弘法様がいらっしゃいます。曹洞宗のお寺で御本尊は釈迦如来。奥には観音堂もありました。
歩き遍路しかない頃につけられた巡礼の番号。昔は岩屋寺さんから次の大宝寺まで山越えしたのかなぁ。車遍路が多い現代では、距離的にはちょっと遠回りでも一度海側まで戻らないと道的に・・・というわけで順番ひっくりかえって次は45番を目指します。国道沿いにある駐車場に停めてこちらの後から作った?と思われる坂を登ります。やはり、明らかにお寺の裏側から入って来た感じ〜あれ?弘法様はどこに〜とおもいきやL字がたのお寺の建物の門のところにいらっしゃいました。こち
岩屋寺から300mほどだそうですが、さらに山に向かって歩くと山門があります。写真ではちょっと見づらいですが、奥之院と書いてあります。昼なお暗しといった感じの道をならだかに登っていきます。晴れた朝でとても清々しいです。ほどなく三重塔が見えてきました。左のお堂にたくさんのお花を運んでいるかたも。ここまでの道のりにはお墓もあり、お墓まいりに来ている方もいらっしゃいました。朝からお参りのかたは少なくありません。どうやら、奥之院はこの
知多四国八十八ヶ所のなかでも1、2を争う規模の大きさと思われるのがこちらの岩屋寺。尾張高野山宗の大本山です。高野山という名前がついているだけに真言宗系かとおもいきや、天台宗から独立した宗派だそうです。駐車場も広い〜初詣などにはたくさんの人が訪れるんでしょうね。お寺の名前の碑にならんで御朱印本堂内っていう立派な石碑があってびっくり。御朱印の文字が赤く塗られていてインパクト大立派なご本堂。ご本堂内の左側に納経所があるのが西国の札所っぽい感じです。御
ここから海を離れ山の方へ向かっていきます。第42番札所は端岸山天龍寺です。ご本堂の真ん中は御本尊の阿弥陀如来様。弘法様は左側にお祀りしてありました。42番ということで男性の厄年42歳とかけて、こちらの弘法様は厄除け弘法大師と呼ばれ、男女共厄年の方は厄払いの祈祷をしてくださるそうです。篆書体でのお寺の名前。珍しいですね。私、字書きなのでこういうのが気になります(´∀`)気さくなご住職が、渋滞の話しから始まって、天龍寺のお話はさておき
今回のお参り二日目です。今日は綺麗な青空!よく晴れています。でも、その代わり暑そうです( ̄ー ̄;半田から昨日南下した237号線を行くので、混まないうちにと早めに出かけました。昨日のお参りの道をおさらいするように走っていきます。エネチタの看板。「エネ知多」なのでしょうけれど、カタカナで書かれるとどうしても「エッチネタ」と読んでしまう・・・( ̄▽ ̄)んな馬鹿なことを言っているうちに南知多町山海地域にある41番札所の西方寺に到着しました。お寺の向こうに
今回のお参り、1日目の最後はこちらのお寺、第40番の普門山影向寺です。「ようごうじ」とお読みします。一つ前の浄土寺とこちらは南知多町の豊浜という地域です。こちらは国道沿いにこんな黄色く目立つ看板を出してくださっているところが駐車場。道を渡ってまた狭い路地を入っていったところがお寺です。こちらの路地も、地元のかたは車で入るようです。よそものにはかなりの難関。路地の奥の方にお寺が見えてきました。こちらが影向寺。曹洞宗のお寺です。こちらがご
知多半島の南端を折り返して次の札所へ・・・の前にちょっと師崎港へ。こんな伊勢海老モニュメントを発見笑かなりリアル( ̄ー ̄;実は、知多四国八十八ヶ所の札所のうち3ヶ所は、島にあるんです。こちらは師崎港から船に乗って二つの島を回らなければならないんですよ〜でも、時はゴールデンウィーク。港の駐車場が激混みするのはわかっていたので、島のお寺はまた次回にすることにして、西海岸を北上していくことにします。次のお寺は番外札所の青泰山浄土寺です。曹洞宗のお寺です。
第36番の札所のあたりは、もう、住所的には知多半島の突端の師崎で、国道からすぐのお寺の駐車場の周りには、元漁師や元漁師のおかみさんと思われる方々あっちにもこっちにも集っておられました。魚たくさーんの町だからかかわいい猫もたくさん〜駐車場へとめて、はて?お寺はどちら?と思っていたら、漁師さんとおぼしき方と目があい、無言でお寺のほうを指をさしてくれました笑ありがたや〜やはり、お遍路さん多いんですね笑駐車場は国道からすぐのところですが、お寺は少しだけそこか