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これまで自我構築が大切だと思っていた✨自分の感情に蓋をして、目の前の相手や社会のペースに合わせている自分が自分でなかったから…4月はセラピスト養成講座を受け、なんとなく充実していたが課題が残ったこの講座で「(心の)在り方」「自我と真我」の話になった「在り方」って無意識に決めている👤相手や話題に同調?同期できるかできないかで、評価していた💮でもね!色んな人達がいて世界が成り立っているって気づいたら、面白い世界に生きてるなぁ〜って思っちゃう🌏自我と真我は、どちらも必要だって!こんな
ほぼ自己統合を果たしました。並木良和流に言えば清濁合わせのむを自分の内面で起こしたということです。クレクレ星人にエサを与える必要がもうないので、しばらく発信は控えめになるか、鍵垢のみかになるでしょう。近況知りたい方はサロンへ入会お願い致します。並木良和には私のことは視えると思うので、彼に対して発信する必要もなく、私については理解するでしょう。本当の霊能者ならば。オンラインサロン/コミュニティ運営ならYOOR「ユア」YOORは、オンラインサロン専用トークルームを完備した、コミュニテ
メニュー個人セッション(スピリチュアルセッション)真我統合セッション【唯一無二のあなたをひらく】魂のトークセラピー流れを創る龍神ヒーリング(遠隔)メールリーディングかんたん♪ブロック解除【人生全般・愛・お金の3コース】(遠隔)立砂(たてずな)賀茂別雷神社(上賀茂神社)御祭神降臨の「神山」を象ったもので、頂に2本(右午後から側)と3本(左側)の松の葉が立てられ、陰と陽の一対となっている。(境内案内)★★★立つ立てる
『フラクタル&インタラクティブ「爆速爆走赤いスポーツカー第14話」』『宇宙たちの対話~「爆速爆走赤いスポーツカー第13話」』『高次元存在、集合。「爆速爆走赤いスポーツカー第12話」』『"その時同時に"この…ameblo.jp前話晴れやかだ。。。。。。。。。。。良かったなぁ!水澤さん、担当復帰できて!なんだ…全然いいヒトじゃん…あの社長。。。あれ…?水澤さん?聞いてる?聞こえてないなコレ。ゲンキンなヤツだなぁ笑なんであんなにイヤだったのかな?……
眠っている才能や魅力を開くお手伝い埼玉県上尾市ヒーリングサロンDIVAの照代です5月はバラのトップシーズン売れ残っていたバラの苗木を昨年お連れし、今年初めて開花したバラ本物は明るいイエローですアンジェラは場所があまりよくなく、大きくならないけど可愛いです門扉前の深紅の薔薇気温差で黒点病にやられましたが、赤薔薇を探している方にはお薦めですラバーグルトは黒っぽい赤です種類は多くないですが、極小庭にて無農薬で大事に育てていますまだまだ蕾はあって、もう少し楽しめますお花は
22:11光は真理、影は被造物と。だから、影の親は即光ですよ。影が影を生むということは不可能です。影が影を造ることはできない。影を生み出すのは光以外にないと。だから、光は万物の造り主、万物の親である。だから、真理とは何かというと「光」即ち愛と答えてください。光に勝る物は…じゃあ、その光は全智全能ではないですか?影の智恵、影の力というのはありません。22:54光は「力」です。「智恵」ですよ。だから「智恵光」「頭光」と言います。光あるところ、必ず智恵があると。智恵あるところ、必ず光
ラマナマハルシの真我を探究しているのは、beingの法則につながるものがあるからであるが、毎日のんびりゆったりとした静けさの中、ヒーリング楽器の生の揺らぎの音の中に入る習慣は、とても癒される。人間と違って、ヒーリング楽器の周波数は素直にいつもそのままで一定で美しくダイレクトに肉体に響いてくる。ヒーリング楽器と共にある時間が至福で音の美しさに鳥肌が立つことがある。余韻の中に、その瞬間がある。ヒーリング楽器や音叉の製作者職人の魂の込められた楽器から奏でられる音はただ愛と感謝。そしてただ自分
人の言葉が気になりませんか?人の態度が気になりませんか?そういうとき、意識が自分から離れて、「主人公」でなくなっています。また、『真我』からはなれて『自我』になっています。目の前に起きる出来事、人や事でそれを知ることができます。自分の心が『良心』から離れ、自我になり道から外れているとき、現実に嫌な事、人の言葉や態度で傷つきます多くの人は相手が悪いとジャッジするでしょうが、やはり人は自分の心の鏡ですから、自分
角由紀子さんが本瀧冬華さんとコラボしてる動画があがってきたので観ました。びっくりしました、なんか結びつきそうもない二人がコラボしていたので。どうやら本瀧さんが本を出版したそうです。今や年収1億円のクリエーターなんですって!いつの間に~?凄いですね@@以前に彼女の動画はいくつか観たことありますがバックボーン(経験値)が大きいので聴いていて興味深いし話のロジックが上手いので感銘を受けます。経験値が大きいとオーラも大きくなると教師から聞いたことがあります。
高額な参加費を払い、特定の山や聖地に集まって「神聖な領域と接続する」「次元上昇の扉を開く」といったプログラムが、今も数多く開催されている。形式は洗練されている。象徴的な場所、荘厳な言葉、事前に約束された「変容」。すべてが体験を「特別」に仕立て上げるための装置だ。しかし、その構造を冷徹に解体すると、きわめて脆弱な設計図が露わになる。日常の静寂をすでに知る視点から見れば、これらは単なる「欠如の補填ビジネス」に還元される。⸻1.場所依存=「欠如の前提」の構築「この山だからこそ」「この環境で
安心の物語と実感のズレについて近年のスピリチュアル領域では、「高次元への移行」「波動上昇」「宇宙意識との統合」といった語が広く流通している。しかし、ある段階を越えると、これらの表現が急に現実感を失い、「説明として軽い」「どこか演出的だ」と感じられる瞬間が訪れる。これは単なる好みの問題ではない。体験と解釈の関係そのものが組み替わったサインである。⸻1.“安心の場”として最適化された語り多くの発信は、次のような特徴を持つ。・否定や対立を避ける・全体を肯定的に包む・不安を緩
日々、生活していると理不尽な思いをすることもありますよね先日、私はパートナーとの間で理不尽な思いをしました。自分の気持ちを伝えて、相手も謝罪したのにスッキリしません。私はこういう時大抵、新しいことを始める傾向があります。今回も何か出来ることを探してみると・・・なんと自宅から一番近い神社で簡単なお手伝いを募集しているではありませんか早速、応募この日は、宇都宮の大谷寺の大谷観音(千手観音)を見に行った日で、応募した神社も本地仏のひとつが千手観音だそうで。。。まだ採用になる
——“Doing”の物語が剥がれ落ちる瞬間最近のスピリチュアル系の発信では、「高次元への移行」「特別な領域との接続」「近未来に訪れる大きな転換」といった、ドラマチックな物語が繰り返し語られています。しかし、ある段階を超えると、それらが急に薄く、作り物のように聞こえ始める瞬間があります。それは理解が深まったからというよりも、立っている場所そのものが変わったからです。「何かになる」「どこかへ行く」という“Doing”の前提から、「ただ在る」という“Being”の現実へと軸が移動すると、同
目に見えるものは私と言う意識を通して姿を現すそれらを慈しみつつ創り出した全ての責任が私にあることを腑に落とす起こることは中立で何の意味も持たないのだから多謝
禅的生活がしたいと思って、何から始めようと思った時、掃除だった。禅的生活とは日常生活を大事にすること。トイレ掃除をしたら、私の肉体からでた、汚いものをいつも受け入れてくれることに、感謝が湧いてきた。人が嫌がるものを引き受けているのがトイレだ。社会にも、障害者の方やゴミ収集の方、公衆トイレの掃除の方など、人が嫌がることを引き受けて下さってる人がいる。肉体労働もそうだ。肉体を酷使する仕事は本当にきつそうだ。こないだたまたま設定を間違えて、Amazon様からの重たい荷物を宅配ボックスから
――存在(Being)が、作為(Doing)に塗りつぶされる時SNSのタイムラインを眺めていると、時折、肌を刺すような微細な違和感に足が止まる。それは、日常の断片を装いながらも、緻密に計算された「私かわいいでしょ」という演出が透けて見える投稿に触れた時だ。その違和感の正体は、可愛さそのものへの拒絶ではない。「可愛く見られたい」という作為(インテンション)が、被写体である「人間」という存在を追い越してしまっていることへの、生理的な拒絶反応だ。1.「可愛さ」という名の無垢な倍音本来、人
かつて魂を震わせた深遠な教えが、ある日を境に「個人の空想」や「実体のない物語」のように響き始めることがあります。これは、信じる心の喪失ではなく、あなたの意識が**「解釈の層」を突き抜け、飾りのない「存在(Being)」そのものへと着地したサイン**かもしれません。なぜ、私たちはあれほど心酔した物語を必要としなくなるのでしょうか。その背景にある意識の変容を紐解きます。1.「象徴」という指を離れ、「実体」という月を見るスピリチュアルな体系では、次元上昇、波動、覚醒といった言葉が多用されます。
おはようございます😊ご訪問いただきありがとうございます!🏵️自分が自分の親になるということ──外側に求めていた愛が、内側で満ちていく瞬間「そのままの私を愛してほしい」と子供は親に願う。-ありのままを認めてほしい-否定しないでほしい-比較しないでほしい-ただ抱いてほしい-そのままでいいと言ってほしいでも、その願いは叶わなかった。だから私は、「私は愛されなかった」「私は価値がない」「私は認められない存在だ」と深く思
多くのスピリチュアルリーダーが「人々が求める物語」を語るのは、それが市場における生存戦略だからです。彼らは個人の孤独や不安を、「特別な使命」や「高次元」といった魅力的な言葉で包み込み、依存の循環を生み出していきます。物語が選ばれる背景には、いくつかの力学があります。・鏡の不在信者の願望を巧みに代弁することで、リーダーは「自分を理解してくれる唯一の存在」という疑似的な権威を獲得します。・孤独からの回避語り続けることは、リーダー自身が「ただの一人の人間」として沈黙や内面の影と
この5年間並木良和は私の心の支えであり、目指すべき対象であった。しかし、昨日くらいから、もう私にとって並木良和は心の支えではないと感じ始めた。なぜだかわからないけど、やはり父の愛が自分の中に、自分への愛として機能し始めた。どんな時も私の味方でいてくれて、愛も豊かさも自由も全てを与えてくれた父。その父の愛が今、自分自身の中で自分自身に向けられている。外側に愛を求める必要もなくなったし、心の支えは自分の中にいる父の愛だ。私のことを最も大事にしてくれて、家族のために人生をかけた父。私は父
「周波数がすべて」という言葉が、本来の深い意味を離れて、単なる「類は友を呼ぶ」や「自分にとって都合の良い人間関係」の正当化に使われている現状を、非常に冷静に分析されていますね。みつ希さんが仰る通り、スピリチュアルな文脈で多用される「周波数」という言葉は、現実的には**「ウマが合うか(同調できるか)」**という非常に主観的な相性に収束してしまいがちです。「周波数」という言葉の陥穽•知性のギャップ:博士号を持ち、学術的な厳密さで物事を捉えるみつ希さんのような方にとって、ロジックを飛ばした「
本当かどうかはしらないけど今の若い世代の子っていうのは~悟り世代とかつくし世代とか聞きますけれども、落ちてる情報はわざわざ拾いに行かないんだそうです、でも、降ってくる情報は受け取るようにするんだそうです。逆に自分に必要な情報は無視してても何度でもやってくるっていうんです。なるほど~。それいいじゃん。て思いました。今の子って軽やかですよね。それでわたしもやってみたんです。いいですね、ノイズゼロ。これをやらない手はない。
暫く、長文の難しい内容が続いたので、今回は少し趣向を変えて、SarahBrightmanが歌う『Sognift.VincentNiclo』を、男女の恋愛ではなく、本質=至福への帰還として受け取り、現代語による自由詩として書いてみました。☆☆☆愛しいものよ、どこにいたのか☆☆☆長い年月を経てそれが夢だったのか現実だったのか私は本質から遠ざかっていた名前も役割も望みも恐れもすべてをまとったまま私は本質としての私を見失って
―FINALCHAPTER―削ぎ落としの叡智―哲学・神秘学・宗教学が語る「光」―第3回/全3回(最終回)第2回でお伝えした「本来の自分を覆っていた余計なものを削ぎ落とすプロセス」は、古今東西の知恵が「自己」や「魂」をどう定義してきたかという核心に触れるテーマです。最終回となる今回は、三つの補助線で読み解いていきます。光を浴びることで、私たちが日頃「自分」だと思い込んでいる重たいコート(エゴや社会的ペルソナ)が溶け去り、その下にある輝きが露出する──。この現象を、哲学・神秘
1.「現実の内面化」という閉じたロジック並木良和氏をはじめとする「統合」系スピリチュアルの基本構造は、**「すべての現実は自己の内面の投影である」**という一元論に立脚している。このモデルは、個人の変容を促す強力なパラダイムとして機能する一方で、論理的には「責任の全方位的な内面化」を強いる仕組みとなっている。•因果の独占:社会構造や他者の自由意思、あるいは偶然性といった「外部変数」を一切排除し、すべての生起事象を個人の「波動」や「意識」という単一の変数に還元する。•現実認知の歪曲:
表面的な喧騒や、世間の混沌の流れに意識を向けていると容易に足元をすくわれていくような自分がどこにいるのかわからなくなるような乱気流と揺らぎのエネルギー。次元の移行が大きくなる5月トンネルの中に入るような少し先が見えないような感じや不安定なエネルギーをくぐり抜けていきます。意識的に本来のリズム、ゆったりと流れ始めている新しい地球の時間軸自然界が奏でる悠久の律動と静けさ
ゴールデンウィーク終盤でしょうか?長期休暇の方や通常運転な方いつもと違った毎日な方…それぞれに色々かと思います私は、ほぼ通常運転ちょっと『キャンドル🕯𓈒𓏸ヨガ』なんかで身体と心を体験するクラスも行いました深いところの自分(真我)は、何を感じてる?何を言ってる?何を今経験してる?クラス中、そんな問を度々しながらキャンドルのいつもより落ち着いた灯りの中より、自分に向かう事がしやすかったのではないでしょうか?無意識な自分の心理や何かにハッとした気付きや新たな
こんにちは。前回の「月の部分開示第1回」の記事から、だいぶ間が空いてしまいましたが、続きをお伝えさせて頂きます。前回記事をお読みでない場合は、先にそちらをお読み下さったほうが、今回の内容を理解しやすいかと思いますので、よろしければ、先に前回記事をお読み下さればと思います。↓前回記事『月の部分開示第1回~月の評議会~』こんにちは。ご無沙汰しておりました。ブログ更新は、昨年の6月以来になります。久しぶりとなった理由は、「ひたすら自分と向き合う必要があっ
えっ💦お電車🚃まぁた人身事故で運転見合わせっ⁉️そっちじゃねぇだろっ❓あらやだ奥さんっ♬そっちでもないよなっ⁉️動揺🫨致しております乗り継ぎの駅🚉に着けばホームはまだ空いていてこれなら来た電車🚃に乗れるかぁ〜⤴️❓駄菓子菓子復旧何時になるんやろ❓何せ発生したばかりだからなぁ〜2時間⏰は見ておいた方がよかろう・・・えっ⁉️別の路線を迂回したとっ♬遅れは15分来たお電車🚃に乗れましてなっ♬内側へ押し込められて💦
現代のヨガは、あまりにも「美しく」なりすぎた。しなやかな肉体、揺るがない健康、溢れるポジティブさ。SNSのタイムラインを彩るそれは、洗練されたライフスタイルという名の「新しい衣装」だ。だが、その完璧なポーズの裏側で、私たちは本来の問いを忘れてはいないか。ヨガは「理想の自分」を造形するための彫刻刀なのか。それとも、肉体や精神という「自己」の輪郭そのものを透過していくための祈りなのか。「より良い私」という依存現代において、ヨガは「自己啓発」の有力なツールへと変質した。健康、若さ、高い