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目蒲線下丸子駅まえとよだや長い店舗に・・駅寄りから和菓子・仕出し弁当・おすし、おにぎり3つの店舗が繋がってる。いちばん奥がおすしおにぎりとよだやわたしの好物のおにぎり食べたい食べたい。和菓子屋のおにぎり鮭とおかか昆布だったかな。和菓子の匂いがするおにぎりが好き。玉子巻が・・良く出来てる出来栄え上々。紅生姜かんぴょうきゅうり美味すぎる。美味しい飯モノは和菓子屋にあり!
東急電鉄は都心と行き交うドル路線以前最も活躍していたのは東横線と目蒲線それらの駅名の入ったふる~~いチラシがコレっ左上から「吉日」は慶応義塾大学低学年生徒の通うひよしキャンパスのある学生街元住吉・武蔵小杉の表示が無くて新丸子多摩川園前・田園調布・自由が丘の次は府立高等とは現在の都立大学青山師範とは現在の学芸大学駅でしょ祐天寺・中目黒・代官山・並木橋=この駅は廃止そして渋谷♭左下大岡山は目蒲線と大井町線の駅東横線と交わる多摩川園前と田園調布で乗換えて西小山・武蔵小山・終
さ~てお出かけも若干難しいので思い出に浸りましょ~東急のふるーい路線図の一部でありますネットワークが張り巡らせています玉川線は渋谷駅を基点に二子玉川方面と下高井戸方面に向かっています二子玉川駅からは別路線で砧方面...きぬた・と読みますに登ります今は無い路線ね渋谷二子玉川間は駅数を半分以下に減らし地下に潜らせ田園都市線に今は渋谷以東を地下鉄と東武鉄道に繋げています西は・♭・大井町線が延伸し中央林間駅迄行った路線も田園都市線とし目蒲線は多摩川園前がら東横線と並走路線
本日も、、鉄道大好き男子線に、、ご乗車いただきまして、、ありがとうございます。お客様に本日ご乗車いただくのは、、鉄なら嬉しい出来事へ、、お客様にもご乗車いただきます。本日は外回り中の出来事、、鉄道大好き男子は今更ながら、、外回りの本日に気づきました。それは、、昔の名残りが、、まだまだ現代において、、実は残っていたんです。鉄道大好き男子も東急ファンの1人で、、かなり迂闊に気づかないでいました。写真をよ〜く見てください。現代は多摩川駅ですが、、昔の多摩川園前時
1804F“なぎさ”と同時発売になった1808F“椿”旧標準色時代をモチーフにした1804Fに対して、こちらは現行のカラフルトレイン仕様派手派手な塗装になった車両はマイクロエースに打ってつけの題材と言えますので、車体色も楽しみに眺めていきましょうパッケージキャッチコピーはカラフルトレインであることに触れていますが、果たして全色出ることはあるのか…?横面ステッカー類こちらも前面イラストはちゃんと豊橋鉄道仕様になっています。中身
マイクロエースの東急7200系譲渡車シリーズ第二陣の一つとして製品化された豊橋鉄道1800系1804Fなぎさ号赤系の標準塗装に統一された頃に2編成存在した特別カラーのうち、青色の1編成がこちらとなります。鉄コレでも製品化されていなかったので穴を突いてきたなぁという製品ですが、金型面でも特出すべき点があるので眺めてまいりましょう。パッケージいつも通りのマイクロエース製品でございます。マイクロエース製品ではお馴染みのキャッチコピーは「水色ラッピングなぎ
東急池上駅にご縁がありますそして、久しぶりに多摩川線乗車東横線から多摩川線に乗り換えピンクで女子力高い昔は、目蒲線と呼ばれいたこの列車にのりユザワヤやタイヤ公園に遊びにいったものです。池上に行くため蒲田で乗り換えこの駅は好きですね!電車の終点であり始発昔の東横線桜木町駅を思い出します小さい息子たちとバギーをかついでのお出かけは、この始発がポイント遊び疲れたら帰りは一本待って座ってかえる池上駅ののるるん模型もありましたスタイリッシュに生まれ変わった池上駅
目蒲線のとんでも変編成って現在でも見かけない程の珍編成ですよね色んな車両はやって来る今日この頃の目黒線(以前の目蒲線の一部)でも色違いの車両が繋がれているのを見た事ないものエ!?エ ̄―_手前路線が田園調布止り電車用次が渋谷方面でこのステンレスカーは・・地下鉄日比谷線の車両でしょ菊名から中目黒のato潜って北千住迄行くヤツと言う事はこの珍編成は東横線3色同時レアケース♭目蒲線だけじゃあ無かったの;・失礼しましたって待って!先程の目蒲線と違う編成よ画像のato字の電車
田園調布駅の所から南に300mの場所で電車ウォッチング重苦しい車輪音で上って来たのは目蒲線でしょ~^@!エ*&・・なn何んだこの組合せとってもレアな変成イヤっ編成じゃあありませんかガッパチァリこれって珍しいでしょときどき見かけるとどきどき目蒲線は東急の大先輩でもまだ急行も無かったしこんな恥ずかしい(レアで好きなんだけど.)格好にされて・・かわいそ~;ここは東横線と並走もしている♭こんな姿で競走させないでっ現在は田園調布から日吉迄並走し南北線と三田線が交互乗り入れしてい
田園調布止り電車は必ず普通列車丁寧に停まって7駅先の渋谷迄の8k程を走行因みに急行は自由が丘>学芸大学>で中目黒には止まらず渋谷迄いっちゃうあ・写真の電車?復刻カラーでお馴染みの目蒲線です「次は多摩川園前~そのato沼部・下丸子・・(東横線新丸子と間違える人今でも多し)このカラーリング当時東急線の代表色(玉川線は除く)今池上線で復刻版車両が運行中この画像は線路たちを良くご覧下さい♭手前から2組は前出記事で説明3組目は東横線の急行がいた桜木町方面の線路画像ato字上
プロトタイプにする編成に悩んでいた鉄道コレクション東急3450形A・B・Cセットを昨日は天気が良く湿度が低く、半光沢クリアスプレーを吹くのに適していたので製作しました。みどりの日にみどりの電車を製作しました。3450形だけで編成を組んでいたのは、旧田園都市線・大井町線の5連のみで、目蒲・池上線ではデハ3450形だけで3連を組むのは検査時のイレギュラーな時しかありませんでした。この本と半年間にらめっこして、結局、編成はフリーランスで、川車・日車、貫通扉と貫通幌の有無、車両の向き(目黒・五反
愛しい限りの二両編成!スカイツリーをバックに曳舟駅に入ってきます。地元の目蒲線を思い出すシチュエーション(笑)あっでもワンマン運転なんだよね😆東京の南から東へ1時間の小旅行気分!インプラント完成後の検診とメンテでした。あ!小村井駅で何が撮影して!
「思い出が沢山の遊園地」昭和の私鉄の経営には、運行区間の中間あたりに「遊園地」を営業させることにより乗車人数を増やす、というのが常識だったようです。しかしそのほとんどは閉園してしまいましたね。私は東急目蒲線沿線でしたので「多摩川園」が最も思い出に深く、「二子玉川園」や小田急沿線の「向ヶ丘遊園」や京王線沿線の「京王遊園」なども閉園してしまいました。少子化もあってこういうほのぼのタイプは淘汰されてしまうのでしょうね。現在残っている遊園地も「レトロスポット」なんて言われているとこ
鉄コレの豊鉄1800系シリーズの中で、入手出来ていなかったCセット鉄コレではこの製品でしか出ていない貴重な東急7200系の中間車が含まれていますのでそこそこな高値で取引されている案件が、上手いこと安い案件を発見することが無事に出来ましたので、一先ず現状のままでレビュー的なものでございます。パッケージ今とあまり変わらないフォーマットの箱ですが、まだこの頃は展示レールが付属していましたので分厚いです。ちなみにですが、お値段は税込2750円調べたら発売当
私が高校の頃、池上線はオール吊り掛け駆動車の3000系で統一されており、なかでも戦前型デハ3450形は目蒲線・池上線の主力車両でした。(1979年雪が谷大塚検車区デハ3455)目蒲線での高校通学時、デハ3450形は両運・片運、貫通・非貫通とバラエティーに富んでいて、飽きさせない存在でした。(1979年雪が谷大塚検車区デハ3455)高校時代から40年経った2015年、いすみ鉄道の沿線に現存するデハ3455を訪ねました。いすみ鉄道国吉駅から歩くこと20分で目的地に到着です。(20
今回製作しました東急7200系7205F目蒲線線仕様です。鉄コレベースで、手すりの交換、車体の細密化などを行いました。ベースに使用したのは上田電鉄7200系、豊橋鉄道1800系になります。どちらも元は東急7200系ですが、それぞれの製品で屋根や床下に微妙な違いがあります。先頭部はアンテナ配線、ワイパー、サン板、ジャンパー栓なを追加し、手すりなどを金属パーツに交換しています。車番、社紋などはトレジャータウン製インレタを適宜使用しています。
日付けが変わりまして、今日は11月の第3木曜日です。という事でボジョレーヌーボーの解禁日です〜が、全然話題にあがりませんね…だいぶ前に成田空港に荷物が到着という記事を1度見ましたが、それっきりボジョレーヌーボーの記事って見なかったなぁボジョレーヌーボーで乾杯🍻とか、バブル期の名残りなのかな?まぁ、高い割にはあんまり美味しくないし…さてさて、本日の模型工作です。前回までに車体の塗装が終わりましたので、今回はインレタなどでドレスアップしてきます。車番、社紋はト
一昨年にコロナ患者が急増して以来、電車通勤からクルマ通勤へ移行していましたが、今日から約2年ぶりに電車通勤を再開しました。久々に電車通勤へなりましたが、この2年で知らぬ間に色々変化があったようですね。今まで当たり前に見ていたライナーが、見慣れぬ特急に変わってたり…その中で大きな変化は終電の繰り上げでしょうか。終電が30分以上繰り上がり、今まで帰りに使っていた列車が今ではちょっと遠くまで行く最終列車になったのは驚きです。久々の電車通勤に、しばらく新鮮さを感じてみたいと思います
東のEF6437がとうとう引退のようですね東のEF64って何度か撮影した記憶がありますが、EF64と言えば自分の中では中央東線か西線に行けばいつでもやってくる貨物機のイメージのままです…個人的には前期型唯一の更新機EF6443がお気に入りでしたね。稲沢構内に何両かの0番台と共に留置されて、最期の時を迎えようとしている姿を見かけた時は悲しかったなぁ…なんてさて、気分を変えていつもの模型工作と参ります。まずはIPAに漬け込み元の塗装を落とします。色を落として、洗浄したの
昨日、約1年半ぶりに路線バスに乗りました〜コロナ禍になってから公共交通機関の利用頻度が極端に減り、移動のほとんどが自家用車のシフトしてしまったので、久々のバスはなんとも新鮮な感覚でした。このところ感染者数も減ってきてますし、このままコロナが収まり続けばいいのですがね…さて、先日から始めました7205Fの続きを進めていきます。まずは屋根の加工から行います。屋根に元から付いているパンタをまずはゴミ箱へ…その代わりに使うパンタを用意します。今回はPT44を使いますので
前回の記事更新から早いもので5ヶ月が過ぎてしまいました…暑くなると工作する気が減退してしまいますが、最近は気温も下がったせいか?やる気がちょっと復活してきました。気づけば2021年も残り2か月ですね。今年のうちに片付けたい作業をなるべく進めていきたいと思います。では、今回から何を作っていくかというと、東急目蒲線でかつて活躍していた7200系のうち、2+2両で走っていた7205Fを作っていきたいと思います。目蒲線を走っていた7200系の編成パターンは3+1とか2+
まずはタイトルと関係ない写真から。昨日は職場病院のカフェテリア(食堂)がPicnicと言うイベントでフリーランチが振る舞われました。映えない写真だけど、グリルチキンサンドイッチ。(他にハンバーガー、ホットドッグ、ベジバーガーという選択肢がありました)右にはパスタサラダ。小さな袋のポテチも。病院の食堂とは思えないジャンクさ。ドーナツ屋さんのフードトラックも来ていて、揚げたてミニドーナツが無料。これがめっちゃ美味い!クジ抽選もあり、マグカップ当選しました(右下)。さ
もう35年くらい前の大昔まだ20代の真ん中のひでおんは、大田区蒲田駅の少し手前の駅にある会社へ通勤してたんだよ東急田園都市線の溝の口で乗り換えさらに多摩川駅で目蒲線に乗り換える景色はがらっと変わる都会でも、のんびりした下町風景(今は目蒲線じゃなく多摩川線と言う)古い~3両電車で駅間は1、2分ほど時々、パリーン!と窓が割れる音が車内で・・超込みで押し込まれた人が乗り込むと押された人が耐えられずに窓に手をつくと割れちゃうんだ(強化ガラス化が遅れてた時代だね、
1017F@下丸子付近このカラーリング的には寧ろ“目蒲線”と言った方がしっくりくる区間この夏で名称が消滅して21年となってしまいましたね。
まだ昭和な小学生の頃の日本の夏。友人5人程と東急電鉄夏休みスタンプラリーに出掛けます。東急電鉄は東京と横浜を結ぶ大幹線東横線をはじめ、主要5系統の路線を持ち、その5系統全ての駅にスタンプが設置されていて、スタンプ帳に押していきます。それを全て押して東急に提出すると、抽選で特典グッズがもらえました。提出順でもらう番号の1桁番号を狙おう!!とスタンプラリー初日の午前中からスタート。田園都市線、大井町線、目蒲線(当時)、池上線とクリアした時
左から5187F、3123F、3008F@奥沢左から7209F、7211F、7907F、72XXF@奥沢現代へと透写してみて…既に8両編成化の準備が済んだ奥沢車庫、目蒲線の思い出は遠くなりにけり…
7月2日今週後半から精神力や体調がどうも悪いと思ったら、日曜日から銭湯とコンビニしか外に出てなかったのでした。休養しなければならないのに、家にこもってるとストレスが溜まって屍になってる本末転倒。今回はネタがないから、またお寺の掲示板で刺さった言葉を載せて軽く済ますとこでしたが、現地では気づかなくてただ撮っただけの小さな公園にレールのモニュメントが。最近廃線巡りなんてしてないしとウォークアプリで歩いたコースの記録を見ると、補完で再訪した羅漢寺川
【消滅した鉄道】かつての東急目蒲線を乗り通す東急目黒線+東急多摩川線
きょんばんわー!!引き続き、都内でできるミニ旅を写真メインで紹介します。5月分です。混雑した場所は通らないようにしています。目黒線で2か所行ってみました。こんな感じです。私が高校生の頃に流れが大きく変わりました。数年後、新たな動きがあります。そうです。相鉄新横浜線へ直通するのです。そういえば、私が子どもの頃の風景はどんな感じだったのだろう?まだ目蒲線だったころの話。