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醍醐寺から15分ほど歩いて隋心院へ真言宗善通寺派の大本山で隨心院門跡とも呼ばれています小野小町ゆかりの寺としても有名小倉百人一首の碑がありました大玄関から入ります隨心院の見どころと言ったら「能の間」にある襖絵極彩色梅匂小町絵図(ごくさいしきうめいろこまちえず)小野小町の生涯が描かれているんですよね行った翌日からの「花の間」開催準備中でしたがどうぞどうぞと招き入れてくれてこんな素敵な写真も撮れました
「通小町」ー金剛流の演目よりご紹介ー帷子浅葱麻地檜扇寝殿蓑笠御所車風景模様東京国立博物館出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)11月15日に国立能楽堂で開催の金剛流東京公演。私も仕舞をさせていただく予定ですが、能「通小町」も予定されています。今回は、この「通小町」について、お話しようと思います。この画像の帷子(カタビラ)。素晴らしいですが、この腰下の蓑笠と御所車は「通小町」の留守模様になっています。留守模様というのは
小野龍海’s歴史塾五代目の小野小町(小野吉子)の末裔が先祖である小野小町の実在性を証明する為に始めた歴史研究の成果を公表する為のホームページになります。ono-no-tatsumi.amebaownd.com最後に生野銀山に寄ってみました、昔に一度、歴史なんか興味の無い若い頃、生野銀山に来たことは覚えていましたが、今回は生野銀山の地名が「小野」だった事に気づき、それを調べると小野小町と全くの無関係では無い事が分かったのです。↑生野銀山の地名、「生野町小野」小野一族
仕事が平日休みの日に、ウオーキングイベントに参加してきました。京都府ウオーキング協会主催「伏見・深草悲恋:横恋慕ウオーク」悲しい恋の出来事があった場所を巡りながら歩くという歩行距離12キロのコースです。京都駅からJR奈良線に乗って、藤森駅で下車。奈良線は相変わらず外国の人や学生が多いね藤森駅の手前の稲荷駅で、どっと人が降りてガラーンとなり何処でも座り放題。集合場所の藤森神社先ずは、参拝をして御朱印をいただきました。受
ご訪問いただきまして、ありがとうございます。京都旅の続きです。最終日は、山科方面へ。まずは、毘沙門堂へ向かいます。毘沙門堂へは、JRで京都駅から山科駅へ。京都の次の駅のため、すぐ着きました。山科駅は、京阪、JR、地下鉄東西線の3つの路線が通っているため、便利ですね。毘沙門堂へは、運良くタクシーに乗れました🚕。やはり観光客は多め。早朝のため比較的空いているかも、と思いましたが、甘かったです(-_-;)。拝観料をお支払いして、建物の中へ。かわいいお地蔵さまお庭の写真は、撮影🆗
どちらでもありません。内干しの自然乾燥派です。二階の東南の角に2~3畳ほどのスペースがあり、窓が三面あるので、日当たりが抜群。そこを物干し場として使っています。この地方では、この東南の角を物干しスペースに使っている家が多いかもしれません。よく見かけます。外に干せる時期が限られているので、どうしてもそうなるんでしょうね。さて、昨日の続きです。豚丼と三食お餅セットでお腹いっぱいになった後、さらにド
隋心院ふたたび。小野小町ゆかりのお寺。梅園があり、梅の名所でもあります。年に一度のチャンス!この日の目的は、はねず踊りを見ること。13時半~のを見ようと思ってきたら、あれ??門のところの案内板には記載がない…中に入ってみると、ちゃんと13時半の部がありました(笑)よかったよかった。すぐ始まって、タイミングもバッチリ!小学4~6年生の女の子たちによるはねず踊り。「はねず」とは薄紅色のことだそう。梅もこの名前で親しまれていた
【食育クイズ:Vol.1645】「京都府」の「小野小町」おさらいクイズ!小野小町が晩年を過ごしたと言われる京都の寺院とは?↓↓↓↓↓↓問題は下記から↓↓↓↓↓↓∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞コッチラボ国産大豆100%大豆ミートプレミアムソイミンチ粗挽き鶏ミンチ風サラダ・スープに大容量サイズ1kgAmazon(アマゾン)大豆コーヒードリップパックAmazon(アマゾン)たねすはら
小野小町ゆかりの随心院金澤成保京都・山科に、真言宗善通寺派の大本山・随心院を訪れた。絶世の美女といわれた小野小町ゆかりの門跡寺院で、国の史跡に指定され、平安時代の面影も感じさせる優雅なお寺である。本尊は、如意輪観世音菩薩で、今回本堂の改修と仏像の修復を記念して「京都非公開文化財」の特別公開がなされると知り、参拝させていただいた。地下鉄東西線の小野駅から東南に徒歩10分ほどにある。(小野小町の絵。随心院のHPより)「才色兼備」の小野小町随心院のある地域は「小野郷」
小町伝説世界三大美女と言えば、古代エジプトの女王・クレオパトラに、中国唐代の皇妃・楊貴妃。そして、日本代表として名高いのが……小野小町ですね!美貌の歌人として知られている小町の生涯は謎に包まれていて、わからないことが多いと言います。おかげで人々のイマジネーションが搔き立てられたのか、さまざまな伝説が残っています。ミステリアスな美女の足跡をたどってみました。小野小町(生没年未詳、9世紀ごろ)小町の出自や身分ははっきりとしませんが、仁明天皇(にんみょうてんのう)に仕えていたと伝
おはようございます。今日3月18日は『小町忌』・・・あの小野小町の忌日とされています。小野小町と聞いて、どんなことを連想されるでしょうか。日本では、クレオパトラ・楊貴妃(ようきひ)と並んで、世界三大美女の1人に数えられる小野小町(おののこまち)です。とはいっても、実際には、史実よりも、伝説として残る謎めいた人です。今回の忌日というのも俳句の世界での話で、俳句の世界では小野小町の忌日を3月18日とし、『小野忌』は晩春の季語として使用されます。しかし、生前の小野小町が過ごしたという伝説が残
3月16日(土)遅咲きの「はねず梅」を見に、京都の随心院へ行くと、梅園はちょうど見頃で満開でした🌸はねず梅を楽しんでから、随心院へ。ここは小野小町が宮仕えのあと過ごしたお寺だそう。今月21日まで「花の間」が公開されています。立派なお花たち。でも実は造花・・・でも気分が華やぐ天井も花で飾られてます小野小町の生涯を描いた「極彩色梅匂小町絵図」も見れましたとっても華やかでした✨こちらは「能の間」で、能が上演されるのだとか。殿内を順路に沿って歩いていると、小町堂が見えました。告
『脱出ゲーム香川県からの脱出』(※1月28日、ようやくエンディングが完成して、ゲームが完結致しました!!)に登場する、歴史上の人物ゆかりの場所を巡る旅。私が次回作の舞台の1つにしようかと検討している、金山神社の話をもう少し。京急電鉄発祥の路線・大師線へ向かう川崎大師駅前、仁徳天皇をまつる若宮八幡宮川崎の金山神社……LGBTを差別しない。表現の多様性を排除しない。性風俗従事者を差別しない。金山神社と小野小町/川崎大師の表参道を行く16年ぶりに川崎大師に参拝横綱北の湖、川崎大師に
先に俵万智の最新歌集『アボカドの種』に目を通したところで、和歌繋がりとでも申しますか、かねて読もうと思っていた一冊を手にとった次第。高樹のぶ子『小説小野小町百夜』ですけれど、小野小町についてはしばらく前に「能」由来の興味から別の小説を読んだりしておりましたので、少し間を開けて…などと思っているうちに取り紛れてしまうそうに。さりながら、大河ドラマで平安朝が扱われ始めた折も折(といって『光る君へ』は初回しか見てませんが…)、小野小町再びということにいたしたようなわけでして。タイトルの「百
先日ご紹介したように、京都には野宮神社など縁結びのパワースポットがいろいろあります。その一方で、このままだと不幸になる縁をきれいさっぱりスパッと切るための縁切りパワースポットもあります。前回のブログ記事で、忌神が巡ってきている時期に出会った人との恋愛はうまくいかないと書きました。そんな人とはきれいさっぱり縁を切ることで、次の良縁に巡り合えるようにすべきです。今回は、そんな人にお薦めの縁切りパワースポットのご紹介です。京都で有名な縁切りスポットと言えば、安井金比羅宮で
この伝承は「源行近のブログ」に朝山町に小野小町の伝承があることが書いてあり、そこから辿って見つけたものです。(源行近氏に感謝!)出典元は『郷土史朝山村』としてあるので、地元で語り継がれた伝承の様です。舞台は「小野川にあった殿海の淵」という所で、現在は「どこにあったのか分からない」とありますので、あくまで伝承としているようです。場所は出雲大社の南東です、ここに小野川があるのですが、地名に「小野」はありませんでした、その事から分かるのは大化改新以前の支配地で小野氏の統治下にあっ
【食育クイズ:Vol.1211】「京都府」の「小野小町、百夜通い伝説」おさらいクイズ!京都、随心院の小野小町、百夜通い伝説を表した春の行事名は?↓↓↓↓↓↓問題は下記から↓↓↓↓↓↓∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞国産大豆100%大豆ミートプレミアムソイミンチ粗挽き鶏ミンチ風サラダ・スープに大容量サイズ1kgAmazon(アマゾン)2,059円Eco&Art太陽パネルの元で育った大豆のコ
鳥取県の伯耆町小町から出た、初代の小野小町ですが、断片的な記憶の方も多いと思います、また秋田県に伝承されている内容から、深草少将との間にあった出来事について、世間で知られているものとは違う事を伝承から読み解きたいと思います。まずはおさらいで、今の鳥取県西伯郡伯耆町小町の出身で、父方が小野氏、母方が妹尾氏の娘で、采女、「小町」を私は初代の小野小町と呼んでいます。余談ですが、実は最近、初代では無い可能性があるのではないかと思う様になっています。何故ならこの山間の地区を「小町
今、六人目の小野小町がいることが分かった事で逆に小野小町とは日本の女性にとってどういう存在であったのか、分かって来た気がします。平安時代初期の女性は人に見られないように家に籠もっていた印象が強い(若いうち)のですが、感性の若い女性達にとって、噂で伝わる小野小町の話というものは、とても刺激的だったのだと思います。地方豪族の娘であれば、采女(うねめ)として後宮に上がる時点で、その地域ではアイドル的な存在だったと思います。(美人で頭がよい。天皇のお側に侍る女性。)だからこそ、地方の女性で
お題「小野小町」に参加させていただきました「小野小町」四首歌々に憧れ尽きぬ六歌仙慕う小町に伝説あまた薄紅のはねず踊りに少女らの踊るしぐさのいと可愛さよ榧の実を炒って偲べば伝説の香り哀しき古都のいおりに手弱女な小町を慕う深草の生いたつ時代その不遇なり『作品発表小野小町秀作出揃いました』お題は小野小町でした夜会VOL.5中島みゆきさんの夜会からのお題ですこの写真をみて作品お考え下さいジャンル問いませんので(俳句、短歌、ポエム
さてさて…………【神泉苑】を出発し、地下鉄東西線「二条城前駅」から乗車し、ココロが下車したのは「小野駅」だ目的地を確認するそして、徒歩10分弱で到着したのは…………⑦【随心院(ずいしんいん)】京都府京都市山科区小野御霊町35ココロがここを目的地に設定したのには理由があるこのエリアは、ココロ未踏の地であることもあるが、12月に受験する『京都検定』の過去問に【随心院】が何度も出ていたからだ問)随心院は六歌仙の一人である()ゆかりの寺と伝えられる。(ア)伊勢(イ)小野小町(
「深草少将」は架空の人物だが、僧正遍昭(ソウジョウヘンジョウ)がモデルらしいとする説がある。小町の末裔ミス随心院『古今和歌集』の「百夜掻き(モモヨガキ)」の歌を敷延(フエン)して「百夜通い」の物語が仕立てられた。少将は小町のもとへと百夜続けて通って恋を実らせ様としたが、九十九夜で病に倒れ、恋は実らなかったと云う悲恋物語が出来上がった。謡曲『通小町(カヨイコマチ)』の下地である。
【食育クイズ:Vol.1077】「京都府」の「寺院と歌人」おさらいクイズ!「京都、補陀洛寺」の祀られている歌人にちなんだ別名は?∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞【食育クイズ:Vol.1076】(「京都府」の「寺院と花の名所」おさらいクイズ!「京都、地蔵院」の秀吉ゆかりの名木があり命名された名称とは?)の↓↓↓↓↓↓正解と解説↓↓↓↓↓↓【解説】「豊臣秀吉」が「朝鮮出兵」した「文禄の役
な随心院を参拝しました。残念ながら本堂の修繕工事中で、立ち入れない所がありました。濡れ縁から見る紅葉の美しさを、今年の秋は見送ることになります。お堂の御本尊と、金剛薩埵、阿弥陀如来は、表書院に移動されていました。表書院には「四愛図」という狩野派が描いた襖絵もあり、その絵はだまし絵になっているのですが、参拝者はお部屋の中には立ち入り禁止で、中に入らないとだまし絵のトリックがわからないのです。お部屋に入って襖絵を見ると、机の大きさが違って見えるそうです。撮影も禁止でしたので、言葉
「深草少将」とは架空の人物である。「四位少将」と書かれる事もあるが、少将に相当する位は正五位以下であり、少将のまま四位に昇進するのを叙留(ジョリュウ)と云々、格別の功績を認められた場合に限られる。深草少将を四位少将とするのは、格別の人格であると強調したい故であり、伝説が脚色されたと思われる。小町の末裔随心院の小町少将が百夜通って、思いを遂げられなかった相手は、「小野小町」である。平安期の女性には「男性拒否」の姿勢が濃厚で、小町に限ら
過去記事『【信長の野望20XX噺】光秀ピックアップ……へのリンク』今回のガチャはこちら『【信長の野望20XX噺】光秀ガチャと『死せるガチャ運、怒るマトンを萎えさす』』手取川とは全く関係ないのであろうが、星5光秀ガチャが来たな…ameblo.jp『【信長の野望20XX噺】昨日の謝意&誘惑に負けた&大化鯉攻略』さて、先ずは昨日のイベントにご来場頂いた諸君に感謝を。お陰様で、過去最大規模となったし、大変勉強になった。これからも、皆に楽しんでもらえるイベントを目指し、精…ameblo.jpにて、光
小野('22.6.12)『小野小町と深草少将の「百夜通い」について(前編)<240日目百夜後に死ぬ深草少将(7)>』小野('22.6.12)引き続き隨心院。門から入ってすぐの所が小野小町の邸宅跡で、お寺の建物にたどり着くより早く、小町化粧の井戸を見つけてしまった。昨日…ameblo.jp以上が隨心院に伝わる、小野小町と深草少将の「百夜(ももよ)通い」の伝説だが、百夜通いの舞台がここではないという説もある。緑の113系に乗って再び醍醐へ京都最古の木造建築物醍醐
小野('22.6.12)引き続き隨心院。門から入ってすぐの所が小野小町の邸宅跡で、お寺の建物にたどり着くより早く、小町化粧の井戸を見つけてしまった。昨日、深草少将の邸宅跡とされる墨染の欣浄寺には入れなかったのに、その深草少将が百日近く通ったあげく、結局中に入れてもらえなかった小野小町の邸宅跡は、何でこんなにウェルカムなんだ。高嶺の花じゃなかったのか。そもそも深草少将の「百夜(ももよ)通い」の舞台が、ここじゃないという説もある。秋田の湯沢市(旧雄勝町)という説や、熊本の植木町
…挿した少女たちが舞う「はねず踊り」が行われる寺院は?小野小町(生没年不詳)ゆかりの寺は、京都市内にいくつかあり、うち、3月に「はねず踊り」が行われる寺院は、山科・小野に所在する真言宗善通寺派大本山「隨心院」である。絶世の美女と伝えられ、六歌仙、三十六歌仙の一人に数えられる小町の邸宅があったと云われ、境内には小町に寄せられた千通の文が埋められると伝わる「小町文塚」、小町が顔を洗った(化粧した)とされる「化粧の井戸」がある。この寺には「深草少
京都市の南東部に、山科区小野という地域がある。この一帯は、「小野一族が栄えた場所」と言われている。小野一族には、小野妹子や小野篁などといった、歴史教科書にも出て来そうな名前の持ち主もいる。さらに〝美人〟で有名な歌人の小野小町も。この小野の地に「随心院」というお寺がある。まさにその「小野小町」が住んでいて、「深草の少将」が「百夜通い」をして果たせずに、九十九夜で力尽きたという。深草の少将は伏見区深草に住んでいたのだろうから、この小野とは現在の「名神高速道路」が走っているあ