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かつて朝鮮半島西南部に栄えた百済(ペクチェ)の隆盛と滅亡を見守って来た白馬江(ペンマガン)の流れ。白馬江白馬江(백마강):韓国観光公社公式サイト「VISITKOREA」全羅北道長水郡長水邑で発源し、忠清道を通って江景から忠清北道・全羅北道の境に達して群山湾に流れる錦江の下流区間を白馬江と言い、「百済の一番大きな川」という意味です。窺岩面虎岩里にある天政台から世道面頒詔院里までの16キロメートルの錦江のことを言います。白馬江の見所扶蘇山の周りを流れる白馬江には百
かつて白村江(はくすきえ)と呼ばれていた白馬江を、軍船を模した船で遊覧した。白馬江は、錦江とも呼ばれる大河で、黄海に注ぐ。かつての百済は海運で栄えた。倭国(日本)との人的・文化交流も頻繁に行われた。ゆったりと流れ白馬江は、湖のようでもある。船上から落花岩と扶蘇山を眺めた。白馬江クルーズは、皇蘭寺船着場から出港し、白馬江橋手前で反転してクレゥド渡し場まで移動する約20分間のコース。遊覧船は、30名程度集まったら出航するようだ。途中、水陸両用のバスとすれ違う。日が傾いた「百済」の夕景に出逢う・・
いつのブログをご覧いただき、ありがとうございます😊さて、写真は、国立扶余博物館に展示されている国宝287号「百済金剛大香炉」です。いかにも宝物感がありますね。香炉は香を炊き、不浄を清らかにするという意味を持つ道具です。扶余・陵山里寺跡の工房跡から発見された百済金銅大香炉は、一羽の鳳凰が香炉の頂にとまっている、神聖な形状となっています。蓋は柔らかい稜線が重なった峰々の形であり、神仙の世界を表現した山の形状の蓋には、峰の間に孔が開いており、香煙を外に出す役割を果たしています。扶余は百済の
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。向こうに見える川は、白馬江です。韓国の四大河川の一つである錦江は黄海に注いでいますが、公州付近では熊津江と、扶余では白馬江と呼ばれています。白馬江白、「百済で一番大きな川」という意味だそうです。日本にとっては、「白村江の戦い」の白村江の方が馴染みがあるでしょう。663年、白村江の戦いで、百済・日本の連合軍は新羅・唐の連合軍に負けたとされています。そして、ここは扶蘇山城。白馬江を背にした天然の要害です。百済の都であるサビを守る役割を与
2016年5月14日から18日まで韓国の扶余とソウルの旅行記です。滞在3日目5月16日滞在3日目の旅行記です。百済最後の都扶余に着き、扶蘇山城を歩き、百済滅亡秘話の残る百花亭の落花岩を観光しました。さて、落花岩を後にして、白馬江側の麓にある皐蘭寺まで下りてきました。皐蘭寺扁額の「皐蘭寺」。日本語的には「皐蘭寺」は「こうらんじ」ですが、「고란사コランサ」と読みます。百済滅亡時に亡くなった宮廷官女の菩提を弔うために建てられたともいわれてます。大雄殿(本堂)の裏手
2016年5月14日から18日まで韓国の扶余とソウルの旅行記です。滞在3日目5月16日の旅行記です。3日目は、百済最後の都扶余に行き、扶蘇山城を登り、百済滅亡の足跡を思いつつ歩きました。前回もアップした百済聖王の像です。この像は町の中心部のロータリーの中にあります。扶蘇山城案内図。背後には白馬江(백마강)。大田に流れていた錦江です。扶余では白馬江と名を変えます。ハングルでは백마강と書き、ペンマガンと読み、パッチムが鼻音化してます。ちなみに日本史でおなじみの白村江はペ
11/22③からの続きです。続いて訪れたのは「扶蘇山城」百馬江(錦江)クドゥレ乗船場から遊覧船に乗ります人数が集まると出航するタイプの船です。哀愁漂う歌謡曲「夢見る白馬江」を聴きながら、船は悲劇の舞台へと向かいます。「落花岩」百済が陥落した際、宮廷女官約3千人が白馬江に身を投げ貞節を守ったと伝えられている扶蘇山の断崖です船を降り、扶蘇山城に入ります。険しい石段を登り、着いたところは「皐蘭寺」(忠清南道文化財資料第98号)百済王のための東屋、宮廷の内仏殿、落花岩から身を投げた女
今日もお読みいただき、ありがとうございます。7月のソウル、扶余の旅蓮の花茶も、国立扶余博物館にもふられたけど、定林寺址博物館の案内所のオバさんの友達が教えてくれた扶余の鰻も食べることができたんで、扶余散策を続けます。ソウルから遠いけど来て良かった宮南池の蓮の花☆扶余名物白馬江の鰻を食べる☆鰻を食べていると急に大雨が降り出し、しばし鰻屋さんで雨宿り。ご飯を食べている間に何とか小雨になりました。晴れていれば、扶余陵山里古墳群(扶余陵山里寺址)に行く予定が、行けません。古墳=埋
2008年9月26日(金)つづき朝7:15に河回村を出発して安東市街へ、8:30に安東のバスターミナルから大田(テジョン)行きの高速バス(12,300ウォン)に乗って10:40大田の高速バスターミナル着、そこから市外バスターミナルに移動して11:00過ぎのバス(3,500ウォン)に乗ってお昼過ぎに忠清南道の公州(コンジュ)に到着しました。現在、大田のバスターミナルは1つになっていますが、当時は高速バスターミナル(現在の出発側)と市外バスターミナル(現在の到着側)に分かれていました。
10月5日(金)韓国旅二日目。予報通り台風接近で朝から雨ホテルINKのB1には無料の朝食が頂けるレストランがありました。ご飯とおかずやキムチ、味噌汁などが揃っています。私はパンと紅茶、ジュースがあればそれで充分歩いて公州バスターミナルへ。昨日確認しておいた9:07発の扶余行きバスに乗るつもりでしたがソウル周辺の渋滞のため遅れて9:15にやっと出発雨の田舎道を走ること45分。10時に扶余バスターミナルに到着しました。お天気だったらもっと早いかも。二つの都、近
我が街テジョンからバスで約2時間くらいで行ける扶余に行ってきました。ちなみに、ソウルからも南部ターミナルから2時間くらいです。※地図はお借りしました。じゃあ、なぜ、テジョンから2時間もかかるのかというと、一般道を通り、色んなバス停を経由して止まるからなんですね。ですから本当は1時間30分くらいで到着すると思います。で、百済の最後の都、扶余。最初に昔のイメージの船に乗り、扶蘇山城に行きました。この船、風情があっていいんですけど、時刻表がありません。7名以上になったら随時運航
皆さま、こんばんは~飛び飛びの扶余旅の続きです💦扶蘇山城→白馬江観光船で遊覧が終了して……ここから歩いて、もう一度、扶蘇山城方面に向かいます。すると、たどり着いたのはコチラ何とも美しい芝生の広場‼️ではなくてここ、全てが史跡です。ユネスコ世界文化遺産、百済歴史遺跡地区にもちゃんと入っておりますここ、何かといいますと、泗沘城址と言われております扶蘇山城に隣接し、大型建物跡が多く見つかり、上水道施設、貯水施設などが次々発見され、泗沘城があったとされる有力な場所です。しかし、いま
皆さま、こんばんは西日本直撃の台風が近づいていますね🌀電車が止まるので、ハヌルはお休みになりましたとにかく、みなさん気をつけて下さいね‼️ハヌルもハザードマップや避難場所の確認しましたよさてさて、なかなか進んでいない、公州扶余旅ですが、頑張ってお付き合い下さい扶蘇山城をグルリと回り、制覇しましたここは2度目でしたが、印象に残っていたので、別ルートでグルリしましたよ❤️さて、いつの間にかかなり下っております白馬江が見えておりますこの派手な提灯が見える場所は、皐蘭寺(コランサ)で
皆さま、こんばんは~またまた西日本に台風が来てます🌀現在、暴風警報、大雨警報が出ていますが……日傘がいるほどの晴天なんじゃこりゃーーーさて、まだ残っている扶蘇山城の続きをご紹介竪穴建物跡資料館をじっくり見た後、扶蘇山城を再開します🎵少し歩くと、扶蘇山城の中腹に半月楼が見えてきます。いいお天気🎵扶蘇山の中腹に位置する楼閣。扶余の町が一望できます少し霞んでいますが、もっと天気が良い日……と言うか、PM2.5が飛んでなければ、川の向こう側まではっきり見えるそうです。中側はこんな
【皐欄寺コランサ】を下ると白馬江ペクマガンの川辺にある船着き場に到着ここで前の週にも船に乗らせてもらいました→★私たちが乗る船を待っているときに見た船韓国アジュンマの服装が艶やか!艶やか!私、ここに一緒に乗ったら船酔いする気がする・・・皐欄寺コランサへ向かうアジュンマ達一気に明るくなった!!私たちの乗った船は・・・地味・・・色んな形の船があるんですよ気持
まだまだ扶蘇山城の“山登り”は続きますふぅ〜中腹まできましたここは【半月楼】という楼閣山の上、更に階段を上って楼閣の上まで・・・高い・・・白馬江と扶余の町が眼下に広がっています近くで何やらイベントをやってましたフェイスブックに登録したらなにやらいただけるとの事!もちろん!みんなで登録しましたよ~いただいたのは可愛いポストカード数枚と、百済金銅大香炉のイラストのマイボトル
ユッキーオンニが、アジュンマ軍団の撮影から続きは始まります。SNSイベント会場から、扶蘇山城で絶対に行かなければならない場所に進みます。まずは、百花亭に到着です。百済が陥落した際、約3,000人の宮廷女官が扶蘇山の断崖・落花岩から白馬江に身を投げ貞操を守ったと言い伝えられています。彼女たちを追慕するため、落花岩の近くにこの百花亭が建てられました。天井には、清純無垢の象徴で極楽浄土に咲くとされる蓮の花が描かれています。ここから見る白馬江は悲しい伝説など感じられないほど、景色は良かったで
「百済歴史遺跡地区を巡る」旅、5ヵ所目の百済世界遺産の地は「扶蘇山城(부소산성=プソサンソン)」。地図の③の位置にあります。ここは、百済の全盛期から滅亡までをともにした、泗沘時代の王宮の後方に作られた山城で、土城・扶余羅城(プヨナソン)とつながって王都を守護するもっとも重要な存在だったそう。扶蘇山門から中に入ります。紅葉もずいぶん進み、美しい秋の風景が広がり、数多くの韓国人観光客の方々も。義慈王時代の大臣で百済三大忠臣とされる成忠(ソンチュン)、興首(フンス)、階伯(ケベク
百済歴史遺跡地区を巡る旅お次は扶蘇山城(プソサンソン)へ白村江の戦い(詳しくはwiki情報をご覧くださいませ)で新羅と唐の連合軍に百済が滅ぼされるまでの120年間、百済後期・泗沘(サビ)時代(538-660)の都を守ったとても重要な砦だった扶蘇山城百済の中でも政治的・軍事的・文化的に最も栄えたと言われる泗沘時代その幕を閉じた場所という何とも複雑な思いのする場所であるのとは裏腹に、紅葉が始まりつつある扶蘇山城はとても癒される美しい場所でした日
10月28日3日目落下岩を下ります。私の韓国旅行はいつも1万歩〜2万歩くらい歩くんですがこの日は1万5000歩でした。ブーツとスニーカーを準備していましたが暑いくらいだしひたすら歩くし。。。で、ブーツの出番はありませんでした皐蘭寺(고란사/コランサ)が見えてきます。皐蘭寺(고란사/コランサ)は、百済の為の東屋であったとも官廷の内仏殿であったとも落下岩から白馬江に身を投げた女官達を祀るために建てられたともされる寺院です。皐蘭寺裏にある湧き出る水は韓国一の薬水(
10月28日3日目ガイドさんはお忙しい方のようで(多分人気者)ここでお別れガイド無しで落花岩(ナッカアム)を目指して歩くことに。奥に半月楼(パノルル)がうっすら写ってます。中腹にある半月楼(パノルル)白馬江と扶余の町が一望できます。川向こうの山の稜線まで見渡せました何かイベントをしていたのでアジュンマパワーで参戦韓国の若者に教えられながらフェイスブックで友達になりマイボトルをゲットしましたよ後日、イベントを開催した団体のフェイスブックにも私達の写真が使われていま
仕事に追われ気づけばもう12月。1年はホント早いですね。ツアーから1ヶ月以上経ちます忘れないうちに急いでアップしなくちゃ10月28日3日目【扶蘇山城】扶蘇山城の駐車場でも大桃美代子さんのツアーバスと遭遇扶蘇山城(부소산성/プソサンソン)ツアー中はお天気に恵まれ絶好の行楽日和でした扶蘇山城は百済の全盛期から滅亡までを共にした砦。2015年に世界文化遺産に登録されています。紅葉が始まったばかりの景色も素敵でした。人生でこんなにも紅葉が美しいと思った事がなかった私
約10分ほどのクルージングで「クドゥレ渡船場」から「皐蘭寺コランサ」船着場に到着→★「皐蘭寺(コランサ)」願い事を書く瓦韓国のお寺でよく見ますよね大体どこも相場は一枚マノン(1000w)です今、船で渡ってきた白馬江が見えます本堂の仏様に手を合わせる私。今回のFAMのメンバーのみーちゃんが撮っててくれました→★帽子をかぶったままで失礼しますm(__)mなんかすごく長い時間必手
2017-10/16~24忠清北道・忠清南道FAMツアー3日目「扶余官北文化空間」を見学した後急きょスケジュール変更になりまた一旦バスに乗り、扶蘇山城の白馬江で船に乗ることに~!!解説士さんが地図で「ここにいきまーす」と説明してくださってますこの解説士さんこの前日も「国立扶余博物館」でもお世話になってます日本人です扶余に嫁がれてボランティアで解説士さんをされてるそうです(「国立扶余博物館のお話しはこのあとのFAMツアーの記事でまとめて書きます)
3日目。10/18(水)。朝から向かったのは’부소산성(扶蘇山城/プソサンソン)’の麓にある‘부여관북문화공간(扶余官北文化空間/プヨクァンブクムヌアゴンガン)’。扶蘇山城は百済を象徴する山(砦)。「百済歴史遺跡地区」に含まれる一帯は2015年にユネスコ世界文化遺産にも登録されました。麓には総合観光案内所があります。案内所を背にして右側に行くと扶余官北文化空間です。日本式家屋や朝鮮戦争後の古い家をリノベーションして、ギャラリーや資料館として一般開放されています。この一
5月に訪れた扶余の扶蘇山城にある落花岩と遊覧船をご紹介しますね各種リンクしていますKSNホームページ扶余は古代朝鮮半島で百済・高句麗・新羅の三国が対立した三国時代新羅に滅ぼされるまで栄えていた百済時代の最後の都のあった場所ですよ百済が滅亡するまで扶蘇山城(プソサンソン)が扶余の中心地だったそうですその扶蘇山城の崖の下を流れる大河である白馬江(ペンマガ)を遊覧船でも渡る事ができるので今回遊覧船で訪れてみ
韓国旅行のレポが逆行してますミアネヨ2016年6月に友だちと行った、2泊3日の韓国旅行レポのつづきです2日目はご当地シャトルで扶余へ前回のレポ→http://ameblo.jp/pyon-pyon1228/entry-12185275825.html白馬江(ペンマガン)遊覧船乗り場にやって来ました。この大きな遊覧船は30人集まらないと乗せてもらえないそうですが、特別サービスで(笑)出航してくれました新羅に攻めら
(地図は韓国観光公社のHPよりお借りしました)※赤は2016年に行ったところ、青は過去に行ったところ忠清南道は5月に百済の歴史を辿るツアーで、宋山里古墳群、公山城(公州市)、定林寺址、宮南池、扶蘇山城跡、白馬江、皐蘭寺(扶余郡)、天庄湖、狐雲植物園(青陽郡)を周り、そして12月にはFAMツアーで灌燭寺、黄山伐、ミリタリーパーク、玉女峯、江景近代歴史文化通り、江景塩辛通り、明齊故宅、いちご狩り(論山市)に行ってきました。今までは自分の中であまり響くものがなかったこのエリアですが、