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てなことでみちのく珍道中…もといっ!みちのくひとり旅、承編でっす( ̄m ̄〃)ぷぷっ!ダンナの指令書によると、須賀川駅前郵便局で風景印をげっと♪須賀川中町まで、コミュニティバスで移動!そのあとは、市民交流センターでマンホールカード→中町郵便局で風景印→ふうりゅう館でマンホールカードげっととなっています(;^_^A交流センターで、マンホールカード、げっとだぜっ!実はね、この建物の五階に円谷英二記念館があり、なんとそちら
復元になりますが立派です仙台は造れないのかね〜情けないなだるまのハンバーガー2日間の御朱印旅行記完
5月2日ブラアラキ白河遠征の続き全記事でお訪れた鹿嶋神社からまた徒歩で白河駅に戻り駅に隣接する場所には小峰城(白河城・白河小峰城)所在地:福島県白河市郭内築城年:1340年築城主:結城親朝南北朝期に結城氏が築城豊臣政権により結城氏は改易その後は会津を治めた蒲生氏→上杉氏と領主は移り関ヶ原後に会津に戻った蒲生氏が再び治めるも転封その後は会津領とは切り離され、独立した白河藩として丹羽長重が入城この丹羽長重は、あの有名な丹羽長秀の長男そ
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)444城目は樺沢城ですよぉ~登城未遂に終わった大井田城跡から約35分ほど走り登城口到着~因みに上越国際スキー場前駅から徒歩5分と山城に関わらず驚異の駅近物件訪れてみたのはいいものの登城口あるか全く見当たらずしばし山麓一帯ウロウロ散歩しつつ上越線走る貨物列車眺めつつようやく登城口発見しいざ攻城~去年は越後湯沢駅近くでもアーバンベアが出現したとかでまだ冬眠してるの祈りつつ山中へ三の丸跡謎のお社を
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)443城目は大井田城ですよぉ~旅は2日目。。。初日に550km爆走したおかげで本日は東京戻る道中3ヶ所立ち寄るのみそれにしてもえぇ天気ぢゃまず向かいますは大井田城跡が、城跡までの道は閉ざされており残雪もある状況で無理して行かんでもえぇかな~と思い雰囲気のみ味わい撤収~また盛夏にでも再訪すっかね*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)442城目は白川城ですよぉ~2026年観桜ツアー第3弾先々週の九州、先週の北関東に続き北上する桜前線を追い福島~新潟へ2日間で総走行距離840kmの旅アホよねぇ( ̄▽ ̄)自宅を4:50に出発し山手トンネル抜けると日の出っつう先週と同様の早朝ラン東北自動車道も通行量は少なく2時間20分ほどで福島県南の白川城へトーゼン先客無しの貸切地名が白河市で新幹線も新白河駅で100名城選出も"白河小峰城"
後日、誤ってこの日のブログを削除してしまいました。その後、できるだけ復旧したものです。福島県内の旅終了9月8日(月)7日目①きょうの移動(泊)須賀川市(青○)から白河市(赤○)へ。途中、緑○の役所と役場を訪問しました。また、隣接する栃木県大子町(黄○)にも足を延ばしました。昨晩は、須賀川市内のADDress拠点に宿泊(民泊)しました。車中泊と違って、エアコンが効いた部屋で暑さを気にすることなく、ベッドの上で快適に睡眠できました。
白河小峰城結城氏の別家小峰家が築いたことに始まる豊臣秀吉の小田原攻めに参加しなかった為改易会津の支城となる蒲生氏郷上杉景勝→蒲生秀之→江戸時代白河藩主丹羽長重が9年の歳月をかけて完成石垣がスタイリッシュ💕渦を巻いてる様にも見える
六月、奥州へ!二本松城、安達太良山、高野長英の墓参、花巻東高の球場、盛岡城、そして八戸根城へ。老醜の身体と脳にムチ打って出陣。まずは良かった!無事帰還、今こうしてレポを書いている。白河の関を越え奥州入り、白河小峰城へ。どことなく我が松本城と似ている感じ。天主とされたという三重櫓。この櫓の右手、東側から北側の帯曲輪へ回り込むように進んでいくと。三重櫓と石垣を仰ぎ見ながら。帯曲輪への道へ。素晴らしい!見惚れる!かつて来たときは帯曲輪が工事中にて入れず、この見事な石
あぶくま洞でアイテムを2つ入手しました1つ目はガマの油前回のと合わせて2個保持2つ目は巻物を入手ジライアに持たせると雷光の術が使えるようにいよいよあぶくま洞の最深部もしかして大工のトウベイ?近づいて話そうとするとタマモ姫が出現!?てっきり白河城で戦うと思ってたから心とアイテムの準備ができてない
宇都宮城の若殿様がジライアに会いたいらしいあれが宇都宮城?若殿様と面会どうやら白河城の殿様が父で妻が大門教のタマモ姫らしいお!剣をもらいました早速、現在装備してる山賊のオノと攻撃力比べおいおい、攻撃力が低いやんということでもらって早々、売りとばしました。あとはわい村のダンサーが言ってたホテイ丸と会いました手伝ってくれるらしいんですが去っていきましたこれは胡散臭い要注意人物です
近くを通ったので、白河小峰城を再訪。前回は行く時間が早すぎて、城内に入れませんでしたし、当然、三階櫓にも上れませんでしたので。雪がチラチラする中、到着!おぉ~~~~!!雪の白河小峰城。綺麗だ!ラッキー!!迫力ある石垣。清水門復元工事の為、横の仮設階段から本丸に向かいました。本丸。雪で非常に綺麗です。三階櫓の階段。非常に急です。昇降が怖い~。戊辰戦争の銃弾跡。三重櫓と前御門。迫力があります。本丸の石垣も美しい。とても素敵でした♪伺
矢吹駅前のホテルが取れたので、一泊したのだが、、、基本的に、矢吹周辺には、なにかしらの史跡も無く、、、見るものが無かったので、6時半ごろチェックアウトして、、、、上ることにした。朝7時半白河駅へ折角、「白河」に来た限りは、、、いつかは行こうと思っていた場所に行ってみるか~って、思ったのだが、、、うむ、10時まで、バスが無い。。。。街ブラして、待ってみるか~いつかは行きたい「白河の関」じゃあ、バスまで、小峰城でも見ているか~って、行ってみたが、、、改修工事中で、、、近づけ
最終日、12時にゼミ終了帰りは17時の飛行機です「その2」で書きましたが、須賀川市は円谷英二氏の故郷、資料館のようなものがあると地元の参加者に教えてもらったこりゃ寄ってから帰らねば!須賀川特撮アーカイブセンターなんと入場無料!中には今まで使われた貴重なミニチュア等が保管展示されていますまた、ミニシアターでは映像も流してますいやぁすごい!すばらしいです!私の子供の頃の作品なんかのキャラ等もいて楽しめました来てよかった!一緒に参加していた方を駅まで送って行くため、少し先に退出
3日目も晴れてくれました☀️お世話になったホテルグローバルビュー郡山さん🏨1番目に向かった先は、三春城🏯車で少し登って、歩きます🚶登ると広場に出ましたー!景色は最高です♪途中に、三春滝桜を発見🌸調べると日本三大桜に数えられているらしい!さぞ、桜が凄いんだろうな😌道の駅ひらたへ🏛️日本一辛い村だけあって、辛い物がたくさん売っていた🥵次に向かった先は、石都々古和気神社⛩️新緑の通りが気持ちいい♪石都々古和気神社がある山は、元々お城の跡でもあるみたい。石都々古和気神社(い
まぁ、新幹線は、「新白河駅」なので、、、ほぼ、この事を知っている方は、「18きっぷ旅派」なんだと思いますが、、、東北本線「白河駅」と言えば、、、奥州街道側の「駅入口」に対して、、、裏には、「出口は無いものの」「白河・小峰城」が建ち上がっております!!!当然のことながら、「新幹線」は、「白河中心地」から離れた「新白河」を通ってしまっているので、「見えません」が、、、、「普通電車」で福島県を旅する方には、馴染みが有るかと思います!で、今回、お城の案内板の所で、地元の方が、観光バスで
白川小峰城は8時半に公開されるとか。桜の季節だしねぇ、お城の周り無料の駐車場があるらしいけど、すぐにいっぱいになっちゃうかもねぇ。じゃぁ少し早めに宿を出ようか。お世話になった『匠の宿千家』ですけどねぇ。口コミ見たらすごい言われよう。実際に泊まったら、値段の割には頑張ってると思うよ。多分、社員寮を宿泊施設にしたんだろうねぇ。確かに絨毯の上に直にマット一枚の布団だし、廊下の歩く人の音は響くけどね。女性専用はユニットバスの使いまわしだけど、一般家庭のユニットバスくらいだし、入浴剤はあったし。Wi
名称:白河小峰城(こみねじょう)別名:小峰城、白河城城郭:梯郭式平山城築城年:1340年築城主:結城親朝改修者:丹羽長重主要城主:白河結城氏、蒲生氏、丹羽氏、松平氏、阿部氏他所在地::白河市郭内指定文化財:国史跡日本100名城藤門二の丸竹の丸石垣白河小峰城三重櫓
白河市にあります、小峰城。白河城、白河小峰城とも称します。日本の100名城の中にも入っていて、東北三名城にも選ばれております。(他に盛岡城、会津城。)白河小峰城は知っておりましたが、なかなか白河市を通る事が無く、偶然通り、国道から城が見えたので、立ち寄りました。国道側からこちら側が見えて、思わず足を向けました。素晴らしい石垣にびっくり。公園入口から。三層櫓が迫力あります。白河小峰城、何と言っても石垣!とても素晴らしい。熊本城並みに感動した石垣です。次回は城を目
5月20日に福島県白河市を訪れました。JR白河駅に到着したのは午前9時半頃です。予想以上に気温が低く薄めの長袖ジャケットでは肌寒さを感じます。如何にも東北らしい気候で旅の情緒満点。とは言うものの、今回は日帰りで自宅の埼玉県所沢市から約200㎞の距離でした。始めて訪れた白河市ですが市内は独特の雰囲気を持っておりまして街の景観がゴチャゴイチャしていません。とても好感持てます。😄観光名所にもなっているJR白河駅。↑白河に東北本線が開通したのは明治20年。現在の駅舎
この「城跡」を眺めていて、「復元」とは、「現実」か???と言う「問い」を、発し続けてしまった、、、史跡「小峰城址」史跡「小峰城」=「白河城」当然、史跡としての価値は、「白河の関」と同じうように「アイヌ」などの北方の縄文民族の逆襲を抑える意味で、作られたそうです。ただ、、、この「白河城」は、「明治維新」の際に、「焼き討ち」にあい、そこで、お城としての建物は、燃え去ってしまったそうです、、、そして、「2011,3,11」、、、、、現在は、綺麗に整った「堀」の石垣も、崩れ去ってしまってい
東北ぶんまわり#10。『霞ヶ城(二本松城)(東北ぶんまわり#9)』先日ゲットしたCoCo壱番屋FANBOOKですが…CURRYHOUSECoCo壱番屋FANBOOK【SPECIALパスポートつき】(TJMOOK…ameblo.jp二本松駅から東北本線で郡山へ。それから白河へ。白河小峰城に行きます。白河小峰城は駅からも見えますしすぐ近く。復元天守ですがいい感じになってます。今回回ったお城の中で唯一天守が復元されてたお
前報に続き、奥州の白河城から棚倉城跡の一昔前の写真です。写真①②、白河市の白河城(別名小峰城)です。1340年南北朝時代に結城親朝が築城し小峰城と名付けた。豊臣秀吉の時代、蒲生氏、上杉氏が支配したが、江戸時代に入り1627年丹羽長重が棚倉城から10万石で移封して城郭の大改築を実施して1632年に完成させた。1868年の戊辰戦争で櫓など大半を焼失したが1991年に木造で復元、2011年3月の東日本大震災で一部崩壊したが2015年より修復されている(写真は震災前のもので
白河の小峰城跡城好きさんに、オススメです。平城の立派な石垣が残っています。松平定信の居城であったということで、さぞ立派な城郭だったと思われますが、幕末の戊辰戦争の激戦地となり、城郭は、破壊されてしまったようですが。広大な石垣は残り。復元された三重櫓行く前は、天守は無くて櫓かぁ、と思っていたのですが、とんでもない。失礼しました。美しくて立派です。広大な石垣は、東日本大震災でかなり倒壊したのを、復旧したそう上の看板の赤で囲った部分ガードル、復旧って、すごいなヽ༼⁰o⁰;
白河小峰城🏯(福島県白河市)『しらかわこみねじょう』と読む白河小峰城🏯は、1340年に築城、奥州関門の名城と謳われた梯郭式平山城であり、別名を『小峰城』『白河城』といい、1871年(明治4年)に廃城となったものの、現在、御三階櫓と前御門などが復元されている城跡のようです▼小峰城跡入口(藤門跡)▼▼二の丸跡▼▼天守(御三階櫓)▼▼看板▼▲城址碑▲▲歴代藩主等▲▼内堀▼▲天守入口▲▲清水門跡▲▼石垣▼
今回はJR東北本線の電車に乗って福島県の白河(しらかわ)駅まで来ましたよ♪※東京駅起点188.2km地点、2021年度乗降客数970人/日(明治20年7月16日開業)実は、白河駅前にある観光案内所には、無料のレンタサイクルがあるという事を、旅好きの皆さんはご存知でしたでしょうか?白河めぐりは『レンタカー・レンタサイクル・クロスバイク』をご利用ください-福島県白河観光情報|行って!みっぺ!白河「いって!みっぺ!白河」は、白河の歴史、観光、物産、グルメ、宿泊、レジャー、ビジネ
白河城Yahoo!地図-航空写真・地図検索・郵便番号検索・乗換検索ならYahoo!地図雨雲レーダー機能も搭載!Yahoo!地図は日本最大級のポータルサイト「Yahoo!JAPAN」が提供する地図サービス。ルート検索・路線の乗り換えも。スマートフォン向けサイトや地図アプリもサクサクで便利。日本地図ならYahoo!地図で。yahoo.jp佐伯哲也(2013)『越中中世城郭図面集Ⅲ』によれば、東麓を石動山に至る長坂道が通り、延文4年(1359)得田章親代大隅貞章軍忠状に、前越中守護
福島県白河市の白河城前年の東日本大震災で石垣が崩れてしまいましたあの大震災から11年...もうと思うかまだと思うか2012年8月29日
未納の続きです。今回が最終回で松平定信と歴史館です。下図③付近から二の丸茶屋方向です。内堀跡があります。③から④の方に行くと④付近から見た内堀跡と二の丸茶屋です。この反対側は小峰城歴史資料館です。下図の現在地です。小峰城歴史資料館前です。中に入るとこの先は撮影禁止でした。ここにあったポスターです。次に⑦の搦手門跡は1808年の搦手門付近古絵図です。上図⑦の搦手門枡形です。上図⑧付近から本丸方向です。三
閏4月(この年は4月名が2回です)4月19日世良修蔵暗殺される世良修蔵1835年天保6年34歳(事実上の宣戦布告か?)(首謀者等、翌年死刑に処す、また世良は死後参謀に抜擢されたようです)20日会津藩等が白河城占領(列藩が事前準備?当時二本松藩等が管理中)5月1日白河城政府軍が占領以後同盟軍の奪回ならず3日奥羽列藩軍事同盟成立事実上の奥羽戊辰戦争開始6日