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泰澄という僧侶白山信仰関連では有名だけど本当に実在したのかどうかは不明でも、その人に着いていったというのがうちのご先祖様だから存在したんだろうとは思うけど色々な伝説があるのでビミョーですな
鶴来の金劔宮参拝の後、草庵でお蕎麦を食べ、白山比咩神社(はくさんひめじんじゃ)に参拝した話。全くノーマークだった草庵と白山比咩神社(はくさんひめじんじゃ)。ひとりだったら行ってなかったから旅は道連れ、世は情けってほんとそうっぽい。空が青い!女性のための神社⛩️のようです。白山信仰の総本宮で水の信仰。白山比咩神社(はくさんひめじんじゃ)白山比咩神社·4.5★(4857)·神社〒920-2114石川県白山市三宮町二105−1maps.app.goo.gl
朝はかなり冷えましたが、今日はめちゃくちゃ快晴。白山も雪をまとい、神々しい姿を見せてくれました。石川県では数えるほどしかない貴重な快晴です。もちろん私も、朝から川べりをウォーキング。歩くとリフレッシュできるし、心も体も整う感じがよくわかります。さて、昨日の晩ごはんは、前日の残りの豆乳鍋、納豆、ブロッコリー、ゆで卵、かやくご飯。鍋は残りものですが、時間が経ってコクが増しています。かやくご飯との相性も抜群でした。今日、明日と連休です。さてさて、何をしようかな?大掃除は正直めんど
本日は白山神社の新嘗祭を斎行いたしました。お当番さんの方で雅楽に興味を持っていただいた方がいらっしゃいました。ぜひ来年から雅楽やりましょう!北洞町白山神社社名白山神社鎮座地岐阜県各務原市那加北洞町1-324権現山の東端、瑞巖寺の東隣御祭神伊弉諾神(いざなぎのかみ)•伊弉冊神(いざなみのかみ)創建創建は不詳ながら、棟札に「延宝七年(1679年)孟夏損再営工」と記されており、江戸時代中期に再建されたことが確認されています。社殿は山の斜面に建てられており、拝殿・祭文殿・本
今回は『小山田白山神社』へ参拝してきました。小山田白山神社(おやまだはくさんじんじゃ)は東京都町田市に鎮座されます神社です。白山(はくさん)神社の総本社は、石川県白山市の白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)です。過去に神奈川県横浜市の白山神社(はくさんじんじゃ)へもお参りに伺いました。白山(はくさん)神社の総本社である白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)は、石川県にある白山を遥拝(ようはい)する白山信仰(はくさんしんこう)の本宮です。その白山信仰(はくさんしんこう)とは、越前(
白山の伝承にも九頭龍さまは絡んできますが、九頭龍さまは日本の龍神さまであり、渡来神と言われている菊理姫さまとはルーツは若干違う感じ。とは言え白山信仰には九頭龍さまもかなり濃厚に絡んでくるうえ、九頭龍さまが菊理姫さまを乗せて地脈を移動なさるイメージを見せていただいたこともあるので、関東各地の白山信仰にはいつも九頭竜さまがセットでお祀りされているみたい。その逆に多摩市の九頭龍神社さまや、奥多摩の九頭龍さまのように単独でお祀りされていることもありますが、日本海側からみると地脈の出口にお祀り
まだまだ先ですが、来年の4月に白山比咩神社を含めた神社仏閣のツアーに参加します♪白山比咩神社は菊理媛大神と伊弉冉・伊弉諾神を奉っている神社です。私の目的は伊弉諾尊・伊弉冉尊の二柱の夫婦喧嘩の仲裁をした菊理媛大神です。古事記にはこの記述はなく、日本書紀にも本文ではなく外伝にさらりとかかれているんですが、とても意味深で興味津々な私なのです。私個人は本当に知識が少ないのですが、菊理媛大神にとても興味が合って、行きたかったんですね。今年の三月のツアーは予約が取れなかったので、改めてうれ
篠座神社福井県大野市篠座42-5平安時代成立の法制書「延喜式神名帳」に掲載される1000年以上の歴史ある神社です。養老元年717年に白山信仰の祖とされる泰澄大使によって創建されたと伝わります。主祭神大己貴大神(大国主命)縁結びの神様として有名です。出雲大社(島根県)の御祭神です。篠座神社の創建白山信仰の祖といわれる泰澄大師が、若いころ白山登拝を思い立ちます。大野の地に到着し、清水が湧き出る「篠座」という所に10日ほど過ごした後、二
幡生神社(はたさや神社)石川県小松市吉竹町ヘ253延喜式神明帳に記載されている1000年以上の歴史ある神社で、白山信仰の祖といわれる泰澄大使によって創建されました。白山信仰の祖とされる泰澄大使によって、718年に薬師如来を奉安した薬師堂を建てられ、この地で古くから信仰されていた「幡生神」は「薬師如来」と同一神とする「神仏習合」により、この地で崇拝を広めていったとされます。御祭神幡生神(はたさや神)江戸時代には加賀百万石の三代
【菊理姫命(くくりひめのみこと)】白山信仰の神/魂の統合・過去世の癒しと昇華皆様と菊理姫命のご縁白山の霊峰に鎮座する女神・菊理姫命(くくりひめ)は、表にはなかなか現れない静謐な神。けれど、その光は深く、清らかで、魂の奥深くへと響いていくもの。あなたが自らの内なる矛盾や過去の悲しみと向き合いたいと願った時、菊理姫命はそっと現れ、魂と魂を結び、癒しへと導きます。過去世での傷、封印してきた記憶、他者とのカルマ的な繋がりさえも、すべてを一つの「光の糸」でくくりなおすのが、この女神
先日の白「白山信仰と円空の感得した神仏」のお土産。両面宿儺の手拭いを開封しておりませんでした。開封してみると、なかなか善きデザインでしたので改めてご紹介してみました。たしか、参加の数人が購入していたTシャツも同じ様なデザインだった気がします。購入先千光寺円空寺宝館
神無月龍王祭を斎行いたしました。白山巡礼の余韻もあり参列された方は白山の氣の流れを感ずる方もいらっしゃいました。今月は青森の峯凰庵様から新米の奉納がありました。毎年ありがとうございます。龍王祭にて神仏に奉納させて頂きました。貴重な新米は参列された皆様にお分けいたしました。午後は白山巡礼の報告と講座です。白山信仰の基本的な情報から菊理姫、泰澄大師、九頭龍、十一面観音、レイライン、方角、円空、神仏供養に至るまで広く、深くの講座となりました。龍王祭の内容について午前は神仏
本日は白山神社の例祭を斎行いたしました。また、境内社御霊神社の例祭も合わせて斎行いたしました。北洞町白山神社白山神社所在地:岐阜県各務原市那加北洞町1-324鎮座地:権現山の東端、瑞巖寺の東隣御祭神:•伊弉諾神(いざなぎのかみ)•伊弉冊神(いざなみのかみ)•創建・再建:創建は不詳ながら、棟札に「延宝七年(1679年)孟夏損再営工」と記されており、江戸時代中期に再建されたことが確認されています。•社殿は山の斜面に建てられており、拝殿・祭文殿・本殿が配置される。・拝殿には
「千引の石」白山中居神社境内先の「白山信仰と円空の感得した神仏」で石徹白の白山中居神社で供養の祈りを奉じた場所です。10年前に妻と二人で白山と長良川供養に参詣した際は祭壇を持参し、供養させて頂いた場所でもあります。その時は場所の云われや意味を知らず、神仏に導かれるままにこの場所を選びました。実はこの場所「千引の石」の裏付けとなる説明が「龍神コード」にありました。レイライン、太陽の道を著された本ですがこの場所はイザナギ、イザナミが別れの「理」「許等度(ことど)」をかわしたと
峯龍さん、お早う御座います。何時もお世話に為って居ります。お陰様で在ります。感謝で在ります。法相宗、僧侶で在り、仏師でも在る。円空さんの白山信仰修験道、巡礼勤行お疲れ様で在りました。リブログさせて頂きます。合掌『「白山信仰の原点はここにあった!越前・平泉寺の物語」』「白山信仰と円空の感得した神仏」に参加された星読み法師の満月斎さんの記事です。満月斎さんは全国に拠点をもつ鑑定師です。先日もAmazonから自伝を出版され7冠…ameblo.jp『「白山信仰と円空の
「白山信仰と円空の感得した神仏」美濃禅定総集編として画像で振り返ります。詳しくは巡礼記事をご覧下さい。星宮神社祭神虚空蔵菩薩虚空蔵菩薩は日本が雑密の時代に星信仰の仏としてその中心的な存在でした。『「白山信仰と円空の感得した神仏」円空の里』日本三大霊山は富士山、白山、立山でこの度の巡礼は白山信仰を学ぶための巡礼です。白山信仰は泰澄大師が開いた修験の道。円空行者は白山の麓から天台修験者として仏像を…ameblo.jp平泉寺白山神社御手洗池九頭龍と泰澄白山信仰の起点。古代
「白山信仰と円空の感得した神仏」に参加された星読み法師の満月斎さんの記事です。満月斎さんは全国に拠点をもつ鑑定師です。先日もAmazonから自伝を出版され7冠を達成されました。満月斎さんの視点から様々な考察と読み取りがあります。やはり積み重ね豊富な経験と実践は常に活かされますね。合掌武尚院峯龍『出版予約初日で【Amazon7冠】達成しました!皆さまに心からの感謝を込めて』みなさん、こんにちは😊満月斎です。本日は、心からの感謝を込めてご報告をさせてください初の電子書籍『
ここからは番外編となります。飛騨高山で「白山信仰と円空の感得した神仏」はお開きとなり、関東組の帰り道に乗鞍山麓の梓水神社に立ち寄りました。こちらは上高地と同様、梓川の上流にあたり、諏訪信仰、龍神伝説の残る地です。また、清流の神「瀨織津姫」の伝承もみられます。梓水神社の鳥居も両部鳥居でした。高原地帯の豊かな森の中に梓水神社は建立されておりました。至る所に個人所有?の社殿があります。清流の橋を渡ると梓水神社本殿がありました。社殿の幕にある社紋は諏訪大社と同じですね。大きな
長滝白山神社近くの白山文化博物館や千光寺の円空仏寺宝館石徹白用品店、円空洞などで求めたお土産がたくさんあります。これ以外にもパンフレットや石徹白用品店の衣類の型紙、絵はがきなど多数。何れも貴重な資料となります。円空仏寺宝館切り絵長滝白山神社近くの白山文化博物館葛飾北斎長滝複製画長滝白山神社近くの白山文化博物館石徹白大師堂虚空蔵菩薩写真円空洞円空仏不動明王早速、秩父曼荼羅小屋に各々を展示いたしました。長滝葛飾北斎虚空蔵菩薩は本堂上部へ。十三仏配置?か
飛騨高山、飛騨国分寺から直ぐの「円空洞」高山駅からも徒歩5分程です。先代から娘さんに経営を引き継いでおりました。円空掘りの木彫り以外にも伝統工芸がお店にたくさん並んでおります。皆様はたくさん並んだ円空仏でお気に入りを探しながら楽しい時間となりました。飛騨高山円空洞飛騨高山は4月と10月に高山祭りがおこなわれ毎年たくさんの観光客でにぎわっています。円空洞では、円空彫り、飛騨いちい染、さるぼぼなどのおみやげをそろえております高山へ旅行に出かける際には、国分時前の円空洞へおこしくださ
「白山信仰と円空の感得した神仏」は最終日となり、美濃から飛騨へ移動してきました。飛騨高山の高野山真言宗千光寺参詣です。千光寺は円空仏で有名で、特に「両面宿儺」は円空仏以外にもアニメ呪術廻戦などでも取り上げられておりますね。飛騨地方に実在した人です。ちょうど今年の3月に日本橋で円空展がありましたが、千光寺の円空仏が中心でした。龍神がたくさん集まって来ました。こちらは現代仏師の両面宿儺。本堂観音堂千光寺は国際瞑想センターなど広い視野の取り組みもされております。ご住職の説明と
石徹白用品店からの続きとなります。『「白山信仰と円空の感得した神仏」石徹白用品店』白山中居神社石徹白の続きです。『「白山信仰と円空の感得した神仏」白山中居神社石徹白』阿弥陀ヶ滝からの続きとなります。『「白山信仰と円空の感得した神仏」…ameblo.jp長滝白山神社の目の前にはローカル線の駅があります。現在は無人でホームだけです。長滝白山神社は、美濃禅定道として栄えました。古の時代は宿坊が立ち並び、白山信仰登拝の様子が伺えます。参道には様々な跡地が点在しております。護摩
白山中居神社石徹白の続きです。『「白山信仰と円空の感得した神仏」白山中居神社石徹白』阿弥陀ヶ滝からの続きとなります。『「白山信仰と円空の感得した神仏」阿弥陀ヶ滝(長滝)』平泉寺白山神社からの続きとなります。『「白山信仰と円空の感得した神仏…ameblo.jp白山長滝神社へ向かう途中、石徹白で現地の石徹白用品店に立ち寄りです。女性参加者の要望もありまして石徹白の衣料品の伝統を再現している若い人たちが運営する用品店です。石徹白を説明した記録と資料が展示されています。石徹白
阿弥陀ヶ滝からの続きとなります。『「白山信仰と円空の感得した神仏」阿弥陀ヶ滝(長滝)』平泉寺白山神社からの続きとなります。『「白山信仰と円空の感得した神仏」平泉寺白山神社』円空の里の続き『「白山信仰円空の感得した神仏」円空の里』日本三大霊…ameblo.jp白山中居神社と云えば忘れもしない、約10年前にある能力の高い霊能者かた依頼を受けて神仏供養に来た所。あれから約10年を経たとは時の流の早さに驚くばかりです。内容は詳しくはお伝えできませんが、木曽御嶽の地脈供養に関係しま
平泉寺白山神社からの続きとなります。『「白山信仰と円空の感得した神仏」平泉寺白山神社』円空の里の続き『「白山信仰円空の感得した神仏」円空の里』日本三大霊山は富士山、白山、立山でこの度の巡礼は白山信仰を学ぶための巡礼です。白山信仰は泰澄さんが…ameblo.jp今回の白山巡礼は私たち夫婦が10年前に巡礼した地を基本としております。10年を経ると立ち入れた場所が立ち入り禁止となっていたりしておりました。阿弥陀ヶ滝や石徹白大杉などに変化がありました。阿弥陀ヶ滝、以前は長滝と云われ、
円空の里の続き『「白山信仰円空の感得した神仏」円空の里』日本三大霊山は富士山、白山、立山でこの度の巡礼は白山信仰を学ぶための巡礼です。白山信仰は泰澄さんが開いた修験の道。円空は白山の麓から天台修験者として仏像を彫り…ameblo.jp巡礼初日の後半は福井県に移動しまして、平泉寺白山神社参詣となります。先ずは白山信仰は泰澄大師から始まりますので泰澄大師の御廟にて供養をさせて戴きました。泰澄大師は682年生まれで役行者と弘法大師の中間位に活躍された方です。神社境内に入り、白山信仰
日本三大霊山は富士山、白山、立山でこの度の巡礼は白山信仰を学ぶための巡礼です。白山信仰は泰澄大師が開いた修験の道。円空行者は白山の麓から天台修験者として仏像を彫りながら神仏供養行脚をしました。今回の巡礼は円空の里から始まります。寛永9年(1632年)に郡上市美並町で生まれたとされる円空。この地を中心に全国各地を遊行して、修験僧として神仏供養をしました。神仏供養として彫ったのが円空仏です。円空の里は美並の星宮神社周辺と日本まん真ん中センター(円空研究センター)が中心となります。
伊須流岐比古神社石川県鹿島郡中能登町石動山子乙1伊須流岐比古神社は石動山を本社とし、北は青森県、南は大阪府まで100以上の分霊社があります。また、神社がある石動山は能登の山岳信仰の霊場で、最盛期の中世には3000人以上の僧侶を擁していたとされる神仏習合の社です。現在は、能登国二宮とされます。紀元前92年天照大神の神勅により諸国に神社が開かれる事となり石動山には13番目の神社として宝剣を収めたと伝えられています。手水舎の名水石動山は水が
訪問ありがとうございますおはようございます、miyaです白山へ登った主人がヘトヘトで帰ってきましたご無事で何より山頂の売店で日本三霊峰Tシャツを買ってきてました立山、富士山、白山主人集めたくなってます笑登る➕️拝むで登拝【とはい】Tシャツ素敵な名前のTシャツですね御朱印は無かったようで残念でしたが奥宮に御朱印代として渡した1000円を賽銭箱に入れてきたらしいですそのせいなのかは分かりませんが雨にも降られずとっても良い気候だったようで感謝しなければなりませんね登頂
秋分の日の今日お墓参りに出かけました。泰澄大師が生まれた地に建つ泰澄寺。尼僧として生きる叔母と、祖父母が寺守りをしていたお寺です。静かに掃き清められた境内や、朝のお勤めの声。そんな営みの中で、小学生の私は「自然」への敬いを少しずつ感じていたのかもしれません。泰澄大師(たいちょうだいし)は、682年に生まれ、717年に霊夢を受けて白山に登ったと伝えられています。それが白山信仰のはじまり。白山は、富士山・立山と並ぶ「日本三霊山」のひとつ。その信仰の広がりは、全国に2,000社