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東北本線の黒田原-白坂の平成9年の撮影記録です。これは福島県白坂駅付近です。やすらぎ。この日は団体列車が2本走りました。華。これは昭和60年。。『懐かしの東北本線撮影(昭和60年)』これは昭和60年、白河付近の東北本線へ遠征した時の写真です。旧型客車が走っていました。これは団体臨時列車。これは何だったろうか。。これは栃木福島県境…ameblo.jp使用機材はオリンパスOM-1(標準+75-150ズーム)
2005年3月撮影当時、まだワム80000型による紙輸送列車が運転されていました。この日はおりしも、原型ひさし付で人気の高い98号機の牽引でやってきました。ED7598ED7598+ワム380000(14両)東北本線・白坂駅付近(勝負沢踏切)ED75を撮影し始めておよそ1か月後、念願だった98号機が撮影出来ました。今となってはこの列車が隅田川行きか越谷(タ)行きか分かりません。当時、東海道線方面の3461レにはまだ茶ワムが残っていましたが、東北本線系統はこのように全て
2006年2月撮影いつもNゲージの記事もアレなので、たまには実車の記事を。何度も申している通り、ED75にドップリだった当時の撮影です。レンズは確か自身初のLレンズ、EF17-40mmf4.0Lだったかな?比較的リーズナブルな価格でしたが、写りは流石Lレンズ!!思い切って買って良かった1本です。ED751034白坂駅付近(上り線勝負沢踏切)09:26頃スカイブルーの18系コンテナも、コキ50000型もまだまだ現役でした。嗚呼、今の機材でこの時代に戻りたい
2006年2月撮影2005年のこの記事の撮影の後、当時使っていたEOS10Dに限界を感じ(笑)、翌年に自身初めてのフラッグシップ機EOS1Dを買い、喜び勇んで白坂へ行っています。ED7585+10??3085レ(だったと思います)白坂駅付近09:13頃独特な唸りで通過するED75重連は、本当に格好良かったです。交流区間(南部)には、当時頻繁に通いました。EOS10DからEOS1D(キズ・スレ無し美品でした)に買い替え、画素数は630万画素から415
(その4からの続き)-白坂(11:46発)-東北本線の旧線跡を歩きつつ、秘境の雰囲気漂う豊原駅に立ち寄りました。次の集落にさしかかりました。先へ続いているのはこの道ですが、元が線路跡だけに、家の玄関がこちら側を向いていない家が多かったです。線路切り替えが実施されたのは1920年のこと。それでも民家がこちら側を向いていないということは、集落の家々はそれ以前から存在したということでしょうか。そして、この集落の端に旧線時代の豊原駅が存在したようです
2006年8月25日撮影ED75の撮影にドップリだった2006年頃・・・。確かこの時は「青春18きっぷ」の消化で、宇都宮マルヨをして白坂へ行ったんだと思います。そして、年数だけは一丁前に長く鉄道を撮影していて、自身の中での「会心の一枚」「自身最高傑作」と、勝手に思い込んでいる1カット。ED7585+10334085レ(かな?)09:16頃白坂駅付近当時はCanonユーザーで、EOS1Dを使っていました。415万画素CCD映像素子でしたね。画面
2005年4月・12月撮影当時は東北本線のED75重連牽引貨物列車に、どっぷりはまっていました。ED751020+???船岡-大河原間ED75126+???赤重連も来ました。一目千本桜で有名な、船岡-大河原間にも行きました。ED751039+???白坂駅付近小雪舞う白坂駅付近の名撮影地。1039号機が奇跡の復活を遂げ、偶然に撮影出来ました。ここで重連牽引列車を待っていると、遠くから独特な75サウンドが聞こえてきます。ただし残念な事に、常磐線内を走っていた
6月は東北本線白坂駅~磐城西郷(現・新白河)駅間を行く485系電車の特急「ひばり」です。
撮影日2018/12/30東北本線黒川橋りょう豊原駅~白坂駅間にある橋の下を黒川が流れている川が県境になる橋のむこうは栃木県那須郡那須町豊原甲こっちは福島県白河市白坂左の上り線橋梁は1920年(大正9年)開業、右の下り橋梁は1964年の複線化時に追加青森方面を見る
先週の土曜日、天気が良さげだったので早起きして撮り鉄してきました。今回もついでに動画も撮ってきました。白坂駅付近のポイントに6時前に到着するとさすがに誰も居ません。しばらく独りで撮影してましたが、開始して30分ほどすると同業者が来ました。挨拶して少し会話をするとなかなか話しやすい人で、人見知りの自分にとっては助かりました。撮影の時だけは集中してましたが、それ以外はほぼ話してましたね。動画を撮ってたのは僕だけでしたが、それを忘れてベラベラと永遠話してて、今思うと向こうにとって迷惑じ
撮影日2018/12/30東横INN宇都宮駅前5:23出発宇都宮5:48発の下り電車に乗る黒磯6:39着心配していたとおり栃木北部は雪黒磯駅から歩き写真ではわかりづらいけど雪降っとんねん積雪、降雪の中での廃線跡歩きになった高久駅9:10到着ここからさらに歩くセブン‐イレブン那須黒田原店で缶コーヒー購入那須町役場前停留所待合所で休憩ここなら雪をしのげる那須町立図書館でトイレこのへんから福島県に入る軽トラックに乗ったおっ
東北線白坂駅の巻です。福島県白河市にあります。駅探訪のブログ、サイトでよく紹介されています。福島・栃木県境であること、勾配の頂点近くにあること、ここから黒磯方面にむけては旧線があったこと、特急急行全盛の時代に待避線側にホームがあったこと、撮影地が近いなどから訪れる方が多いのかなと思います。駅舎は建て替えられています。無人駅です。青森方に架かる県道184号線の青馬橋(跨線橋)から白坂駅を見ました。架橋の以前、この橋のたもとには、原中踏切があったようです。青馬橋は1998年2月の架橋
東北本線豊原駅←白坂駅→新白河駅2015年7月26日(日)に訪問した、東北本線白坂駅の画像をUPします。訪問当日は701系などの交流専用電車が乗り入れていました。黒磯駅構内のデッドセクション移設後は、日中時間帯はすべて気動車でしたが、現在は、全てE531系です。相対式ホーム2面2線の地上駅で、無人駅です。アウシュヴィッツ平和博物館の最寄り駅です。白坂駅の駅名標です。以上です。東北本線豊原駅←白坂駅→新白河駅
2005年5月28日、東京出張中の折り、東北本線の旧線白坂・豊原間を歩きました。2.5万分の1地形図白河よりスタートは福島県白河市の白坂駅(A)駅を出てすぐのところ。廃線跡に入る(B)いかにも鉄道跡らしい掘割(C)2.5万分の1地形図旗宿より上り線を越える(D)初夏の香りのフジの花(D-E)下り線を越える(E)廃線らしい曲線(F)阿武隈川と那珂川の分水越える(F)路傍の地蔵(F)黒川っ橋梁を行く貨物列車を遠望(F)この区間のハイライト・黒川
白坂駅は東北本線の福島県最南端の駅です。2005年5月、私はこの駅に降りて東北本線旧線を豊原駅(栃木県那須郡那須町)まで歩きました。12年ぶりに寄ってみました。白坂駅(下地図中央の矢印)駅前広場2.5万分の1地形図白河より駅の南東に江戸時代5街道のひとつの陸羽街道(奥州街道、現国道294号線、地図右下の矢印)があります。その峠は、下野国と陸奥国との境界で双方に明神があり「境の明神」と呼ばれているそうです。よって、「二所ノ関」と呼ばれていました。「奥の細道」で松尾
松島駅での撮影後、三陸道・松島海岸ICから乗って東北道・国見ICで降りて沿線を走るも鹿島台駅周辺と同じで雑草生え放題で線路が見えない状態でした。動画の事も考えると踏切だけは避けたかったのでJR藤田駅ホームから撮影する事にしました。3582M719系・H22+H5編成11:49頃先日、置き換えが発表された719系が来てくれました。EF81-95+カシオペアクルーズ12:14頃この後、国見ICから乗って3発目は考えずに普通に走行したのにギリギリ撮れ
予もいずれの年よりか、片雲の雲に誘はれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋、江上の破屋に蜘蛛の古巣を払ひて、やや年も暮れ、春立てる霞の空に、白河の関越えんと、そぞろ神のものにつきて心を狂はせ、道祖神の招きにあひて取るもの手につかず、股引の破れをつづり、笠の緒付けかへて、三里に灸すうるより、松島の月まづ心にかかりて、住めるかたは人に譲り、杉風が別墅に移るに、草の戸も住み替はる世ぞ雛の家表八句を庵の柱に掛け置く。中学校の国語の教科書に、おくのほそ道の冒頭「月日は百代の過客に