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私は自由に生きてきたし、自由を大切にしている。では私にとっての“自由”とはどんな状態か?“自分の心に沿った選択をすること”でもそれは好きなことをすると言うことではなく、心に違和感を感じたり、心が望まないことはしないという選択をするということ。振り返ってみると私は生まれてから、がんになるまでずっと人から嫌われないように生きてきたような気がする。その結果、人の目を気にして、自分の心を欺き、自分の自分自己評価もどんどん低くなっていった。そして、がんになって私は、がんという病を治すためには、
いつもありがとうございます。あ~びっくりした「7月から渋谷のTKPガーデンで、月1回免疫栄養ケトン食セミナーを開催したい」そうですまだ日にちは未定ですが日曜日のようです画像は渋谷のTKPガーデンアクセスはこちらからTKPガーデンシティ渋谷への行き方【渋谷東口ビル】周辺地図とアクセス方法(doomo.jp)一応、予定しておいてくださいね。詳細はまたお知らせします。免疫栄養ケトン食でがんに勝つレシピ麻生れいみ/著古川健司/監修楽天市場${
私はガンになったことで、サラリーマンを辞めて、自由を得た。この自由という感覚は、まさに背中から羽が生えたような感覚だった。25年以上、毎日同じところに行っていたところ、これからもう一生行かなくて良い♪1日24時間のすべてを自分の思い通りに使える。あーこれが自由か!といった感じでした。この感覚はやっぱり経験した人しか解らないだろう。しかし、この自由を得るまでは、大変だった。たくさんの人から、様々な事を言われた。働かないし、何をするということも決まっていなく、ただ辞めるということだっ
今日のご縁に感謝申します。ハッピーマインド・ラブライフチャンネル私の人生支配的な親から20代に夜逃げ13歳娘の突然の脳腫瘍&死自身の2度のステージ4癌から奇跡的生還そして、その体験を活かし今の仕事になりました『親子の心をつなぐお手伝いが天命だと思ったワケ』今日のご縁に感謝申します。ハッピーマインド・ラブライフチャンネル人格を植え付けた親子の関係を紐解き自由・輝き、歓び・愛健康を取り戻していくカウンセリング…ameblo.jpあなたは
今日は母の日に祈願し墓参りをして世界に平和が戻り祈願成就が叶うように墓参りを済ませ、菩提寺に行き手続きを願って来ました。母は癌の闘病で亡くなりました。今は、当時より医学が進み難病でも無くなったようです。今年の7月にはパリ、オリンピックが始まり世界の平和な祭典がある。なのでパラリンピックにも出場する選手がいるかもしれません。選抜の選手が決まりつつあります、母は亡くなった者にはすべての事が見えて事実が理解が出来ていると説いてました。そして、懸命な事実が理解されようとしてます。関
間黒助です。知らない患者さんがかなり多いので、3年程前に書いたこの記事を定期的にアップし紹介していきたいと思います。2020年3月から、国内で実施されている、がんに関する全臨床試験情報を検索できるようなりました。チャット形式での検索も可能です。特定臨床研究に加え、治験・医師主導治験や再生医療等研究の登録が行われていることから、ワンストップで必要な情報を抽出することができます。検索できるのは、「企業治験」「医師主導治験」「拡大治験」「先進医療A・B」「医師・研究者主
座敷わらしさん家こちらの動画は、先日私がYouTubeでもあげましたが、行ったことのある座敷童子さん家です。いずれツアーを組みますので、皆様ぜひ一緒に行きましょう!きっと素敵な体験が待っていますよ!(ドリーム先生のブログより)動画はこちら原田龍二さんの座敷わらしさん家での体験談「世界の何だコレ!?ミステリー(2023.2.15)」世界の何だコレ!?ミステリー(2023.2.15)「原田龍二さんの座敷わらしさん家での体験談」で座敷わらしさん家が紹介されました!yout
夫との海外旅行は、昨年の9月に行ったクロアチア・スロベニアのドライブ旅行が最後だった。私は持病があるので、夫が「お前が歩けるうちに鍾乳洞の中とかハイキングできる公園とか行こうよ」といって、一昨年さっさと「来年の旅行先はクロアチアとスロベニア」と決めていたのだった。実際行ってみてとてもよかったし、イスタンブールのトランジットツアーでは盗難被害にもあったけど、旅自体は終始すごく楽しかった。そして「この鍾乳洞をこんなに歩けるのは、確かに今回が最後かもねーこれ以上足が悪くなったら歩けないも
17年前の今頃、私は4月の健康診断で食道がんが見つかり、ちょうどこのGW前のこの時期は精密検査で入院中で、がん患者へのの入口といったところでした。私の場合この検査でガンはリンパ節にいくつか転移が見られ、GWに入る前のインフォームドコンセントで、シスプランと5FUという抗がん剤を月曜日から土曜日の朝まで少量ずつ入れ続け、その後の土日はお休みでまた翌日月曜日から4週間連続して点滴をするというものでした。現在の食道がんの抗がん剤治療は同じものを1週間投与したら3.4週間休んで2回目を投与するのを
彼の膵臓癌が分かってから約20日。(この記事を書いた2月7日時点です)その間、あれよあれよという間にCT検査やMRI、癌研に紹介状を書いてもらって組織をとるために検査入院をし、検査入院中病院で気を使って体調が悪くなって帰宅。痛みがなかなか取れず「痛み止めが効かない」といっていたけれど、彼の従兄弟に医者がいて「頓服を怖がらずにしっかり飲んで痛みをコントロールする」ということを教えてもらい、ここ数日やっと落ち着きました。低空飛行でもいいから、がんと共存してゆるゆると生きていてほしいな
昨年1月に突然訪れた失明の危機。それまでは緑内障で視野は狭くはなってきていたがそこまでとは思っていなかった。それが年末、12月22日の検診で突然の失明の危機ということで、翌日に名大病院に。そこで「すぐ手術をしないと発作で失明する可能性がある」ということで、年始すぐの入院、手術となった。そして手術をすれば視力は落ちる可能性が大きいとのことで、以来車の運転もできなくなり、白杖も必要となってしまった。あれのあれよという間の大きな視覚障がい者への波に飲み込まれたといった感じだった。それ
彼が癌の闘病中、食べられるものがどんどん少なくなってしまって、食べきれなかったものたちが冷蔵庫の中に残っていたから、泣きながら捨てた。闘病の最初のうちはおかゆが食べられていたから、おかゆに添えるノリのつくだ煮とか梅ペーストとか、刻んだ高菜漬けとか小エビやアサリのつくだ煮とか、彼が少しでも楽しんで食べられるように、味のバリエーションを用意していた。でもそのうちそれもおかゆ自体が嘔吐を呼ぶので食べられなくなってしまった。もう一度食べられるようになるんじゃないかと希望を持っていたけれど、
皆さま。こんばんわ🌜いいね・コメント・フォローが生きるためのエネルギーとなっておりますまた、公式ラインへの登録も励みになっております本当にありがとうございますさてさて。今日は4月9日。【子宮の日】です。やけに、生前の母の事を思い出します。不思議と苦しそうな顔ではなく、笑顔です子宮頸がんは【性交】を持った女性は誰でもなりうるガンです。原因は【ヒトパピローマウイルス】『子宮がん検診』きちんと受けていれば、前癌状態の『高度異形成』の状態で発見されることが多いです。【自
今日の横浜は春の雨風が凄く、出勤中にもうびしょびしょになっちゃいました。今年のゴールデンウィークも例年通り休まずに特別営業させて頂きますので宜しくお願い申し上げます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◎2024年ゴールデンウィーク:休まずに特別営業致します◎ビル入口の看板の電気が点いている時は営業時間外でも頑張って営業中です!◎15時台か16時台に早目に開店する場合が多く、早目のご予約も受付中!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
は〜い❗️皆元気❗️皆様今晩は🙇♂️おはようさん🙇♂️今日は亡くなった家内の話し❗️何時も手のひらでおよがしてくれた家内❗️結果流石に闘病が長く晩年は家内も切れた😠😠😠ふりかえって見ればオイラは遊んでばかり。毎日(化粧品販売の頃)ゴルフ練習場通い。私を鴨にしたいのか会計事務所の先生からゴルフの誘い。初めは散々たる結果それからは一念発起毎日練習場通い。そのうちに沢山の友人ができる。友人知人かなりの人が亡くなりました。それも50歳代。練習ゴルフ場の常連だった
人はなかなか今までとは違った行動はできない。それは今まで違った行動をすると、今までと違った結果が出るから。と書くと、今までと違った結果を出したいのであれば行動できるのでは?と思うかもしれないが、それはそうは簡単ではない。頭で考えるとその通りであるが、行動を司る脳は安心安全をもとめるという自己防衛本能がある。今までと違う行動は脳にとっては未知の世界なので、何が起こるかを予想できない。同じ行動をしていれば、大方の結果は予測できるし身の危険も少ないと判断してしまう。今の状況がどんなに悪く
私はがんは“だまし絵”のようなものだと思う。以前、可愛いお嬢さんと醜い老婆の両方が浮かび上がってくるだまし絵を見たことがある。不思議なことに一つの絵を見ようとすると、もう一つの絵が消え、両方を一度に見ることは出来ない。このだまし絵を見たとき、なぜか“がん”になったときの錯覚と同じだと思ったのだ。私たちは以前からずっとこの絵を可愛いお嬢さんだと思って見ていたが、あるとき医者にこの絵は本当は醜い老婆なんだ!と言われると、今まで自分が見ていたものが目の錯覚だと思い、醜い老婆しか見えなくなってし
間黒助です。ガンで亡くなったばかりの方のご家族から、コメントやメッセージ、メールをいただくことが多々あります。多岐にわたり色々な方々とやり取りをしてきましたが、人それぞれ環境が違うので、当たり前ですが環境や境遇は千差万別です。中には後悔の念を述べられる方もいます。その中でも「後悔する」という感情を、ご自身、ご家族に起こさせないためには、どうしたらいいのかということを、ある時期から考えることで、ある程度解消できると考えています。前に書いた記事ですがご一読いただければと思い
私はがんになり5年生存率が20%と知ったときから、先送りをやめた。そんなことを言って先送りしていたら、人生が終わってしまい、必ず後悔することになると。具体的に言えば「たら・れば」をやめた。もし治ったらもし元気になればもし○○だったら○○できる、○○になれる。サラリーマン時代、そう言って出来ない理由を付けてきた。その理由は、そうなれば出来るという可能性を残しておきたい。そして、駄目という現実に直面したくないからだった。俺はやれば出来る!でも、こんな理由があるから出来ないんだと
人が変わらない❗️世の中が変わらない❗️周りが変わらない❗️そして、変わらなければいけない‼️と嘆いている人に良く目にしますが、わたしは自分が変わらなければ、何も変わらないと思っています。そして自分が変われば、世の中すべてが変わります。変わった瞬間にどんどん変わります!自分以外のものを変えることは不可能です。それを変えようと思ったり、変わらないと嘆くのは、苦しみや怒りを生む行為でしかないと思います。そして他人が変わらない原因は、自分に由来しているものも少なくありません。変わら
おはようございます。明日、3月19日(火)19時から、久しぶりに「ZOOMの交流会」を開催します。ガンの方ではなくても、参加いただけるようにしました。参加費は無料です。数人の参加申込みがあるので、開催決定しました。申込み無しでの当日参加もOKです。ZOOM詳細はトピック:ZOOM交流会時刻:2024年3月19日07:00PM大阪、札幌、東京参加Zoomミーティングhttps://us02web.zoom.us/j/83484498369?pwd
私が、おつかれさまと言いたい人は、全ての癌の闘病者です。どの癌のどのステージであれ、1度癌になってしまえば、自分が死んでしまうという事実と、否応なしに向き合わされると思います。生まれたからには死ぬのは自然の摂理。誰もが死はさけられません。でも私は自分が癌になるまでは、自分が死ぬことはどこか遠いコトでした。そんな私でも癌を告知された日から、自分が死ぬことを何時も感じています。それはとてもストレス特に薬の副作用に苦しんだり、痛みで眠れない夜などは、死を身近に感じて辛くな
山本"KID"徳郁さん山本“KID”徳郁(やまもと“キッド”のりふみ)本名:岡部徳郁(旧姓:山本)通称:KID、神の子1977年3月15日生まれ、2018年9月18日、41歳没。神奈川県川崎市出身の元総合格闘家。KRAZYBEE主宰。HERO'S2005ミドル級世界王者。祖父:水泳のオリンピック選手父:山本郁榮(ミュンヘンオリンピックレスリング・グレコローマン日本代表)姉:山本美憂(女子レスリング選手、総合格闘家)妹:山本聖子(女子レスリング選手兼指導者)甥
54歳です二人の子どもの母です。夫もいます。子どもが二人とも社会人になったのを機に仕事を辞めのんびり過ごしていこうと思っていた矢先です。突然癌宣告を受けました。体は強い方ではなく持病もあるけれどそれでも普通に元気に過ごしていたのに。本当に突然です。癌の闘病ブログって皆さん書かれていますが私もどうしてブログに残そうと決めたかとういうと病気の症状や進行、経過には本当に個人差があって癌宣告された自分がまずやっていることは自分によく似た症状の人が
“がんや病になったと言うことは、これまでの自分の選択の結果”わかりやすく言えば“病になるような選択をしてきたから、病になったと言うこと“なのだ。私の場合、どんな選択をしてきたか?自分に嘘をつく、暴飲暴食、頑張る、がむしゃらに働く・・・・がんになった当初、私はこれまでの選択をとっても後悔した。「こんな事になるのだったら、もっと体や心を労って生きればよかった」と。でもそれは後の祭り・・・・結局人はどんな選択をしても、結果が悪ければ後悔するということなのだ。しかし、あるとき私は“過去の
私が癌の闘病を開始してからというもの、全く公表していないにもかかわらず、ご家族やご本人が癌だという相談が増えたのです。痛いほど気持ちはわかりますが個人差の大きい病気ですから、あくまでも客観的な立場を見失わないようにしてきました。実は仕事を続けると決めた後、代表から「あなたがお客様に必要とされるなら、きっと助かるはずだから」と言われたのです。受け取りようによっては誤解を生じる難しい言葉ですので、万人に当てはめた話ではなく、代表と私の長年の信頼関係あっての言葉です。願掛けをするような気持
私はガンになってから、自分の気持ちを最優先して生きるようにしてきました。以前、会長をしていた患者会も違和感を感じて突然やめました。その他にも、心がざわついたら一度立ち止まり、自分のこころに正直な選択を心掛けてたのです。それは考えるのではなく、感じたこと、すなわち自分の感性に従うようにしているということ。どうしてか?というと、今まで頭で考えて良い結果が出たことはあまりないから。しかし多くの人は考えて結論を出します。それは理由付けをするためだ。理由があって行動をする。そ
熱が下がってもサー一安心体もスッキリ服に着替えようなんてことにはならない!ふらついて顔を洗いに洗面台へ歯みがきをしようと歯ブラシ入れたら歯磨き粉のミントで咽返りじたんだ踏んで息もできないほど苦しんだ!辛いわー食欲もないし力がわかないまるで一人暮らししてるような寂しさ泣けてきたこのまま死んじゃうんじゃないかなんて癌の闘病の時よりも心細いわ枕元には氷水を用意した咳き込んだら喉を冷やすしか無いから
昨日出がけにバタバタしていると、夫が会社の人とミーティングをしていた。話の内容としては、夫が休職している間に完成した新商品に関する話で、「急いで製品情報を内容確認します」的な内容だったのだが、あら、珍しく仕事の話してるな、と思ったら、なんと先週金曜日から復職していた。↑知らなかった夫、52日間の有給休暇取得をへて、めでたく復職したのである。「おめでとう!」と言ってみたら、びっくりしていたが、まあ、笑顔であった。とはいえ本人はめちゃくちゃ喜んでいるわけでもない。夫の仕