昭和10年まで上位にほぼ通用しなかった双葉山。10年春と夏に2場所連続負け越しとなったのが双葉山最大の苦難、挫折ともいわれるがどうもそうではなかったらしい。本人の談話では「体も充実し勝負にも勝って自信がわいてきた」とある意味進境を感じていたようだ。結果11年春からの連勝につながる訳。加えて双葉山本人や没後の幡瀬川、能代潟らの話により10年夏の稼業(巡業)で100キロ程だった体重が一気に20キロほど増えたとか。正攻法の相撲を身上とする双葉にとってこの増量は大きなプラスであった。当時は100キロ弱の