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甲状腺乳頭がん治療済み(甲状腺片側摘出+リンパ節郭清)チラーヂン75μgを飲みながら妊娠生活を送っていた(橋本病持ち)2026年冬に第一子出産職業は演奏家(現在は演奏の仕事はお休み中)の、るんです今日は、結婚前から気になっていた、がんになった時からずっと気になっていた、子どもへの遺伝の話をまず、私が遺伝で持っている可能性の高い「橋本病」。産後、退院前日くらいに「お母さんが橋本病とのことなので、赤ちゃんも甲状腺の血液検査しておきますね!」と助産師さんに言われました私の赤ちゃんは黄疸
甲状腺乳頭がん治療済み(甲状腺片側摘出+リンパ節郭清)チラーヂン75μgを飲みながら妊娠生活を送っていた(橋本病持ち)2026年冬に第一子出産職業は演奏家(現在は演奏の仕事はお休み中)の、るんです今日は出産後の話。まずは母体の話をします妊娠中は、妊娠を維持するホルモン数値にするために、チラーヂンをちょっと多めの75μg飲んでいましたまず産院では、私の産院が個人病院で小さかったからか、入院中の薬の管理は自分でしました甲状腺乳頭癌を手術した病院では、薬は入院時に病院に預けて、薬剤師さん
甲状腺乳頭がん治療済み(甲状腺片側摘出+リンパ節郭清)チラーヂン75μgを飲みながら妊娠生活を送っていた職業は演奏家(現在は演奏の仕事はお休み中)の、るんですついに。先日無事、第一子となるベビーを出産しましたなんと、甲状腺診察後に移動して行った妊婦健診で、突然大量破水産院のトイレだったので超スムーズに助けてもらい、そのまま入院・出産できましたが、甲状腺の病院じゃなくて本当によかった…!!赤ちゃんがタイミング狙ってたなら親孝行すぎる出産時に、「産院のトイレで破水するなんて超珍しいで
今日4月8日は、お釈迦様が生まれた日。そして我々夫婦の結婚記念日でした遅い結婚だったんですが、アッと言う間に16年!いや〜〜〜早い!!本当にアッと言う間だったなぁ〜〜!でも、そうは言ってもよく考えたら色々ありました。震災もあったし、お互いの母親を見送って私も大小併せて色々手術したりとか夫には本当にたくさんたくさん心配をかけてしまいましたでも、ここまで喧嘩らしい喧嘩もしたことなく、楽しく仲良く幸せにやってこれて、夫には本当に感謝しかありません願わくばこのまま二人とも大きな病
先月、甲状腺摘出手術をしたので首に約8cmの傷がありまだ赤み?黒み?が残っててめちゃ生々しい隠さなきゃ外に出られないたまにズキっとか、服が擦れるとヒリヒリ感もあったりするからアトファインを貼ってるけど肌色とはいえ、そこそこ目立つ冬ならいくらでも隠せるんだけど夏は大変ブログ見てると傷隠しにはスカーフを上手に活用してる方が多いのかな?って印象だけど、私はスカーフは苦手&使いこなせる自信もなくてちなみに術前の私の夏の格好はTシャツにデニムやロンスカでブラウスやワンピ
今年の桜、雨と強風に晒されて勿体ない…と思ってたけれど散らずに残っていてくれたおかげで、昨日2度目のお花見できました手術で悪いもの取っちゃって不安が解消されてのお花見、本当に嬉しい晴れやかな気持ちで飲むお酒の美味いことったら今年の桜は格別に綺麗でしたで、今日は月曜日なので一週間ぶりにアトファインを貼り替えました。術後1ヶ月と23日目の手術痕がこちらです↓↓↓閲覧注意↓↓術後1ヶ月と23日目アトファイン剥がしたあとが赤くなってますけど、傷は結構綺麗になってきてるんじゃないか
甲状腺摘出手術から3年こんにちは!3月ももうすぐ終わりですね〜暖かい冬だったのに2月後半は寒波が来て3月になっても寒いなあと思ってたらいきなり春が!うちの近くの桜もまもなく満開ですさて振り返るとバセドウ病からの甲状腺摘出手術からまるっと3年経過する時期になり私も甲状腺手術したことをほとんど忘れて過ごしていますずっとこのテーマの投稿していなかったので空白の期間の経過をつづり最後に経過写真でも載せてこのテーマを終了しようかなと最後に甲状腺のテーマで投稿したの
大変ご無沙汰しております。お陰様で私は今も元気です。元気ではあるのですが、実は、ご無沙汰している間にちっちゃいのから大きいのまで色んな手術を経験したりしておりまして…直近では左葉甲状腺摘出手術なんてものを受けました。それに伴い子宮全摘術と甲状腺がんに関するとっても大切な、というか興味深い話を↓に投稿しましたのでhttps://ameblo.jp/shippona1123/entry-12961496412.html『甲状腺がんと子宮全摘の関係について』ここまでずっと少し時間を遡
我家では毎年、お酒と何らかの食べ物を持って、近くのお花見ポイントにプラプラ歩いてでかけ、お酒を飲みながらお花見するのが恒例行事となっています。今年も術後1ヶ月と2週間目の3月28日(土)に、色々と買い込んできた食べ物と何本かのお酒を持って、お花見に出かけました去年は3月30日にお花見をしたんですがほぼ一年前のこの日は、↓この直後で『人間ドックに見せられた地獄の話①』私は毎年3月14日に人間ドックを受けています。絶対にこの日と決めているわけではなく、特にホワイトデーにした特別な理
そういえば、書き忘れていたことがあったので、ちょっと前後しますが記録しておこうと思います。それは、手術から1ヶ月と8日目の、3月22日(日)のこと。しゃぶしゃぶ屋さんで昼飲みし、すっかりご機嫌になっていた私と夫店を出てもまだ明るく時間も真っ昼間。まだまだ時間あるぞ〜!!!…ということで、どちらからともなく「歌っちゃう?」となりました。職場結婚の我等夫婦。結婚前は居酒屋でしこたま飲んでそのままカラオケになだれ込み、朝まで飲んで歌って、翌朝出勤。なんてことも度々。結婚後も何度か
甲状腺乳頭がんで甲状腺右側摘出+リンパ節郭清済み妊娠に備えてチラージン75μg服用中現在、妊娠後期るんですついに出産前最後の診察になりました血液の数値はこんな感じ↓ちょっと数値外のものもあるけど、「このままでいいですね」と先生チラージンも75μgのまま続けることにそして、先生が話を始めたのは、サイログロブリン抗体の話。ちなみに妊娠初期は200を超える数値で、「これ大丈夫なの!?」と思いましたが、橋本病の人は妊娠中はこのくらいの数値になってもおかしくないとのこと。で、今は90に
めいですもう2ヶ月も術後の傷を載せてなかったから、経過のせますドドンッ!ちょっとテープの跡残ってる毎日テープ替えて、跡が少しでも薄くなるように美容液塗ってるんだけど今日ポコつきがだいぶ減っていることに気づいた!!急に凹んだ?笑すごく嬉しいーーーー!!写真だとポコつきがわかりづらくて、いまいち伝わってないと思うんだけど笑やはりこのポコつきは、中縫いの糸だったのかしら?これが12月7日。照明具合でも若干見え方変わるけど、まだまだ短期間でも傷が薄くなるポテンシャルはあるっぽい本格
甲状腺乳頭がんで甲状腺右側摘出+リンパ節郭清済み妊娠に備えてチラージン75μg服用中現在、妊娠後期の、るんですさて、いつ出産になってもおかしくない時期になりましたここで、私が妊娠してからずっと思っていたことをまとめておく甲状腺がんと闘った日々と、妊娠してからの日々をたまに比べて考えることがあって。そもそも比べることじゃないのですが、がん経験者として感じることがあったので。①妊娠も病気と認識されて良いと思った(いい意味で)がん治療をしていた時は、私がパートナー探しが上手くいっていな
浦島です皆さん今日も見にきてくれてありがとうございます👇アメトピありがとうございました😊クレラップの便利機能、知ってた!?浦島、モバイルSuicaデビューする昨日の続きです今の数値では様子見がやはり普通らしいです。そうなんだ・・家に帰りまたグロックに聞いてもらいます。甲状腺機能低下症の薬、チラージンを増やしたら改善するのかな?と思い検索をしていました。チラージンの後は、牛乳やカフェインなど飲まないで。と言われて水は飲んでも良いのかと聞いたら水は飲んで良いと教えてくれて、も
浦島です皆さん今日も見にきてくれてありがとうございます今日の話です👇この時です。半年ぶりのため、記憶がリセットされていてすっかり何もかも忘却の彼方へそうじゃん、11:30までに来るべきだった・・そして午後になり自分の順番が来て、診察室へ。いつもは甲状腺摘出手術を執刀してくれた外科の先生に診てもらっていましたが(こちらの先生は午前中のみの診察なのです)、この日は午前の受付時間に間に合わなかったのではじめましての先生でした。TSHってなんの意味だっけ・・薬増やすのも嫌だけど、数値が
腸管子宮内膜症は、疾患して10年目位になります。初めは、生理時の排便痛。排便痛と言っても排便を出す時に痛みがあるわけでも無くて、排便をする30秒前位に痛みが来る訳で。。私の場合は骨盤の辺りで子宮と腸が癒着しているので、排便がソコを通るのが痛い。。痛いって簡単に言える訳でもなく。例えるならカミソリが腸を通る痛みで、うーーーっとうずくまる位の痛みが10秒程続くのだ。それが、2人目を出産後辺りからあれ?生理じゃない時も痛みがある?位の間隔になって、生理痛だと思ってた痛みが、、もしか
シュープリン注射を3回打った後にピルでの投薬が始まった。が、私には合わなかった様で吐き気、眩暈の症状がでて、ピルの投与は中止となった。
診察の結果ますば、シュープリン注射を3回打つ事になった。その後、ピルを飲む為だ。突然、ピルを飲んで生理を止めると大量に出血する場合があるので、それを防止するそうだ。シュープリン注射💉下垂体に作用して性腺刺激ホルモンの分泌を抑えます。その結果、卵巣ではエストラジオールの分泌を抑制します。通常、過多月経、下腹痛、腰痛および貧血などを伴う子宮筋腫における筋腫核の縮小および症状の改善に用いられます。その後、注射は3回打ったが私は痛くもなんとも感じなかった。しかも、お腹だからプヨプヨして
2人目を産んでからか。排便痛に悩まされた。甲状腺の数値もだんだん上がり始めた頃だ。色々な体調の変化に絶不調生理の時に下痢になり、排便痛と言うかは排便がある前にお尻辺りが痛いと思う時があったが、その時は生理以外にも痛みを感じていた。不安になり、自分でググる。すると、私に当てはまる症状が。。それは腸管子宮内膜症すぐに、婦人科に連絡する。腸管子宮内膜症だと思うのですが、、とにかく診て貰えるかを病院に聞く。すると、すんなりと予約が取れ診察をしてもらう事に。事情を話、内診へ。す
TSHが高いと(9.0の場合)疲れやすい、だるい体重が増える便秘がちになる寒がりになるむくみやすくなる抜け毛が増えるTSHが低いと(0.01)疲れやすい、だるい毎日気持ち悪い(船酔い状態)とにかく身体が重い私はとにかく、TSHが安定して標準値にいない限りは↑この様な症状がでます。未だに出ます。TSHの値を診てくれない先生もいます。ただ、自分の人生毎日笑って過ごしたいじゃないですか。我慢しないで言いましょう。薬を増やす、減らすで全然世界は変わります。どんよりしてい
退院して、1ヶ月後に1回高熱がでた。手術で呼吸を止めていた為、免疫力が落ちるから1ヶ月は菌に気をつけてね〜と看護師さんに言われた。その時はこの事か、、と軽く流していたが。その後、ちょっと風邪をひいて鼻水が喉に落ちたり、ちょっと咳が出ると息が吸えないかもと、体がゾワゾワする様になった。ある時は、呼吸が吸えなくて、休憩中の内科のドアを叩いた事もあったし、夜間救急へ駆け込んだり、休日当番の病院に駆け込んだりしたが。病院に行くと息吸えない咳が出る🟰喘息気味と吸入と薬がでる。でも、必ず
私は眼球突出にはならなかったが、光の眩しさはかなり感じました。だから、仕事を辞めて休養していた時はずっとカーテンを閉めたまま日中を過ごしてました。大体、3割の人がなるそうです。しかも、手術しないと治らないと言われて自分もなるんじゃないかと不安だった事を思い出します。
バセドウ病になった時に遺伝は30%と言われました。実際、母も父も姉も甲状腺疾患になってます。父→甲状腺機能低下※高熱、ダルさ、微熱(薬なしで2.3ヶ月で完治)母→亜急性甲状腺※甲状腺の腫れ(出産後に疾患して2.3年薬療法で完治)姉→甲状腺機能低下※甲状腺の腫れ(中学生で疑われて、30年後に発症したが1年薬療法で完治)私→バセドウ病※甲状腺の腫れ、体重減少、微熱、震え、光の眩しさ、肝機能障害、脱力(20代前半で30代で甲状腺摘出、アイトソープ)
バセドウ歴25年目。コロナを乗り越えてここまで来たが、コロナやインフルエンザなどに疾患すると、菌は自分の弱い所を攻撃するしてくる気がする。何故なら、疾患してからの血液検査で必ずFT3.FT4の数値が上がっている。安易に薬の量を減らしてしまうと、今度は低下症になり、寒くなる。体重増加。身体が働いていないのがわかる。そして、1年前から4ヶ月前まではFT3.FT4の数値が9.8だった。10になったら、薬の量を考えましょうと言われたが、、この9台のFT3.FT4の時も辛かったダルさ、眠さ、
なかなか、体調が優れず。言えば毎日、ちびまる子ちゃんで言うどよーん‖‖マークが頭の横に付いている状態だった。その事を仕事場の人に話すと、友達が甲状腺の病院に勤めているから先生に聞いてくれると言ってくれた。そして、その病院で診察してくれる事になった。その病院に行き、エコーと血液検査の結果を持って行く。TSHの0.01の数値を見てこれが原因だと思う。とTSHについて教えてくれた。TSHは脳からの指令だから、薬の量をちょっとだけ減らしてみよう。と言ってくれた。そして、チラーヂ
アイトソープ治療をした後、甲状腺機能を失った為に今度は真逆の治療が始まった。そして、なかなか薬の量が定まらない。症状も様々で体重増加ダルさ皮膚の痒み眠気むくみ数値が定まらないので、薬の量を減らしたり増やしたりで調節する。しかし、FT4.FT3は正常だがTSHが0.01と続く。基準値より低い。だが、先生はFT3.FT4が基準値だから気にしなくて良いよと言う日々が続く。でもね、でもね、私体調がおかしいのよ。船酔いみたいに、フワフワしてるのよ。と言いたかったが、1番体調が悪
ずっと船酔いの様な体調不良が続き、TSH数値が基準値を上回りやっと再発と言われた。1年の体調不良から解放されると思うと、ジャンプしたい位の嬉しさだった。この時、やっぱり同じ病気をしなきゃわからない。自分の身体だけが知っていると身をもって思った。そして、アイトソープ治療と言っても痛くも痒くもなく、カプセルを飲むだけの治療だったので不安も恐怖もなかった。入院して薬を飲み、3.4日ほど入院して退院する。隣の部屋のおばさんと、同じ日に飲み、食事は同じ時に食堂に行きお喋りしながら3食共にした。
手術をして良くなるよとは言われるものの、相変わらずスッキリしない日々を過ごしていた。2年位経った頃から、またまたあの症状がちょっとずつ出て来た。もちろん、FT3.FT4の数値も少しずつだが上がって来た。病気をしたからこそあるあるなのか、自分の体調の悪さのMAXの状態を知っているからこそなのか、体調が不安定でも、あの時に比べたら。まだ普通に生活できているし。とまだ大丈夫👌まだ大丈夫👌と自分に暗示をかけてしまう自分がいた。1番体調が悪い時を基準とするからかも知れないがどこへ行っても病院で体
手術は外科の手術だった為か、傷口の痛みは全く無かった。知り合いに何人か同じ手術をした人がいるが、中には喉が痛くて唾を飲めれなかったと言う人もいた。それを聞いていたので怖くて、手術前に看護婦さんにその事を訪ねたが、外科の手術でそんな事ないよ。でも、大学病院とか研修医の子が呼吸のチューブ挿管をやるから喉が傷ついてなるのかも。でも、この病院はベテラン先生を呼ぶから安心してね。と言われた。だから、痛みは術後なんの痛みも1度も感じた事もなかった。ただ、首が自由に動かせない事で肩が凝っ
なんとか意識を取り戻したが、余りにも体調が悪くテレビの音さえ聞きたくないのでテレビを消して貰う。暖房も消してもらい、1人になりたくて旦那さんに帰って貰う。1人になりここからが自分との戦いだなぁと漠然と感じる。身体のどこが悪いのか、、とにかく、ダルいし眩暈もするし、気持ちも悪いし、なんなのかわからないが全てが嫌だった。足に付いてる、血栓防止の機械も。しかも、生理中と言う事もあり、トイレに行かなきゃいけない。何よりも看護師さんに手伝って貰わないといけない。とにかく、早く明日になって元気