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バセドウ氏病甲状腺機能亢進症の方の何かお役に立てたらと、思いかなーり躊躇していましたがyoutube始めました。周囲の人には「アンチがわくよ?」そう、沢山言われましたが私は、顔出しもしていない匿名の人がアンチコメントをする。という現象を、こう考えています。「本名だったら、そのコメント書けるのかな?」「顔出して、そのコメント書けるのかな?」って。私も、顔を出さないでアメブロをずっと続けてきましたが覚悟が自分自身に、足りていなかったと思いました。私は、顔を出し
バセドウ病から甲状腺クリーゼから死にかけた。だけどもう、甲状腺の薬は飲んでないなんで…飲んでないの?とよく、聞かれるんですが死にかけた時に担当医さんが、教えてくれたから私は今、元気なんですよね担当医さん、名言ありがとうございますお陰様で、私はお薬…全て手放しましたViewthispostonInstagram
患者様「なんで、のの先生は山にのぼるの?」患者様「やっぱり、そこに山があるから?(笑)」と、聞かれます。私「生きてるなーって感じられるからです。」ViewthispostonInstagramサンカヨウ(少しだけ半透明オシイ!)サンカヨウは、霧や雨に濡れると完全に半透明になる高山植物です。キヌガサソウシラネアオイ山小屋にて、特別(笑)ユキササとウドの天ぷら山から見る夕日朝焼け左→チングルマ右→イワイチョウチングルマチングルマは秋には、下のピンク色の綿毛に
死にかける前の私の症状いやー!今は【ののさんは、丈夫そう】【ののさんは、ストレスなさそう】って、言ってもらえる。今の私は、元気そのものに患者様には、映っているようで。よかったでもね私も辛かったから今、不調や病でどん底の人の気持ち分かるんです。ストレスで人は死ぬそれを経験して、生き返ってこれたからみんなに、もっともっと伝えて行かなきゃなViewthispostonInstagram階段5段登れなかったけど今は、武甲山登れるようになった#バセドウ氏病#甲
ViewthispostonInstagram死にかけた時の写真が出てきたおー…これは、2017年11月。の私だだけど、東洋医学の真髄の…真髄まで学び直し私は山の中を駆けずり回れるようになった。東洋医学良いですよ。一緒に東洋医学を学びたい東洋医学!教えて!鍼灸師になりたい訳じゃないけど…東洋医学のこと知りたい!そんな方、全国から募集してます。死にかけた女が、山を駆けずり回れるのは東洋医学のお陰貴方自身の事もそう。貴方の大切な人を守る時も東洋医学が役に立つか
私ののを知っている人のほとんどは【自己肯定感が高い】【自信たっぷり】【何が襲ってきても強い】という印象でしょう。だけど…私はののさんと比べて…自己肯定感が低い…ひくい…ひくーーーい!私…自己肯定感を上げたい!と思っている方はこのブログを読んで下さっている方の中にも大勢居るのではないでしょうか?しかーし!貴方の口から放たれるその一言は自己肯定感が高い証拠である!大丈夫!自己肯定感が低いと思い込んでいるだけです。貴方は、自信たっぷりの自己肯定感Higherですs
お借りしましたありがとうございました(^人^)
こんばんはついに桜の開花ですなぁってことで甲状腺外科に行ってまいりました🏥ほんま何のブログなんや笑まずは甲状腺外科を受診前回のシゴデキ先生とお話し「内分泌内科の先生から聞いてると思うけど、機能性甲状腺結節、プランマー病ですね。バセドウ病ではなくて腫瘍自体がホルモンを出してるということです。対応としては手術で取るのが日本では通常で、他に放射性ヨウ素でしこりを壊す、内服でホルモンを抑えるという方法もあるんですけど、腫瘍自体は残るんですよね。手術では半分甲状腺を取るので、片方がきちんとホ
私は死の淵まで行った経験があるので健康になった今ものすごく気を付けていることがあるそれは、死の淵まで行く前の私に戻らないようにする事だ『死の淵まで行ったけど、今は山道を駆け巡る事が出来ている理由』私ののは2017年、死にかけた。甲状腺機能亢進症からの、甲状腺クリーゼでしたこんな最悪な出来事が、人生の中で起きてしまったんだけど今の私はこの出来事を最悪…ameblo.jp気を付けることの中には自分で意識出来る事と自分では意識出来ない事がある意識出来
私ののは2017年、死にかけた。甲状腺機能亢進症からの、甲状腺クリーゼでしたこんな最悪な出来事が、人生の中で起きてしまったんだけど今の私はこの出来事を最悪だと、1ミリも思っていませんむしろ、私は人ってストレスで死ぬ可能性があるだよ。と言う証明者になれたと思ってます。死の淵というどん底から、今は山道を駆け巡る事が出来るほどの健康を手に入れたと言う証明者でもある死の淵から山道を駆け巡る事が出来る人間に変われ
いつも自分より他人を優先してしまうと、体は静かに悲鳴をあげる「相手を大切にしなさい」「我慢するのが美徳」「親の期待に応えるのが当たり前」そんなふうに育ってきた人ほど、自分の気持ちより、他人を優先するクセが身についています。気づけば…・断れない・嫌でも笑顔で引き受けてしまう・自分の本音が分からないそして、ある日ふと体が重くなる疲れが取れない不調や病気として、サインが現れる。そんなに、他人の評価、大事ですか?その人が、貴方の人生にどんな影響を、与えてくるんでしょうか
ばぁば来るかなー🤔❓と、🛵💨の音を聞いて玄関で待ってたKOUちゃん残念だけど、私じゃないよ💦ごめんね🙏🏻💧ばぁばは、🏠で🧑🏻🦱ガウディのお世話してたよm(__)m元気になって、KOUちゃんは退屈で、[パパ]に近くの公園で遊んできたらしい今日は暖かかったもんねその間👩🦰は病院へ何とか自分で行ったらしい長い時間待って、結果はインフルエンザ確定‼️色々薬を貰って、帰宅後すぐに隔離部屋へ[パパ]→→KOUちゃん→→👩🦰1回感染したら、もう大丈夫なのかと思ったら、そうじゃ
こんばんは。今日もバグってるおおかわです。このブログではバセドウ病双極性障害脱毛症について記録していきます✍️ちなみに今の頭はこんな感じです。悲しくなってきます(-᷄ω-᷅)自分では後ろ見えないけどここまでとは。みなさんの頭の隠し方等ありましたら是非教えて頂きたいです。つづきます。
soraです今回も根管治療の続きです。甲状腺機能亢進症(バセドウ病)と歯科治療のハナシも少し書いてます。歯科受診(根管治療)昨日は歯科へレツラゴー。根管治療中の奥歯、「やっぱ痛みが辛くて…」と伝えて診察すた~てぃん♪神経の拡散した痛みのようだけど、発症元がハッキリしなくてDr.もモヤモヤ根管治療では神経回路の途中が断線され、切り口の神経は負傷した状態もしかするとその部分の炎症の影響??とはいえ辛い痛みを長期間我慢し続けるのもよくないので、いざとなれば自分のタイミ
甲状腺全摘手術を5月14日に決定して、それまでのスケジュールは、タイトになりました。⚫︎4月14日術前検査⚫︎4月26日手術について先生のクリニックで説明を受ける⚫︎4月28日手術する病院での入院説明・入院手続き【4月26日先生から手術・合併症の説明】家族同伴が必要だったので、主人について来てもらい一緒に説明を受けました。合併症リスクは、反回神経麻痺・副甲状腺温存不可など、また重大なリスクとして下記の2点を詳細に説明を受けました。▪️術後出血手術後に出血すると気道を
今まで甲状腺機能低下症で亡くなるなんて考えもしなかったよあたしは亢進の方なんだけど……甲状腺クリーゼはよく聞くよね低下症でも亢進症でもきっちり治療をしてなかったら…命の危機は否定出来ないのねたかが甲状腺……されど甲状腺……来月は病院よもあるわよ休みの申請しなきゃねワンシーズンに一回の診察……サボらずに通う事十数年……正直何年通ったか忘れたとゆぅこれからもきちんと通います元気が一番だよね終わりっ
プロパジールによる治療が始まってから、かなり体調は良くなりましたが、70%くらいまで体調が戻ったという感じがずっと続いていました。バセドウ病の治療を開始すると太るということはネットで調べてなんとなくわかっていました。バセドウ病の治療を開始する前はガリガリに痩せていて、体重が58kg(172cm)でした。治療を開始してから1年ちょっとで70kgまで太ってしまいました。そこまで食べる量が多いわけではないのに、ぶくぶくと太ってしまいました。全然痩せることができませんでした。
2021年4月頃の話です。血液検査の結果、やはりバセドウ病とのことで、まずはメルカゾールによる治療が始まりました。私はこれでようやく長年の体調不良から解放されると思っていたのですが、そんなに甘くはありませんでした。メルカゾールを飲み始めて2週間くらい経った頃、手足がパンパンに腫れあがり、ものすごいかゆみと痛みに襲われました。すぐに医者に診せに行くと、メルカゾールは中止した方が良いとの判断でした。その後はプロパジールで治療を続けていくことになりました。最初のうち
2021年3月に体調が悪化しました。心拍数があり得ない数値になっていて、普段の生活をするのも大変な状況でした。これはやはり何らかの病気を患っていると思い、「心拍数の異常」や「体の震え」で調べてみると、バセドウ病に行きつきました。体重減少もあり、目が突出している症状もあったので、「これだ!」と思いました。家の近くにバセドウ病を診てもらえる病院がないか調べました。伊藤病院出身の医師が開業した病院が近くにありました。ただ、そこの予約が1週間先しか取れませんでした。1週
2020年12月頃から心拍数がおかしいことに気づきました。この時コロナが流行っていたので、家にパルスオキシメーターがあり、心拍数を測ってみたら、100を超えていました。コロナの影響で職場ではマスクをつけないといけなかったのですが、息苦しくてマスクをつけていられない状況でした。2021年2月頃に高熱が出ました。心拍数を測ったら、135ありました。これはコロナに罹ったかもと思い、コロナ外来を受診しましたが、コロナではありませんでした。医者からはこの心拍数は異常だと言われま
2020年は定期的に体調不良になっていました。熱が出て、体に力が入らなくなることも多かったです。なので、私は体力をつけなくてはと思い、スポーツジムに通い出しました。今思えば、これも良くなかったなと思います。ジムに行っても、全然体力がつかないのです。以前は走ることも好きだったのですが、ちょっと走っただけで息が苦しくなり、歩くのが精一杯という状況でした。バセドウ病なので当たり前なのですが、この当時はバセドウ病だということに気づいていません...2020年の年末あたりにさ
2019年12月の話です。出張で中国に行くことになりました。この当時はぎりぎり体調が落ち着いてはいました。今思えば、バセドウ病の薬を飲んでいないので、いつ体調が急変してもおかしくない状況でした。行きの飛行機の中で吐き気を催しました。中国に着いて少し吐き気は落ち着きましたが、ホテルの近くまで来たところでまた吐き気に襲われました。その日のうちにアポがあったので、タクシーで訪問先まで行きましたが、ずっと吐き気がして、脂汗が出ている状況でした。夜またホテルに帰ってきてからは、ずっと吐いてい
2019年の秋くらいの話です。肝臓の病気と言われて、肝臓の薬を飲んでも体調が良くなりません。次に胆嚢が悪いのかもしれないと言われて、胆嚢の薬を飲みました。それでも、もちろん体調は良くなりません。2019年4月くらいから手の震えがありました。今思えば、バセドウ病の特徴的な症状が出ていたのに、医者からはバセドウ病を全く疑われませんでした。「手の震えが酷いです」と伝えても、「脳の病気かもしれない」としか言われずに、どこか病院を紹介してくれることもありませんでした。なので
まだ2019年4月です。血液検査の結果が出ました。肝臓の数値がありえないほどの異常値でした。私はその当時ほぼお酒を飲んでいませんでした。体も痩せていたので、脂肪肝ということも考えられませんでした。医者も原因がわからないということで、ストレスだろうとだけ言われる始末でした。肝臓の薬を飲んでも良くなりません。定期的に猛烈な吐き気と熱に襲われていました。それは良くなるはずがないです。バセドウ病なのに肝臓の薬を飲んでいるので...以前にバセドウ病の方のブログを読んだら
2019年3月下旬の月曜日に猛烈な吐き気に襲われて、それが続いたので、水曜日に会社近くの病院に行きました。そこで胃腸の薬をもらいましたが、全然良くなりませんでした。金曜日になっても体調が悪かったので、土曜日に自宅近くの内科を受診しました。そこでもよく原因がわからなかったので、血液検査をして、翌週に胃カメラをすることになりました。土曜日、受診を終えて家に帰ってからが地獄の始まりでした。猛烈な吐き気と高熱で身体のコントロールが効かなくなりました。嘔吐してもずっと吐き気が
今でも鮮明に覚えている。それは2019年3月のこと。体調は優れないけれど、なんとか仕事をこなしていました。倒れる前の予兆はありました。足に力が入らずに階段がうまく降りられなかったのです。その時は「運動もしていないのに、なんで筋肉痛なの?」という感じでした。そんな状態が続いて1週間くらいが経った朝。いつも通りに会社に行こうと電車を待っていました。「なんか体調が悪いな、気持ち悪いな」という感じはありました。電車に乗ると、その気持ち悪さが徐々に増していき、脂汗が出てき
主治医(内分泌科が専門)に「治療を打ち切り、安楽死や献体について話し合いたい」と申し出ました。「治る病気なのに勿体ない」だそうです。「子供も居ませんし、連れ合いも居ませんので」あと両親に対して「親より先に死ぬのは云々」も信仰していないことを伝えました。「あと2年頑張りましょう」だそうです。「そんなに頑張る理由無いので」と言っても変わりませんでした。苦痛は続きます。
書き換えました。父母の連絡先→母の連絡先→主治医にしました。治療の打ち切りについて相談出来たらと思います。